赤の事件簿 HOMRA in Las Vegas 02
第二回『砂漠の不夜城』
著:鈴木鈴
乾いた砂漠で、2人の男がにらみ合っている。
ひとりは上半身裸で、トレードマークのニット帽も脱げ落ちて、それでもその瞳には、抑えきれない怒りが宿っていた。
ひとりは白いバンのシートに気だるげにもたれながら、その怒りをむしろ楽しむような、気に障るにやにや笑いを浮かべていた。
八田美咲と伏見猿比古。2人の男は、照りつける熱射の下で、じっと互いを見据え――
「八田さん! よかった、やっと会えた!」
不意に、ワゴンの後ろから声が響いた。
八田は目を見開き、そちらを見る。ワンボックスワゴンの後部座席に、見知った顔があった。赤城、出羽、藤島――日本にいるはずの面々が、喜色を浮かべながら身を乗り出していた。
坂東が、呆然とつぶやいた。
「翔平? どうしてここに……?」
「あ、さんちゃん! いやー、実はいろいろあってさ――」
「おい」
その会話を、伏見が冷たく遮った。刃のようなまなざしを後部座席に向けながら、彼は吐き捨てるように、
「こっちの話が先だ。邪魔してんじゃねぇ、三下」
赤城はぐっと言葉を詰まらせ、八田はこめかみに怒りが浮かび上がるのを感じた。
「裏切り者のテメェに、ンなこと言われる筋合いはねえぞ。なにしに来やがった、サル」
伏見の口元に、あざけるような笑みが浮かぶ、
「仕事だよ。暇人のおまえらと違って、こちとら公務員だからな。海外出張もやんなくちゃいけねえんだ」
「青服の犬だから、骨を投げられたらアメリカにも来るってか? ンなわけねえだろ、サル。おまえがたまたま通りがかるなんて、そんな偶然があるわけねえ――なにが目的だ?」
伏見の笑みが、深くなった。ウィンドウに肘をかけて、彼は八田にぐいと顔を近づける。
「そんなこと言える状況か? 今の俺とおまえの立場、よーく考えてから物を言えよ」
「…………ッ」
八田は、強く拳を握りしめた。
カリフォルニアの太陽が、じりじりと首筋を焼いている。乾いた風はあっという間に汗を蒸発させ、身体から容赦なく水分を奪っていく。事実、エリックは脱水を起こしてダウンしてしまった。このまま放っておけば、深刻な状態に陥ることは間違いない。
「もう一度言うぜ、美咲。人に物を頼むんなら、それなりの言い方ってもんが、あるよな?」
八田は《吠舞羅》の切り込み隊長だった。この状況に切り込んだのは、間違いなく彼自身だ。だから、責任を取るのは彼でなくてはならなかった。
八田は唇を噛みしめながら、頭を下げた。
「……サル。頼む。乗せてくれ。このままだと、エリックが死んじまう」
「…………」
伏見の表情が、つまらなそうなものに切り替わった。
5秒か、10秒か――息が詰まるような沈黙のあとに、伏見は軽く顎をしゃくった。
「乗せろ。車ン中に水がある」
八田は後ろを振り返り、うなずいた。坂東と千歳がエリックを担ぎ上げ、正気を取り戻した鎌本が、急いで後部座席のドアを開ける。中にいた藤島が、エリックを車内に横たえて、その唇にペットボトルの水を含ませた。
鎌本が乗り込んだのを見届けてから、八田は伏見に視線を戻した。伏見は怪訝そうにそれを見返し、
「なにしてんだ。おまえもさっさと――」
「俺は、乗らねえ」
鋼のごとく固い声が、その言葉を跳ね返した。
ここから先は
K~10th ANNIVERSARY PROJECT~
アニメK放映から十周年を記念して、今まで語られてこなかったグラウンドゼロの一部本編や、吠舞羅ラスベガス編、少し未来の話など様々なエピソード…
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?