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うらを見せ、おもてを見せて

著:あざの耕平

 ミコトの木――
 街頭のディスプレイに流れる映像が、視界の片隅から飛び込んで来た。
 思わず足を止め、上着の裾をつまみながら指さして、口にしていた。
 くわえ煙草の彼は、ん、と微かに眉を持ち上げる。
 彼女が指さす方に細いあご先を巡らせ、
「……ああ」
 と、特になんの感想もない様子で、しかし納得はして気怠げに応えた。
 映像はすぐに切り替わる。どこかの企業のイメージCMらしい。見栄えのする幾つかの風景が順番に切り替わり、短いフレーズを唱えてから、企業のロゴと共に映像は終わった。
 なんと言うことはない、ただのCM。
 それでも、最初に見た映像は、彼女の瞳に焼き付いていた。
「これはまた思わぬ命名が飛び出たね?」
 そう楽しげに言ったのは、隣を歩いていた十束だった。
「確かに真っ赤ではあったけど、キングの木って言うには、らしからぬ上品さじゃなかった? 風流って言うか、雅って言うかさ」
 少し悪戯な笑顔をこぼしながら、十束はおかしそうに指摘した。
 そんな風に言われると、確かに、あまり「相応しく」はないような気がした。とっさに指さした映像の木に、彼が持つ激しさはなかった。すべてを燃やし尽くすような強い熱も。裡に秘める狂おしい力も。
 しかし――
 綺麗だったのだ。
 彼と同じように。そこに在るだけで周りを引きつけるような、見た者をハッとさせる、一瞬の美しさがあった。
 ただ一人、堂々とそこに「在る」気高さが。
 また、その気高さ故の、切なさが。
 だから、思ったのだ。
 あれは、ミコトの木だ、と。
 言葉にすることが難しい、淡く、不確かな、心の動き。それを伝えようと、拙い言葉を、不器用に重ねた。
 すると、十束は、
「なるほどねえ……」
 と、感心したように頷いた。
「面白いもんだ。ねえ、キング? アンナの見てる世界ってさ? 実は俺たちが見てる世界より、もっとずっと奥が深いって言うか……『豊か』なのかもしれないね。豊かで……それに自由な気がするよ」
 そう、あけすけに褒める十束の言い様に、彼女は少し頬を赤らめる。
 ちらりと、傍らに彼を見上げた。
 彼は彼女を見下ろしていた。
 口にくわえた煙草をくゆらし、少し迷った末、ぽん、と軽やかに、また不器用に頭を触る。
「……ああ」
 と小さくつぶやいて。
 それからまた、歩き始める。
 彼女はその跡を追い。
 十束がその跡に続く。
 彼は悠々と前へと進む。その傍らにトタタと続きつつ、名残惜しそうにディスプレイを振り向いた。もちろんその視線の先に、さっき見た映像はない。
 すると十束が笑い、
「気になるなら、見に行こうか?」
 ぱちり、と瞬きをする彼女に、十束はにこやかに告げる。
「あの木がどこにあるのか調べてみるよ。今年はもう葉が落ちてるかもしれないけど、それなら来年、見に行こう。きっと楽しいよ。ね、キング?」
 十束の提案に、彼女はコクコクと何度も頷く。そんな彼女に、十束は晴れやかな笑みを返す。
 二人の会話を聞いているのかいないのか。大股で歩くくわえ煙草の彼が、微かに唇の端を持ち上げた。
 その年最後の月が始まった、ある冬の日の、たわいないやり取り。
 結局、そのとき交わした約束が、果たされることはなかった。そのまま記憶に埋もれ、忘れ去られるはずだった。
 しかし……。 

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K Fan ClanおよびK Fan Clan Nextの小説等コンテンツを再掲したものです。

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