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グラウンド・ゼロ fragments 05

こども電話相談室


著:古橋秀之

「『迦具都の奴がナニ考えてるのか』て?」
 いつもならば、人になにを訊かれても、煙に巻くようなことしか言わない相馬が、一瞬、返答に間を置いた……が、直後、その顔には常のように、意図の読めない笑みが浮かぶ。
「そいつは『こども電話相談室』やね」
「真面目な質問をしたつもりですが」
 択也は眉も動かさずに言った。元々表情に乏しいほうだが、この場合は不服の表れだ。
「いやいや、マジメに答えとるよ、俺は」
 実際、普段より遊びの少ない態度で、相馬は応えた。
 〝懐疑〟の択也と〝韜晦〟の相馬。ふたりの会話は、腹の探り合いのような形になりがちだが、下手な誤魔化しは、却って無駄な情報を与えることになりかねない。そこで「与えてよい情報は与え、余計な詮索を躱す」。それが択也に対する、相馬なりの韜晦なのだった。
「お天道さんに向かって『なにを考えてるんですか』て、大人は訊かへんやろ。『なんで東から昇ろうと思ったんですか?』とか、『カンカン照りの日は怒ってるんですか?』とかな」
「浅い理解で《赤の王》を推し量るな……ということですか」
「や、ちゃうちゃう。ええねん、それでええねん」
「は……?」
「子供は子供なりに世界を捉えとるんや。『太陽が笑ってる』も『巨大な水素の塊が核融合してる』も、どっちも同じことの一表現やからね。難しく言えばいいモンとちゃう」
「はあ」
「そういう意味では、さっきの質問の答えは……『あいつにはなにか、俺らには見えへんモンが見えとる。口には出さんが、大きな想いを抱えとる。いつかそれが、奴を大きく動かすかもしれん』……てなトコやね」
「それが、『子供向けの説明』ですか」
 恐ろしく馬鹿げたやり取りだった。質問が間抜けなら、回答も大間抜けだった。択也がそんな馬鹿なことを言い出すとは思わなかったため、不意を衝かれた相馬も間抜けな返答をしてしまった。
 だが、おそらくはそこまで含めて、択也の思惑のうちではあったろう。限られた知識と認識でできる限り状況を把握し、生き残りを図ろうとしているのだ。無意味なことだとは思うが、否定はしない。そもそも、《赤の王》の前で意味を持つ存在などいないのだ。
 相馬は、択也の行動をそのように理解し、そして考えた。
 ――あの時、自分は続けてなんと言っただろうか。
「……まあ『推し量るな』いうンも、間違いやないけどな。ほれ、『深淵を覗くとなんとやら』いうコトワザもあるやろ」
「確か、ニーチェだったかの言葉でしょう。諺じゃない」
「とにかく、あいつのこと、あんまり考えすぎるとな……脳から灼かれンで」
「なんですか、それは」
「文字通りの意味や。お天道さんニラんだら、目え潰れるやろ。それと同じや」
「……警告ということですか」
「だーかーらー、俺がジブンを脅してどうこうとかやのうて、文字通り『脳がヤバい』いう話よ」
 相馬の欠損した小指が、択也の欠損した左眼を指した。
「《煉獄舎うち》に入る時、やったやろ、これ・・?」
 《赤の王》に打ち込まれた異能の力が体内を荒れ狂い、身体の一点、当人の精神的外傷に符合する一点に集中し、炸裂する。その傷害に耐えて生き残った者を、クランズマンと認める――それが《煉獄舎》のインスタレーションだ。
 それと同種の現象が、今度は脳内に生じる。脳の欠損に「耐えて生き残る」者はいない。
 当時、《赤の王》迦具都玄示の周囲に発生する死者の何割かは、正体不明の頓死だった。当時者の頭が「弾けた」「沸騰した」という、周囲の証言もある。
「迦具都玄示の存在に関して、なんらかの、特定の理解に至った者は、脳を焼失して死ぬ」
 それが迦具都によるなんらかの〝攻撃〟なのか、あるいは異能の暴走現象の一種だったのか、今となっては分からない。
 いずれにせよ、迦具都事件の前後の混乱期にあってなお奇怪なほどに、迦具都玄示という一人物についての情報が欠落し、時代を遡って把握することが困難である、その原因のひとつだと考えられている。
 そしてまた、いずれにせよ――相馬自身がその件において気を揉むことは、もはやない。

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4,489字

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