見出し画像

Endless Rain

著:来楽零

 その日は午後から雨だった。
「予報では今日は雨じゃなかったんだが、すっかり降られてしまったな。この時期は油断できん」
 と、屯所に戻ってきた秋山が濡れた隊服から水滴を払いながら言い、隣の弁財が「あ!」と大きな声を上げた。
「まずい、朝布団を干したんだった。すまん、一度寮に戻って取り込んでくる!」
 慌てて雨の中を寮へと駆けていく弁財の後ろ姿を横目に見ながら、伏見は「布団干したまま出勤してんじゃねえよ」と思った。

 その日もまた、雨だった。
「ここ数日、ちっとも晴れ間がないな」
 と、加茂が屯所の窓からしとしと降り続ける雨空を見上げてため息交じりに言った。苦手な報告書を書いていた道明寺が「あ~」と声を上げ、ミスしたらしい書類をぐしゃぐしゃと丸め、別の紙でそれを包んで雑なてるてる坊主を作る。
「毎日毎日じめじめじめじめ鬱陶しいったらねーよな! 湿気で髪はくるくるするしさぁ」
 頬をふくらませて自分の髪の毛を引っ張る道明寺を一瞥し、伏見は自分のいつもよりうねった髪を掻き上げながら「同感だが、てめーはさっさと報告書書き上げろ」と思った。

 その日もまたまた、雨だった。
「布施、大変! 僕たちの部屋、雨漏りしてる!」
 寮の食堂に、先に部屋に戻ったはずの榎本が焦った顔で駆け戻ってきた。夕食のカレーのおかわりを食べていた布施は、「げっ!」っと顔をしかめて立ち上がった。
「嘘だろ、勘弁してくれよ! ずっと雨降りっぱなしだし、どうすんだよ……!」
 雨漏りの対策や修理について話しながら慌ただしく食堂を出ていく布施と榎本を眺め、伏見は「いい加減このボロい寮建て替えろよ」と思うのと同時に、「マジで最近雨がやんでるところ見ないな」と考え、カレーを口に運んだスプーンを軽く噛んだ。

 その日もまたまたまた、雨だった。
「雨の日の出動は気が滅入るねェ」
 事件現場へ向かう輸送車に揺られながら、五島がしみじみとつぶやいた。出動中は傘をさすこともできないし、制服は濡れるし洗濯も間に合わない。出動がかかった日の男子寮の玄関はびしょびしょの隊服がずらりと吊り下げられ、濡れたブーツも干されて異臭を放つという悲しい光景が広がる。今日もおそらくそうなるのだろう。
 だが、車を叩いていた雨音がふいに消え、窓の外を見た日高が「あれ」と声を上げた。
「雨、やんだんじゃねえ?」
 伏見も顔を上げ、久しぶりに目にする明るく乾いた世界を窓越しに見た。だが伏見は違和感を覚えた。雨がやんだというよりは、屯所の周りは降っていたがここでは降っていなかった、というふうに見えたからだ。実際、地面も乾いている。
 屯所からたいして離れてもいないのに、随分局地的な雨だったらしい。
 晴れ間ののぞく現場に着き、事件を片づけて、また輸送車に乗って屯所に戻ると、やはり屯所の周りには相変わらず雨がしとしと降っていた。
 伏見は、「この雨、少し変じゃねえか?」と思った。

ここから先は

4,547字

KFC/KFCNサルベージ

¥300 / 月 初月無料

K Fan ClanおよびK Fan Clan Nextの小説等コンテンツを再掲したものです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?