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K SIDE:PURPLE 05

著:鈴木鈴


 天才とは、確かにいるものだ。
 一通りの型を終えた紫を見て、長谷はあらためてそう思った。
 2人がいるのは、『二番街』の片隅にある空き地だ。10メートル四方ほどの荒れ果てた草地で、最初に訪れたときは雑草が伸び放題になっていたから、長谷と紫で草刈りをするところから始めなくてはならなかった。
 夕方5時から1時間だけ、自らの鍛錬ついでに見てやってもいい。稽古をつけるというほどのものでもなく、ほんの手ほどきくらいの軽い気持ちで言ったことではあったが――紫の天稟は、長谷の想像をはるかに超えていた。
 ひとつの型を教えるだけで、あっという間に吸収してしまう。簡単な技であれば、見ただけで模倣することができる。単に真似ているだけではない。型や技が持つ道理を一瞬のうちに見抜いて、自分のものにすることができるのだ。
 長谷とて三輪名神流の師範代まで務めた男だが、剣の術理を身につけるまでは長い時間を必要とした。それなのに、この御芍神紫という少年は、一ヶ月に満たない時間でそれをものにしようとしている。
「……むう」
 呆れとも諦めともつかない境地で、長谷は曇天を見上げてうめいた。
「先生? どうなさったのですか?」
 タオルで汗を拭きながら、紫が不思議そうに訊ねた。長谷はぞんざいに手を振り、
「いや、なに。我が身の非才を嘆いていたところだ」
「はあ……?」
「まあいい。俺のことはいい。それより紫、『速三段』はできるようになったか?」
 紫の口元に、淡い笑みが浮かんだ。
 右手に握った木刀をくるりと回転させて、正眼に構える。気息を整えること数瞬、紫の身体が水に落ちた墨滴のように沈み込んだ。
 身体ごと投げ打つように小手を打ち――
 地面を蹴りつけて喉を突き――
 手首の切り返しのみで、顎を跳ね上げる。
 そのすべてを、紫は見事に実践してみせ――そしてそのすべてを、長谷は片手だけで防いでみせた。
「いかがでしょう」
 悪びれもせずにそう言った紫に、長谷は憮然として言う。
「見事だ。しかし、誰が俺にやれと言った」
「他にやる相手がいません」
「『木人くん』がいるだろう」
 長谷が顎で示したのは、人の高さほどの棒杭――空き地の片隅に転がっていた材木を、長谷が力任せに地面に打ち込んだ稽古台だった。長谷はこれを『木人くん』と呼んで親しんでいたが、紫は悲しみと不満を募らせた目でそれを見て、ゆっくり首を振った。
「あれは、木です。手首も喉も顎もないのに、どうやって技を決めるんですか」
「そこがおまえの未熟なところだな、紫。よいか、心頭滅却すれば火も涼し、鰯の頭も信心からと言うように、人は想像力を羽ばたかせればいくらでも――」
「そんなことよりも」
 紫は再び木刀を正眼に構え、じっと長谷のことを見つめた。
「『速三段』ができるようになったら、直に稽古をつけてくれるとの約束です」
「……むう」
「先生。お手合わせ、お願いします」
 木刀の向こうに光る紫の瞳を見て、長谷は深く息を吐いた。
 この色合いの光を、長谷は今までに何度も見たことがあった。好奇と情熱。自らがどれだけ強くなったのか確かめたいという想いと、さらに強くなりたいという想い。それを確かめるためならば、どのような痛みもいとわない――そのような光だ。
 剣の道を究めるのであれば、それもまたよいのだろうが。この少年にそれを教えてしまったことを、長谷は少しだけ後悔した。
 後悔しながら、しかし、わずかな喜びと共に長谷は剣を構える。
「一度だけだぞ」
「今日のところは」
 全身に力が漲るのを感じながら、長谷はにやりと笑った。
 鏡を見ずともわかる。今の自分の目には、おそらく、紫と同じような光が灯っていることだろう。
 

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