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今年も、また

著:来楽零

「すごい! カニだ! カニカマじゃない本物のカニだ!」
 蒸し器の中から現れた、ほこほこと白い湯気を昇らせるカニを見て、十束がまだ幼さを残す丸い目を輝かせた。
「大晦日やからな」
「草薙さんちでは大晦日はカニを食べることになってるの?」
「別にそういうわけやないけど、まあ何かしらのごちそうっぽいもんは毎年食うとるかな。十束、そこの皿向こうに持ってき」
「はーい」
 十束は素直に料理が載った皿を厨房からテーブルへ運んでいく。そのテーブルの前のソファーでは、周防が手伝う気も見せずに泰然としていた。ごちそうになろうというのにいい態度だ。
 ひょんな事で知り合った高校の後輩の周防尊と、それにくっついてきた妙な中学生の十束多々良。彼らとなんだかんだでつるむようになって半年ほどが過ぎた年の瀬迫る頃、草薙が何の気なしに年末年始はどうするのかと二人に訊いたところ、二人ともが一人きりで過ごすらしいと知ったのだ。
 周防は中学までは祖父と二人で暮らしていたそうだが、その祖父も死去し、現在は高校生の身で自由な一人暮らしだ。一人の周防が、正月だからといって何か特別なことをするとはとても思えず、繰り返されるなんでもない毎日と一切変わらずなんの感慨も湧かない普通の一日として大晦日も正月も過ごしてしまうのかと思うと、大きなお世話だと承知しつつも何かそれらしいことをさせたい気持ちになった。
 十束の方は、血の繋がらない父親と二人暮らしではあるものの、この義父が悪人ではないがギャンブル好きかつ放浪癖のある見事なダメ人間らしくしょっちゅう十束を家に一人おいたまま行方不明になるそうだ。草薙も一度十束の家に寄ったときに会ったことがあるが、なるほど明るく人当たりは優しいが、責任感とは無縁そうな人だった。年の瀬も絶賛失踪中のようで、十束が言うには今回の失踪はまた借金取りから逃げる意味合いもあるのでしばらくは帰ってこないだろうとのことだ。十束はイベントごとは好きなタイプで、大勢でわいわいやるのも大好きだが、一人だったら一人だったで問題なく楽しく過ごせる奴なので、一人きりの年末年始でも、雑煮のようなものでも一人で作って一人で食べて一人で初詣などに行ってそれなりに満足するのかもしれなかったが、孤独と貧困の中の年末年始を想像すると十束が平気でも草薙の方が悲しくなってしまったため、周防ともどもウチに来ないかと誘ったのだった。
 その旨を、草薙が同居している叔父、草薙水臣に話してみたところ「なら家よりバーの方が食器類もそろってるし、店で年越しをするか」と言われた。
 そんなわけで、水臣の経営するバーHOMRAで今、大晦日の夜を過ごす準備が整おうとしていた。バーの入り口の札はもちろん「CLOSED」になっている。
「今年は随分賑やかだな」
 水臣が自分の酒を用意しながら笑う。本来なら今頃は静かに休ませていただろうバーの中は暖かく、普段はバーではあまり作らない和食メインの料理の香りが漂い小料理屋のようなほっこりとした空気になっている。草薙は少しの申し訳なさに眉尻を下げた。
「堪忍な、叔父貴。年末に人呼んでしもて」
「いや、むしろ面白く思ってるよ。年越しを一緒に過ごすなんて、急に家族が増えたみたいじゃねえか」
 すっかり整えられた大晦日の食卓に着いて、水臣は愉快そうに言う。変わり者の叔父は鷹揚で、草薙のやることをいつも構えることもなく受け止め、受け入れる。基本的には放任主義だが無関心というわけではなく、草薙がうっかり自分の懐に入れてしまったこの二人の風変わりな友人を初めて見た時などは、興味深いものを見たとでもいったふうに深く頷いて、「そうか。友達ができたんだな。よかったな出雲」などと言った。不当な子供扱いな上、元々友人が多いタイプだった草薙に対して失礼な発言である。ここまで深く関わってしまう友人は、確かに他にはあまりいなかったかもしれないが。

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