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限定王権戦記「青服と黒服」

著:鈴木鈴

 朝から降りはじめた雨は、昼過ぎには土砂降りになっていた。
 武地数馬は雨が好きだ。より正確に表現するのなら、「出動時の雨は好ましい」と思っている。雨はさまざまなものを隠してくれる。視界、足音、人数、退路――初期情報の量で勝っているのなら、煙幕は多ければ多いほどいい。右も左もわからないまま敵が壊滅してくれたら最高だ。
 情報部からの通達によれば、確認された黒服の数は6名。白土区の放棄された流入施設近辺に潜伏しているのだという。《セプター4》は18名からなる突入部隊を編成、間を置かずに現地へと直行させた。潜伏場所は住宅地から離れた河川区域にあり、周囲の被害を考えなくていいということが、迅速な判断の決め手となった。
 最初の接敵で、2名の黒服を無力化した。
 そこから先はいつもの戦場だ。怒号と罵倒、生ける爆弾と化した黒服たちの破滅的な反撃。炎の嵐が吹き荒れ、嵐に呑み込まれた隊員が悲鳴をあげて転げ回り、それを乗り越えて武地たちは進む。もう1名の黒服を斬り伏せ、さらに廊下の奥へと進もうとしたところで、
「死ね! 青服!」
 脇の部屋から、小柄な黒服が飛び出してきた。
 炎をまとった拳を、武地の顔面めがけて突き出す。武地は異能の盾でそれを防ぎ、黒服の首筋めがけてサーベルを振るった。黒服は寸前で回避、地を蹴って身体ごと弾丸のように武地にぶつかってくる。
「ぐっ……!」
 みぞおちを強打され、武地はバランスを崩す。黒服はそのままもつれ合うように武地を押し倒し、馬乗りになってにやりと笑った。
「へっ、ざまあみな!」
 そして黒服は、焼けただれた右拳を振り上げ、異能の炎を――
 出せなかった。
「……あ?」
 ぱちくりと目を瞬かせ、不思議そうに自分の拳を見やる。その脇腹に、武地は渾身の左フックをたたき込んだ。潰れたうめきをあげて身体を浮かせた黒服を、武地は身体のバネだけではね飛ばし、咳き込みながら立ち上がる。
「――な、なんだよ、これ!?」
 廊下の隅に転がって、素早く体勢を立て直した黒服は、自分の左手首を見て狼狽していた。そこには、金属製の手枷がはめられている。――馬乗りになられたときに、武地がとっさの判断で取り付けたものだ。
「手錠型の、異能抑制具だ。それをはめられている限り、おまえは異能を使うことができない」
「なっ!? ふざけんじゃねえよ、外せ! 今すぐ!」
「おまえが俺なら外すのか?」
 淡々と言いながら、武地は黒服に近づいていく。《煉獄舎》との戦闘において、敵性クランズマンの殺害は許可されているが、「可能であれば」身柄を拘束して連れ帰るようにとの命令が出ている。異能を封じられた黒服の脅威は、連行可能なほどには低下した――武地はそう判断し、黒服を拘束しようとした。
 その瞬間、赤とオレンジの光が視界を満たした。
「ッ!」
 武地は反射的に両手を眼前にかざし、異能フィールドを展開。自分と――そして、無防備な黒服を守った。おそらくは、他の黒服による自爆攻撃だろう。致命的な威力の爆圧に対して、武地は渾身の集中力でフィールドを維持し、
「いいから外しやがれ、この青服野郎ッ!」
 黒服が、叫びながら突っ込んできた。
「なっ、馬鹿ッ――!」
 集中が途切れた。ぎりぎりのところで爆風を食い止めていた異能フィールドにほころびが生じ、そこから一気に瓦解した。武地と、彼にしがみついていた黒服は、濁流にもまれる木の葉のように吹き飛び、窓ガラスを突き破りながら『外』に放り出された。
『外』には、巨大な『穴』が口を開けていた。
「…………ッ!」
 空中で身をよじりながら、武地は焦りを覚える。
 作戦前のブリーフィングで、彼はこの『穴』がどういうものなのか知っていた。直径30メートル、深さ70メートル、氾濫した川の水を地下放水路に流し込むための立坑だ。
 異能者であれば、ここに放り出されたとしても無事に済むだろう。異能によって落下の衝撃を和らげるなり内壁に取りつくなりして、対処することができたはずだ。
 だが、彼と一緒に放り出された黒服は――異能を封じられていた。
 このまま落ちれば、あいつは死ぬ。
 落下が始まるまでのコンマ数秒で、武地はそのことを認識し、思考し、そして、決断した。
 足下に異能の輝きを放ちながら、武地は毒づいた。
「くそっ! なんで俺が、黒服を!」
 そうして、彼は宙を蹴るようにしてさらに跳躍、黒服のことを抱え込んで、そのまま『穴』の奥底へと落ちていった。

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K Fan ClanおよびK Fan Clan Nextの小説等コンテンツを再掲したものです。

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