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グラウンド・ゼロ fragments 07

夢の終焉


著:あざの耕平


 それは台風に似ていた。
 超大型の台風。雨ではなく炎を降らす、致命的な嵐。
 気圧の変化がその接近を知らせるが如く、彼ら・・が近付く気配は、明確に察知できた。迫り来る破滅を前に、《灰色の王》鳳聖悟は、長々と嘆息した。
「……《セプター4》は間に合わなかったか。羽張め……いや、責めるのは筋違いだな」
 灰色のクラン《大聖堂カテドラル》。
 その中心たる教会の礼拝堂で、鳳は十字架の前に跪き、深く祈りを捧げていた。そうしながら全身で、現状・・に耐えていた。
 わずかでも気を抜けば押し潰されそうな重圧。その中で、己が為すべき事を、幾度も自らに言い聞かせる。
 鳳聖悟の使命は、守ること。
 弱き人々を――聖域に集った人々を救う。ただそれだけだ。
「……《煉獄舎》から応答は?」
「あ、ありません。直接出向いた者からも、連絡が途切れ――」
「《非時院ときじくいん》は?」
「至急援軍を向かわせるとのことです。ただ、どうあっても、いますぐには……」
「だろうな」
 側近の報告に、苦い自嘲を過らせる。
 わかっていたことだ。鳳はおもむろに立ち上がると、切なげな眼差しを十字架に向けた。が、すぐに振り切るようにして、形而上の楽園に背を向けた。
「出る。可能な限り時間を稼ぐから、全力で避難を進めろ」
「お待ちください! どうか《王》も共に避難を――!」
 鳳の台詞が遺言に等しいことを、側近たちは正しく理解していた。身を捩りながら懇願したが……鳳はただ、静かに微笑む。
 直接の返答はせず、
「任せたぜ」
 とだけ言い置いて、迷いのない足取りで礼拝堂をあとにした。絞り出すような呼び止めにも、振り返りはしなかった。
 いまあるこの「状況」が、〝顔のない男〟の思惑に因ることはわかっている。
 だが、〝顔のない男〟が死んだいま、もはや取り返しはつかない。いや、たとえやつが生きていたとしても、どうしようもなかっただろう。あれほどの傑物が、自らの生命を――存在を――まるごとベットして作り上げた「状況」だ。覚悟で劣ったと考えるのは噴飯物ではあるが、やつの狂気に一歩及ばなかった事実は、認めざるを得ない。
 ただし、押しつけられた「状況」に、どう応じるかは自分次第。どこまでが〝顔のない男〟のシナリオ通りかは知らないが、鳳はただ愚直に、自らの信念に従うのみ。
 教会を出る。
 遙か頭上の天空には、超常の巨大な剣が鎮座していた。白でも黒でもない、灰色を帯びた《ダモクレスの剣》。すでに周囲一帯には、強固な霧の防壁を展開している。鳳の――《灰色の王》の権能たる、絶対防壁の聖域サンクトゥムだ。が、「絶対」なる神話が今日これから崩れる予感に、鳳は表情を歪めた。
 聖域サンクトゥムの端へと向かう。
 辺りは早くも阿鼻叫喚だ。迫り来る劫火の破滅に、怯え、嘆き、錯乱している。そんな中、鳳のクランズマンたちが必死に避難誘導を試みていた。
 クランズマンたちは生命の危機を前にしてなお、誠実に、また毅然として、為すべき事を為している。自分にはもったいないクランズマンたちだった。その信心に応えることも、鳳の使命である。
 一人でも多く生き延びて欲しい。そのために、いま自分は歩を進めている。
 そして――
 六車線からなる、開けた幹線道路に出た。漠然とした「市」の境界線だ。だがいま現在、本来は曖昧なはずの境目には、高い――十メートルを優に越す、色濃い霧が立ちはだかっていた。
 鳳が作る霧の城壁だ。外敵を惑わせ、挫かせ、煙に巻く、異能の盾。しかし、これまで幾度となく彼と彼のクランを守護してきた灰色の霧が、果たして今回、どれだけ役に立ってくれるだろうか。
「……いや」
 違う。石盤から得た「力」に、ただ頼るだけでは駄目だ。自分が、自分で、切り拓かねばならない。
 鳳はおもむろに右手を掲げると、ひと息に振り下ろした。
 同時に、前方を塞いでいた濃霧の城壁が、モーゼのエジプト脱出よろしく左右に分かれ、道を拓いた。
 たちまち熱波・・が押し寄せる。
 は、拓かれた霧の向こう、ゆっくりと歩み寄る幾人もの男たち――一律にダークスーツで身を包んだ集団から放たれていた。
 異様の者どもだ。
 ある者は怒りに燃え、ある者はケラケラと哄笑し、ある者は粘る視線を向け、ある者は泣き喚いている。
 《煉獄舎》。
 鳳と同じく、石盤に選ばれし《王》を戴く、炎と破壊の使徒クランズマンたちである。
 彼方より近付く黒い群れは、地獄の悪鬼と見紛うばかりだ。この世ならざる煉獄の法に従い、聖なる園を侵食しようとしている。
「……ハッ」
 己を奮い立たせるが如く、鳳は鼻を鳴らした。
 無駄と知りつつ、声を荒らげる。
「これより先は我が《大聖堂カテドラル》が王権者属領! 許可なくして踏み入る者は滅する! 最終警告だ。退け・・!」
 無論、無駄だった。
 ほんの数秒待ったのち、鳳はわずかに肩の力を抜いた。
 そしておもむろに腰間に右手を伸ばすと、古いホルスターに提げた、一挺のリボルバーを抜き放った。

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7,132字

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