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グラウンド・ゼロ fragments 01

『あの日、あの時、あの外側で』

著:来楽零

 あの日、あの時、草薙出雲は京都の自宅で姉と紅茶を飲んでいた。草薙は十三歳だった。

「出雲ぉ、紅茶入れて」
 姉は高校三年の受験生だったが、受験の天王山と呼ばれる夏を迎えても格別必死になることもなく悠々としていた。草薙の兄弟は皆そうだったが、地頭が良くて必死にならずとも成果をあげることができる要領の良さを持っていた。
 ただ、受験生であるのだから弟から気を遣われてしかるべきという振る舞いで、草薙に茶やら夜食やらをねだるのを好んだ。
 草薙は適度に顎で使われつつも、その分愛され上手な末っ子だったので、その時も素直に姉の命に従って茶葉から丁寧に紅茶を淹れた。マメで凝り性な質のため、中学生男子とは思えないおいしい紅茶を淹れる技術を身につけていた。
「砂糖とミルクは?」
「入れて。頭使ったら糖分欲しなったわ」
「そないに長時間勉強しとらんやろ」
 そう言いながらも菓子箱からクッキーを取り出して紅茶と一緒に出した。ダイニングテーブルに姉と向かい合って座り、だらだらと他愛もない会話を交わしながら紅茶を飲んでクッキーをつまむ。テレビはつけていなかった。だからその瞬間、世の中に何が起きたのか、草薙家のリビングで穏やかな時間をすごしていた草薙は知るよしもなかった。
 自宅の電話が鳴った。姉が草薙を見る。その視線に「出てよ」の圧を感じ、草薙はおとなしく立ち上がった。
「はい、草薙です」
 受話器に向かってよそ行きの声を出すと、遠く海の向こうにいるはずの長兄の焦った声が耳を打った。
「出雲か!? 日本は大丈夫なんか!?」
「は?」
 草薙より十歳上の長兄は今、アメリカに留学している。スマートでそつがない長兄が取り乱している様を草薙はほとんど見たことがなく、冗談のようなセリフを焦った様子で言う声に戸惑った。
「何言うとるん? そっち今夜中やろ。酔っ払ってるんか?」
「京都の方はなんともないんか? 日本の首都圏で大爆発が起きたってニュースがあって、けど詳しい情報が何も入ってきぃひんのや」
「え。ね、姉ちゃん、テレビつけて」
 草薙は受話器を耳に当てたまま、おろおろしながら姉に向かって言った。姉は怪訝な顔をしつつも、草薙の様子に尋常ではないものを感じたのか何も問わずにすぐさまテレビのリモコンを手にする。
 普段この時間には別の番組をやっているはずのチャンネルが、緊急ニュースを流していた。テロップには長兄が言った通り、「南関東で超大規模爆発」と大きく固定表示されている。
 報道現場も混乱しているらしく、裏でスタッフが怒鳴り合うように何かを報告し合っている声が入り、キャスターも動揺しきった様子で手元の紙をガサガサいわせながらしゃべっていた。現場には決して近づかず、近隣住民は速やかに避難すること、詳しい状況は情報が入り次第お伝えしますので、決してパニックにならず落ち着いて命を守る行動を取ってくださいということを訴えている。
「なに……?」
 姉が、戸惑った声でつぶやいた。
 草薙も戸惑いながら、大きな工場でも爆発したのだろうか……と考え、切り替わった画面に絶句した。
 被災現場の映像だった。見渡す限り土煙あがる瓦礫の光景が広がっていて、現代のこの国の景色だとはにわかには信じがたい。戦争が起きたのかと思わせる様相だった。
 ――戦争が起きた、というのはある意味ではあながち間違いでもなかったが、当時の草薙には当然のことながら知るよしもない。
『爆発の規模は神奈川県全土に及んでいるとみられ、沿岸部では激しい海水の流入が起こっている模様です』
 草薙が呆然とテレビを見ていると、姉が近づいてきて身をかがめた。いつの間にか草薙は受話器を取り落としていたようで、姉はコードでぶらさがった受話器を取り上げ、心配そうな声を上げる長兄に応対した。
 京都には今のところ何も異変はないこと、神奈川を中心に南関東が爆発に飲み込まれたようだが日本のニュースでもまだ詳しいことはやっていないこと、東京にいる次兄の安否を至急確認することを伝え、指でフックスイッチを押さえて通話を切ると、すぐさま電話をかけ直す。
 草薙家の次兄は、東京の大学に進学している。南関東の大爆発に巻き込まれてしまう可能性は否定しきれなかった。
 次兄の携帯は繋がらなかったらしい。姉は小さく舌打ちして受話器を置いた。
「……あかん。携帯の回線がパンクしとるんや」
 姉はじっとしていられないらしく、自転車の鍵を取った。
「ひとっ走り本家の様子を見てくるわ。出雲は電話番しとって」
「わ、わかった」
 ドクドクと音を立てる心臓を押さえ、草薙はテレビ画面を見つめた。
 何が起きたのかはまったくわからない。事件なのか、事故なのか、自然災害的なものに起因するものなのかも。
 草薙は、このとんでもない事態を引き起こした「犯人」がいるとしたら、と思いを馳せてみた。
 もし、これを引き起こした「誰か」が存在するとしたら、それは一体どんな人物で、何を思っていたのだろう。
 とりとめなく考えていると、電話が鳴った。
 草薙はびくっと小さく飛び上がり、すぐさま受話器を持ち上げる。
「もしもし!?」
『その声は出雲だな。水臣だ』
 電話をかけてきたのは、東京でバーを経営している草薙の叔父、草薙水臣だった。親族の中では変わり者の立ち位置の叔父であったが、草薙は幼い頃から彼に懐いていた。
「叔父貴、大丈夫なんか!? 今さっき、ニュース見て……」
『ああ、東京の方はかなりのパニックだよ。けど、お前の兄ちゃんは無事だ』
 聞けば、次兄は今水臣が経営するバー〝HOMRA〟にいるらしい。外にいる時に南関東の爆発が起き、心配しているであろう家族に無事の一報を入れようとしたが携帯が通じない状況になっていたため、比較的近かった水臣の店に電話を借りに来たそうだ。
 次兄に電話が代わられ、東京は直接的な被害はなく自分は無事であることと、新幹線が走るようならば一度京都に帰る旨を聞いた。
 水臣に電話が戻され、皆によろしく伝えてくれと言うのに漫然と頷きながら、草薙はさっきまでの物思いを口からこぼした。
「叔父貴、この爆発、誰かが起こしたんかな」
『……わからんよ』
 それ以外言いようがないと言った様子で水臣は答えた。
『最近、恐ろしい事件を時々耳にしていた。物騒な時代が来たという感覚はあったが……まさかこんなことが起こるとは……』
 草薙はぼんやりと壁にかかったカレンダーを見た。1999年7月11日。多くの人間にとって忘れられない日になると思った。

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