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グラウンド・ゼロ fragments 02

『夢に始まり、そして』

著:古橋秀之

 地上最大の《王》、《黄金の王》國常路大覚の姿は、開放された広い窓の脇にあった。

 夕刻に近く、夏の陽はすでに金色を帯びて傾いているが、空中庭園の落日は遅い。

「……夢、か」

 そう呟いた時には、謁見の開始から三〇分あまりが経っていた。

 七釜戸・御柱タワー屋上、國常路の私邸。常ならば、身の回りの世話をするごく限られた人間しか立ち入ることのない私的空間が、今、客人を迎えている。

 客はふたり。アポイントメントはなかったが、連れ立って御柱タワーを訪れると、あいさつより先に《非時院》の使者に出迎えられ、屋上に通された。

 無論、通常は考えられないことだ。一国の政治経済のすべてが彼の意向によって回転する――「御前が躓けば、国が転ぶ」とまで言われる不休の巨人・國常路大覚が、予期せぬ訪問者に会見することも、分単位の時間を割くことも、常識ではあり得ない。

 つまり、客は常識外の人物だった。

 《無色の王》三輪一言。泰然と座し、あたかも庭園に据えられた巨岩の風情を楽しむように、國常路の背を眺めている。

 そしてもうひとり、一言の連れてきた普段着の少年。線の細い、整った容貌は少女のようにさえ見えるが、しなやかに鍛え上げられた体と、芯の入った姿勢から、ただの学生ではないことは明らかだった。

 名は、御芍神紫。数ヶ月前に《無色の王》のクランズマンになった人物だということは、國常路も把握している。

 ふたりを案内してきた側近を退出させると、國常路は三輪一言に、直截に命じた。

「用件を言え、三輪」

 日和見も韜晦も許さない、直接的な口調。常人ならばそれだけで失神しかねないその重圧を、一言はあっさりと受け流した。

「ただのご機嫌うかがいです、御前。……今朝の夢見が悪かったものですから、少し気になって」

「夢……」

 國常路はそれきり押し黙った。

 未来予知は三輪一言の異能だ。それは彼の脳裏に謎めいた詩句の形で降ってくることもあれば、非言語的なヴィジョンの形で浮上してくることもある。そうしたヴィジョンが、睡眠前後の特殊な覚醒状態に際して訪れることも多い。つまり夢。予知夢だ。

「三輪一言が、なんらかの望ましからぬ予知のヴィジョンと共に、《黄金の王》を訪った」

 この事実に対して、即断即決の専制君主・國常路大覚が受け手に回った。事は重大であり、情報は少なすぎた。

 その背景には、一触即発の状況があった。

 巨大な力と共に暴走しつつある、ひとりの男の存在が。

 國常路は一言の次の言葉を待ち、一言は言葉を発さぬまま、そんな國常路の様子を伺った。

 そのようにして、三〇分が過ぎてしまった。

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