赤の事件簿 HOMRA in Las Vegas 03
第3話「蛇を追うもの」
著:鈴木鈴
ぎい、ぎいい、と定期的に響く音で、目が覚めた。
御槌は汗に濡れた上半身を起こした。ひどい悪夢を見ていたような気がするが、よく覚えていなかった。喉が渇いていた。水を捜そうとして、御槌は異変に気づいた。
部屋が真っ暗だ。一寸先も見えない。灯りは、と思いかけて、すぐに思い違いであることを知った。
部屋が暗いのではない――目が、見えていないのだ。
――なんだ、これは。
噴き出す汗に、冷たいものが混じった。ぎい、ぎいい。金属が軋む音が響き、身体がぐらりと揺れる。
――どこだ、ここは。
御槌は頭に手を当て、なぜ自分がここにいるのか、思い出そうとした。
そのとき、どこかから扉が開く音が――次いで、理知的な声が聞こえてきた。
「やあ、ミスター・ミヅチ。お目覚めかな?」
女で、英語だった。いくつかの推測を立てながら、御槌は固い声で訊ねる。
「……誰だ?」
「私? そうだな、ジェーンとでも呼んでくれたまえ」
御槌は鼻で笑う。
「名無しの女? 身元を明かすつもりはないということか」
「名前なんてどうだっていいだろう。問題なのは、中身が何者であるかだ」
それは、そのとおりだ。御槌は沈黙し、女の――ジェーンの次の行動を待った。
闇の中で、椅子を引きずる音がした。腰かけたのだろう。再び金属が軋む音が響き、身体が揺れる。ジェーンが淡々と喋りはじめる。
「コウシ・ミヅチ。七釜戸化学療法研究センターの『元』所長で、黄金のクラン《非時院》の『元』クランズマン。異能研究に関する君の論文、読ませてもらったよ。とても独創的な着眼点だね。もっとも、やや倫理観に欠けるきらいはあるが」
御槌は黙ったまま、じっとその言葉に耳を傾けている。
「君の失脚も、結局のところはその倫理観の欠如が原因となったわけだ。クランに所属していない異能者――ストレインをかき集めては人体実験を繰り返し、人間兵器に近いものたちを作り出していた。それが《黄金の王》にバレたのはまずかったね。あの大人は清濁を併せ呑むタイプだけど、その手の非道を許すほど腹黒くはない」
「非道、だと?」
御槌は奥歯をきつく噛みしめ、自らのこめかみを掻きむしる。言葉によって喚起された記憶が、錐に刺されたような痛みとなって脳の裏側を苛んでいる。
「私の実験は、人為的に《王》を生み出そうとするものだった。もしそれが実現すれば、人類は飛躍的な発展を遂げたはずなのだ! その革新の前に、非道も人道もあるものか! 犠牲なくして進歩がないことは、今までの人間の歴史が証明してきたではないか!!」
痛みをぶつけるように、御槌は固めた拳を寝台に叩きつけた。何度も、何度も、寝台が軋み、揺れる中で、御槌の目元は熱く濡れはじめていた。
「それを! あの男! 周防尊! 暴れるだけしか能がない、暴虐の《王》が!! 『石盤』はなぜあんな原始人に力を与えた!? それも、《王》の力を!? 愚かにもほどがある!」
目が見えていれば、それは涙ではなく、興奮によって噴き出した血液であることがわかったはずだ。が、今の御槌はそのことに気づかない。寝台をひたすら殴りつけながら、彼は怒りと罵声を吐き出しつづけていた。
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K~10th ANNIVERSARY PROJECT~
アニメK放映から十周年を記念して、今まで語られてこなかったグラウンドゼロの一部本編や、吠舞羅ラスベガス編、少し未来の話など様々なエピソード…
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