魔女の遺志を継ぐ子ども、あるいは反逆する「キャリバン」-シャディク・ゼネリとは何者か

はじめに


シャディク・ゼネリとは何者だろうか。

-アスティカシア高等専門学園グラスレー寮の寮長にして決闘委員会のメンバーにして御三家の一角。

-グラスレー社の優秀な幹部候補生として、会社およびベネリットグループの事業にも携わる。

-戦災孤児としての出自を持ち、幼少の頃にグラスレー社の施設で見いだされてサリウス・ゼネリの養子となる。

-ミオリネとは腐れ縁でお互いに憎からず思っており、しかし彼女に向けた一歩を踏み出すことができなかった。

-地球のテロ組織であるフォルドの夜明けとつながりを持ち、自らの目的のために血を流すこともいとわず邁進する(どうしてその決断力と行動力をミオリネに向けて発揮しなかったのか)

こうして書き出してみると、改めて非常に多面的な人物であることに驚かされる。

そしてもっと驚くのは、これだけ多様な側面が見られるのにも関わらず、「シャディク・ゼネリがどんなキャラクターなのか」については分からないことが非常に多いということだ。とりあえずイケメン、それも金髪長身褐色露出多めタレ目イケメンとかいう性癖オンパレード盛り盛りのイケメンであるということは確かなのだが、そんなイケメンがときに


NTR系薄い本に出てくるチャラ男みたいなムーブをしたかと思えば、


こんな湿度の高い雰囲気出してオシャレな洋画みたいな演出で上質のBSSを披露し(この見た目で最高のBSSやらせようぜと発案した人誰ですか!?天才すぎる)、視聴者に「ああ、シャディクはこういうヤツだったんだねー」と分かった気にさせて、なんならこのまま物語の後景に退いてもおかしくない流れだったのに、


いきなりこんなことを言いだし、


こんな爆弾発言までかまして7~9話でシャディミオに沼った人たちを阿鼻叫喚の渦に突き落とし、


1期最終話ではこの表情で締めて、ほとんど全ての視聴者に「シャディクお前はなんなんだよ!!」と頭を抱えさせた男、

それがシャディク・ゼネリである(しかしこいつホンット顔いいな………)

うん、ホンットウに君のこと全然分からない!けど分からないからこそハマる!!すべての言動が本心のようで本心でないようで矛盾しているようでけど矛盾していないような、そんな君が本当はいったい何を考えているんだいと懊悩しはじめてしまったとき、人はシャディクにハマっているのである!!

しかし分からなかったり矛盾しているように見える側面が多いということは、雑語りされやすいという弊害も生みやすいところがあり、とくに12話放送直後のシャディクに関する雑な放言やネットのいじりには、彼が好きな立場からすると心が痛むものもあった(もちろんネタとして面白いものも多かったんだけど、血涙流しながら笑って呑み込んでるところはありましたね!)

うるせえそんなんじゃねえ!シャディクはそんな雑に語ったりおもちゃにしていいキャラじゃねえんだ!!2期でぜってえその真意が語られて深い背景と秘めた苦悩と目的が明らかになって、その姿を見たときに手のひらドリルギュンギュン回すことになるから今のうちに手首のストレッチちゃんとしとけよ!!いや2期までも待てねえ!聞けえ!!俺のシャディク語りを聞けえええーーーーっっっっ!!!!

という、なかなかにガンギマった状態でいてもたってもいられずに書いているのがこの論考である。いや論考といぅのもおこがましい妄想なのだが、しかし少しでも興味を持たれたならご一読いただけると幸いである。

以下では本稿の構成について述べる(この記事は第3節までとし、第4節は後日執筆予定)

まず第1節で、シャディクのキャラ設定として、「シャディクは魔女である」という独断と偏見に基づいた仮説を提示し、その仮説を思いつくにいたった理由と、シャディクが魔女(あるいは地球の魔女勢力と強いつながりを持つ人物)であった場合に考えられる彼のキャラクターの背景事情について検討していく。

続く第2節では、『水星の魔女』の重要なモチーフであるシェイクスピアの戯曲『テンペスト』に登場する「キャリバン」というキャラクターが、「欧米による植民地支配に対する第三世界の抵抗の象徴」として読み解かれてきた歴史を簡単に紹介したうえで、この「抵抗者」としてのキャリバン解釈が、シャディク・ゼネリの物語上のポジションと様々な点で重なるように見えることを論じる。

第3節では、1節および2節の考察に基づいて、1期の彼の行動と、その裏にあると思われる動機や真意について、これも独断と偏見に基づいて検討する。ここではとくにミオリネ、そしてスレッタに対して彼が見せた感情と動きに焦点をあてて論じていく。

最後に第4節で、1期の展開を通じて本当の姿を現しはじめた「魔女としてのシャディク」、「キャリバンとしてのシャディク」もまた、ミオリネにとって避けがたい「運命の相手」であること、彼とミオリネの対決は2期において非常に重要なパートになるだろうという予想を述べて、本稿の締めくくりとする。


第1節 シャディク・ゼネリは「魔女」である


本節の主な検討事項である「シャディク・ゼネリは魔女である」という仮説だが、手前味噌ながら、私がわりと早く言い出した説だと思っている。

この仮説を思いついたキッカケは、twitter考察勢の間でさかんに議論されていた「ミオリネとグエルの対比」である。この2人が対比されているのは私も明らかだと思っており、以下のような点がよく指摘されている。

-ともに大企業の御曹司、御令嬢である。

-父親との関係に確執を抱えている。

-スレッタから「逃げればひとつ、進めば二つ」の言葉をもらう。

-元々ミオリネが逃げようとしていた地球に、グエルが連れ去られそう。

-なんならフォルドの本拠地でジャガイモ栽培までさせられそうだが、こうなるとミオリネの温室栽培に「土いじりか」と嘲った発言のブーメランになる。

これらの考察を見ているうちに、「あれ、それではスレッタとシャディクも対比されているのではないか?」という考えが浮かんだのである。たとえば次の点などは分かりやすい。

-スレッタは温室に踏み込んだが、シャディクはその一歩を踏み出すことができなかった。

しかしこれだけだと、ミオリネとグエルの様々な対比に比べると少々弱い。ほかに何かないだろうかと考えたときに思いついたのが、「シャディクも魔女とつながりがあるのでは?」という仮説だった。

シャディクの出自について公式で言及されているのは、孤児でグラスレーの施設で育ち、そこで能力を見いだされてサリウスの養子になったということだけである。ただ、9話でアリヤの故郷の紅茶を「地球産か、美味しいわけだ」と褒めていた描写などから、「地球出身なのでは?だとしたら戦災孤児の可能性もあるのでは?」という話はtwitterでもよく語られていた。私もこの可能性はかなり高いと思う。

シャディクが地球出身で戦災孤児だとしたうえで、さらに「魔女」と呼ばれた勢力とのつながりがあると考えるなら、真っ先に思い浮かぶのはオックスアースだ。ヴァナディース機関と提携してGUND-ARMを開発していたオックスアース(あるいはその残党)とシャディクの間に深い関わりがあれば、言いかえるならシャディクが「地球の魔女勢力」の一人だとしたら?そしてガンダムを否定する総本山であるベネリットグループに、何らかの目的を持って送り込まれたとしたら、これはまさに「裏スレッタ」、「もうひとりのスレッタ」と言ってもよいではないか。

しかも、シャディクと「地球の魔女」勢力のつながりを連想させる手がかりは本編内にある。1期7話のOPに入った追加カットだ。デリング⇒プロスペラと移り変わるシーンにルブリスウルとソーンがカットインする変更は、この7話から始まっている。だが、ソフィとノレアが登場するのは10話からで、最終話の敵を暗示するシーンとしてはだいぶ早い(実際、ソフィとノレアはこの時点では映ってないし、放送当時は新設された(株)ガンダムがウルとソーンを開発する暗示か?などという説も語られていた)


OPのウル、ソーンのカット追加は7話から

ならば何故、7話からウル&ソーンのカットインが挿入されたのか?言うまでもなくこの7話から、シャディクが本格的に物語に絡み出す。だからOPでのウル&ソーンの登場は、ソフィノレではなく、シャディクとの結びつきを示唆しているのではないかと考えられる。これはフォルドに派遣された「地球の魔女」であるノレソフィ&ウル・ソーンが、シャディク側の勢力に所属しているという仮説の傍証になるかもしれない。すなわち、シャディクもまた、というよりシャディクこそが「地球の魔女」の核心的な位置にいる人物(プリンス?)なのではないだろうか。
 
さて、シャディクが地球の魔女勢力の中核人物であった場合、そのもくろみは何だろうか。まず考えられるのが、
 
「ガンダムを否定するベネリットグループを「解体」して、世界中にガンダムをばらまくこと」
 
というものだ。兵器としてのガンダムを追求していたプロローグ時点のオックスアースの思惑とも一致するし、発売予定のルブリス量産型っぽいフォルムのガンプラも、そういう展開を連想させる。ただ、これはアーシアンとスペーシアンの戦争の火種にガソリンぶっかけて大爆発させるような物騒な計画である。2期予告PVで、シャディクが養父であるサリウスを自分の計画に「巻き込める」と自信を見せていたことを考えると、そこまで荒っぽいことをするつもりなのかどうか、少々疑問でもある(だいたいこんな計画にサリウスが乗るとは到底考えられない)
 

なんにせよ、シャディクが「地球の魔女勢力」の中核的な人物でもあるとすれば、物語を大きく動かすキーパーソンだけでなく(これは彼が魔女であるか否かに関わらずほぼ確定である)、実質ラスボス的立ち位置に化ける可能性もある。それにシャディクが「魔女の子ども」であると同時に「もうひとりのスレッタ」なら、スレッタの正体が全然明かされていない1期でシャディクの謎が明かされないのも納得できるのだ。スレッタと「魔女と呼ばれた人々」の正体に迫っていくのは2期になってからなので、シャディクの真実と正体も、その流れで並行して明らかになるかもしれない。彼の2期でのさらなる活躍が期待されるゆえんである。

第2節 シャディク・ゼネリは「キャリバン」である


シャディクが魔女である、という仮説に続いて、『テンペスト』に出てくる重要人物である「キャリバン」のモチーフが彼に投影されているのではないかという話に進みたい。
 
より正確に言えば、『テンペスト』に関する膨大な批評群の中で最近注目を集めている、キャリバンを「欧米による植民地支配への抵抗者」と見なす解釈が、シャディクに投影されているのではないかという話である。これはプロスペローを「陰謀にはめられた被害者、復讐者」だけでなく、「植民地支配者」と見なす議論にもなっており、ちくま文庫版の『テンペスト』に解説を寄せた河合祥一郎氏も、植民地支配という歴史的視点から見るキャリバン解釈に言及している。
 
この文脈でキャリバンがどう読まれてきたかについては、アルデン&ヴァージニア『キャリバンの文化史』(青土社,1999年)が詳しく扱っている(この本は、ちくま文庫版の訳者である松岡和子氏も紹介している)。それによれば、1950年代以降、カリブ海諸国やアフリカという、いわゆる第三世界の作家たちが、『テンペスト』が自分たちの社会の問題をまさに体現しており、それまでの研究が重視してきたものとは異なる意味をキャリバンが担っているのだ、と主張するようになった。こうした議論が重ねられた結果、現在では、キャリバンをヨーロッパの帝国主義や植民地主義の数え切れない犠牲者たちの代表とする見方が広く共有されるようになったという。この考え方によれば、キャリバンと同様、被植民地者も遺産を奪われ、搾取され、奴隷にされた。キャリバンと同じく、このような人々も、征服者の言語を学び、おそらくその価値観さえ自分のものとしてきた。ヨーロッパの簒奪者による奴隷化と侮蔑を耐え忍び、そしてついにキャリバンと同じく、反逆した人々。自分たちの土着の文化と、支配者によって上から押しつけられた文化とのあいだで引き裂かれていることも、キャリバンと共通する(『キャリバンの文化史』,第6章)。

上記のキャリバン解釈に基づけば、「自分の住んでいた土地を奪い、支配し、奴隷的労働に従事させた」植民地支配者は、当然プロスペローということになる。だが、『水星の魔女』のプロスペラにそういった要素はなく、迫害されて辺境の島(水星)に逃げ延び、そこで復讐を準備するという、本来のシェイクスピア劇としてのプロスペローの役回りである。植民地支配という歴史的文脈でキャリバン-プロスペローを解釈する見地からは、むしろデリングこそがプロスペローに相応しい。
 
実際、1期のOPではデリングとプロスペラが重なり合うように連続して大写しされるカットがあるが、私はこれを、「本来の復讐者としてのプロスペロー」と、「のちに植民地支配者とも解釈されるようになったプロスペロー」の双方の要素を、プロスペラ(エルノラ・サマヤ)とデリングが分担して受け持っていることの表現だと考えている。言い換えるなら、『水星の魔女』にプロスペローは2人いるのだ(よって2人が本編で協力して魔術(クワイエット・ゼロ)を研究しているのはとくに不思議ではないということになる)
 
次に、「植民地支配への抵抗者」という文脈で解釈されてきたキャリバンの姿をシャディクと比較すると、「フォルド(被支配者であるアーシアン)側でスペーシアンの支配(現実の植民地支配)に抵抗する」、「プラント・クエタ事件でデリング(プロスペロー)に反乱を起こす」など、いくつかの点で重なることが分かる。
 
それに加えて、本編で印象的なシーンがひとつある。9話の冒頭、地球寮で紅茶を飲む場面だ。
 
シャディク:うまいね
スレッタ:アリヤさんの故郷の茶葉…、だそうです
シャディク:地球産か、納得だ
 
何気ないやり取りではあるが、ヤクを家畜として飼っていることなどから、アリヤはインド北部やその周辺地域の出身ではないかという話がある。実際にインド北部はダージリンやアッサムをはじめとする有名な茶の産地だが、そうなったのは大英帝国時代のイギリスが、植民地だったインドで嗜好品としての茶の栽培を始めたのがキッカケである。
 
イギリス人の紅茶好きは有名な話だが、紅茶を飲む習慣はイギリスで始まった産業革命とも深い関わりを持っている。当時、地方から都会に働きに出てきて、ろくな炊事設備もない劣悪な居住環境で働くイギリスのプロレタリアートにとって、砂糖を入れた紅茶は手っ取り早いエネルギーの補給源だった。また、飲酒と違ってカフェインを摂取して頭をシャッキリさせるという点で、資本家側にとってもありがたい食事習慣だった(今で言うエナジードリンクのような扱いだったとも言える)。
 
そもそも、高級品だった紅茶や砂糖がイギリスの労働者大衆の手に入りやすい価格まで値下がりしてきたのも、大航海時代以降、ヨーロッパ諸国が競って海外に進出し、アメリカ大陸やアフリカ大陸、後にはアジアの現地人を強制的に使役する形で、大規模なプランテーション農業を行ってきたという背景あってのものである。その過程で、かの悪名高い奴隷貿易の歴史も生まれている(注1:このあたりの歴史に関心があれば、川北稔『砂糖の世界史』(岩波ジュニア新書,1996年)などを参照)。

深読みのしすぎと言われればそれまでだが、シャディクが紅茶を好み、とくに地球産のものを評価するという描写ひとつにも、資本主義と植民地支配の負の側面の歴史が表現されているように思える。
 
第1節および第2節で述べてきたことは、もちろん私の完全なる思い込みに基づいた妄想にすぎないのだが、しかしシャディクが魔女の遺志を継ぐ者であり、植民地支配者(デリング、スペーシアン)に反旗をひるがえす抵抗者としての「キャリバン」であったとすれば、彼が『水星の魔女』2期の物語の中核をなす人物として描かれることは間違いないだろう。


第3節 シャディク・ゼネリについて本気出して考えてみた


さて、ヴァナディース事変で迫害された魔女の遺志を継ぐものであり、スペーシアンとアーシアンの支配-被支配関係および搾取構造を転覆するための反逆者としてシャディクがベネリットグループに潜り込んだと仮定したうえで、彼のこれまでの行動について考えていきたい。

まず気になるのが、サリウス率いるグラスレー社の施設に引き取られた時点で、彼に自分の使命への自覚があったのか、または施設で育つうちに、子どもの頃の記憶の意味が分かりはじめ、反乱を決意するようになったのかということだ。これは現状では分かりようがないが、少なくともミオリネと出会った時点では、既に自分の「使命」を自覚していただろう。個人的には10歳くらいでないと、その能力や適性を判断するのは難しいと思うし、地球の戦災孤児からサリウスの養子となり、ベネリットグループに入り込んでミオリネと出会ったのは、10~11歳くらいではないかと思う。

ミオリネとの最初の出会いがどんなものだったのか、2期で描かれないかぎりは想像するしかないが、その出会いがシャディクにとって特大の「バグ」になったことは間違いないのだろう。その幼い心には重すぎる使命と復讐心を秘めた早熟の少年が、よりにもよって最も強大な敵の娘に出会って心をかき乱されてしまう。かーっっ!!これはもう鉄板の少女漫画展開じゃないですか大好物ですよこういうの私は!(注2:なお、私は心臓と魂をスレミオに捧げているものの、「今はスレミオだしこれからもずっとスレミオ」という前提で、過去のシャディミオの青い恋愛感情を含めた交流を妄想するのは大好きだし、ダブスタ脳なので二次創作のシャディミオも結構美味しくいただいています)

ミオリネが「腐れ縁」と呼ぶ間柄が形成されるまでの間に何があったのか、妄想は無限に膨らむが、私たちには今のところ、1期12話分のストーリーという「結果」しか示されていない。しかもその内容はなかなかにビターだ。少年は日ごとに美しく成長していく少女のとなりで時を過ごし、しかし彼女の心に入り込むための一歩を踏み出すことができない。彼女が父親が定めた理不尽なルールの中で孤立し、自分に助けを求めてきた時も、その手をとって「君を守る」の一言が言えない。しばしば「シャディクのやつはよ~!!」と言われるゆえんでもあるが、しかし彼の背景を考えれば、その一言が言えなかった気持ちも十分に分かる。

これもよく「シャディクはなに考えてたの?」と疑問を呈される部分だが、彼がグエルにならミオリネを「任せられる」と思ってたのは、それがミオリネにとって「相対的に考えて最もマシ」と考えての判断だったのではという気がする。「自分がホルダーになってミオリネを守る」という選択肢は、ベネリットグループの解体とそれに伴う流血と争乱の道にミオリネを巻き込むことを意味するんだから、それは絶対にできない。その点グエルなら、彼女の「かごの中の暮らしを守る」という点では信頼することができる男である。そのような籠の鳥扱いされるのをミオリネが何より呪わしく思っているのを知っていても、「けど死にかけたり地べたを這いずるような暮らしをするよりは余程マシだろ」と、そう判断したように思える。

多分そういう地獄は、シャディク自身が経験してきたことでもあるのだろう。孤児、それもおそらくは戦災孤児と推測される出自に加え、彼がヴァナディース機関あるいはオックスアースと関係が深く、なんらかの形で「魔女」の遺志を継ぐ決意をした経験があると仮定したならば、ヴァナディース事変からはじまった壮絶な「魔女狩り」の現実をある程度の実体験をもって知っていると考えるのはそこまで無理がないはずだ。そのような経験に比べれば、ミオリネやグエルの悩みなど上流階級の戯れ言にしか感じられないだろう。

ただ、シャディクがそのように考えていたとすれば、その思考は彼のある種の傲慢さの表れであるとも言える。要するにシャディクは、ミオリネのこともグエルのことも「坊ちゃん嬢ちゃん」だと見なしているのだ。もちろんそのように考えるのは「正しい」。ミオリネもグエルもあの世界の最上層クラスで、ものすごく恵まれた暮らしと特権を享受してきたのは間違いないのだから。

けれどそういうお嬢ちゃんやお坊ちゃんにもそれぞれの地獄があり、その地獄がときに心を殺すほどに残酷なものになるということを、シャディクはどこかで軽視しているように思える。「お前になら任せられる」というのは、グエルに対しては、「パパの言いなりになってホルダーの座を死守して、そのまま一生ロボットになって本心から好きなわけでもないミオリネの人生に責任持てよ」と言うことに他ならない。そしてミオリネに対しては、「底辺を這いずりまわるよりはマシだから」、望まぬ結婚、妊娠、そして出産にまで至る性的自己決定権を「男の言いなり」になって決められることを受け入れろ、と言っているのだ。これがひとりの女性、そして人間の人生を圧殺することでなくしてなんだろうか。

つまりシャディクはどこかで、「それでも俺の生きてきた地獄に比べればお前らの地獄はぬるま湯だよ」と、そんな風にミオリネやグエルを「見下している」のだ。繰り返しになるが、そういう見解は客観的に見てかなりな程度「正しい」。シャディクが経てきた(と思われる)地獄に比べれば、いいお洋服を着て何不自由ない暮らしをしてきて、そのまま将来の安泰なレールが敷かれてるミオリネやグエルの悩みなど失笑ものだろう。「親ガチャ」ウルトラSSSSSSSRを引いた生まれながらの勝ち組が、「私も・僕もつらいんだよ」なんてヘソが茶を沸かすぜハッハーってもんだろう。それでも、ミオリネとグエルにとっての地獄はやはり地獄なのであり、それが時に命を危険にさらす出奔に駆り立てるほどに心を押し潰す致命的なものになりうるということを、シャディクはどこか軽視しているように思える。あるいは聡明な彼なら、自分がそのような傲慢さをもって「地獄」にいるミオリネを見殺しにしていることにも気づいていたかもしれない。それでも、自分がこれまで歩んできた地獄と、これから進んでいく修羅の道に彼女を巻き込むのはもっとありえないと結論づけて、「デリング(&ヴィム)プロデュース、グエミオ結婚プラン」の進行を独りよがりな自己満足に浸りつつ眺めながら、かごの中の鳥になにも手出ししなかったのかなと、そんな風に考えられるのだ。

さて、そんな風に自己完結して「これでいいんだ」と言い聞かせていた彼が、1話でのスレッタとグエルの決闘を見たときはどんな気持ちだっただろう。水星からやってきた赤毛の少女が、自分がどうしても一歩を踏み込めなかった温室にひといきに踏み込んでミオリネにうっとうしく進んでいき、「コイツに任せればいいんだ」と手前勝手に「認めて」いたグエルを鮮やかに打ち負かし、ミオリネを閉じ込めていた鳥かごをぶっ壊して彼女に新しい空を見せたその様子を目の当たりにしたときは。

しかも乗っていたMSはGUND-ARM(ガンダム)、魔女の、そして呪いのMSである!さらにミオリネは彗星のように現れて自分を解き放った赤毛の「魔女」にホルダーの制服を着せ、「よろしくね、花婿さん」と声をかける(やっぱこの一言を発した時点でミオリネはスレッタを「花婿」だと受け入れてるよね)

あれほど、あれほど「魔女の世界」から遠ざけておきたかったミオリネを、水星というまったく思いもかけない世界からやってきた「魔女」が一息に「花嫁」として奪ってしまった。これさあ、どう考えてもシャディクの内心はパニック状態だよね!?


だけどこの男、この場面でこんな笑顔なんですよ。強がりなのかもって思うけど、しかし本当に(3話の独白のように)「面白くなってきたな」な笑顔にも見える。そのギャップは何なんだーってことを考えはじめると彼の解釈にハマる。今のところは、多分思いがけぬ運命の転回に動揺してもいて、けど面白いと思ってるのも確かなのかな?と個人的には解釈してる。そこは彼がまだ「少年」であるところだと思うんですよね。他の子ども達よりも早く大人びていて、その内心に多分重すぎるくらいの使命感を秘めてるんだろうけど、多分そういう自分で決めた自分の運命に呪縛を感じているところもある。だからスレッタが水星から降ってくるように現れた時、ミオリネやグエル、エランの運命だけでなく、自分の(多分血まみれだと諦観してる)運命をもひっくり返してくれるんじゃないかという抑えきれない高揚感を感じて、思わず笑みがこぼれてしまったんじゃないかと。けどそのスレッタの側でドンドン変わっていくミオリネを見るとやっぱり慌てふためくしー、けどそれを表情には出さず飄々ヅラしてるしー、というギャップ感の解釈を突き詰めると人はシャディクに「オチる」んですよね!

……と、ちょっと熱が入ってオタク特有の物凄い早口で脱線してしまったが、とりま言いたいことはこの男、表向きの余裕ヅラと内心のギャップが激しそうだし、そうすると余裕ぶった笑顔の下でなに考えてるのかむき出しにしてやりたいってことなんですよね!!

さて、3話のサリウスとの会話後、ちょうど近くをスクーターで通りがかったミオリネを見ながら「面白くなってきたな」とかのたまってたシャディクですが、実際、最初のうちはある程度様子見できる余裕もあったとは思う。ミオリネはとりあえず「取引」としてスレッタと形式だけの婚約関係を結んでいたし、サリウスに言われたとおり内情を調査してから対応策を練ることもできる。具体的な動きに出るのはそれからでも遅くはない、という見通しはスレッタの入学時点では可能だったはずだ。

しかし事態は、おそらくはシャディクの予想をはるかに超えて早く進んでいった。3話でのグエルの敗北とまさかのプロポーズ!(この時も表向きハハハと笑ってやがる)、と思ったら今度はエランがスレッタに急接近し、「らしくない」執着をスレッタに対してむき出しにする。ここでさらにグエルが絡んでジェターク寮を追い出される羽目になり、グエミオ結婚プランはほぼ完璧に破談となる。6話までの時間経過がどれくらいかは分からないが、長くても一ヶ月くらいか?そうだとすれば、想定以上に早いペースで、「ミオリネを守る鳥かご」としてのアス高の秩序はグチャグチャになってしまった。そりゃ6話で「僕も君のこと知りたくなってきたよ、水星ちゃん」と威嚇もするわという感じだ。

そして極めつけが7話である。大人陣営の罠にひっかかって魔女裁判にかけられたスレッタ。その危機を救うために身を投げ出すようにして(株)ガンダムを設立したミオリネ。その様を眼の前で目撃したシャディクからすれば、彼女が断頭台へと続く階段の第一歩を踏み出したように見えたろう。本論の考察に基づけば、ガンダムに関わる者-魔女-がどんな迫害を受けるのかを、シャディクはもっともよく知っているはずだ。だからこそ自分はミオリネから距離をとり、彼女を鳥かごに閉じ込めてでも自分の進む道(魔女の道)には巻き込むまいと思っていたはずなのに。

それなのに、水星からやってきた赤毛の魔女によって解き放たれた籠の鳥は、その魔女と婚姻の契約を結び、あまつさえ自らも「魔女」として孵化してしまった。

マジでね、シャディクの「これがミオリネにとって一番幸せなんだプラン」が徹底的に、見る影もなく、塵ひとつ残さずに爆発四散した瞬間である。少し前まで空のグラスを手に持って「変わったよ君は、残念だ」とひとりごちるだけの余裕を見せていたこの男、事態がここまで来てもまだ「お見事」とか余裕かましてましたけどね、内心がそんな状態ではいられなかったのは、8話でのシャディクの行動を見ればバレバレである。

8話、宇宙船の中でシャディクはミオリネとスレッタに対し、立ち上げたばかりの会社を買い取ろうと、彼女との結婚を条件に持ちかけるが断られる。次に温室でガンダムの兵器利用を前提とした業務提携を持ちかけるものの、これも通じないと分かれば、今度は強引な校則変更で起業そのものを潰そうとしてくる。シャディクガールズたちとの会話で「ミオリネからガンダムを奪い取る」と確認したことからも明らかなように、シャディクはとにかくミオリネをガンダム-魔女の世界-から引き離そうと躍起なのだ。

どうでしょうか皆さん!7話まであそこまで後方腕組みヅラで余裕こいてた男が、たった1話で3度もアプローチかけてるんですよ!?あらシャディクくん、あなたそんな「やれば出来る子」だなんて知らなかったわあ。ずいぶんと積極的じゃないですか。まあ全部ミオリネがやって欲しくないことを選んで地雷踏み抜いてるんだけどな!!

これねえ、アレなんすよ、「あんたもクソ親父たちと同じ、私を飾りとしか見てない」っていうミオリネの台詞が本当にドンピシャなんだけど、シャディクがミオリネを大事にしたいと思って選んだ選択肢が、結果としてデリングと同じ、パターナリズムの煮こごりみたいな愛し方になっているんですよ。

「外の世界は危ない」、
「お前はまだ力のない、か弱い小鳥にすぎない」、
「生きていくためには力のあるものの庇護が必要だ」、
「子どもっぽいワガママをいつまでも言うな、現実を見据えて最もマシな選択をしろ」

繰り返しになってしまうが、シャディクも「戦争という地獄」を知っている者として、ある意味でデリングと同じ地平で物事を見ているところがある。だからミオリネやグエルが甘ちゃんに見えるし、彼女を守るためにはこれが最良の選択肢だろ、と「上から勝手に」決めてしまう。いちばん大事にしたい人を守るためのやり方を考えたとき、図らずも彼女が最も忌み嫌ってきた、そして自分が最も否定するべき「支配者」と似通った思考法で、同じ結論を選んでしまう。そうせざるを得ない背景のあるところに、こうシャディクとミオリネの関係のままならなさがすごい凝縮されてるなあ、と思う。

だからミオリネに「アンタもクソ親父たちと同じ」って言われたときにね、それはシャディクは「違う!」って否定したかったと思う。けどその後にどんな言葉を連ねる気だったのか。「俺は違う、俺は本当に君を大事に思っている、だから最良の選択肢を提示しているんだ。理解してほしい、俺の真心を分かってほしい」とでも言うつもりだったのか。それが全てミオリネにとって、「クソ親父たちと同じ圧迫」に聞こえるだろうことを心のどこかで気づいていたかもしれないのに?

シャディクの内心は分かりようがないけれど、少なくとも「違う!」と語気強く弁明しようとして、思わず温室(ミオリネの心)に踏み込もうとしたとき、「入るな!」と拒絶された。その拒絶の瞬間、自分は彼女にとって「クソ親父たちと同じ側」に並べられてしまった、そのことには気づいたんじゃないか。


だからこそのこの表情でしょ

……いやさあ、これキツくない?マジでシャディクにとってキツくない?自分の使命のために「打ち倒さなくてはならない世界」があると覚悟を決めて敵の本拠地に潜り込んだのに、そこでよりによって敵陣(スペーシアン)の総本山(ベネリットグループ)の親玉(デリング)の娘という、一番心を許してはいけない相手にほだされてしまって、育っていく彼女への思いと自分に課した使命の間で揺れ動きながら、その相矛盾する思いになんとか折り合いをつけるために「これが一番いいんだ」と手前勝手に決めた選択肢がさあ、その一番大事にしたい女の子が最も呪っていた、そして自分自身も打倒しなくてはならないと心に決めている「クソ親父たちの世界」と同じやり方だったわけですよ。自分でもそのことを後ろめたく思いながら、けど自分の生きてきた地獄を思えば、それでもこれが一番マシなはずだと結論づけるしかない。で、その当然の結果として、ミオリネに「お前もクソ親父たちと同じだ」と拒絶されるわけですよ。ある意味でシャディクのアイデンティティすら揺り動かしかねない「No!!」を突きつけられたんですよ。

その拒絶を受けてトボトボと温室に続く道を引き返すシャディクの胸に何が去来していたのか。「自分がよいと思っていた選択が間違っていたのか?」「では他にどうすればよかったのか」「いやそんなことよりこの先のことを考えなければいけない」「決闘に勝ってミオリネからガンダムを奪い取らなくては」「そうしてまた彼女を鳥かごの中に閉じ込めるのか」「そんなことはない、俺は彼女の言うようなクソ親父たちと同じじゃない、最大限彼女のことを思って、その身の安全とやりたいこと(会社経営)が両立できるような選択肢を提示してるはずだ。時間をかければミオリネもそれが一番マシだったって納得してくれるんじゃないか」

……とか、そーいう煮え切らないことをグズグズ考えながら歩いてたんじゃないかって妄想してるんですけどねー、そうしたらよりによって真向かいからやってきたわけですよ。


シャディクくんの「これが一番マシだろ?な上から目線グエミオハッピー計画」を
一瞬でぶっ潰した水星のタヌキが現れた!!


このときのスレッタと話すシャディクの表情ね、すごい年相応感があふれてて好きなんですよね。さっきの温室でのやり取りや拒絶されたことのショックや「そもそもこの女が現れなければ……」的な、これまでの余裕ぶった表情の下に押し込めていたであろう色んな感情が不意打ちをくらって漏れ出したような、少年らしいムスッとした顔がすごく好き。それでその表情のまま、「花嫁の暴走を止めてやれ」、「止められるのは花婿の君だけだ」とぶっきらぼうに告げる。これ半分、っていうかまるっと八つ当たりで、「お前なんかちょっとブイブイいわしてミオリネの花婿とか調子づいてっけど、本当に彼女のこと考えてる?俺はずっと彼女のことを考えてきて最良だと思える選択肢を提示してきたつもりだけど?お前はそこまで先のことを見通してるのか?そのあどけないツラでミオリネだけじゃない、周り全部引っかき回してグチャグチャにしてるけど、そのことに自覚もなしにポワポワと生きてんだろ?そんなんでミオリネの花婿とか言えるの?ちょっと俺と同じくらい考えてみろよ」とか、そういうグッチャグチャのいらだちを必死に押し込めてマウントとろうとしてるように見えるんですよねー!(完全な妄想です)

そんなシャディクの八つ当たりにたいしてスレッタ・マーキュリーさんが返した一言がこれです。「花婿なら、お嫁さんを信じます」


なにげにスレッタさんが婿の自覚をはっきり見せた初めてのシーン

ああ、それはキツい………。スレッタさんあなた多分気づいてないけどシャディクの心のいっちばん柔らかくて弱いところグッサアアア!!と刺したからね!!刺した後にグリグリ刃物をえぐり回して周りの五臓六腑まで引き裂くくらいの急所を刺し貫きましたからね!ミオリネもそういうところあるけど何なの君ら。「もう一人の自分」に対しては無意識に急所中の急所を刺せるっていう、そういう相性的なレスバ能力でもあるの!?


それはもうね、シャディクもこんな表情するしかないよね!「信じます」って、ハア!?信じますって、なに!!知ってるよそんなこと!!ミオリネが自分の自由意志と可能性を信じて、一緒に手を取り合って歩いて行ってくれるパートナーを求めていたことなんて百も承知なんだよ!けどそんなお花畑の話が許されるほどこのクソみたいな世界は甘くないって、俺は知ってるんだよ!だから必死に考えて考えて、少しでも「一番マシな」選択肢を選べるように手練手管を尽くしてきて、けどそうしたらミオリネに「アンタもクソ親父たちと同じ」って同列にされて、ついさっき拒絶された……。

……それをお前は、お前はああ!

……あっ………、もういいや、コイツ潰そう……

って感じになったと思うよ。ずっと目の前にあった、わかりきった、それも彼女の方からその選択肢を選んでほしいとさえ求めてきた「正解」を、自分はどうしても、どうしても選び取ることができなかった。それなのに、この目の前の赤毛の魔女は、その「正解」をこともなげに突きつけてくる。軽くマウントとろうと思ったら一瞬で取りかえされてパウンドくらってグウの音も出ないとはこのことですかね。それはもうシャディクもね、この憎々しそうな視線でこう言い放つしかないよね!

「スレッタ・マーキュリー。君からガンダムと花嫁を、奪い取る」

はい花嫁追加されたああ!8話ラストの時点では「ガンダムを奪い取る」だったのに、そこにミオリネさん追加されましたああ!「彼女が魔女の世界に踏み込むことを止める」はずだった選択に、自分の無意識の願望が加わった瞬間ですね。そうだぞシャディク、お前そういうとこだぞ、自分が本当に欲しかったものを見ないフリし続けて、けどどうしようもなく取り繕えなくなったときに、その本音が年相応の少年らしさとともにポロッと出てしまう、そういうところが「シャディクお前そういうとこだぞ」と多くの視聴者から指摘されまくってるとこだからな。そういう君が大好き!!

そしてミオリネの拒絶とスレッタのど真っ正面からの正論によってこれまでの余裕ぶった表情を取り繕えなくなったシャディクは、「よせ」と止めたはずの決闘にノリっノリで突っ込んでいくことになるのだ。


この「やっちゃお……」の殺意マシマシなエッロい表情を見てくださいよ。
これ地上波で流していいんか!?

決闘でスレッタを追い詰めた場面で、シャディクはまた余裕ぶって独白をはじめるのだが、これは多分、スレッタを通じて見ている「もう一人の自分」に対する言葉かもしれない。

-ミオリネ、君は間違えた(そいつを選ぶべきじゃなかった)

-水星ちゃんは素直でいい子だ。まっすぐでウソをつかない(俺は本心を見せないし、ウソもつく)

-だが、君を守る力も、助ける視野も持ち合わせていない(けれども広い視野を持って、君を守るための「一番マシな」選択肢を示せるのは俺だ)

-君にすがるだけの、ただの子供だ(だから俺の手を取るべきだった。君を守れる「大人の男」になれる俺の手を)


いやー、自己完結だなあシャディク……。確かにその指摘はそれなりに正鵠を射ているかもしれない。けれどもシャディク自身、これまでミオリネにすがって救いを求めたいと思ったこともあったんじゃないのか。自分の過去と己に課した重すぎる使命感をミオリネに吐露して、「俺と一緒に地獄まで来てほしい。俺が魔王になって君が魔女になって、腐った世界を根本から変革する戦いについてきてほしい」と。もちろん、打ち明けたところでミオリネがついてきてくれるかは分からない。けれどついてきてくれなかったとしても、彼女の膝にすがって救いを求めれば、あるいは自分の頬をひっ叩いて、(スレッタにそうしたように)もっと別の新しい道を示してくれたかもしれない。

そんな「もしも」の思惟をシャディクが何度めぐらせたかは分からないが、結局のところ、結論は「できっこない」だったのだろう。自分の秘密を打ち明けた瞬間に、ミオリネを「魔女の世界」に引きずり込むことになる。そんなことはできない。魔女の世界に生きる者がどうなるかを知りすぎているがゆえに絶対にできない。ここにもシャディクとスレッタの対比があると思う。言ってみれば、「アド・ステラ世界の真実を(ある程度は)知っているからこそ世界を変革しようとする」シャディクと、「世界の真実について全くと言っていいほど無知・無関心でありながら、その存在だけで世界を変えていってしまう」スレッタなのだ。だからこそシャディクは、スレッタを通じてあり得たかもしれない「もうひとりの自分」を突きつけられた時、全力をもってその存在を否定するしかなかったんじゃないか。

だが、あと一息で「もうひとりの自分」を葬り去って、ミオリネを自分の手中に収められると思った瞬間、エアリアルが真の力を解放する。見る見るうちに薙ぎ倒されていく同志の姿にさすがの彼も焦りを隠せない。それでも「集団戦のグラスレー」の異名を取るだけあって、その采配は見事だ。人機一体としか言えないガンビットとの連携による超広範囲な全方位レンジ攻撃をまず食い止めなくてはいけないと見抜き、メイジーとイリーシャにおとりになるよう指示し、自分は本体であるスレッタを仕留めにいく(この一瞬で的確な指示を出せるのも凄いし、パーメットスコア6に達したエアリアルをタイマンで行動不能に追い込めるシャディクの技能もずば抜けてると思うんですよね。決闘オッズ1位は伊達じゃない)

そしてスレッタにとどめを刺そうとする瞬間、すべての虚飾がはがれてなりふり構わなくなった最後の決定的な瞬間に、やっとシャディクの真っ裸の本音が出る。

「ミオリネの隣に立つのは俺だ!!!」


渋谷EXPO、屋外展示場ですかした案内してる横でこの台詞が繰り返し流れてた
決闘ブースの待ち時間、ある意味これ以上ない本編の再現で最高でしたね!

そしてその本音が出た瞬間に、思い人の指示でとどめを刺されるのだ。


みんな大好き脳天破壊シーン!!

完全に虚を突かれた表情で振り返るシャディク。その先にあったのは地球寮のみんなが総出で修理したチュチュ専用デミトレーナーの姿と焼けた砲身。「地球寮なめんなっつったろ」と啖呵を切るチュチュパイセン!(一生ついていきますー!!)

そしてミオリネが通信をつないで声をかける。「最後は自分で決着をつけると思ったわ。人に信じろとか言っておいて、結局あんたは誰も信用してないのよ」

このミオリネの「信用してないのよ」って台詞、11話でシャディクが仲間にも秘密で暗殺計画の即時実行を指示したこともあって、単に「人を信用しない」シャディクの性質を指摘したようにも見える。もちろんその解釈も正しいと思うが、もうひとつ裏を読んでも面白くて、要するに「自分で勝手に悩んで考えて決めるだけで、私と真っ向から向き合って信じようとしなかった」ってことだと思うのだ。

アンタがどんなに「私のためを思って」たのか知らないけど、その私がどうしたいのか聞いて、一緒に歩む道を選ばなかった。相談もなしに自分の考えた選択肢だけが正しいと決めつけて、それで「俺以外に誰が君を救えるんだ」なんて、信用できるわけないでしょ、と。

そう考えて8~9話を見返すと興味深い演出の流れがある。ミオリネ、シャディクが「彼女のためを思ったプラン」を提案してきたとき、徹頭徹尾視線を真っ向から合わせようとしない。宇宙船の時も、温室で仰向けに寝てたときも、同じく温室で作戦を練っていたときも、シャディクとまっすぐ向き合って視線を合わせていない。そんな彼女が正面からシャディクを見据えたシーンがひとつだけある。「シャディク・ゼネリ、あんたに決闘を申し込む」と言うシーンだ。そしてその時はシャディクが、自分をまっすぐ見据えるミオリネに対して「よせ」と制止しようとする。この視線をめぐる演出のすべてが、9話ラストの「今さらよ」につながってると思うんですよ。

ミオリネの視点から見れば、もうシャディクが提案してくる話のすべてが「今さら」。自分が本当に助けてほしかった時に飛び込んできてくれなかったのに、今さらなに王子様ヅラしてくるのかと。もう王子様は飛び込んできてくれて花婿になったし、私はその花婿のために全てを投げうってガンダムの呪いと向き合う覚悟を決めたし、花婿はそんな自分を信じてくれるという。今さらアンタに救ってもらわなくてもいい。ゴチャゴチャややこしい駆け引きなんかせず、アンタが最後まで選ばなかったやり方で、正々堂々と決着をつけよう。そう、決闘で!(繰り返しますがすべて妄想です)


決闘を申し込んだ時、ミオリネはシャディクを真っ直ぐに見つめていた

これはミオリネなりの誠意だとも思う。自分がやっと見つけた進みたい道(会社設立)を歩き出す前に、また籠の鳥に戻るリスクも受け入れたうえで、キレイさっぱり決着をつけようと、真っ正面から彼を見据えて挑戦状を叩きつけた。

それなのに、シャディクはその「彼を見据えた」まっすぐな挑戦からも目を背けようとする。温室で今からでも取り下げろと言ったり、スレッタに花嫁の暴走を止めてやれといったり、あまつさえ決闘の最中ですら「もうひとりの自分」を否定することに必死で、ミオリネの全力を受け止めようとしない。そりゃ決定的な瞬間に「誰と戦っとんじゃいワレぇ!」って横から脳天も射抜かれますよ。

決闘は地球寮とグラスレー寮の戦い、勝者はミオリネ・レンブラン。電光掲示板の表示がそのまま分かりやすい演出になっている。これはスレッタとシャディクではなく、ミオリネとシャディクの決闘であり、闘う相手を間違えている側が敗北するのは必然だったのだ。

改めてミオリネがシャディクにかけた言葉を、完全なる個人的主観と妄想に基づいて翻訳してみたい。

-最後は自分で決着をつけると思ったわ(いつもそうやって自分で決めてきたもんね)

-人に信じろとか言っておいて(アンタは私を心の底から信じてくれたことがあった?)

-結局あんたは誰も信用してないのよ(だから私は、私を信じてくれる相手と手を取り合って進んでいく)

そしてミオリネが語り終わった直後にエアリアルのコクピットから出てきたスレッタ(ありえたもう一人の自分-ホルダー、ミオリネの花婿-)は、花嫁のことを心から信じてないと到底できないようなトンチキPVダンスを踊ってみせる。そりゃもうここまで白黒ハッキリつけられたら、シャディクもため息しかつけませんわ。


ホンット9話はそのまま映画にできるようなお洒落な演出と表情の宝庫だよな……

エアリアルの手のひらで踊るスレッタを見ながら、シャディクは何を思っただろうか。いつの間にか、自分があり得たかもしれない「もう一人の自分」を葬り去るためにがむしゃらになっていたこと?本当に見るべきはミオリネだったこと?そしてミオリネは自分が思っているよりもはるかに自分の本質を見つめてくれていたこと?

あそこで憑きものが落ちたようにふうっと息を吐き出すシャディクの姿が好きだ。その表情の裏にこんな思いがあるように思う。

ああ、自分が心に魔物を秘めていることをミオリネには見抜かれていた。彼女にだけは隠し通していたつもりだったのに、自分が思っているよりもずっとミオリネは自分の本質を分かっていてくれたんだって。何も知らない籠の中の鳥だと思っていた少女は「魔物である自分」のことを(その全てではなくても)ちゃんと分かってくれていたし、だったら自分ももうためらう必要はないって、決着後にPRダンスするスレッタを見てからのシャディクのため息にはそんな吹っ切れた感も感じるんですよね。だからまあ9話ラストで剪定された青いトマトは、ミオリネの恋心と同時に、シャディミオのお互いに臆病な本心を隠したままの、いじらしくてどこか切ない幼年期の終わりを示してもいると思う。はー、「水星の魔女」は色々な形で子どもたちの「幼年期の終わり」を描いていると思うけど、それにしてもシャディミオ周りに関してはこんなにお洒落で湿度たっぷりの映画的な演出をするのはなんなんですかね……。

……うん、そしてうん、ここまで書いといてなんですがこの最後の部分が不穏だな!!吹っ切るにしても君そっちの方向に吹っ切ったのね!!


マジで10話以降、この画像が思い浮かんだ人何人いますかね!?

……というわけで、後編では10話以降のシャディクの行動と、2期で彼とミオリネがどのような形で対峙するのかについて考察していきたい。

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