折れ耳に隠された真実。スコティッシュフォールドに遺伝子検査を
折れ曲がった小さな耳、ふくろうのような丸い顔に加え、性格もおとなしく飼いやすいことで人気のスコティッシュフォールド。
しかし、スコティッシュフォールドの一番の特徴である“折れ曲がった耳”は、“軟骨の異常によって起きた奇形”に起因するものであり、四肢にも症状が現れる『遺伝性骨軟骨異形成症』という遺伝性疾患の発症リスクのサインである可能性があります。
この疾患の治療は、対処療法のみで根本的な治療法は見つかっていないため、発症すれば生涯痛みを感じ続けるしかありません。
猫は言葉が話せないので、外に表れる症状が「遺伝」なのか「後天的」なのか分かりません。
しかし、2016年にスコティッシュフォールドの骨軟骨異形成症の原因遺伝子が特定され、「遺伝子検査」による発症リスクの判定が可能になりました。
可愛い仕草は痛みの表れ?
スコティッシュフォールドは、国内の人気品種10年連続1位といわれ、ダントツ人気の猫です。
しかし、「可愛い」と人気の折れ曲がった耳や仕草には、「遺伝性骨軟骨異形成」という遺伝性疾患*の存在が認知されています。
*遺伝性疾患:遺伝子が変異することによって引き起こされる病気。変異した遺伝子が(疾患原因遺伝子)が親から子へ引き継がれることによって病気が遺伝していく。
例えば、
“スコ座り”と言われる、後ろ足を前に投げ出した座り方。体が柔らかいのではなく、脚に体重をかけると痛いため、このような座り方になっている可能性があるのです。
また、スコティッシュフォールド が「穏やかでおとなしく、あまり動かない」といわれるのも、脚が痛かったり、関節に異常があり活発に動けないという理由が隠されているかもしれないのです。早ければ生後数ヵ月で発症することもあり、痛みによってジャンプができない、痛くて歩きたがらない、触ると嫌がる、などの症状が起ってしまうこともあります。
他にも遺伝性疾患の好発品種はあります(マンチカン、スコティッシュフォールド、アメリカンカール、ヒマラヤン、ペルシャなど。検査項目が変わります。)。
原因遺伝子の発見
2016年、アメリカとオーストラリアの共同研究チームが、スコティッシュフォールド44頭、スコティッシュショートヘアー(耳折れ個体の同腹仔で耳が折れてないもの)22頭、ブリティッシュショートヘア14頭、セルカークレックス13頭、ペルシア5頭を対象としたDNA解析を行いました。その結果、細胞のカルシウム透過性イオンチャンネルに関わる「TRPV4」と呼ばれる遺伝子の「V342F」という部位の変異が、スコティッシュフォールドの折れ耳と骨軟骨異形成症に関連していることを示しました。
出典:B. Gandolfi, et al. IA dominant TRPV4 variant underlies osteochondrodysplasia in Scottish fold cats. Osteoarthritis and Cartilage 24 (2016) 1441-1450.
遺伝子検査で、疾患発症リスクを読み解く
2016年の原因遺伝子の発見によって、スコティッシュフォールドの遺伝性骨軟骨異形成症の発症リスクを判定することができるようになりました。
具体的には、綿棒を用いて猫の口腔粘膜のDNAから、原因遺伝子てあるTRPV4遺伝子の1塩基の変異を調べます。
その判定結果は以下の通りです。
スコティッシュフォールドの特徴である折れ耳は生後3〜4週間で現れ、発現し耳の軟骨の欠陥が原因で耳の重量を支えることができず、その結果、耳折れとなります(Malik et al 1999)。骨軟骨異形成は、原因遺伝子を持つスコティッシュフォールドで見られますが、アフェクテッドと判定された猫はキャリアと判定された猫よりも深刻な影響を受けます(Malik 2001、Takanosu et al 2008)。キャリアと判定された猫では、主要な発達上の奇形はそれほど重度ではない傾向があります。しかし、その多くは様々な進行性関節炎に苦しんでいます(Malik 2001)。通常、アフェクテッドと判定された猫よりも後期に発症しますが、その発症の仕方は様々です(Malik et al 1999、Chang et al 2007)。キャリアと判定された猫は、関節炎と骨外骨腫が発症し始めると疾患の兆候を示す傾向があります(Malik et al 1999)。軽度の病気のみを示すものもあれば、深刻な問題を示すものもあります(Malik et al 1999)。少しでも早く、スコティッシュフォールドの遺伝子検査を受け、判定結果に応じて発症の予防と発症後のペットのQOL(Quality of Life)改善に関わる行動に取り組むことをお勧めします。
出典:
Malik R, Allan GS, Howlett CR, Thompson DE, James G, McWhirter C and Kendall K (1999) Osteochondrodysplasia in Scottish fold cats. Australian Veterinary Journal 77: 85–92
Malik R. (2001) Genetic diseases of cats. Proceedings of ESFM symposium at BSAVA congress 2001, Birmingham, UK
Takanosu M, Takanosu T, Suzung H and Suzung K (2008) Incomplete dominant osteochondrodysplasia in heterozygous Scottish fold cats. Journal of Small Animal Practice 49: 197–199
Chang J, Jung J, Oh S, Lee S, Kim G, Kim H, Kweon O, Yoon J and Choi M (2007) Osteochondrodysplasia in three Scottish fold cats. Journal of Veterinary Science 8: 307–309
言葉が話せない猫のために、遺伝子検査を。
近年のゲノム解析技術の進展は、動物の遺伝病研究にも波及し、多くの遺伝性疾患の原因遺伝子の同定が急速に進んでいます。遺伝性疾患の犬・猫を減らすには、多くの飼い主がペットの遺伝性疾患や交配による子犬・猫への遺伝性疾患の伝搬の事実を認識し、正しく行動することが重要です。
日本では、ペットブームの陰で、特定の猫種に人気が集中する風潮と安易な繁殖・流通によって、遺伝性疾患を持つペットの蔓延が顕在化しています。
しかし、遺伝性疾患の多くは対処療法のみで根本的な治療法は見つかっていません。
大切なかぞくとして向かい入れたスコティッシュフォールド。遺伝性疾患を発症した場合、その子は生涯痛みを感じ続けるしかないのです。
遺伝性疾患は、今はまだ根治療の術はありませんが、今注目されているゲノム編集技術の進展により、原因遺伝子の変異の修復ができる未来の医療が期待されています。現在飼育されているスコティッシュフォールド に対し、可能な限り「遺伝子検査」を行い、その遺伝性疾患の疾病リスクを知ることの大切さ、その後のケアに活かせます。
遺伝子検査判定後に必要なケア
◎将来発症する可能性がある場合
・痛みや苦痛はないか、日々の猫の行動の観察
・定期的な健康診断や獣医師の診察による疾病の早期発見
・肥満にならないよう体重管理
・踏み台を設置や柔らかい敷物を敷く等の環境改善
などにより、腰や四肢に負担をかけない生活を心がける。
◎発症してしまった場合
・獣医師の指導の下、痛み止めを飲ませるなどペインコントロール
・症状が重い場合には、外科手術や放射線治療による緩和ケアなど特殊な治療の実施。
将来の発症リスクに備えた経済的な準備が必要です。
遺伝子検査で疾病リスクを把握することで、飼い主さんがどのような点で気をつけるべきか、ケアするべきかが見えてきます。それが今一緒に暮らすスコティッシュフォールド のためにできることだと思うのです。
大切なかぞくのことをもっとよく知るために、できることがあります。
現在、国内で多く飼育されているペットの中で、遺伝性疾患の罹患率が高いと思われる、スコティシュフォールドをターゲットとした遺伝子検査を実施し、集計結果を公開することで、ペットの遺伝性疾患の実態を明らかにします。
それにより、将来的にはブリーダー、ペットショップ、飼い主に対して、ペットの遺伝性疾患に関する正しい理解と遺伝子検査の有用性を認識してもらいたいと思います。
ペットの遺伝性疾患に無くすために遺伝子検査を活用し、遺伝性疾患を有する犬猫を「繁殖させない」、「流通させない」、「飼わない」といったことに注力できる社会、ペットとの真の共生ができる社会実現を目指します。
そのための最初のアプローチとして、スコティッシュフォールドを守るべき存在である飼い主さんに呼びかけます。
ブームの裏側で、痛みに耐え続けるしかないスコティッシュフォールドを増やさないために。
言葉が話せない猫のために、遺伝子検査をしてその子に必要なケアをまず知ることから始めませんか。
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