ヨッフムのミサ・ソレムニス

オイゲン・ヨッフムが20世紀の音楽家として第一級の人物であったことに、誰も異論はないだろう。

私がこの人の音楽に初めて触れたのは大学生の頃。エミール・ギレリスとのブラームスのピアノ協奏曲のレコードだ。ボロボロの箱に入った2枚組LPを格安で中古レコード店で買ってきて、自宅で聴いた。第2番の第二楽章。中間部のホルンの咆哮に痺れた。ベルリンフィルでもカラヤンの音とは違う。実に率直で滋味豊かな音楽だと思った。

ヨッフムはブルックナーの権威として有名だ。交響曲全集をベルリンフィルとドレスデンの2回録音しているが、実はどちらも聴いたことがない。個人的に愛聴しているのは、コンセルトヘボウ管とのもの。第五番は64年のオットーボイレンでのライブや86年に最後にブルックナーを振ったライブ。そして、第7番は晩年に来日した際の人見記念講堂でのライブがある。こちらの第二楽章は涙が出るほど感動的だ。

ヨッフムの奏でる音楽は豊かさを感じさせる。真面目だが神経質ではない。とてもおおらかで味わい深い。

晩年まで良好な関係だったコンセルトヘボウ管との録音の中に、ベートーヴェンのミサ・ソレムニスがある。1970年の録音。ヨッフムの壮年期であり、オーケストラの音色も申し分ない。そしてソリストも豪華。ギーベル、ヘフゲン、ヘフリガー、リーダーブッシュ。そして、この時代のフィリップスの録音はいわゆるヨーロピアントーンで、個人的に大好きだ。

ここで聴く事ができるのは、ヨッフムの人間味溢れる音楽だ。旋律が豊かに湧き上がり、大波のように押し寄せる。相変わらずコンセルトヘボウの音色が素晴らしい。ヴァイオリンはこの上なく美しく、低弦は実に深い音色。金管は輝かしいが滑らかだ。特にサンクトゥスの美しさは筆舌しがたい。ソリストもオーケストラの音色に溶けるように歌う。ベネディクトゥスにおけるコンマスのクレバースのヴァイオリンソロの美しさと言ったら!

ベートーヴェンの晩年の大作であるミサ・ソレムニスは、第九の影に隠れて、演奏の機会は多くない。ベートーヴェンが第九で表現した全人類へのメッセージ。この曲はその延長線上に位置する。声楽作品としては器楽的。後期の弦楽四重奏曲を思わせるようなところもある。宗教曲でありながら、宗教的に聞こえない。一音一音に込められているのは、祈りよりも希望。決して悲劇的にならず、ポジティブだ。

この曲を全曲聴き通すのも一苦労だが、ヨッフムとコンセルトヘボウ管の演奏は、聴く人を飽きさせない。

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