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共感され価値のある新しいモノやコトの創造サイクル  講師:仁科雅弘さん

2020年2月21日(金) 東京・TIME SHARING秋葉原
知財学習プログラム報告セミナー「障害者アートと知的財産権」

セミナー後半では、前半にトークをしていただいた塩瀬隆之さんと水野祐さんに加え、知財に関わる省庁、特許庁と文化庁でそれぞれ働いておられる、仁科雅弘さん(特許庁審査第一部調整課審査推進室長)と朝倉由希さん(文化庁地域文化創生本部総括・政策研究グループ研究官)も交えて、座談会を行いました。

お二人には、特許庁や文化庁の立場を代表してというようなポジショントークではなく(=それぞれの省庁の立場を背負っての発言ではなく)、個人の立場から、ご自身の思いや考え、知財やアートについて思うところ、仕事で大切にしてきたところをお話いただけないかとお願いして、この座談会が実現しました。

座談会を始める前に、これまでご自身の仕事で大切にしてきたことに絡めて、それぞれ自己紹介をしていただきました。ここから先は、仁科さんが「共感され価値のある新しいモノやコトの創造サイクル」というタイトルでお話しされたことをご紹介します。

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仁科雅弘さんプロフィール 特許庁審査第一部調整課審査推進室長。1995年入庁。1999年審査官。2009年審判官。2017年から2019年にかけて参事官として在職した内閣府知的財産戦略推進事務局において、新たな価値の創造に資する教育(知財創造教育)やオープンイノベーションの推進、知財を意識したビジネス構想ツール「経営デザインシート」の策定・普及などに従事。

「共感・価値・幸せ」を増やしたい

冒頭でも申し上げたとおり、仁科さんには、ご所属先の特許庁を代表しての発言ではなく、個人の立場で参加して欲しいと依頼しました。ふだん官僚をしておられる方が、実際はどんなことを考え、お仕事をしているのか、仁科さんご自身の見解を知りたかったからです。

依頼するときこんな感じのお願いで大丈夫なのかと思ったのですが、快くお引き受けいただいて、ほっとしたのを今でもよく覚えています。

さて、前置きが長くなりましたが、仁科さんにとって仕事で大切にしたいこととは、スライドに「増やしたい!」と赤い矢印で書いてあるところだそうです。

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つまり、創造の結果として出力される「創造物」を増やすこと、そして、それを使用したり鑑賞したりすることで出力される「共感・価値・幸せ」を増やすことが大事だと思ってこられたとのこと。

この「共感・価値・幸せ」を増やすことが、世の中で言われるところの「イノベーション」なのではないかと思うと、仁科さんは言います。

「創造」するには、「内発的動機」とともに、スライドにあるように「サポート」や「外発的動機」を伴う場合もある。この「サポート」は、たんぽぽの家が行っているものだとも言えます。

また、スライド中央の薄いブルーの囲みのなかに「模倣」と書いてあります。こちらを点線で表したのは、模倣される場合とされない場合があり、また、される場合もクリエーターが真似して欲しくないと思っている場合と、真似して欲しいと思っている場合があるからだそうです。

仁科さんスライド

Prior art: 全ての創作物は過去の人が作ったものに基づいて作られている

「アート」という言葉の意味を調べると、「芸術」というふうに説明されることが多いのですが、たとえば今話題のAI(エーアイ)、アーティフィシャルインテリジェンス(artificial intelligence)という言葉が、人工知能と訳されるように、「アート」には、もともと「人が作ったもの」という意味があるようです。

また、スライドの「先行創造物」の記載の下に「Prior art」と書いてありますが、特許の世界ではそれを「先行技術」と訳すそうです。

つまり、「全ての創作物は過去の人が作ったものに基づいて作られている」というのが、重要なポイントになるとのこと。 

仁科さんいわく、過去に特許庁が推進していた「知財教育」では、「知財を大切にしなさい」ということが強調されすぎてしまう場合もあって、その結果「真似しちゃだめだよ。コピーしちゃダメだよ。」というメッセージだけが先行してしまうこともあったそうです。

しかし、そうすると、先人の創作物を活用することに萎縮してしまって、新たな創造がどんどん起きなくなってしまう。

そんなふうにならないためにも、セミナー前半で、塩瀬さんからも紹介があったように、「知財創造教育」という言葉を使い始めたのだと仁科さんは教えてくれました。

抑圧されている「心」と「創造」と「内発的動機」

スライドのなかにピンク色のマルで囲まれた「心」という文字があります。この「心」が結構大事なのですが、意外とないがしろにされているように思われると仁科さんは言います。

「心」は多様なものであって、一人一人自分の個性を出せばよく、無理に変えなくていいはずなのに、そういった「心」が抑圧されている感がある。

仁科さんスライド

(スライド再掲)

あと、スライドのなかにある「創造」というところも、これまでの学校教育ではなかなか扱えなかった。

「創造」もある程度スキル的なところがあるので、訓練しないといけないところがある。しかし、日本では「出る杭は打たれる」という面があり、「心」と同様、「創造」でも、抑圧されている感があるとのこと。

そして、仁科さんがクリエーターにとって一番大事なものとして、特に強調したのが、スライドの左下の「心」とつながっている「内発的動機」の部分でした。

そこも様々な要因によって抑圧されており、「内発的動機」を伴わずに、外部から成果を求められて「創造」するというようなことが見られる。

世の中で、イノベーションがうまくいかないと言われている理由はそこにあるんじゃないかと仁科さんは考えておられます。

いったいこのような「抑圧」はどうすればなくなるのでしょうか。

直接目に見えない分、とてもやっかいな問題です。

もしかしたら、「知財創造教育」が目指すもののなかにも、「抑圧」の要因を探しだし、それを外して、イノベーションが起こりやすい環境を整えようという狙いが入っているのかもしれないと、仁科さんのお話を聞きながら、考えていました。

知財創造教育が目指すもの

さて、スライドの上のほうにも緑色で大きく書いてある、この「知財創造教育」。

「新しい創造をする」というところでは、前半の塩瀬さんのトークで説明があったように、教育と言うけれど教え込むものではなくて、子ども、場合によっては大人たちが持っている能力を引き出すというアプローチをとっている、とのことでした。

「知財創造教育」では、これまで「訓練」する機会があまりなかった「創造」に光をあてており、スライドに記載のとおり「『新しい創造をする』―ことを理解させ育む」を柱の一つとして推進していると仁科さんは言います。

ただし「訓練」といっても、子どもたちにスパルタ式訓練をビシバシ施して創造を強要するということではありません。

そうではなく、エレン・ケイというスウェーデンの著述家、教育学者が述べる、自分で観察する力、自分で作業する力を「訓練」することにあたるものだと思われます。

エレン・ケイとは、「教育の最大の秘訣は、教育しないことにある」という有名な名言を残し、画一的な教育を鋭く批判したことで知られる人物。1900年に書いた『児童の世紀』において「未来の学校」を構想しています。

セミナーのときは、時間の関係でこのことには触れていませんでしたが、知財創造教育は、エレン・ケイが説いた「未来の学校」を実現して、新しいものを自ら創造し、それらを尊重することのできる子どもたちを育てようとするものだと、仁科さんは考えておられます。

以下の記事でそのことが述べられていますので、ぜひお読みください! 

さて、スライドの「知財創造教育」のところをよくよく見ると、「楽しみながら」の右上に「尖ったところを丸くしないことが大切」と書いてありました。

もしかしたら「創造」することを「訓練」するとは、自分たちの持ち味を殺さずに、お互い尖ったままでも「楽しみながら」生きていける術を見つけることなのではないでしょうか。

次の文章は、上の記事のなかで引用されていた、エレン・ケイの言葉です。

「教師の本来の仕事は、次に挙げる数々の事項を子どもに教えることである。すなわち、みずから観察すること、自分で任務を決定すること、自分独自の補助手段-書籍、辞典、地図など-を見出すこと、たとえ困難があっても最後まで闘えば、その労に対して道徳的に報いられることを教え、広い視野と勝利への力を与えることである。」

この言葉にすっかり触発され(=大人になると自分で自分を教育しないといけないですからね!)、「未来の学校」の実現に思いを馳せながら、来るべき未来のことをつらつらと夢想しています。

経営デザインシートやオープンイノベーションの取組

仁科さんは、現職でも特許審査の推進を通じて、スライドに「増やしたい!」と書いてあるところを増やすための取組に従事されているそうですが、内閣府に在籍していた当時も、「知財創造教育」の普及・実践の他に、それを増やすための取組をいくつか推進してこられました。

スライドに青地白抜き文字で書いてある「経営デザインシート」の策定、普及もそのひとつ。

また、オープンイノベーションのやり方について(「ワタシから始めるオープンイノベーション」)の啓発も。

いったいそれらの取組はどんなものなのでしょうか? 関連するURLをいくつかピックアップしてみました。ご関心のある方はぜひご覧になってみてください。

●知財創造教育

以下は、先にご紹介した、日本教育新聞に掲載された知財創造教育に関する連載記事をまとめたものです。第1回から第10回までを読むことができ、知財創造教育の取り組みについて知ることができます。


●経営デザインシート

以下は、2019年6月に知的財産管理技能士会で行われた経済デザインシートに関する仁科さんの講座の様子をまとめた記事です。資料等もダウンロードできます。

当日の様子は動画でご視聴できます!


●ワタシから始めるオープンイノベーション(以下のPDFで見られます)

(文:たんぽぽの家・後安美紀)






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