女友達とキメセク1

「旦那ぁ……こいつは本物のブツですぜ」
「幾らだ?」
「旦那だけ特別に金貨十枚」
「高い! もう少し安くしろ」

 路地裏には二人の男がなにやら商談のような話をしている。

 一人はこんな薄暗い路地裏には似つかわしくない服装の男。絹の生地に金銀の刺繍が施されたコートを着込んでいる。恐らく貴族だろう。

 もう一人は禿頭で鋭い目つきをしており、見るからに人相が悪い。どうやら危険な薬物でも取引しているのかと思ったが……。

「いくら旦那でも、こればっかりは負けられませんね。はっきり言って、ここらじゃウチが最安値なんですから!」
「くそっ、仕方ない……ほらよ」
「毎度あり~」

 禿頭の男はほくほく顔で投げるように渡された金貨の入った袋を受け取る。そして箱から何か取り出して、貴族風の男に渡した。

 お馴染みのオレンジとバーミリオン朱色の包装に白い文字でお菓子の名前が表記されてある。

 パリピーターン!!!

 思わず声が出そうになったが、俺たちはただの通行人。怪しまれても困るので忍び足で、その場を通過した。

 帝国の首都にまでパリピーターンが浸透し、その顧客が貴族にまで及んでいる……。

 計画通り。

「トウヤ、どうしたんだ? 悪人面になっているぞ」
「そう?」

 ゼル姉さんがそんな指摘してくるが、事が上手く運ぶと俺もライトみたいな顔になるのかと思った。

――――路地裏の酒場。

「ここだ、入ってくれ」 

 路地裏の奥へ進んでゆくとまさに隠れ家といった雰囲気の酒場があった。西部劇みたいなスイングドアが設けられている。

「古ぼけた店だが旨いんだ」

 ゼル姉さんは俺を見ながら、手慣れた感じで片手でドアを押し開く。ドアの先にはメイド服姿の女の子が頬を膨らませて怒っていた。

「ゼルさま、酷いっ!」
「あははは! その代わり、たっぷり飲み食いして、代金払ってやるから許せって、リーゼ」

 リーゼと呼ばれた女の子には猫耳としっぽがついていた。ゼル姉さんは猫のケモッ娘の頭の上にぽんと手を置いて、笑っている。かなり馴染みのある店らしい。

 リーゼの視線はゼルから移り、俺を見ていた。まるで値踏みでもするかのような眼差しだ。

「んもう! 古いっていうのは今日までですよ。それよりゼルさまが男性といっしょだなんて……もしかして彼氏さんですか?」
「「!?」」

「な、な、何を言っているのかな、リ、リーゼちゃん。彼は私の大事なお友だちだよ。馬鹿なことを言っちゃダメだから、あはははは」

 ゼル姉さんは明らかに顔が引きつって、嘘臭い笑いを作っている。

「ホントですかぁ?」
「ホ、ホント。トウヤ殿は私の友人の婚約者……なのだから……」
「ざ~んねん……ゼルさまに恋人ができたと思ってたのに!」

 とりあえずエールを、と苦し紛れに言ったゼル姉さんは俺を見てきたので、俺も同じ注文をリーゼにお願いする。

「さあ、トウヤ殿。席に座ろうか」

 ロボットのようにギギっとぎこちなく首を動かし、俺を見た。

「お、おう……」

 着席するとゼル姉さんはカウンターの向こうにいる店主っぽい人へ手を挙げながら呼びかける。

「マスター、今日は大事な友だちを連れてきたんだ。よろしく頼む~!」

 黄色と黒の耳を持つがっちりとした強面の店主は寡黙なのだろう、ゼル姉さんのオーダーに静かに頷いていた。「マスター、お愛想、お愛想」とリーゼに両頬を摘ままれ、引き伸ばされていたので根はいい人なのかもしれない。

 路地裏にあるのに客入りはよく、席の八割は埋まっており、リーゼを含むホール担当は慌ただしく動いていた。

 着席して間もなくジョッキに入ったエールが運ばれてくる。

「トウヤの帝国来訪を祝して、かんぱーい!」
「かんぱーい!」

 乾杯からジョッキを離さず持っていたゼル姉さんだったが、そのままエールをすべて飲み干してテーブルにジョッキを置いた。

「カーッ! 最高だぁ!!!」

 こんないい飲みっぷりの女の子はそうそういないってくらいだったので、俺はゼル姉さんに釘づけになってしまった。

「ん? トウヤ、全然飲んでないじゃないか、今日は私の奢りだから遠慮なく飲んで食べてくれよ」
「あ、ああ、ありがとう」

 ゼル姉さんはジョッキを掲げる。「エールもう一杯」と声を張るとリーゼがオーダーを受けていた。

 ちょっとずつだがゼル姉さんの顔は赤くなってゆき、なにか管を巻はじめようとしていた。

「トウヤ! メルフィナは貴様が死んでもずっと生き続ける。貴様にはエルフではなく、人間の方が似合っているんだ」

「剣士と鍛冶師……これはもう結婚するしかなぁ~い!!!」

 ゼル姉さんはリーゼにはちゃんと俺がメルフィナの婚約者と説明していたのに酔いが回るとつい本音が出てしまう。冗談か、本気か、量りかねるのであえてなにも答えず、俺はエールのジョッキを煽っていた。

「そうだ!」

 するとゼル姉さんは諦めたのか、ポンと手を叩き話題を変えてくる。

「トウヤ、肉食うだろ? 肉はいいぞ! なんと言っても精が付く。私の剣を打ち直した上に帝国に来たばかりで疲れているだろう」
「そうだな、ゼルがせっかくおごってくれるんだ。もらおうか」

 実は我慢の限界だった。

 酒場に充満する肉の香りに俺の鼻腔は満たされ、まだ食べてすらいないのに舌が溺れそうなくらい唾液があふれてくる。

「おっ、いいね! んじゃ、決まり! リーゼ、肉料理頼む~!」
「はぁ~い! ただいま」

 香ばしく焼けた肉の色合いは視覚を刺激し、見るだけでもう旨いことが確定している。隣の客が「うんめぇ!」と分かり易すぎる反応をするので、思わず身体が震えてくるくらいだった。

「どーぞ、召し上がれ!」

 リーゼから差し出された焼き上がったばかりのステーキ。さすがにファミレスのように鉄板で運ばれてくるようなことはなかったが、白い皿に盛られたステーキから漂う香りは俺の食欲をフルにかき立てている。

「さあ、冷めない内にいただこう」
「だな!」

 ゼル姉さんは貝殻ビキニアーマーと破廉恥な格好をしていながら、とても美しい所作でステーキ肉を切り出し、口に運ぶ。

「ん? どうした? 食べないのか?」
「いや、なんでもない」

 ゼル姉さんの口下にはほくろがあり、食べるところを見ていると、より彼女がセクシーに思えてしまった。

 拙いながらもナイフとフォークを使い、肉を切り分ける。やや赤みを帯びたミディアムレアの断面からは肉汁が溢れ、見るからに旨そう。

 フォークでずぶりとぶっさし、口へ一切れの肉を運んだ。

「んっま!!!」

 味つけこそ塩と胡椒のような香辛料だけとシンプル極まりない物だったが、それが逆に素材の良さを際立たせている。

 霜降り肉のように溶ける食感ではないが、噛めば噛むほどお肉から旨い肉汁があふれてきて、舌をよろこばせる。

 箸ならぬ、フォークが進んでペロリと五百グラムはあろうかというお肉を平らげてしまった。

 完食して肉汁だけが残った皿を見て、心が少し痛む。

「メルフィナにも是非、このお店を教えてあげたいな」
「メルフィナ……か……」

 メルフィナと仲直りしたはずのゼル姉さんだったが、俺が彼女の名を口にした途端、うつむいてしばらく無言になってしまう。

 声をかけて慰めようかと思ったら……、

「リーゼ! エールもういっぱ~い!」

 おっぱいをいっぱい揺らしながら、殻になったジョッキを掲げていた。心配することはなかったらしい。

 俺たちは酒場自慢の肉料理を堪能しつつ、エールを二、三飲んでいた。いつもなら、それくらいでは酔わないはずなのに……。

「ん……ああ?」

 どうやら俺はいつの間にか寝てしまったらしい。店の客はほとんど消えて、僅かに残ったカウンターの客が静かに飲んでいるくらいだった。

 それにしても妙に身体が熱い。久々に飲みすぎたせいなんだろうか?

 それだけじゃない。下半身の充血具合が朝、起床したときの比じゃないくらい凄いのだ。

 テーブルに突っ伏した状態から起き上がるとゼル姉さんの顔があり、彼女を見た瞬間、鼓動が高鳴る。

「大丈夫か? ちょっと夜風に当たって酔いを冷まそう」
「あ、いや、手洗いに行けば……」

 立ち上がるとふらーっと俺の身体は横に流れてゆく。

「ほら、言わんこっちゃない。ほら肩を貸してやるから」
「ありがとう……」

 ゼル姉さんは俺にとってツレとかダチとか、そんな言葉がぴったり似合いそうな感じだった。彼女の肩を借り、店の外へ出る。

 俺は酒場の脇に置いてあった空き箱の上に座らされ、夜風に当たっていた。

「リーゼ、世話になったな。これはチップだ、受け取っておいてくれ」
「そんなぁ。ゼルさまに頑張って欲しくてお手伝いしただけですよ。頑張ってくださいね」

 ドアの近くでリーゼとゼル姉さんはお勘定を支払いのやり取りをしているようだ。

 俺の下に戻ってきたゼル姉さんは蠱惑な笑みを浮かべていた。

「帝国が誇る媚薬【堕天の誘惑】をエールに混ぜておいた」

 いつの間にか俺は一服盛られていたらしい。

「お、俺にはメルフィナが……」
「メルフィナには悪いが私もトウヤが欲しくなってしまったみたいだ……我慢しなくていい。私にその熱くたぎった性欲をぶつけるんだ!」

 リーゼが店の中へ入るとゼル姉さんはマントを開け放って……。

 くっ、なんてドスケベなんだっ!!!

 ただでさえ、叡智なのに媚薬まで盛られた俺の理性は崩壊寸前だった。

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