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回想・知ってることしか言うてへん

いまからおよそ11年前(2013年)の夏、地方大学の教員をしていたときのことである。
その日はほぼ丸1日補講をした後、3年生のSさんが前期の授業の「打ち上げ」を企画してくれた。繁華街にある、オシャレな洋風居酒屋である。
この年の前期は、私の父よりも年上の男性が1人、私の授業を聴講しておられた。かりに「老紳士のSさん」と名づけよう。
その方もお誘いしたところ、参加してくれることになった。
二十歳そこそこの学生たちからすれば、「おじいちゃんと孫」といった年齢差である。その両者が、同じ授業を受け、「打ち上げ」に参加する、というのは、めったにあることではない。
私自身、学生とどんな話をしてよいものか、いつも困っているのだが、3年生のSさんが場を盛り上げてくれるおかげで、何とか話題についていけた。
「今日、テレビで『天空の城ラピュタ』をやるんですよ」と3年生のSさん。
私はこの当時、テレビが壊れてしまって全然テレビを見ていなかったが、その当時のジブリの最新作「風立ちぬ」のプロモーションのために放映されるのだろう、ということは、容易に想像できた。
「『風立ちぬ』が公開されているからでしょう?」と私。
「そうです」
「あの映画の主題歌、知ってる?」
「ユーミンの歌ですよね」
「そう、『ひこうき雲』。ユーミンはあの歌で、世間に認められたんだ。とても哀しい歌だけどね」
まだ観てもいない映画なのだが、それくらいのことは知っていた。
「あと、ジブリ作品では、もう一つ、ユーミンが主題歌を歌っている映画があるよね」調子に乗った私がしゃべり出す。
「何ですか?」
「『魔女の宅急便』の『やさしさに包まれたなら』だよ」
「あ、そうですね」
こうなるともう、止まらない。

「『風の谷のナウシカ』、あの劇伴音楽は、最初は細野晴臣が担当する予定だったんだ。それで、細野晴臣が作曲した『風の谷のナウシカ』という曲を、安田成美の歌で出してプロモーションまでしたんだけれど、高畑監督と宮崎監督が、どうもイメージが違うと。その後久石譲がナウシカのイメージアルバムを出したら、宮崎監督がそれをひどく気に入って、ナウシカの劇伴音楽は久石譲が担当することになったんだ」
「『耳をすませば』の舞台は、私の実家のすぐ近くだ」
「宮崎監督は、プロの声優ではない人を使いたがる傾向にある。『となりのトトロ』の糸井重里さんとか、『崖の上のポニョ』の所ジョージさんとか、『耳をすませば』の立花隆さんとか…。今回(「風立ちぬ」)も、庵野さんでしょう。…ということはだよ、この私でも、ジブリ作品で声優になるチャンスはあるというわけだ」

「先生、すごいです。ジブリ作品マニアじゃないですか!」ここまで聞いていたSさんが驚いたように言った。「今年の学園祭のカルトクイズのテーマが『ジブリ作品』なんです。先生も絶対にエントリーした方がいいですよ」
おいおい、ちょっと待て。私はジブリ作品をそんなに熱心に観ていたわけではないのだ。むしろ乗り遅れた、といってもいい。そもそも映画の内容には一切ふれていない。しかもこれらはいずれも常識に属することである。実のところ、私のジブリ作品知識は、以上で終わりなのである。

「先生、すばらしいです」
先ほどから、私と学生たちの会話をじっと聞いていた、老紳士のSさんが言った。
「先生は、見事に学生の話題についていっておられますね。日ごろから、ご専門だけでなく、学生の関心事についても、広くお勉強されておられるのでしょうか」
「いえ、そんなことはありません」
「私には、まったくお話についていけませんが、先生は、学生のお話に見事についていっておられるではありませんか。さすがです」
妙なところに感心されてしまったものだ。ひごろ、「学生の話題にはついていけない」と嘆いている私だが、私よりもさらに年上の人から見れば、「ついていけている」ように見えるのである。
だが実際は、「私が学生たちの話題についていっている」のではない。
「学生たちが、私の話に合わせてくれている」に過ぎないのだ!
そこのところを、見誤ってはいけない。

「でも先生、何でもよくご存知ですねえ」老紳士のSさんが続ける。
「そんなことはありません」私は強く否定した。
それで思い出した。むかし、「鶴瓶・上岡パペポTV」という番組で、笑福亭鶴瓶さんと上岡龍太郎さんがこんな会話をしていた。

鶴瓶「師匠、何でもようモノを知ってまんなあ」
上岡「知ってることしか言うてへん」

そりゃそうだ。このやりとりに、腹を抱えて笑ったことがある。

…そう、たしかに私は、「知ってることしか言うてへん」のじゃ!

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