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いつか観た映画・『蔵の中』(高林陽一監督、1981年)

あいかわらず若い読者はまったく知らないと思うが、高林陽一という映画監督がいた。
高林陽一監督の映画の特徴を表現するならば、「耽美」「淫靡」「猟奇」「頽廃」「幻想」といった言葉が思い浮かぶ。
横溝正史原作の「本陣殺人事件」を1975年に映画化したことは、金田一映画のファンならば、誰でも知っている。
この映画で金田一耕助を演じたのが、中尾彬である。
このときの中尾彬は、じつにかっこよかった。
ちなみに中尾彬は、横溝正史原作、篠田正浩監督の映画「悪霊島」(1981年)で、「殺されてしまう悪役」として登場する。
1970年代の金田一映画ブーム以降、金田一耕助を演じた俳優が、別の金田一映画で金田一以外の役で登場するのは、中尾彬をおいて他にいない(※注)。
そんなことはともかく。
高林陽一監督は、もう一本、横溝正史原作の小説を映画化している。それが、「蔵の中」(1981年公開)である。
この映画で、中尾彬は、雑誌編集者の磯貝三四郎という役で出ている。前作の「本陣殺人事件」のイメージとは正反対の、色魔を見事に演じている。
ある日、磯貝の経営する雑誌社に、「蔵の中」という小説が持ち込まれる。胸を病んでいる美青年・蕗谷笛二と名乗る男が、「ぜひあなたに読んでほしい」と持ってきた小説である。
蔵の中に住む胸を病む姉・小雪のところに看病に来た弟・笛二は、彼女を慕い看病するうちに、やがて「蔵の中」で男女の関係を結んでしまう。
このあたりがじつに耽美的なのだが、私の心をとらえたのは、その場面ではない。
蔵の中の退屈しのぎに、遠眼鏡で外を見た笛二は、ある光景を目撃してしまう。
それは、磯貝三四郎が、愛人・お静の家に通っている光景である。
そこで、磯貝と愛人とのさまざまなやりとりを、遠眼鏡越しに目撃することになる。
そう、この映画は、日本版「裏窓」(ヒッチコック監督の映画)なのだ!
しかも笛二は、唖者の小雪の唇の動きを見て会話をする読唇術に長けていたので、遠眼鏡でしか見えない磯貝と愛人との会話が再現できたのである。
遠眼鏡で磯貝と愛人との一部始終を目撃した笛二は、次第にある「確信」を得るようになる。
それは、磯貝が妻を殺した、という確信である。
そればかりではない。
愛人のお静もまた、磯貝によって、首を絞められて殺されてしまうのだ。
つまり磯貝は、妻と愛人の両方を殺したのである。
それが、薄暗い蔵の中から、ずっと遠眼鏡でのぞいていた笛二が出した結論だった。
笛二は、そのことを「蔵の中」という小説として書き、それを、雑誌編集者の磯貝のもとに持ち込んだのである。
ふだん、持ち込みの小説など読まないと豪語していた磯貝は、その小説を持ち込んだ笛二の妖しげな雰囲気に魅了され、なんとなくその小説を読み始める。
磯貝をモデルにしたと思われるその小説には、驚愕の内容が書かれていた。
自分にとっては全く身に覚えのない、妻と愛人の殺害、という妄想が、書かれていたからである。
つまり、遠眼鏡越しに笛二が見たものは、まったくの妄想だったのだ。
蔵の中から、遠眼鏡越しに見た、外の世界。
そこから、果てしない妄想を広げてゆく笛二。
大学生のときに、衛星放送でこの映画を見た私は、この映画のなんともいえない「淫靡」「耽美」「幻想」「頽廃」的な雰囲気に、すっかり魅了されてしまった。

晩年の中尾彬さんは、情報番組のコメンテーターなどで活躍したが、その居住まいは、落語家の立川談志師匠のそれを思わせた。おそらくご本人もそれを意識して継承していたのだろう。しかしこれからは日本映画黄金時代の映画俳優としても再評価されていくだろう。

※注:金田一耕助を演じた俳優が別の金田一映画で別の役を演じた俳優としてはほかに岡譲司がいる。それまで金田一耕助を演じていた岡譲司は、1954年の「幽霊男」(小田基義監督)では別の役を演じているという(未見)。ここでは1970年代の金田一映画ブーム以降の映画を対象としているが、金田一映画マニアから指摘を受けそうなので念のため書いておく。

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