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いつか観た映画・岡本喜八監督『肉弾』1968年公開)

2018年に大林宣彦監督へのロングインタビューをした時、いろいろなお話が出たのだが、一つ興味深かったのは、岡本喜八監督のお話だった。
岡本喜八監督といえば、1945年8月15日における陸軍のクーデターを描いた映画「日本のいちばん長い日」が大好きなのだが、本来、この映画は「東京裁判」「人間の條件」などを監督した小林正樹が監督をする予定だったという。だが折り合いが合わず、岡本喜八が監督を引き受けることになった。

「俺にとって、8月15日はいちばん長い日なんかじゃない、いちばん短い日だよ」と岡本監督は語ったというが、とすれば半ば「不本意」に、この映画を監督したのかも知れない。

政治家だの、陸軍だの、皇室だのといった、いわば「お上の世界」を描かざるを得なかったこの映画では、玉音放送の録音版の争奪戦という、サスペンス史劇にするしかなかったのである。
作品じたいは、めちゃくちゃ面白い。岡本喜八の職業映画監督としての本領が遺憾なく発揮されている。
しかし、彼が本当に作りたかったのは、こんな映画ではなかった。
無名の若き特攻隊員を描いた『肉弾』である。
特攻隊といっても、派手な戦闘場面があるわけではない。敗戦間際に特攻隊員に任命され、明日に特攻を控えた若者の日常を描いている。
脚本まで完成していた。しかし会社(東宝)が映画化を認めてくれない。そんな地味な映画はだれも見ないというのである。
映画会社というシステムの中では、自分が本当に作りたい作品が作れない。そこで岡本監督は、自宅を抵当に入れて、『肉弾』を完成させたのである。
ATGによる低予算映画だったが、いま見てみると、セットが実に手が込んでいていて、主人公の息づかいが間近に聞こえてくるような映画である。
岡本喜八監督の戦争映画の最高傑作は、『独立愚連隊』でも『日本のいちばん長い日』でもなく、『肉弾』である、と大林監督は断言する。「戦中戦後の日本人を描いた映画の傑作を選ぶとしたら、岡本喜八監督の『肉弾』と『江分利満氏の優雅な生活』だろうね」と。
『肉弾』は、『日本のいちばん長い日』のような重厚な演出とは真逆で、実に軽妙である。特攻隊員を主人公にした映画となると、どうしても悲劇のヒーローとして描きたくなるのが常で、そうなると反戦映画のつもりで作っても好戦映画としてみられてしまうことが多い。戦争映画にカタルシスは不要なのだ。

その点、『肉弾』は決してカタルシスに陥らず、諧謔的な表現で、日常を奪ってしまう戦争の理不尽さを静かに伝えるのである。

軽妙さの中に静かにメッセージを伝える、という点では、『江分利満氏の優雅な生活』もまた同様であろう。
映画の軽妙な雰囲気は、主演をつとめた小林桂樹によるところが大きい。
小林桂樹は「軽妙だが頑固」という役がぴったりの俳優である。

黒澤明は、山本周五郎原作の『日日平安』を小林桂樹を主演にして映画にすることを構想していたが、映画『用心棒』が大ヒットしたため、三船敏郎を主演にした続編をという東宝の要請により、脚本を大幅に書き直して『椿三十郎』として完成させた。小林桂樹が主役だったら、また違った傑作が生まれたと思う。

黒澤明監督の最後の映画『まあだだよ』は、内田百閒の人間的魅力を描いた映画だが、内田百閒役を、松村達雄ではなく小林桂樹にしていたらどうだっただろう、と時折夢想する。小林桂樹ならば、内田百閒の人間的魅力をより十分に伝える映画となったはずである。

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