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読書メモ・小田嶋隆『上を向いてアルコール 「元アル中」コラムニストの告白』(ミシマ社、2018年)

コラムニストの小田嶋隆さんが書く本やラジオで語る内容は、私の心のよりどころだった。その小田嶋さんは『上を向いてアルコール 「元アル中」コラムニストの告白』(ミシマ社、2018年)という本を出している。小田嶋さんにはめずらしく、語り下ろしの本である。
小田嶋さんは、20代の終わりから30代にかけて、アル中だったそうだ。
いまはアルコール依存症という言い方をするが、いわゆるアル中って、完治するというわけではないみたい。だからこの本を出した当時の小田嶋さんは、「断酒中のアルコール依存者」という状態だったのだという。この状態を小田嶋さんは、
「坂道でボールが止まっているみたいなもの」
と表現している。多くの患者は、再び転げ落ちることになるけれども、自分は何とか踏みとどまっている、というのだ。 
アルコール依存症で悩んでいる人にはもちろんだが、そうでない人にとっても、この本はそうとう興味深い本である。
私はアル中という病気に対して、まったく無知だったわけだが、これを読むと、なるほどこれは深刻な、しかも誰にも降りかかる可能性のある病気だということが、よくわかる。
いま病気で悩んでいる人にとっても、病気との向き合い方について何かヒントを与えてくれると思う。
人がお酒とどうつきあっていくかについても、考えさせられる。

「いまは立食パーティーには全然行かなくなりましたけど、素面で行くとあんなにくだらないものはありません。冷めたローストビーフだとか生ハムだとかみたいなどうやって食べてもマズいものを皿に取って、知っている人もいるけど別に親しいわけでもなくて、「どうですか」「太りましたね」「余計なお世話だ」みたいな話をするだけのことでしょ?そうやって一、二時間つぶして、ビンゴで当たるとか当たらないとかちょっとだけ騒いで帰ってくる。もうパーティーとか大っ嫌いになっちゃいましたね」

このくだりは、いかにも小田嶋さんらしい語り口だ。7年前にお酒をやめた私の気持ちとまったく同じである。
まあそんなんで、こういったテイストの病気告白本がもっと出てくればいいのになあと思ったりするのだが、実はこの本の最後で、小田嶋さんはこんな告白をしている。

「実は、一〇年くらい前に同じテーマで、一度オファーがありました。最初はやってみようと思ったんだけど、作業を始めてみると、とてもじゃないけど書ける気分じゃないということがわかりました。たぶん考えたくなかったんだと思うんです。飲むことも、飲んでいたことも。飲んでいた時代の失敗とかも含めて、思い出したくもなかったんでしょうね。
暗い部屋に押し込んだものを掘り出してこなきゃいけないというのは、今はそんなに嫌じゃないんですけどね。自分のなかでまだちゃんと整理はついていないですけど、この本を書くことで整理がつけばいいのかなと、ちょっと思っています」

意外だったのは、日ごろ、書くことに対してほとんど何の抵抗もないと思われる小田嶋さんが、自身のアルコール依存症について語るのに、10年以上もかかったということである。時間をかけて、自分のなかで整理していったということなのだろう。この本の副題に「告白」とあるのも、そういう思いがあるためと思われる。
そういえば、小田嶋さんが2年ほど前に亡くなったときも、病名を明かさなかった。最後まで心の整理がつかなかったのか、小田嶋さん流のダンディズムだったのか、あるいはそんなことは些末な問題だととらえていたのか、よくわからない。

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