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展示瞥見・『川瀬巴水 旅と郷愁の風景』(山形美術館、2024年)

川瀬巴水(1883~1957)という人物のことをまったく知らなかったのだが、若い友人がこの美術館の学芸員をしているという縁もあり、山形に訪れた折に川瀬巴水についての企画展を見に行くことにした。
川瀬巴水は、大正・昭和期に活躍した版画家である。江戸時代に浮世絵という版画が流行したことはよく知られているが、明治時代に入ると次第に衰退していった。だがその衰退を惜しんだ渡邊庄三郎は、みずから版元となり、木版技術の復興をめざし、新しい時代の版画を目指した「新版画」を提唱した。その「新版画」を確立した代表的人物が川瀬巴水である。
「旅情詩人」とも呼ばれた川瀬巴水は、全国各地の風光明媚な場所を旅しながら写生をし、それをもとに版画を制作した。その画風は写実的である。
あらためてわかったのは、版画というものは、絵師と彫師と摺師の連携によって作られているということである。川瀬巴水はこの中では絵師ということになるが、写生をした素材の絵に色を指示したりするのが絵師の役割だ。それを彫師と摺師が版画に仕上げていく。たとえて言えば…といっても適切なたとえではないかもしれないが…、絵師が映画監督とすると、彫師と摺師は美術監督や撮影監督のようなもので、映画監督のイメージを実現するために美術監督や撮影監督が大事な役割を果たすように、版画もまた、絵師のイメージを彫師と摺師が理解して正確に実現していくのである。
川瀬巴水の写実的な版画を見ると、全国を旅した気分になる。実際、私が訪れたことのある場所を版画にしているがいくつもあり、自分の旅の記憶を呼び覚ます装置ともなっている。
全国各地の風光明媚な場所を写生した版画には、必ずと言っていいほど人物が描き込まれていることに気づいた。たんなる風景画ではなく、そこで生活する人や旅をする人を意識的に書き込むことで生きた空間になる。版画の中に存在している人物に注目することで物語が生まれ、さらなる想像力を掻き立てる。
展示会場では、1956年に制作された版画「法隆寺西里」の作業工程、すなわち絵師(川瀬巴水)と彫師と摺師が連携して作り上げていく様子を撮影し、巴水の死後に公開された映画「版画に生きる 川瀬巴水」を14分に編集した映像を見ることができた。巴水による写生画を、彫師と摺師が版画として丹念に作り上げていく様子に、私の目は釘付けになった。やはりものづくりの手元を映した映像には、つい見入ってしまう。これは究極のドキュメンタリー映画だ。何かの機会に14分編集版ではなく、完全版を見てみたいものだ。

この企画展が全国に巡回する展示であることも初めて知った。山形美術館の会期は2024年8月25日まで。その次の大阪歴史博物館(2024年10月5日~12月2日)で、3年間にわたった巡回展が終わりを迎える。

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