あとで読む・第15回・早坂暁『戦艦大和1~5』(早坂暁コレクション、勉誠出版、2006年)

先ごろ亡くなったみずき書林の社長・岡田林太郎さんが手がけた早坂暁さんのエッセイ集『この世の景色』が発刊されたのは2019年のことだった。岡田さんは、前職の出版社で早坂さんの本を長く手がけておられたことをあとで知ったのだが、私は私で、子どものころに見た早坂さん脚本のテレビドラマが強烈に印象に残っており、しかも小学校時代の担任の先生が早坂さんと同じ松山東高校の出身ということもあり、勝手に親近感を覚えて、この本の発売と同時に手に取ったのである。

折しも私は大きな病気をしたあとだったので、エッセイで語られている早坂さんの死生観 ー具体的には、早坂さんと同郷の歌人・正岡子規の「なおかつ平気で生きる」という言葉ー に感化されて、これからはその言葉を胸に抱いて生きていこうと決めたのだった。

私はふだんはまったくそんなことはしないのだが、エッセイの読後感を岡田さんにメールでお伝えしたところ、岡田さんはその感想を早坂さんのお連れあいの方に転送してくださり、お連れあいの方から直接ご連絡をいただくという幸運に恵まれた。私はあらためて、早坂さんの過去の作品に浸る機会を得たのである。

早坂暁さんのドラマは、「日記」というのが重要なキーワードになっているのではないか、という仮説が浮かんだ。長く愛された『夢千代日記』『花へんろ 風の昭和日記』にはタイトルに「日記」という言葉が使われている。私が小学生の時に大好きだった毎日放送のドラマ『人間の証明』は、岸本加世子さんの日記風のナレーションが全編にわたって流れていた。
 もう一つ、やはり私が小学生の時に鮮烈な印象を残したTBSテレビ放送のドラマ『関ヶ原』(全3回)では、じつに些細なところなのだが、第2回の最後、石田三成が徳川家康に幽閉される場面で「この日、イギリスの都・ロンドンでは、シェークスピアの『真夏の夜の夢』が上演されている」という石坂浩二さんのナレーションで終わる。これは司馬遼太郞の原作にはなく、早坂さんのオリジナルだが、後々までこのナレーションは私の記憶に残り続けた。いま思うと、このナレーションも、日記的な叙述を意識していたと思う。

『「戦艦大和」日記』にも、タイトルに「日記」がついている。この本は、実際に編集を担当された岡田林太郎さんに薦められた。全5巻の大著で、しかも未完である。

時代を動かした人々による歴史の大きなうねりと、それに翻弄される名もなき人たちの生き様が交錯する。最初の方に、こんな記述がある。

「東京玉の井遊郭から二十三歳の娼婦が、東武鉄道の線路づたいに脱走を試みていた。草履もとばして裸足である。走る力もなく、這うようにして浅草の方角に向かっている。雲が月を隠してくれたのが幸いしてか、無事玉の井の街をぬけて、南喜一の家に駆け込んだ。
南喜一は元は職工五十人ばかり使ってエボナイトや石鹸をつくる工場を経営していたが、労働運動をしていた弟の変死から、心境を一転させ工場を売り払い、無産運動に身を投じた人物である。総同盟の争議部長となって争議を指導する一方で、玉の井遊郭にビラをまいて娼婦の待遇改善を呼びかけていた。
「助けてください」
娼婦は南のばらまいたビラを拾って、決死の脱走を図ったのだ」

この文章だけでも、頭の中に映像が浮かぶ。これはもう大河ドラマである。私はこの本を原作にした大河ドラマが見たかった。

数年前、最初から読み始めたものの、あまりの大著で、忙しさにかまけていまは滞ってしまっている。しかしこれは読み続けなければならない。私にとっての「幻の大河ドラマ」である。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?