オトジェニック・小椋佳「想い出してください」(1980年)
昨年(2023年)の春、比較的大きな企画展示を担当した。初めての体験で、準備はかなり大変だったけれど、支えてくれるスタッフをはじめ、人間関係の幸運に恵まれ、それはそれは楽しい時間だった。
企画展示には展示図録というものを作らねばならず、そのためには、展示作品の写真を集めなければならない。もし写真がなければ、先方から展示作品をお借りするよりも前に、あらかじめ写真を撮りに行かなければならない。企画展示の開催初日に展示図録を披露するには、そうしないと間に合わないからである。
企画展示の会期が始まる半年ほど前の2022年9月、カメラマンのSさんと一緒に、関西方面にそのための撮影旅行をした。カメラの機材が重いので、現地ではレンタカーを借りて移動し、1日に数カ所をまわる。そのたびに機材をセッティングし、撮影を行い、終わるとまた次の場所に移動して機材を設定して撮影する、の繰り返しである。
作業の初日は2カ所をまわった。地味な作業ながら思いのほか体力を消耗する。それでも効率よく作業が進み、初日は3時半過ぎに終了した。
外に出ると大粒の雨が降っている。急いでレンタカーに乗り込み、その日の宿泊地に向かう。宿泊地は、カーナビによれば70キロほど離れたところで、うまくいけば1時間半くらいで到着する、とカーナビは計算していた。
しかし、大雨と渋滞で、思うようには進まない。しかも二人ともこの地域の土地勘がないので、乗らなくてもいい高速に乗ってしまったり、降りたほうがいいところで降りなかったりと、意外と時間がかかった。
運転を担当してくれたカメラマンはまだ若い方で、たぶん私よりも20歳以上年下だろう。なにしろ実質初めていっしょに仕事をするので、詳しいことはよくわからない。
それでも運転しながら四方山話をしていると、彼がTBSラジオリスナーであることがわかった。というより、最初に私が、TBSラジオのヘビーリスナーであることを告白したんだけれども。
どんな番組を聴いているのか聞いてみると、ライムスター宇多丸さんの「アフター6ジャンクション(アトロク)」とか「安住紳一郎の日曜天国(ニチテン)」だという。私はそのどちらもよく聴いていたので、その話題でひとしきり盛り上がった。
ひとしきりラジオの話題が終わったあと、Sさんがおもむろに言った。
「巨椋って、おぐらって読むんですね。「木偏に京」って、むくって読むんじゃなかったでしたっけ?」
「一般的にはそうですね。でも日本ではクラと読むこともあるんですよ」
「そうなんですか」
「小椋佳っていう歌手がいるでしょう?」
「オグラケイってだれですか?」
なんと!小椋佳を知らないらしい。車中の雑談では、音楽にけっこう詳しい人のように思ったのだが…。
「『シクラメンのかほり』って歌、知ってますか?」
「ええ、知ってます。布施明の」
「あの歌を作ったのが小椋佳です」
…といっても、どうやらピンときていない様子。
「じゃあ、『愛燦々』は?」
「それも知ってます。美空ひばりの」
「『愛燦々』を作ったのも、小椋佳です」
「そうですか…」
やはりあまりピンときていない。井上陽水の「白い一日」という歌を作詞した人だ、とも言ってみたが、ますますピンとこない様子。
私は、小椋佳さんが銀行員をしながらシンガーソングライターを続けていたことや、定年後は東京大学に編入して哲学を学んだ、という小椋佳ストーリーを解説したのだが、どれほど伝わったかは、わからない。
小椋佳さんを知っている世代と知らない世代が、どのあたりで分かれるのか、これは興味深い問題である。
「小椋佳 ベストコレクション30」というCDを持っている私としては、「小椋佳さんの曲でどれがいちばん好きですか?」と聞かれると困る。代表曲はやはり「さらば青春」か?「めまい」も名曲だし、他の歌手に楽曲を提供した曲も捨てがたい。しかしあえて言えば、私がいちばん好きなのは「想い出してください」という歌である。TBSテレビで1980年に放映された「あゝ野麦峠」というドラマの主題歌であった。ドラマの細かいストーリーはあまり覚えていないが、小椋佳さんのこの主題歌だけは、当時小学生だった私に鮮烈な印象を残した。
余談だが、むかしは映画が公開されると、その翌年にテレビの連続ドラマとして制作されたことが多かった。いまだと、連続ドラマがヒットすると「劇場版」とか「ザ・ムービー」と銘打った映画が作られるでしょう?むかしは逆だったんだよ。「あゝ野麦峠」も、前年の1979年に映画となり、そのあと1年遅れて連続ドラマとして制作された。『日本沈没』(1973年映画化、1974年連続ドラマ化)しかり、『二百三高地』(1980年映画化、1981年連続ドラマ化)しかりである。角川映画もそういう例が多かった。おじさんにとっては「あるある」だが、若い人にとってはあまり役に立たない豆知識であるという自覚はある。
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