あとで読む・第32回・桑原水菜『遺跡発掘師は笑わない 災払鬼の爪』『遺跡発掘師は笑わない キリストの土偶』(角川文庫、2023年)

ぼやぼやしているうちに、桑原水菜さんの『遺跡発掘師は笑わない』シリーズが、今年(2023年)2冊刊行されていた。
桑原水菜さんは、同じ高校の1学年下の後輩なのだが、今に至るまで面識がない。しかし縁とは面白いものだ。彼女の大親友――仮にA島と名付けよう――が私と同じ部活の1学年後輩で、これまた私とは親しい間柄。つまりA島という共通の友人をもつという関係である。
もちろん桑原水菜さんの名前はずいぶん前から知っていた。私が初めて勤務した、山形県米沢市にある短大の日本史学科の学生の中には、桑原水菜さんのファンが多かった。私が「(桑原さんは)高校の1年後輩だよ」というとそれだけで私の株は上がったものである。しかしそのときは、桑原さんの小説は全然読んでいなかった。
転機になったのは5年ほど前だろうか。当時神戸に住んでいたA島と再会し、喫茶店で長いこと四方山話をしていく中で、親友の桑原水菜さんの話になった。小説の取材旅行にA島が運転手としてついていくことが多く、その珍道中の話がとてもおもしろかった。車を使うくらいだから、メジャーな観光地などではなくかなりマニアックな場所ばかりをまわる。理系のA島には今ひとつピンと来ない場所ばかりだが、小説では重要な舞台となる。「自分が目にしたものがどう料理されているかを楽しめるのがけっこう贅沢なんです」と、A島も楽しんでいた。
「何という小説なの?」と聞いたら「遺跡発掘師の話ですよ」というので、それで『遺跡発掘師は笑わない』のシリーズを読み始めた。読み始めるとこれがまぁ面白い。何が面白いって、ミステリーの面白さももちろんのこと、いまの私の仕事とモロに重なるのである。
『遺跡発掘師~』シリーズでいちばんのお気に入りは「悪路王の右手」「悪路王の左手」の巻である。なんたって私が専門とする「漆紙文書」が小説の中で重要な鍵を握る。そんな小説なんてほかのどこにもないぞ。
さらにこの「悪路王」の巻には、東日本大震災で被災した陸前高田市の文化財レスキューのエピソードが登場する。陸前高田市の文化財レスキューは私も少しお手伝いしたことがあるので、これもまた私の体験と重なる。小説の中で、震災からの復興と文化財保全の狭間で葛藤する主人公の姿がちゃんと描かれていて、当時の埋蔵文化財担当者がおそらく抱えていたであろう葛藤を代弁するような描写に思えた。
私はこの「悪路王」の巻の面白さに興奮して、A島に長い感想を書いた。A島には「だいぶ興奮してますね」とからかわれながら、その感想を桑原水菜さんに転送してくれた。その後も最新刊を読むたびに、唯一の連絡手段であるA島に感想を送っている。
『遺跡発掘師~』シリーズは、考古学だけではなく、歴史学や民俗学なども巻き込んだ学際的な小説だ。対象とする時代も先史時代から近代まで、時代を縦横無尽に往来する。これって、私のいまの職場のめざしていることではないか?しかも掛け値なしのミステリー&エンタメ小説。我が職場の理念が小説の形をとって体現されている。
今年刊行された2冊もまもなく読み始めることになるだろう。そうしたらまたA島に感想を送ろう。

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