あとで読む・第5回・寺尾紗穂『日本人が移民だったころ』(河出書房新社、2023年)

寺尾紗穂さん、という名前を知ったのは、大林宣彦監督の映画『転校生 さよならあなた』のエンディング曲「さよならの歌」を聴いた時がはじめてである。
歌い方が大貫妙子さんに似ているなあ、と思っていたら、通販サイトのレビューに「声が大貫妙子、歌い方が吉田美奈子、ピアノが矢野顕子」と書いてあって、なるほどなあと思った。大貫妙子、吉田美奈子、矢野顕子は、いずれも私が10代の時にかなり熱心に聴いていたミュージシャンで、言ってみれば体に染みついているのだ。寺尾さんの歌を、世代が違うにもかかわらず違和感なく聴くことができたのも、そのせいなのだろう。
2018年7月、私は大川史織編『マーシャル、父の戦場』(みずき書林)に短い文章を寄せたのだが、同じ本に寺尾さんも文章を寄せていた。寺尾さんは文筆家としてすでに何冊も本を出していることを後になって知る。なかでも「南洋諸島」に関する2冊のルポルタージュ(『南洋と私』『あのころのパラオをさがして』)は、マーシャル諸島ともかかわる貴重なお仕事である。
『マーシャル、父の戦場』に寄せた文章がとてもいい文章で、同じ本の中で並べられると、私の文章の稚拙さばかりが目立って、まいったなあと恥ずかしくなってしまったことを思い出す。
『彗星の孤独』(スタンド・ブックス、2018年)というエッセイ集の存在を知ったのは、寺尾紗穂さんがゲスト出演した文化放送『大竹まこと ゴールデンラジオ』を聴いたときだった。たしか発売されたタイミングでのゲスト出演だったと思う。私は吉祥寺にある、選書のよいことで評判の小さな書店に駆け込み、『彗星の孤独』を手に入れた。告白すると、いちばんのお気に入りは、この『彗星の孤独』である。いとうせいこうさんが本の帯に「丁寧に書くことは、丁寧に生きること。」と書いているように、ひとつひとつの文章が丁寧なのだ。もちろんこれは寺尾さんの本全般についていえることである。
あるとき、寺尾紗穂さんのコンサートに通っている大川史織さんから、「三上先生、寺尾紗穂さんのファンなのでしたら、本にサインをもらってきますよ。どの本がよいですか?」と聞かれて、『彗星の孤独』へのサインをお願いした。私は大好きな本に著者のサインをもらうことがやたらと好きなのだが、それはとりもなおさず、読者である私がその著者に対して責任を持つことを意味する。少し大げさな言い方をすれば、この先もずっと読み続けようという覚悟、といってもよい。だから地元の書店で『日本人が移民だったころ』を見つけたときは、迷わず手に取って購入した。寺尾さんの文章にふれる楽しみが、またひとつ増えた。次の望みは、寺尾さんのコンサートに行ってみたいということである。

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