あとで読む・第29回・全卓樹『銀河の片隅で科学夜話』(朝日出版社、2020年)

今年(2023年)の4月、かつての教え子二人が私の職場を訪れ、そのうちの一人、東北地方の市立図書館に勤務しているほうの教え子から1冊の本をいただいた。それが標記の本である。
その教え子とはめったに会うことはないのだが、会うたびに最近読んで面白かった本というのを教えてくれる。それも、いわゆるベストセラーではなく、本好きの人の知る人ぞ知る本、といったもので、本に対する真摯な姿勢に敬意を表して、その教え子の薦めてくれた本を入手することにしている。今回は、山形市の八文字屋という老舗の書店のブックカバー付の本をいただいた。つまりかつて通っていた大学近くの書店でわざわざ買ってくれたのである。このブックカバーは懐かしくてはずせない。科学を解説する本でありながら、とても味わい深い文章で読みやすいですよ、と解説してくれた。
その翌週、私はふとした病で手術することになった。入院期間は5日間。手術から3日目にしてようやく体中の管がはずされ、晴れて自由の身となる。そこで持ってきた本を読もうと思うのだが、この本選びというのが、なかなか難しい。
体調がアレだから簡単に読める本をと思い、そういえばと、先日教え子からもらったこの本を入院のお供にした。たしかに科学を扱いながらも滋味深い文章で、ひとつひとつのエピソードも短い。タイトルに「夜話」とつくくらいだから、夜寝るときに、一話ずつ読めばちょうどよいというボリュームである。私も、こういう研究エッセイを書いてみたいと強く思う。
ところが読み始めると、たしかに味わい深い文章なのだが、どうしても科学的な思考が必要となるため、それなりに頭を使わないといけない内容が含まれており、健康なときは何ら問題はないのだが、術後の弱った身体には思考にいささかの過重な負担を与えたようで、どうも長続きしない。これは無理をせずに、あらためて健康な状態のときにじっくり読むほうが得策のようだ、と思い、もう1冊、お供として持ってきたエンタメ小説の方に変えた。すると、登場人物も多く人間関係も複雑な長編小説であるにもかかわらず、その作家の筆力もあり、思考の負担なく読み進めることができた。まことに不思議な現象である。
これは聞きかじりの話だが、アーネスト・ヘミングウェイは原稿執筆のため脳を酷使するあまりに想像力が枯渇してしまわないために、原稿がノッてくるとそこでいったん執筆をやめ、脳に負担のかからないような、つまりエンタメ性の高い本を読むのだという(『移動祝祭日』)。うろ覚えの話だが、私の場合もそういうことだろうか。
とにかくそこで学んだのは、入院中は思考に負担をかけないようなエンタメ性の高い小説を読むのがよいかもしれないということ。標記の本は心身ともに余裕がある時に大切に読み直すことにする。

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