あとで読む・第31回・榎本空『それで君の声はどこにあるんだ? 黒人神学から学んだこと』(岩波書店、2022年)

仕事にかかわる緊急性の高い本は通販サイトで入手することがあるが、それ以外の本はできれば書店に行って入手したい。かといって、書店に行っても在庫がなく空振りに終わってしまうことがある。とくに私が読みたい本はその傾向が強い。
在庫が確実にあると思われる大型書店に行けば間違いないのだが、それだとつまらない。第8回で紹介した日野剛広さんの『本屋なんか好きじゃなかった』(十七時退勤社)で「書原の品揃えは非常によく練られており、決して広くはない空間にメガ書店にまったく引けを取らない豊かさがあり、つくづく本屋は規模ではないと言うことを痛感する」と書いているように、「書原」のような、大きくはないが品揃えを吟味している書店で買い求めるのが理想である。
近年は小さな独立系書店が注目されているが、あそこは目的の本を探しに行くというよりも、本棚をブラブラしながら「こんな本もあるのか」と出会いを楽しむ場所である。
さて、その日野剛広さんの本の中で、標記の本を取りあげているくだりがあった。「人生の中でもそうは出会えない一冊」としてかつてない読書体験をしたという。すっかり魅了された日野剛広さんは、この地味な本を、書店員としてどうにか広めたいと思い、さまざまに工夫して手にとってもらうための仕掛けをした様子が書かれていた。そんなことを書かれてしまったら、ぜひ読みたいと思うのが人情である。しかしふだんは車通勤による自宅と職場の往復なので、沿線の本屋さんに立ち寄ることができない。
今年(2023年)の11月15日、都内の病院から退院した日は電車移動だったので、ふと思い立ち、途中下車して、阿佐ヶ谷駅南口に隣接する「書楽」という書店に立ち寄ることにした。書楽もまた、品揃えを吟味している書店として気に入っていた。
久しぶりに入口に立ってみて驚いた。立て看板が立っており、こんなことが書かれていた。
「お客様各位 大変残念ですが、当店は2024年1月8日をもって閉店致します。皆様のご利用によりこの地で40年以上書店として存在できた事は大変な喜びです。この地から退く事は大変な悲しみですが、時代の趨勢として受け入れざるを得ません。長い間本当にありがとうございました」
なんと!ここも閉店してしまうのか!
店の中に入ると、それなりにお客さんがいる。本棚を眺めながら店内を歩いていると、お客さんが店員さんに向かって、口々にお店がなくなることの寂しさを語っていた。
「本当にやめちゃうの?」
「淋しくなるねえ」
「私はこれから、どこの本屋さんに行けばいいの?」
お客さんの声をそれとなく聞いていると、別の町からはるばるこの本屋に通っている人もけっこういるようだった。
書店の中を徘徊していると、目立たない場所に標記の本が平積みになっているのを見つけた。表紙が真っ黒で、たしかに地味な装丁ではある。しかし私には「読んでくれ」という存在感を主張しているようにもみえた。「声」が聞こえたのかもしれない。書楽でこの本を見つけたのは、理想の出会い方といってもいい。でももうすぐこの本屋はなくなる。本をどこで買ったのかということも大切な記憶であることを思い知らされる。本にレシートを挟んでおこうか。

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