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魔女は三日月のように笑う 第三話

「ようこそ凛。会えて嬉しいわ」エルダーシスターの見た目は、小学校一年か二年の女の子だ。
魔女たちの外見上の年齢は、いったいどうやって決めているのだろう?
「フフッ、あなたは記憶にないと思うけど、あなたが生まれた瞬間のことも私は覚えているのよ」
「えっ、どう言うこと?」
「それは、この街の出来事ならすべてを把握しているってことかしら」
「あなたたち人間の十数年も、私からしたら一日や二日のできごとだから」
「ふーん、そんなに時間の感覚が違うんだ」長すぎて退屈しそうだ。
「フフッ、そうね。いたずらに長すぎるのも考えものよね」そう言ってシスターは笑った。
魔女の世界も、コンビニのフランチャイズのようになっている。
各地域に数名の魔女が住んでいて、県、国、世界本部と規模は大きくなっていく。
ひとくちに魔女と言っても、国によって様式が違うから完全な統一は難しいらしい。
「むしろ国によっては仲良くないかも」香月早紀は言った。
「―って言うか、理解出来ないのヨ。アフリカの魔女なんて黒魔術とか言って人を呪ってばかりいるのヨ」肩をすぼめながら香月早紀は言った。
「人間の世界とあんまり変わらない」心の中で私は考えた。自分が理解できないものや未知なものを否定する傾向があるのだ。
「そういう意味ではホットしたな」魔女に親近感が湧く。
人間の中に紛れて生活をするうちに、人間の考え方にシフトして行ったのかな。
「ごめんなさいー久しぶりだから迷っちゃたの」異様な破裂音がすると思ったら、如月蘭とプロフェシーが屋敷のサンルームの前で手を振っている。爆音の原因は、如月が乗ってきたマフラーを改造した原付バイクだ。
「あの女、相変わらずだな」香月は吐き捨てるように言う。
「みなさん、お久しぶりですゥ。シスターお招きありがとうございます」
「やだ、香月早紀、学校でもアイサツが遅れていてごめんなさい。何かと忙しくて」おおかた寝ているよね?
「香月あなた、また一段と大きくなったんじゃない?なにを食べればそんな風になるの」
それは、私も聞きたいことではあった。
しかし、如月蘭に比べれば香月早紀の方が遥かに可愛らしい気がする。
「やはり、騒がしいおばさんみたい」如月蘭は、次々と辛辣な言葉を発しながら挨拶回りをしている。
みなさん、こめかみに血管が浮き出ている。
「アイツ、ゼッテェにぶっ殺す」私の隣で香月早紀がつぶやく。その言葉に、私は無言のままうなずいていた。


「ぎゃっ」後ろから肩を押されて、私は前のめりに倒れそうになる。
始業時間五分前で、私は猛烈に急いでいた。上履きに履き替えてダッシュで教室に向かう途中だった。
「どこ見てるんだよ!」香月のせいで、最近口が悪くなっている。
「ホントにごめんなさい」耳障りの良い、女の子らしい声が返ってくる。
振り向くと、絵に描いたような美少女が両手を胸の前に合わせて申し訳なさそうなポーズをとっている。
「あっ、大丈夫だから」私は直ぐに体勢を立て直すと、急いで教室に向かった。
「それにしても美しい容姿だった」私の拳くらい小さな顔に、充分過ぎるほど細く長い手足。
SNSでみんながフル加工したようなスタイルが、現実の世界に現れた感じだ。
「何言ってんのョ!私の方が美少女でしょう」香月なら一括してしまいそうだけど。

「げっ、一年三組の東雲有栖でしょう?キレイ?どこが」
「私の美しさには到底およばないわョ」予定通りの答えが返ってきた。
最近、お昼をファッション研究会の部室で食べている。香月から何か情報が得られるかもしれないからだ。
たいていが二人だけの時間になっている。
ほとんどの話が、芸能ニュースかイケメンの話で終わる。香月の興味のあることが芸能のゴシップだから。
ファッションの話もほとんど出てこない。私にしてもしょうがないと思っているのかも知れない。
「―って言うか、アンタにはアレがそう見えるんだ?」鼻の先で笑うように香月は言った。
「アレって?」私が首をかしげると。
「アンタは、あの上辺の擬態に誤魔化されているんだヨ!」
「あーっ、ヤダヤダ。修行が足りないわ」と言いながら、両手でバンザイをするような素振りをした。
「擬態って、妖鳥のメス?マジで」椅子から落ちそうになる。
「お詫びに売店のサンドイッチ持って来てくれたよ。香月先輩が食べているそれ」
「ブハッ、」香月早紀は、口の中のサンドイッチを吐き出した。
私は、無言でティッシュを使ってテーブルの上を拭き取る。
「ゴメンゴメン、マジ?まあっ、サンドイッチに罪はないけどサ」そう言って二個目のサンドイッチに手を伸ばす。
「でも、元の姿ってどんな感じなのかな?」
「たしか、コンドルみたいなもんだったわヨ。一度だけ見たことあるけど。ギリシャ神話のキメイラが近いかな」わからなかったらスマホでググれと付け加えた。
「それでも、一度だけなんだ?」
「用心深い種族だからネ。よっぽどじゃないと、本体は見せないネ」
「よっぽどって、戦闘の時だヨ」と笑いながら香月早紀は言った。
「一度戦ったことがあるんだ?」
「あーっ、いつだったろう?世界大戦の直後だった。あいつらの好物が地上にわんさか溢れていたからサ」
「ノリノリだったんじゃネ」
「もちろん、アタシが勝ったけどサ」香月は腕の力こぶを強調するようなポーズを決めた。
「極端に仕上げた外見と血生臭い体臭ですぐに識別できるヨ」
そうなのかな?フローラル系の良い匂いがしたけど。
「そうそう、うちらからしたら嫌な匂いなんだけど、普通の人間にはスゲーいい匂いに感じるらしい」
「人間を引き寄せるための成分が入ってるのヨ」
「人間が本体を見るのは、死にそうになってーそれでも意識が残っている場合だけじゃネ」
「自分の体は食べられる寸前だけどネ」
丸太のような太い腕を組みながら、香月早紀は何度もうなずいた。

「桜坂さん?」突然、校門の前で声をかけられた。
男の子受けの良さそうなちょっと高めのトーンの声は、聞き覚えのあるものだった。
「東雲有栖だ」私は振り向いて軽くお辞儀をする。
「美しい擬態だよ」頭の中では香月早紀の言葉がこだましている。私は少し身構える。
「桜坂さん部活に入ってないのね。いつも、逃げるようにして学校から出て行くわね」
「ええ、まあそんなものかな」我ながらあやふやな答えだと思う。
「私は都内に限定のお洋服を受け取りに行くのよ」東雲有栖は楽しそうに微笑んだ。
「逃げるようにして」たしかにそんな気持ちかも。事実を言い当てられて私は少し戸惑ってしまう。
学校は、私にとって苦手な集団行動を克服するためにあると思う。人生の修行の場所とも言える。
「しかし、こうして間近で見るとホントに整っている」西園寺摩利を近くで見た時と同じ印象を受ける。
「美しさって、突き詰めると同じになってしまうのかな?」SNSで加工を繰り返した顔が、みんな同じ人になってしまうのと似ている。
「そうだ、ネットに載ってる整形した芸能人も、最終形態はみんな同じような感じになっている」
西園寺摩利と東雲有栖の美しさは、どちらも完璧で究極に人工的なものなのかも知れない。
「血生臭い体臭をしているからすぐに識別できる」香月早紀はそう言っていた。
私は東雲有栖に気づかれないように、意識して匂いをかぎ分けようとした。
「女の子っぽい甘い匂いがする。むしろそれしかしない」
「フフッ、桜坂さんて面白いわね」そう言われて、私はドキッと心臓が波打つ。
「桜坂さんのお父さんは市長さんよね」
「うん」小さくうなずく。
「あまり似ていないのね?」とイタズラっぽく微笑む。
「市長さん素敵よ。パワーがあって」東雲有栖はそう言い残して、新幹線の時間に間に合わないと走り出した。
「お父さんのこと知っているんだ」血生臭い体臭まではかぎ分けられなかった。
「凄く身近な感じ」
「そうだ!お父さんだ」フローラル系の匂いはともかく、根底にある匂いがお父さんに近い気がする。
「えっ、これってどういうこと?」
遠くに見える東雲有栖の後ろ姿を見送りながら、私はしばらくその場に立ちすくんでしまった。

「朝から全開で寝ている」かなりの音量のイビキをともなっている。
「やはり、私たちより長く生きているから?」普通の中学一年生の女子は、こんなイビキはかかないと思う。
「自分がこんなだったら絶対イヤだ」おまけに、時たま変な寝言を言うし。
「この間なんて、岸信介に説教をしていた。しかも暴力も奮っている気配もする」みんな授業よりも寝言の方に夢中になっていた。
ボーっとして、机に突っ伏している如月蘭の姿を眺めている私の前にプロフェシーがいきなり姿を現した。
「久しぶり凛、僕についてきて」私にだけ聞こえるような小声でプロフェシーは言った。
「うわっ、」驚いて私は立ち上がった。クラスの視線が私に集中する。
その間にプロフェシーは一気にジャンプすると、出入口のドアを微妙に開けて教室の外に出ていってしまった。
「先生、食あたりで吐きそうなのでトイレに行ってきます」私は手を口に当てる演技をして、足早に教室を出た。
廊下の一番先の方にプロフェシーが居た。しっぽを可愛く振りながら顔だけこっちを振り向くと、口角をこれでもかってくらい上げて三日月のような笑顔を見せる。
「アリスのチェシャ猫みたい」私は慌ててプロフェシーの後を追った。
「速くーこっちだよ」プロフェシーは校舎を出ると、一気に校庭の隅まで走り抜ける。
プロフェシーは校庭の端に立っているヤマボウシの樹の枝の上で、アクビをしながら私を待っている。
私も走ることには自信があったけど、プロフェシーに追いつくのがやっとだ。
プロフェシーは学校のフェンスの裂け目から外に出る。
「イテッ、ジャージも切れた!」私も無理やり裂け目を通ってみる。
プロフェシーはそんな私の様子をチラッと見て、すぐに前に向き直して林の中を進んでいく。
私は、必死でその後を追った。

第四話はこちらからです


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