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魔女は三日月のように笑う 第一話

「マジでダメだ。答えが出ない」
「結局は同じ場所に戻ってしまう」お金をポケットにねじ込んで、勢いで電車に乗ってみたものの、行く当てがあるわけではなかった。
「誰かに罰して欲しい」往復四時間、自分に対してそればかり望んでいた。
でも、諦めて元の駅に着いた。
「振り出しに戻る」そんな感じ。
ゲームだったら「リセット」できるのに、現実はそう甘いものじゃない。
「これからどうしよう」ホームの椅子に座って考える。
見慣れない一人の女子が無人駅のホームに降り立った。平日の昼間のせいか、駅のホームには私を含めて数えるほどしか人がいない。
「高校生?私よりは三つは上かな」真っ白な薄手のコートに、薄いピンクのボストンバック。栗色の長い髪は軽いウエーブがかかっていて、夏前の日差しが反射して光り輝いて見える。
小さな顔に長い手足、おどろくほど細いスタイル。
「ホントの美少女だ」つい視線が奪われてしまう。
私は上下ジャージ姿の自分を見て、可笑しさがこみ上げてくる。
制服もあるけど、私は楽だから断然ジャージ派だ。
クラスのみんなもまちまちだから全然気にはならない。―って言うより、ファッションにまだあまり興味がもてない。
「何年振りかしら?」
「海の方から、潮の匂いが運ばれてくるわ」鼻を「くんくん」と何度か鳴らしながら彼女は誰かに話しかける。
肩から下げた小さめのショルダーバッグの中から、真っ白な猫のマスコットが顔を覗かせている。彼女はそのぬいぐるみに話しかけていた。
「うわっ、やべえヤツだ」関わらない方がいいと判断する。目線が合わない様に自分の手元にある切符に目をやる。
「えっ、切符がない!」持っていたはずだ。
「これをお探しかしら?」私の頭の上で彼女は言った。
恐る恐る顔を上げる。
そこには口角を限界まで上げた、完璧な笑顔の美少女がいた。
「フフッ」彼女は右手に持った切符を差し出しながら、小首を傾げてウインクをした。
「やっぱり、やべえヤツだ!」この時、私のカンは百パーセント当たっていた!と今でも思っている。

「えっ、マジで?」朝の眠気が一気に消えてなくなる。
私は瞬きを繰り返して、目の前のことを正確に確認しようとした。
「本当の現実だ!」思わず声に出してしまう。隣の席の中川君が私を見る。それを無視して、教室の前に立っている少女に視線を集中させる。
濃いブルーの膝上丈のワンピースに、首元には薄いブルーのスカーフを巻いている。
長い髪をルーズにまとめて、右の肩下から垂らす。
まるで碧い海の妖精が、人間界に上がって来たみたいだ。
「きれい」女子の一人がため息をもらす。
でも、肩からかけた小さめのショルダーバックの中には昨日の猫が顔を出している。
「えっ」目が合った猫が、三日月のような笑顔を作って私に笑いかけた気がしたのだ。
もう一度よく見ると、今度はウインクを送ってきた。
昨日のホームの出来事がフラッシュバックする。
「如月蘭です。少しの間しかいられませんが、みなさんにチャンスを与えに来ました」
「うーん、チャンスって言うかージャッチするって言う方があっているかも?」
「チャンス?チャンスって言った?」私はクラスの中を見渡した。
でもおかしなことに、みんな気にしてない。
何事もなかったように、クラス中がボーっとして美しい転校生を見つめている。
「これは、やばいな」誰かがつぶやく。
私はハッとして、声のした左後方を振り向いた。
声を発したのは、学園の絶対的アイドル。中一にして、美しさが完全に仕上がっていると噂の「西園寺摩利」だ。
西園寺摩利は薄っすらと眉間にシワを寄せて、机の上に置いた右手の薬指の爪を軽くかんでいる。
「如月さんには、空いている席に座ってもらおうかな」担任の服部先生は、教室の窓側の中間辺りを指さす。教室が一瞬に氷つく。誰もが無言のままその席を凝視している。
「はっ、マズイ!」立花咲の机の上には、枯れかけた小花が透明な小さなガラスの瓶に入ったまま置かれている。
私は片付けようと、急いで席を立った。
「フフッ、大丈夫よ。桜坂さん」転校生はそう言うと、迷いなどまったくないそぶりで立花咲の机の所まで歩いて行った。
「どうして私の名前を?」
そして、机の上の花瓶を両手で持って顔と同じ高さまで持っていく。
「フーッ」息を吹きかける。
「なに?どうなっているの」と思わず声が出そうになる。
突然、枯れていた花が息を吹き返したのだ。しかも、何倍もの大きな花に!
「うーん、いつもやり過ぎちゃうのよね」転校生は困ったような顔をして言った。

「どうしてこうなってしまったのだろう」塾に行く途中、川沿いに群れをなして咲くブーゲンビリアを見ながら思う。
物心ついた時からずっと同じ景色を見ている。
観光客には珍しいブーゲンビリアやジャカランダの青い花も、十年以上も見ていると何の感動もわかない。
直ぐそこにある海でさえも、めったに見に行くことはない。
「いいわねーここは季節ごとに変わる海の美しさを感じられる」遊びに来る観光客は言う。
いくら海が美しくとも、慣れてしまう。慣れてしまうと心が動かない。
私たちはずーっと同じ街で、ほとんど同じメンバーに囲まれている。慣れてしまって心が死にかけているのだ。
クラスのみんなも、刺激のない生活にウンザリしている。
一般的に言う「思春期」ってやつかな。こんな私でも、我慢できなくて突然叫びたくなる。すべてにイライラしてくるから
もちろん、これといった理由があるわけではない。
こんなウダウダした生活の中で、みんなのストレスは溜まっていく。
溜まったストレスはいつか爆発する。どこかがほつれたら、一気にそこに集中するのだ。
そうして二週間前、幼なじみの「立花咲」は、暴発したストレスに飲み込まれていった。

「咲おはよう!」私はいつものように声を掛けた。学校に向かう坂の途中のことだ。
海と山が至近距離で繋がっているこの街は、どこもかしこも急な坂道ばかりで成り立っている。
咲は私の声を無視した。逃げるように昇降口に走っていく。
「一体どうしたんだ?変なの」
咲とは幼稚園の時から一緒だから、気心の知れた仲間の一人だ。
私の入った地域の公立中学は、三つの小学校が合わさって構成されている。
やっと三クラスになっているが、一クラス二十五人いるかいないかくらい。年々生徒の数が減っているらしい。
「この国の子供の数が減少している」テレビでニュースキャスターが言っていた。
父親も中学までこの街で育っている。それで、今はこの街の市長になった。
「生まれ育った街に愛着を感じている」とは思えない。
なぜやっているのか、私にはわからない。
クラスの三分の一は、幼稚園を入れたら八年間一緒のメンバーだ。お互いの長所も短所もすべてを把握している。と思う。
「なんか、嫌なことでもあったのかな?」そのくらいにその時は考えていた。
「あれ、なんか雰囲気が違うぞ」私が教室に入ると、騒がしかった女子の声が一斉にトーンダウンした。男子は変わらないみたいだけど。
「おはよう」席に着いて、隣の席のサクラさんに声をかける。
やはり、サクラさんも返してこない。困ったように小さくうなずいただけだった。
「あーっ、なるほどそう言うことか」たぶん、私のことを無視するようになっているんだ。
昨日の放課後までは通常通りだったから、夜にメールが私以外のクラスの女子に出回ったんだ。
「こんな思いっきり女子的なことは考えるのは?」
「お前だよな、神崎レイナ!」私は右側三つ後ろの席の神崎の方を振り返った。
神崎レイナと目が合う。案の定、神崎と二人の取り巻きは私を見てニヤニヤと薄笑いを浮かべている。
「余計に頭が悪く見えるよ」私は心の中で毒づいてみる。
比較的おとなしめなタイプの私の小学校の子たちに比べて、他の小学校の子はイキッていると言うか、派手なタイプが多い気がする。
クラスの中に押しの強いヤツがいると、他のみんなもそれに引っ張られるのかも知れない。
現にこのクラスでは、神崎たちのグループが影響力を強めている。
「私がハブられる原因だけど」正直なところ心当たりはない。
「何となく気にいらない」神崎あたりがそう思ったのかな?所詮、理由なんてそんなものだ。
まあっ、あえて言うなら「神崎のことを何とも思ってない」それかな?
「必要以上に授業中うるさい」そんな印象しかない。それが態度に出ているかもしれない。
女の子の種類によっては、友達が生活のすべて!みたいな子もいると思う。私なんてスマホのメールを六十件くらい読んでいない。
メールも自分からほとんど送ったことがない。
いざ送ろうと思っても、身構えてしまって送れなくなる。考え過ぎてしまうから。
鈍感ではなくて、どちらかと言えば繊細な方なのだ。―って、自分で思っている。
ただ、咲やサクラが神崎の指示に従っているのには驚いた。
「ショックと言うより、少しさみしい」そんな感だ。

「誰か拾ってくださーい」クラス中に、神崎の大きい声が響きわたる。
「フーッ、なんだかなー。ベタな展開に頭がクラクラして来た」理科の授業で班分けをした。二十五人で六人編成なら、必ず一人あまる。五人編成にすればいいだけなのに、この理科の担任も相当のアホだと思う。
もちろん余ったのは、絶賛ハブられ中の私だ。
「ウケるよね?」
「あーっ、私一人で大丈夫です。理科得意だし」ちょっと嫌な感じに主張してみた。
「それなら、僕が組みます」学園のアイドル西園寺摩利が手を挙げる。
「さすが王子!自分の役割を理解している」と心の中でつぶやいてみる。
「あーっ、でもマジで大丈夫です」その方が楽だから、本音だよ。
「他の人に気を使わないでサクサク進められるし」大体グループ行動なんて、ウダウダとした作業になるのが目に見えている。
「爆弾を作るわけじゃないないから、大したことやらないだろうし」心の声が、思わず洩れそうになる。
「それでは、女子の多い神崎のグループに入りなさい」何も考えてないであろう、理科の担任の清水先生は言う。
もろに嫌な顔をする、神崎と取り巻きたち。
「はーい」面白くなりそうだから、私は元気に返事を返した。自然と笑いだしそうになる。
その時、神崎のグループにいる咲は下を向いて教室の床を見ていた。
私は、咲の表情を読めないことが気になってしまう。
「うーん、人間関係ってもっとシンプルにならないのかな?」誰でもいいから、正しい答えを教えてほしいよ。

「えっ、そうなの?」私は、二度も聞き返していた。
お昼休みに机に突っ伏して寝ていた私は、頭が良く回っていない。
「そうなのよ。どうしたらいいのか?桜坂さんに相談しようと思って」うなずきながら、クラス委員の中村さんは言った。
神崎レイナは私への嫌がらせが上手くいかないものだから、グループの一人である咲のことをイジメのターゲットに選んだ。
咲をパシリに使うのは序の口で、四人分の通学カバンを持たせる。
遂には嫌がる咲の髪を無理やり切ってしまったらしい。
「あーっ、あの個性的な髪型はそのせいなのか」前髪は生え際から三センチ位しかなかった。コンサバな咲が、随分イメチェンしたと思ったよ。
「そうか、そんな流れになっていたのか」って、私に相談するのはどうして?
「桜坂さんと立花さんは小学校から一緒だったから、立花さんのことをよく知っていると思って」首をかしげている私に、中村さんは苦笑交じりに言った。
「それはそうだけど、見ての通り私は誰にも好かれてないし」
「神崎さんのグループだけでしょう?桜坂さんのことをやっかんで色々やっているのよ」
「立花さんのことを考えたら、先生に言って話を大きくするより、私たちで解決した方が良いと思って」
「わたしたち?」人差し指で自分の顔を指した。
「ええっ、わたしたち」中村さんは満身の笑みを浮かべている。
ここらで、一度くらいは他人のために何かやってみようかな?そんな気分に誘導されている。
「で、どうしようか?」中村さんは何故か急に声のトーンを落とした。
「私の考えを優先してもいいけど、桜坂さんならどうするのか興味があるわ」
「私ならー」
「そうだな、面倒くさいから神崎に直接言うわ!」
「フフッ、そう言うと思った。神崎さんのことを何とも思ってないところが、彼女のプライドを刺激するのよ」中村さんは笑っている。
「むしろ子供っぽいし暇なヤツだ」くらいに思っているけど、性格を疑われそうなので声には出さない。
「じゃ、お願いね。今から一緒に来て」
「ハヤッ、今から?」
「こういったことは、早い方がいいのよ」中村さんは、直ぐに教室を出ていこうとする。私は急いでその後を追う。
「桜坂さんが一緒に来てくれて、心強いわ」小走りになりながら中村さんが言う。
「中村さんなら一人で充分だよ」私は本気で思っている。
「で、ヤツらはどこにいるの?」
「トイレよ!」中村さんはキッパリと断言した。

「何やってんの?おまえら」私は叫んでいた。声が裏返っていたかもしれない。
先にトイレのドアを開けた中村さんは、固まって前に進んでいかない。
「ちょっと、失礼」動かない中村さんの横を強引に割って入る。
「しかし、どうしてトイレなんかに集まっているのか」一体どういう趣味だよ。
案の定、中はイジメマックスの状態だった。
トイレの床に四つん這いになった咲がいた。落ちたおにぎりを口だけを使って食べている。
それを、神崎レイナと手下三人が笑いながら見ている。
さすがの中村さんも、言葉を失っている。
咲はあきらめているのか、涙一つ浮かんでいない。感情を殺している目だ。
「これ、何のゲーム!随分楽しんでいるわね」
「あなたには関係ないでしょう?」と言いながら、神崎の目は高速で動く。
「私も参加するわ!いいでしょう」返事を待たずに、神崎のスネを強めに蹴り上げた。
「痛いっ!」叫ぶ神崎の頭をつかみ壁に放り投げる。ポッチャリとした神崎の体は勢い良く飛んでいった。
神崎の横幅は私の倍以上はあると思う。
「ズドンッ」という鈍い音がトイレの中に響いている。
「キャーッ」取り巻きたちが声を上げる。
すかさず私は、立て掛けてあった掃除用のモップを倒れている神崎の背中に振り下ろした。
「全力でやれ!迷うんじゃない」私は小さい頃、男の子と取っ組み合いの喧嘩が日常茶飯事だった。これは、ある時ボロ負けして泣いて家に帰った私に父親が言った言葉だ。
おまけに、父親は何故か勝ち負けにも強いこだわりを持っていた。
お母さんの反対を押し切って、小学校に上がる前から街の空手道場やボクシングジムに通わされていた。
「うっ」神崎が声を漏らす。もう一度、私はできる限りの力を込めて打ち付けた。
「ダメよ!桜坂さん」三度目のモップを振り上げようとした私に、中村さんが叫ぶ。
「それ以上やると、あなたがイジメの加害者になるわ」
「たしかに!委員長は常に冷静だな」
私は、神崎の丸く太った体にモップを投げつけた。
「これっ、言いたくなかったけど。あなただけ学区の外からの入学よね」私は攻撃の仕方を変えてみた。
「少し気になって調べて見たの。神崎あなたって、小学校時代かなり激しくイジメの標的になっていたよね?」
「この学校の生徒はまだ気づいてないけど、今でもSNSに画像がアップされてるよ」
「自分がされたことを、今度は違う人にやっているってこと?」
「少しは頭を使いなさいよ!」
「そんなこと繰り返しても、あなたの受けた傷は治らないわよ」
でも、一度受けた心の中の傷はどうしたら癒されるのだろう?
「私も、実はわからない」自分でも教えて欲しいくらいだ。

「完全に私のミスだ!物事を簡単に考えていた」
「私が、もうちょっと慎重に行動すれば」今更何を言っても言い訳にしかならない。中村さんと私が、確信を持って言えるのはそれだけだ。
「実際、わかってはいなかった」私たちは、ほんとの意味での当事者になったことがないからだ。
昼休み、中村さんと私は校舎の屋上にいた。二人は並んで校庭を見下ろす。
女子生徒が一人この場所から飛んでいなくなっても、何事もなかったように日常は繰り返されている。
「私たち一人一人の存在なんて、大した価値はないな」夏前の澄み渡った空に、私はつぶやく。
「私、神崎さんのことを責めることはできないわ。ある意味、私の行動が引き金を引いたみたいなものだから」中村さんは真っ直ぐに前を見て言う。
「私も同罪だ」タメ息がもれる。
「それに、ホントに悲しい時や後悔した時は涙もでないものなのね」中村さんは、初めて気づいたと言った。
私は無言でうなずいた。母がいなくなった時に、私はすでにそれを経験していた。
「涙は、ある程度余裕がないと出ないものだ」あの時私は、周囲の大人からは可愛げのない子供に見えていたと思う。
「人間に一番重要なのは、プライドだ」それが、今回のことで私が気づいたこと。
咲はイジメの行為そのものよりも、私達が気づいていたこと、私達にある意味助けられたことにショックをうけた。と思う。
「プライドが傷ついたのだ」
「咲のパーソナリティを理解していなかった。いやっ、考えようとしなかった」私のおごりが招いた結果だった。
私は、自分の鈍感さと傲慢さにほとほとあきれてしまった。
「どうすれば、自分を罰することができるのか?」
「この後悔が消えることがあるのだろうか?」
私たちは、学校のすぐ先にある碧く光る海を見ている。そして、どちらもしばらくの間その場所から動くことが出来ずにいた。

「ヤバい、何者だ?」転校生は何でもできた。勉強から運動までオールジャンルに結果を見せつけた。しかも、こちらの予想をはるかに上を行く仕上がりだ。
「やだっ、目だたない様にだいぶ抑えたのに」百メートルでは十秒四をきり、中学生の日本記録をたたき出した。
夏休み前の期末試験では、数学以外すべてが満点だった。数学も答えが全部ずれているだけで答えはあっていたらしい。これは、確信的にやったと私は思っている。
「やだっ、全然大したことないわよ。前の学校が少し進んでいたのよ」例の作り笑顔で転校生は答える。
しかも、授業中はほとんど寝ている。おまけにかならず激しいイビキがセットでついてくる。
最初は注意していた先生たちもすぐにあきらめてしまった。寝ていたはずなのに、キッチリと質問に答えるからだ。
「ごめんなさい先生!私、夜型なので昼間はほとんど起きていられないのよ」そんな理由を平気で口にした。
「どことなく、おばさんくさい」そんな違和感がある。
「見た目はともかく、存在自体が同い年には感じられない」誰にも言わないけど、私は密かに思っている。
押しの強さや、ふてぶてしい態度。一見謙虚なのに、自分を曲げない性格。喋り出したらうるさいくらいに自分のことを喋る。スーパーとかで立ち話をしている「おばさん」そのものだった。
「それで、完璧な美少女のルックス!」もう、最強以外何者でもない。
私は、恐怖心さえ感じている。
これに匹敵できるのは、学校の中でも「西園寺摩利」彼くらいだ。
「まあ、私には関係ない。それに関わりたくもない」そんなスタンスで状況をうかがうことに決めた。

「凛遊ぼうよ」授業中に誰かが話しかけてくる。
「えっ、誰?」直ぐに周りを見渡してみる。
「気のせいかな?」気を取り直して教科書に集中する。
「ねえってばー、凛遊ぼうよ」
「えっ、マジ」一瞬、身体の機能がフリーズする。
「あんた」それ以外の言葉が出ない。
私の立て掛けた教科書の向うに、それはいた。
パートナーと同じ、究極に口角を上げた笑顔を作っている。
「凛には、僕のこと見えているよね?」それはからかうように言った。
「蘭は疲れて寝ているから、退屈なんだ」
「ねえ凛、何して遊ぶ?」
猫のマスコットが、そう言って私に話しかけてきた。
真っ白い体に、引き込まれそうな淡いブルーの瞳。教科書を持つ私の手に、自分の頭を擦りつけてくる。「可愛い」思わずウットリする私だった。
「―って、ネコが!」
「ガタンッ」椅子を倒しそうな勢いで私は立ち上がった。クラス中の視線が集中しているのがわかる。
「んっ、いない?」そこにいたはずのネコがいない。
「桜坂、寝ぼけているのか?」服部先生が注意をすると、クラス中に渇いた笑いが起きた。
教室の入口を見ると、少しだけ扉を開けてさっきの白いネコが出て行こうとしている。
ネコは頭だけ振り返ると、私に向かって例の笑顔を作って見せる。
「先生、私吐きそうです。直ぐにトイレに行かせて下さい!その後保健室で休んできます」
私は、急いで白いネコの後を追った。
転校生は相変わらず寝たままだ。もちろん、大きなイビキをとどろかせている。
「これって、どういう展開なんだ?」ネコを追いながら自問自答する。
「なるようになれ」今はそんな答えを出した。

「僕はプロフェシー。よろしく」誰もいない視聴覚室の壇上に上がると、ネコは話し始めた。
「それより、あんたなんで喋っているの?転校生のマスコットでしょう?」
「そうだよ!どちらかというとこっちが本当の姿さ」いつの間にか、私の右肩の上にいる。
「うわっ、こいつキモ」直ぐに払いのける。
「まだ、君の悩みは解決していないみたいだね?」ネコは器用に空中で一回転すると、目の前の席に降り立った。
「あなたは私の何を知っているの?」
「手に取るようにわかるよ」
「駅のホームで思い詰めていただろう?まるで、この世の終わりみたいな顔してさ」
「なっ、バカにしているの?」
「ううん、バカになんかしてないよ。人間の君くらいの年齢にとって、悩むことは重要なことだから」
「今の君の悩みも、悩むに値する悩みだと思うよ」プロフェシーの言葉に自分の体が熱くなるのがわかる。
「僕たちがこの街に来た目的と、被る部分もあったしね」気づくと、プロフェシーは後ろの席であくびをしている。
「速い、目で追えない」本来のネコの動作に、よりしなやかさと速度をプラスした感じだ。
「フフッ、肉眼で見るより、感覚で捉えるんだよ!凛ならできるはずだよ」
「全ての感覚を解放する感じでやってみて」白ネコは笑いながら言う。
「そうか、目だけで追うからダメなんだ。気配を読み取ればいいんだ」
「そうそう、人間は目に見えるものしか認識しようとしないから。能力がドンドン退化してしまうんだよ」
「そうだ!凛、僕とゲームをしようよ」そう言いながら、白ネコは視聴覚室の中を激しく移動する。
「段々動きに慣れてきた」白ネコの気配で次の移動場所がわかる気がする。
「ここだ!」右端の前から三列目まで走り込んで、私はジャージの右足を机の上に乗せる。白ネコは、それを回避しようと後方に回転しながら跳んだ。
「へー、思った以上に吞み込みが早いね」白ネコは、もう笑ってはいなかった。
「それで、ゲームってどんな内容なの?」私はどこかで迷いを感じながら、でも聞かずにはいられなかった。
「かなり面白い話だよ。きっと気に入るはずだよ」そう言ってプロフェシーは壇上に跳んだ。

「すごっ、いつの間に?」
視聴覚室の前方の壁一面に、プロジェクションマッピングが映し出される。
「これって、どういうことだ」画面には崩れ落ちた家や崩壊した道路、海岸に打ち上げられた漁船、それに倒れて動かないであろう人の姿が生々しく再現されている。
「もしかしたら、この街?」
「ピンポーン!そうだよ」
「うそっ」
「フフッ、近いうちにこの街は、こんな風景に変わってしまうの。そうだな、予定だと三百人は消えるはずだよ」プロフェシーは何故か楽しそうに言う。
「それでーゲームなんだけど。君にこの災害を止めて欲しいんだ」
「えっ、どうやって?」
「これは、七月一日に起きることになっている。後一か月あるね」
「その原因を探してみて?」
「原因を突き止められたら、止めてやってもいいよ」プロフェシーの碧い瞳が光って見える。
「止められるのなら、最初から止めればいいじゃない」
「そうはいかないよ!これは一種のサイクルの中の出来事なんだから」プロフェシーはため息をついた。
「でも、君の働きによって防ぐこともできる!」
「このゲームをクリアすれば良いだけの話さ」
「あなたたちをジャッチします」私は、如月蘭が転校初日に言ったことを思い出していた。
「チャンスを与える」そんなことも言っていた。
「あなたたちは、一体何者なの?」
「フフッ、君たちより少し長めにこの世界を生きているだけだよ」
「それとー、この災害が起きるのを楽しみにしている種族もいるからね」
「奴らには気をつけた方がいいよ」私は、金縛りにあったように動くことができない。
「あー、ゲームの内容を自分から他の人に話すことも禁止だからね」
そんな私を残してプロフェシーは消えた。
「楽しみだね凛!期待しているよ」プロフェシーは笑いながらそう言った。


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