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魔女は三日月のように笑う 第二話


「ねえ、桜坂君」
放課後、帰ろうと校庭に出ようとした時だ。
いきなり名前を呼ばれて背中に違和感が走った。
私は、驚いて後ろを振り向く。
「西園寺摩利!」部活に行く途中なのか、サッカー部のユニフォームを着ている。
顔のパーツが、これ以上ないくらいに完璧な位置に収まっている。左右対称の顔に一点のシミの無い肌。サッカー部なのに日焼けもしていない、スゴイ透明感だ。
「何か用事?」あえて塩対応をする私。理由は自分でもわからない。
「君、魔女と契約を結んだね?」
「えっ、魔女?」聞き間違いかと思った。
「プロフェシー、魔女の使い魔だよ」西園寺摩利は鋭い視線を私に向ける。
「何てキレイな瞳の色だろう」至近距離でみる西園寺摩利に、私は全く関係ないことを考えていた。


「お前、ちょっとお昼休みに顔かしてくれる」次の朝、昇降口で三年の女子に声をかけられる。二人とも面識はない。
「私ですか?」人差し指を自分に向ける。
「ああそうだよ。私の目の前にはお前しかいねえだろう?」周りを見渡してみる。そうかもしれない。
「なにか、良い話ではなさそうですね」声に出すと怒りそうなので、心の中でつぶやく。
「遂に、上級生にも嫌われたかな」何かしでかした?心当たりはまったくない。
「まあっ、行けばわかるか」廊下に消えていく二人の後ろ姿を見送りながら思う。
「そんなことより、ゲームの方が重要よ」今日は放課後、塾をサボって港に行くつもりだ。
画像では、港は壊滅的なありさまに変わっていた。
「現場に行けば、何か手がかりが見つかるかもしれない」まだ、すべてがまっさらな状態だ。とにかく、少しでもゲームの駒を進めなくてはならない。
成り行きとはいえ、この街の運命が私にかかっているから。
「魔女と契約したね」昨日の西園寺の言葉も気になっている。彼はプロフェシーの存在を知っていた。
「そもそも、なぜ知っているんだ?」
それに、西園寺の言葉をかりれば如月蘭は「魔女」ってことになる。
「たしかに魔女っぽいかもしれない」本物の魔女を見たことはないけれど、普通の中学一年生とはまったく異質な感じだ。
「喋るぬいぐるみ」それだけで、私を取り巻く世界は変わってしまったと思う。

「桜坂さん!」朝コンビニで買ってきたサンドイッチの二つめを食べている時に、クラスメイトの男子「片桐君」が声をかけてくる。
私は無言のまま片桐君の方を見る。口にはイチゴのフルーツサンドを咥えたままだ。
「あれ」片桐君は面倒くさそうに、教室の後方の出入口を指さす。
「あーっ、忘れていた」そこには、朝の三年生の一人が腕組みながらこっちを睨んでいた。
「あー、ワルイワルイ」両手を合わせて拝むようにする。
私は、急いで残りのフルーツサンドを口の中に押し込み、出入口に向かった。
「大丈夫?」中村さんが私と三年生の間に割って入る。
中村さんは、どんな時も中村さんの中の正義で行動を起こす。私より精神年齢がはるかに高いと思う。
「たぶん、大丈夫」中村さんとは、意味不明のハイタッチでお互いが納得できた。と思う。
「でっ、どこにいけばいいんすか?」
三年生は私の言葉を無視して歩き出した。何事かと、他のクラスのみなさんも廊下に視線を集中している。
「何やってんだ私」こんな状況に、なんだか恥ずかしさがこみ上げてきた。

「アンタね、勝手に契約してんじゃないわョ」部室に入るなり、目の前の山の様な体の男子が叫んでいる。
「ファッション研究会」たしかそんな風な名前だった。
「この街はアタシのナワバリヨ!私を通さないで話を進めるってどういうこと」
身長は百八十を軽く超えている、体重も百五十キロはあると思う。私が十三年生きてきて、一番のボリュームのあるフォルムをしている。
「一日どのくらい食べるのだろう?」素直に聞いてみたい。
肩上で毛先が外に跳ねたウルフカットに、薄っすらと化粧を施している。
「アタシは部長の香月早紀!この学校の一番の美少女と言われているわ」
「えっ、まず男子だよね?」と思ったけど、面倒くさくなりそうなので黙っている。
「鼻息もかなり荒い」他の五人の部員も、顔色一つ変えないで聞いている。
「大体何よあの女。少しばかり多めに生きているからって好き勝手しやがって」如月蘭のこと?
「実際は、如月蘭の方が年上なのか」一体ホントは幾つなんだろう?
「でさー、アンタどんな話になってんの?」香月早紀は身を乗り出した。
「契約のことは話すなと言われている」プロフェシーに言われたように告げる。
「フンッ、ケチ!」香月早紀は口を尖らせる。
「まあっ、予想は着くけどネ」
「―って言うか、アンタ市長の娘でしょう?アンタを選ぶあたり、あいつってホントに性格悪いよね」
「えっ、お父さんと関係あることなの?」自分の胸の鼓動が速くなるのがわかる。
「それってどういうことですか?」私は香月早紀に聞いてみた。
「やだっ、自分で探りなさいョ!おおかた契約の内容もその辺のことでしょう?」
香月早紀はそう言って、小首を傾げながら笑った。
「見慣れてくると可愛いのかも知れない」なんか、ゆるキャラみたい。


「この小さな港があんな光景に変わってしまうのか」私は港の入り口に立って辺りを見渡す。水面がキラキラと光って、目に眩しいくらいだ。
漁師さんたちは夜中のうちに漁にでるから、この時間は人の姿は確認できない。
街には二つの漁港がある。
「視聴覚室に映し出された画像はここだと思う。上を通るバイバスの赤い欄干が映っていたから」それもかなり破壊されていたけど。
この街は山から直ぐに海に繋がっている。急斜面に集落やホテルが張り付くように建てられていて、私たちが通う中学校もここよりやや左側にずれた山の中腹にある。
「ここが破壊されるということは、一体どういうことなのか?」
ここで働く人たちは想像さえしていないだろう。災害や事故なんて、ある日突然やって来るものなのだ。
不幸もそう、いきなり現れて私たちを驚かせる。事前にわかれば多少の準備はできるけど、そんなにものごとは優しくない。
じわじわと気づかないうちに近くまで寄ってくる。そして突然姿を見せる。
「お母さんが居なくなったのもそんな感じだった」小学校に上がる直前に、私の母親は突然姿を消した。
普段と何も変わらない朝、私が目覚めたら母の姿だけが消えてしまったのだ。
最初、何が起きたのか理解ができなかった。
「もう、お母さんは帰って来ない」あの朝、父親はそれだけ言うとコンビニで買ってきたパンをテーブルに置いた。
それを泣きながら一人で食べたのを覚えている。
あれから、給食以外の食事はすべてコンビニのお弁当で済ませていた。
小学校に上がって四年生の頃には、ほとんど自炊をするようになった。料理は何でも作れると思う。
「でも、何故お母さんは蒸発してしまったのか?」
「何故、お父さんは探そうとしないのか?」あれからずっと、私は胸の中に疑問を隠していた。
あの壊滅的な画像と目の前にあるまったりとした景色のギャップが、私を少しセンチメンタルにしたせいかもしれない。
「らしくないな」自分に向かってつぶやいてみた。

「とっとと乗りなさい!何でアタシがアンタの送り迎えをするョ」唾を飛ばしながら、香月早紀はまくしたてる。
香月早紀はつねに機嫌がよくない。
「ホウキとかで飛んで行くんじゃないんだ?」
「アンタ当たり前でしょう!今時そんなことしたら、直ぐに画像撮られてSNSにアップされるわョ。
家を出た時点で時計の針は夜中の一時を回っていた。
「この間の時間は、巻き戻すから心配ないわョ」
「げっ、聞こえているの?」私は声には出していない。
「単なるカンよ!もう何百年も生きているとアンタの考えていることなんて手に取るようにわかるわョ」
「何百年?」思わず聞き返す。
「アンタ、今アタシのこと凄いババアだと思ったでしょう?」
「いいえ」私は、早く帰りたいだけです。
「ウソおっしゃい!アタシは永遠の十五才ヨ。ずーっと美少女なのョ」
「ハイハイ」タメ息しかでない。
「アンタ、今バカにしたでしょう?アタシにはわかるんだから」私は、考えるのを止めることにした。
車がJRの高架下のトンネルをくぐると、いつもの見慣れた景色が一変した。
いや、知っている景色ではあるんだけどどこか雰囲気が違う。何となく違和感を覚える。
「へーっ、気づいたんだ。意外と敏感なんだネ」車の窓から外をキョロキョロと見渡している私に、香月早紀は言った。
「エルダーの張った結界ョ」
「邪魔者が入り込まないようにネ」
「邪魔者?」
「そう、あの薄汚い妖鳥とかサ。アンタのクラスにもオスが一匹いるヨ」
「妖鳥がクラスの中に?」
「そうだよ!ヤツラの好物は人間の死体なんだからサ。死体なんて美味しいのかネ?しらんけど」
「それにヤツラは基本ツガイで行動するから、三組だったかな?メスの妖鳥もいたはずだ」
「あーっ、かなり表面上は美しく擬態しているから気づかないかもな」
「嫌な生臭い匂いをプンプンさせてるけど」香月早紀は眉間にシワ寄せて言った。
「魔女と契約を結んだね?」そう言って、西園寺摩利が私に声をかけてきたのを思い出した。美しく擬態って、まさかね?


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