一歩

 私の好きな物語の一つ、ミヒャエル・エンデの『モモ』の中に、ペッポという人が出てきます。モモの親友で、道路掃除が仕事です。その掃除のやり方が印象深いのです。
 ペッポは、割り当てられた通りをゆっくりとていねいに掃いて行きます。一歩進んでは息を深く吸って一掃きし、また一歩進んでは息を吸って一掃きします。そして、たびたび短い休憩をとり、何か考える様子で遠くの方を見ます。
 ある時ペッポは、モモに話します。
「長い長い通りを前にしている時、それがとほうもなく長く感じられて、とても最後まで掃き終えることはできないと思うことがある。そこで急ぎだす。もっと速くもっと速く。ところが、何度目を上げても、前と同じくらい残っているように見える。そこで、さらに急ごうとして、気が狂ったように働く。そして結局は、すっかり息が切れて、続けることができなくなる。
決して通り全体のことを考えてはならない。ただ次の一歩、次の一息、次の一掃きだけに心を集中すれば良い。それが、仕事を楽しむこつだ。
そしてある時、いつの間にか通り全体がきれいになっていることに気がつく。しかも、息が切れていない。」(筆者訳)
 山も、ふもとから頂上を見上げると、とてもあんなに高いところまで登れないと感じることがあります。しかし、呼吸のリズムに合わせて、一歩ずつ足を運んでいるうちに、いつの間にかふもとの家々が小さくなっていることに気がつきます。そんな歩き方なら、頂上に立つことは、目的というより、そこに至るひと時ひと時を味わい楽しむことの結果になるように思います。
 以前、本の翻訳をしていた時に、あと何ページ残っているのか、たびたび数えていたことを思い出します。早く終えたくて、いつもより仕事がはかどる日に、決めたページ数以上に進めると、次の日に「きのう予定より進んだから、一日くらい休んでも大丈夫」という気持ちになりがちです。すると、その翌日には仕事を始めるのがおっくうになってしまいます。一日で無理なくできるのはどれくらいか考えて決めたら、呼吸のように同じペースで続けるのが、私の経験では、仕事が着実に進む、そして結局は一番速く進む方法のようです。
 人生も、毎日の小さなことの積み重ねなら、望む結果を早く得たいと焦るより、今できること必要なことの一つ一つに、心をつくし力をつくして取り組むことが、目指すことに近づく最も着実な道なのではないでしょうか。

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