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妖の唄ー幸せを奪う神様ー


『なぁ、聞いてくれよー麒麟ちゃん』
麒麟、行きつけの屋台おでん『闘魂』でみすぼらしい爺さんが縋るように話を始める。
「はいはい、わかりましたよ……」
少々酒が回っていて軽い泣き上戸であるのか、爺さんは涙ぐみながら話す。
『色んなところを渡り歩いて決めたことがあってなーー』

このみすぼらしい爺さんの俗称は『貧乏神』
住み着いた所から金や幸せを奪い、不幸を置いていく。
人々から忌み嫌われた神様だ。

『のべつ幕なしに憑くんじゃなくてな、信念を持って憑こうと考えたんだよ。やたらと金を持ってる奴らで、如何にも悪党に憑いてやろうってね』
「うん、それはいいね、げんさん」
貧乏神界隈も数多あまたいて、このみすぼらしい爺さんは『げん』さんという名があるようだ。

『金持ちから逃げていく金はなかなか面白かったぞ。どいつもこいつも執着が凄くてな。だがよ……』
殊勝な顔つきになる源さん。
『思ったんだよなぁ……オラが憑いた金持ち連中から消えていくものって金しかなかったんだよ。金目の他のもの以外は消えていかなかった』
源さんは良く煮えた大根に箸を入れながら崩れないように口に放り込んだ。
麒麟は頷きながら、日本酒を飲む。

『コイツらの幸せって、これだけなんだなぁ……って思ったら……可愛そうになってきてな』
「金と物だけが幸せの対象ってことですよねぇ」
『そう。なんだかよぉ、そんな連中に憑くのも嫌になってな、試してみる事にしたんだよ』
「試す?」

屋台おでん『闘魂』の主人はなかなかの強者。とんでもない霊感の持ち主で麒麟が連れてくる向こう界隈の接客もお手のものだ。故に麒麟のお気に入り。

『おっちゃん、たまごとハンペン』
「あいよ」
無愛想だが仕事きっちりの主人は湯気が止まらないたまごとハンペンを源さんの前へ。
「わたしはチクワとがんもどき」
「あいよ」
麒麟の前へも注文通りの品。
『あ、そうそう。試す』
「何を試したんだい?」
『母子家庭の家庭に憑いた』
「また何で??」
『小さい子供ふたり、小学校高学年の女の子と低学年の男の子かな。女手ひとつで一生懸命育ててる家だった』
「源さん、そりゃーー」
『まあ、聞いてくれよ、麒麟ちゃん』

麒麟はこの貧乏神『源』さんを気に入っていた。
いつしか飲むようになって話を聞いていくうちに貧乏神という特異な境遇であるにもかかわらず、それでも人の為になるような事を模索しているその心が好きだったのだ。
しかし、源さんは自分の心に決めた事と逆をした。
そこに麒麟の落胆が見えた。
だが、源さんの性根を信じている麒麟は言いかけた事を飲み込んで、源さんの話を待った。


新作書き下ろしです。
共同マガジンが嬉しくて、降りてきたお話を綴ります。

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