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妖の唄ー幸せを奪う神様その弐ー


『オラが憑いているだけでオラの異能は無差別に発動する。オラが意図的に不幸を呼ぶことは出来ねぇ』
「ん、聞いたことあるよ」
『その母子には申し訳ないんだが、その大変な暮らしをしている母子達の『幸せ』ってのは何なのか知りたくなってな』
「源さんが憑いてることで、その母子から何が消えていくのか知りたくなったわけか」
『そう、話が早いなぁ、麒麟ちゃん』
源さんは日本酒をチビリと口へ。
『憑いて歩いてたら、低学年の子が母親に買って貰った飴を落としてな』
「でっかい棒がついてるやつ?」
『いんや、お金がないからな、小さい飴玉よ。砂まみれになって挙句に歩いてる人に踏まれて粉々になったんだ』
麒麟はがんもどきを箸で切って口に運ぶ。
『当然泣く低学年男の子。したら高学年のお姉ちゃんが、自分が大事に取っておいた飴玉を弟に渡すのよ。なんの躊躇もなく。『もう落とさないように大事に食べて』ってさ』
源さんはたまごを割って、黄身をほうばり、日本酒で流し込んだ。
『お母さんは『えらいね、ありがとう』ってお姉ちゃんを撫でてあげるのよ。でもお姉ちゃんも大事にとってあった飴玉だったから当然自分が食べたかったはず』
麒麟はチクワにカラシを付けて口へ。
『お母さんはそれをわかっていてこう言うんよ『帰ったらみんなで飴作ってみようか?』って。さっきまで落として落胆してた弟と我慢して弟にあげたけど、本当は飴玉を食べたかったお姉ちゃんの暗い心に光が差したんだ』
源さんはまた日本酒をチビリと飲む。
『この母子にもう少々憑かせてもらった。ささやかな不幸が誰かに起きるけど其れをかき消す光を放つ人が必ず居るんだ。母親が不幸になったら弟、お姉ちゃんが光を母親に』
麒麟は微笑んで、日本酒をあおる。
『麒麟ちゃん、オラが奪えない幸せがあの母子にあったんだよ』
源さんは泣いていた。
麒麟は源さんの肩に手を当てて、『闘魂』の主人に酒を頼んだ。
「源さん……」
『麒麟ちゃん、これは聞いたことないだろ?』
涙を拭って鼻声の源さん。
『貧乏神が憑いた奴から離れる時の話』
「そりゃ、幸せを全部なくしたら離れるって前にーー」
『それは通常時。もうひとつあるんだ。貧乏神が離れる時、それはーー』

「こんばんはー」
屋台の暖簾をくぐってくる女性。
その後ろから、黄色い声でついてくる子供達。麒麟と源さん、その横に女性と子供達。カウンターは満席に見えるが源さんは普通の人には見えない。
「あ、ごめんなさい。うるさくしてしまって」
女性は麒麟がひとりで静かに飲んでいると当然思っての言葉だ。
「いえいえ、いいんですよ。賑やかなのは嫌いじゃありません」
笑顔で答える麒麟。
「なににしましょう?」
『闘魂』の主人の問いかけに、新たなお客さん達の気が麒麟達から逸れる。

「源さん、もしかして、この人達?」
何となく察しのついた麒麟だった。
『そうだ。この母子だ』
源さんは何やら嬉しそうだ。
『貧乏神が離れるもうひとつの時、それは不幸にならなかった時だ。心に闇を落とさず、お互いに光を灯し合う母子にはオラ、憑いて居られなかった』
「でも源さんーーこの母子って」
『この条件で貧乏神が離れた時に起こる事象があるんだーー』
「え?」
『さらなる幸福が舞い込んでくる』

「ママ、どうして今日はお外で食べていいの?」
お姉ちゃんが聞く。
「今日はいいのよ」
笑って母親が答える。
「だって、お外で食べるとお金たくさんかかっちゃうよ?」
弟が言う。
「そうねーだけど、ママお仕事で認められてね。お給料あがったから、ちよっとだけ贅沢しよ?」
「いいのー!?」
姉弟が声を揃えて言う。
「うんっ」
満面の笑みの母。

「源さん」
『ん?』
「あんたは貧乏神なんかじゃないよ」
麒麟の言葉に源さんは少し泣いて、微笑んだ。
「こうなること、わかっててあの母子に憑いたんだろ?」
『はは……察しが早いなぁ、麒麟ちゃん』
「今日は奢るよ、源さん」
『悪いねぇ、麒麟ちゃん』
屋台おでん『闘魂』の夜は温かく更けていく。


[完]




久しぶりに書き下ろしたぁ!!
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お目汚し失礼m(_ _)m

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