「ありのままで愛される」について考えたこと

先日、家族で1泊2日の旅行に行った。
旅館に宿泊し、夕食を食べた時のことである。

我が家は私と夫、小学生の息子、保育園児の娘の4人というメンバー。
夕食メニューは、大人は懐石料理。
小学生の上の子のメニューは大人とほぼ同じで、(大人メニューが何品か少ないくらい)、未就学の娘にはお子様ランチが用意されていた。

大人の懐石料理は順番に品物が提供され、最後に炊き込みご飯が提供されるという流れだが、子どもは待っていられないとの配慮から旅館のスタッフが
「お子さんのご飯はもうお持ちしましょうかね」
と配慮してくださり、息子と娘には白いご飯が食事開始と同時に出された。
その後も、
「おかわりしてね」
と何度も親切に声をかけてくださり、白米大好きなわが子たちは勧められるがままに2~3杯ご飯をおかわりしていた。

そして、大人たちの炊き込みご飯が運ばれてきたタイミングでスタッフから、
「申し訳ありません。小学生のお子様のご飯は炊き込みご飯だったのに、白いご飯を最初にたくさんお出ししてしまって・・・。
もうおなかいっぱいで食べられませんよね。」
と謝罪があった。

息子は
「全然いいで!おれ白いご飯も、炊き込みご飯も好きやで!」
と特に意に介するでもなく運ばれてきた炊き込みご飯を受け取った。
スタッフの女性は
「本当?優しいね。ありがとうね、ごめんね」
と再度声をかけてくれていたが、
「優しくないで。本まのこと言ってるだけやで!」
と応じていた。


実際、そうなのである。
息子はどちらかというと優しいという気質の子どもではない。

翌日行ったテーマパークで、娘がお化け屋敷に行きたいと言い出した。
しかし、息子は怖くてお化け屋敷には行きたくないと言い張る。
父&娘で行ってもらい、私と息子は外で待っていることにしようとしたが、今度は娘が、「2人は怖い、4人一緒じゃないと行きたくない」と言う。

そこで私と夫は息子をおだてるつもりで、
「息子くん、一緒にお化け屋敷入って、娘ちゃん守ってあげてよ」
と声をかけたが、息子は
「おれは絶対入らない!妹のことも助けない!!
たとえ妹が殺されようと自殺しようとおれは助けないからな!!!」
と強い口調で半泣きで訴える。

親からするとなんてひどい言葉!!と思える強い拒否をしてびっくりしたけど、たまに聞くほほえましい兄弟エピソードなんてものは我が家にはない。
「おれが妹を守る!」
と怖さを押し切ってお化け屋敷に挑むなんてことは彼はしない。

彼はただ、自分の思ったことを述べているだけ。
良くも悪くも人にどう思われるかや、どう評価されるかは全く気にしない。
そんな彼なので、もちろん万人に愛される人気者ではないだろうし、時々トラブルも起こしているとは思う。

旅館での発言も、スタッフのことを気遣ってかけた言葉ではなく、ただ本当に白いご飯も、炊き込みご飯も好きで食べたかっただけだ。
それでもスタッフの方は「優しい」という印象を抱いたということは、その言葉にいくぶん救われたのかも知れない。


私はいつも、人にどう思われるか、どうしたら嫌われないか、どうすれば受け入れられるかを無意識に考え、怯えながら正解を探り、振る舞ってきた。

それでも、嫌われるときは嫌われるし、受け入れられるときは受け入れられる。

ありのままで振る舞って、そのまま生きているだけで、誰かの心をすっと軽くできることもあるのかも知れない。


先日私が夫に、
「仕事でうまくいかなくて、お客さん(に当たる人)に嫌われてる」と少し弱音を吐いていたことがある。
すると突如子どもたちが
「母ちゃんがなんで嫌われるん!?そのお客さんがおかしいんじゃないの!?」
と騒ぎ立てたことがあった。

事情も経過も話していないし、私が至らない点があるとかないとかはここではさておき、子どもたちにとっては私は絶対の存在なんだなとびっくりしたことがある。

いつも怒ってばっかりだし、むしろ子どもによくない影響を与えているのではとすら思って責めていた。
だめで至らない母だろうなとも思っていた。
でも、子どもたちもありのままの私を、愛してくれているのかもしれない。


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