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沈黙と言葉 三浦春馬さんのために

三浦春馬さんについての言葉をここに書きます
長い沈黙のうちに言葉が降り積もっています

三浦春馬さんの強くもはかなくも見える顔立ちは
一つの型におさまりきらない個性だと思います
年を経て深い味わいが出ることを「経年美化」と表現した感性は
繊細で優しくて稀有なものです
居場所を見つけづらいアウトサイダーの役柄がぴたりと似合いつつ
優しさと温もりと品を伝えられる俳優だと思います

共演者が気持ちよくお芝居をするためにどうすればいいか
それを第一に考える俳優だと改めて感じます
要所要所で他を圧倒する鮮烈な輝きをみせるのに
自分のことよりも相手のいいお芝居を引き出すことを大事にするのです

テレビのフレームにきちんとおさまることもできたし、
どうふるまえばいいかをよくわかっているひとでした
求められることに応えたいと思う心が強いひとだから、
小さな器をもとめられるとその大きな器の魂を小さく納めようとする
撮るひとの力量や現場の雰囲気を鏡のように映して、
器用なようで不器用な、うそのつけない俳優さんだと思います

でも大河ドラマ『おんな城主直虎』では、テレビの中でもテレビのフレーム以上に大きな空間で生きられる姿を観られました
サイコパスとTwitterで評判になっていたのが懐かしく楽しい

わたしを離さないで』も好き
どうしようもない空虚を抱えているのに温かくて優しく包み込むようなひとでした



Paraviオリジナルドラマ『tourist ツーリスト』も好き

水川あさみさん、池田エライザさん、尾野真千子さん
3人の女性の人生と恋にまつわる物語
三浦春馬さんがとても素敵なのです
たまたま女性で
たまたま男性だったみたいな関係性で出会って
ひととひととして
心と心をぎゅっと抱きしめあう瞬間を映した作品です
https://www.paravi.jp/title/31708


でも春馬さんがいちばん好きなのは舞台でしたよね

舞台は、視聴率もカメラのフレームも編集の切り取りもありません
舞台でど真ん中でも端っこでも思うままに立って、共演者と観客とその場その時を共に生きる「舞台」という広い世界の中で、その身体ひとつで自由に生きる姿を観せてくれる三浦春馬さんが好きです

フィリップ・ブリーン演出の舞台『罪と罰』の三浦春馬さんが好きです

今まで生きてきた時間と今の身体を全てさらけだして、ひとをあやめて孤独と絶望の崖っぷちをさまよい、赦しを求め憔悴していくラスコリニコフを生きていました
苦しいのに思うがままに生きていて、血と汗と涙と苦痛と罪にまみれても美しかったです

キンキーブーツ』の春馬さんを観られなかった
観たかった
いつか観られると思っていました

阪清和さんの追悼レビューを引用させていただきます


Night Diver

何度観ても見入っています
心が吸いこまれるのです
ダンサーと踊っているときは大地にしっかり足をつけてまっすぐな心の軸を感じるし、金色の雨を感じてたり、激しく身体を水に打ち付ける姿には世界に向けて開かれた魂を感じます
でも青と赤の空間では自分の心の中に潜っていくような不安げで孤独な魂を感じます
自分を解き放ってその瞬間感じたことを大切に表現したいってインタビューに答えているのを読みました。どの作品もそうなのですが、このMVは特にその表現力と発信力、メッセージ力を強く感じます。
だから、春馬さんは一体何を感じてるんだろうと知りたくなります
春馬さんの一挙手一投足をみつめて
春馬さんの表情をみつめて
何か答えを見つけようとしてしまいます
そして気付けば一緒にループしているのです
誰も知らない言葉を探してずっとこの永遠のループの中にいる気がします
このMVに込められた春馬さんの想い寄り添うことはもう叶わないとしても、せめて少しでも近づきたいし、時間をかけてでも少しでも分かりたいし、心で感じたいと思うのです


2020年7月18日

この世から消えるという選択を春馬さんが選んだ日
ただただ受け入れるしかない
そうしたかったんだねと

1年たっても追悼式もない
ひとが集まったらだめだから、だけではないと思います
ふつうの死と異常な死
この世からの去り方で死の扱いに差があるんですね

わたしの祖母も叔父も自死してます
自死は罪なのかな
誰に対しての罪かな
まがまがしい不吉な存在になってる気がして
きちんと悼んでもらえないのが悲しいのです

公式の追悼サイトをみました

丁寧につくってくださってありがとうございます

でも、いま必要なのは、言葉だと思います
別れの言葉です
関わりのあった親しいひとたちの言葉を聞きたい

ひとは、愛する人ときちんとお別れしなければならないのです
長期間にわたり喪に服す「殯」という儀礼があります
時間をかけて死と向き合い死をわかちあい死を受け入れる儀式です
そこには言葉と沈黙が存在します
その儀式の時間と空間を生きて
沈黙のなかに降り積もった言葉を聞いて、心に溶かしたい
痛みをわかちあえたら生きる力になるかもしれない
そのような時間と空間が必要だとわかってほしい
そのことを切に願います

春馬さんの死を悲しむ心も公認されないから
行き場を失った痛みが血となって空にめぐる



願わくば
自分の存在をこの世から消すときに
記憶も一緒に消してくれたらよかったのに
春馬さんという存在が存在しないのに
記憶だけが存在しているから苦しいのです

春馬さんを思い出さずに済むように地の果てまで逃げていました
ごめんね
忘れようとしてたよ
でもまた今日が近づいて思い出した
とても苦しい

思い出すことが痛みとなることが悲しい
この痛みを抱えて生きるのもとても苦しい
けれどいつか痛みなく思い出せる日が来ると思うのも苦しい
終生、棘のような存在を抱えつづけていくしかないと思うのも苦しい

そうやってきっと三浦春馬さんを抱えて生きていくのでしょう

忘れないというより
忘れようとしても忘れられない
さよならも言えない
だから
今日も元気でわたしを傷つけてください

愛おしい三浦春馬さんへ




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