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2021年2月24日木造構法小委員会 松本直之氏レクチャー

本稿は、2021年2月24日に開催された日本建築学会木造構法小委員会公開委員会における新任の松本直之委員による講演(研究・活動紹介)の内容を要約したものになります。

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私はこれまで近代木造を対象に、特に左官技法との関係について、構造、構法の観点から研究をしてきました。最近ではそれに加えて、左官技法からのスピンオフのような形で、組積造や石造、煉瓦造にも関わっています。他にも、建築構法史に対する興味から、資料調査に基づく技術史的な研究にも取り組んでいます。今回は、現在取り組んでいる研究についていくつかご紹介します。

木摺漆喰構法の構造性能評価

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まずは、主体構造と仕上げ材の連動的な挙動を評価することを目的とした研究です。木と左官材料が取り合う箇所は連動的な応力状態になることがあるため、挙動を考えるのが難しくなります。例えば、木摺漆喰の場合、漆喰を塗ることで剛性耐力は向上しますが、その評価は難しく現在では0.5倍程度の壁倍率しか見込まれていません。木摺漆喰は、明治以降に普及し、近代和風にも広く使われていく技法ですので、近代以降の文化財の修理ではこうした構法の性能を評価できることが重要になります。

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木摺漆喰は、木摺に漆喰を塗り込むことで裏側にはみ出た部分が引っかかり、それによって木摺と漆喰が一体となって水平力に抵抗するというものです。地震が起こると、漆喰層と木摺空きとの間で剪断破壊する、もしくは漆喰層の界面の剛性が低いところで破壊する、といった破壊の挙動をとります。

より一般的な前者の剪断破壊を考える場合、切れるところの漆喰の耐力から漆喰壁の耐力を評価するアプローチが考えられます。この場合、裏側で繋がっていたところが順々に切れていくような形で抵抗して終局に至るというモデルが考えられます。

これによって初期剛性や最大耐力をある程度推定することが可能にはなっていますが、実際の耐震補強に応用するならば、より詳細な破壊条件の整理や、漆喰の材料自体の特性を明らかにすることが求められます。

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制御が難しい構法ではありますが、伝統構法をある程度そのまま生かしていく方向性で補強を考える際には、必要な時には使える状態を整備していくことが、選択肢を広げる意味でも重要な意味をもつと考えられます。

オマーン組積造建築

続いて、左官技法、あるいは伝統的な建築の保存活用からのスピンオフとして、オマーンの組積造建築の調査をご紹介します。自然材料や伝統構法の復元、実験によるリビングヘリテージ形成への貢献を主たる目的として進めています。

210811オマーン伝統構法説明

オマーンはアラビア半島の南東部に位置しています。その南部のドファール地方の建物は、首都である北部マスカットの周辺に残る伝統建築とは異なる構法で建てられていると言われています。近年文化財の価値の見直しで修理や改修が進んでいますが、南部の構法に関する知見が不足していることが問題視されています。

基本的には、石を組み、隙間にKhatriと呼ばれる粘土質の目地材を充填し、nurahと呼ばれる漆喰のようなもので仕上げ、あとはyeb'(Khatriにもっと石を混ぜ込んだような粘性の材料)で床を仕上げるという構法で建てられています。

このようなことまでは、実際に残っている建物や、現地の職人さんからの情報でわかることです。これに加えて、例えば採取した土を土質試験にかける、といった工学的な調査をすることで、材料特性が明らかになり、構法の合理性を確かめることができます。

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ものだけが残っている状況から、工学的な調査に基づいて、伝統構法の復元、さらには当時の生産体制の解明に繋げていくような研究が、今後価値を持ってくると考えています。

近代建築構法史(清水組の戦前の竣工報告書)

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もう一つ、建築構法史の研究としては、清水組の戦前の竣工報告書を通して近代の建築構法の変遷を追う研究にも取り組んでいます。竣工報告書とは、建物ができた後に発行されるもので、仕様、お金、関わった人員などがまとめられています。清水組の戦前のものは、だいたい関東大震災から1941年ごろまでの20年弱ですが、全体でおよそ3200件あり、大規模な建設会社によってどのようなものが建てられていたのかを分析することができます。

例えば、用途別の竣工件数や、住宅の構造別の推移を見ることもできますし、木造に焦点を当てれば、軸部に外材がかなり多用されていたことや、モルタル系の外壁仕上げ構法が普及していく時期であったことなどをうかがい知ることもできます。構法の初出時期に関して建物側での実際の使われ方から追っていったり、業種の取引率に注目して各業種の関わり方を見ていったりすることもできます。

このような分析から、文化財にならなかったような一般的な建物や、すでになくなった建物についても、その実態を把握することができると考えています。(了)


執筆:櫻川廉(さくらがわ・れん)
東京大学大学院工学系研究科建築学専攻権藤研究室修士課程/東京大学工学部建築学科卒業後、同大学院に進学。現在、権藤研究室に所属し、住宅構法の研究を行っている。