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2019年度HEAD研究会・ビルダーTF第4回 情報化

大学院では工務店さんの倉庫にこもって図面調査をしていました。その頃から、図面や写真の量が増えていると感じていました。倉庫を見ていても平立断の図面だけ保管していたような時期からCADになってデジカメの写真が入ってとファイルがどんどん分厚くなっていきますし、家歴書なども長期優良住宅が始まったころはよく聞きました。保管している中身を見ると、必要だから保管しているのもありますが、一方でCADやデジカメによって情報を作れるようになったから保存している面もあって、このままだとパンクしそうだなぁと思っています。今日は住宅に限らず、戦後の建築生産における情報化の流れを見ていきたいと思います

3回の人工知能ブーム

住宅業界でもちらほら聞くようになった人工知能ですが、人工知能という発想は新しいものではなくて、現在は第3次人工知能ブームにあたると言われます。人工知能という言葉が初めて使われたのは1956年のダートマス会議で当時は、とりあえずはチェスで人間に勝つことや、機械翻訳などを目指していました。翻訳で言うと、コンピュータが出てきたので大量の情報量を扱えるようになり、よし辞書と文法があれば翻訳はできるはずだ、という発想です。ただ、コンピュータの能力が低すぎてうまくいきませんでした。

少し遅れて1960年くらいから建築にコンピュータを使おうという動き、あるいはコンピュータの利用に触発された動きが日本でも見られ始めます。霞が関ビルディング(1968)にも構造計算や工程計画に大型電子計算機SERACが使われました。構法学が始まったのもこの頃で、1961年に内田祥哉のビルディングエレメントに関する博士論文が提出されます。ビルディングエレメントという言葉自体は早稲田大学の田村恭が使い始めました。

ビルディングエレメントとは何かと言いますと戦後、海外から大量に新しい材料が輸入されます。ハニカムボードや木質板、ALCなどを想像して下さい。それが日本の在来構法を構成してきた材料と置き換わっていく。例えば壁は木舞をかいて漆喰を塗っていたのがボードになる。この時、当然性能はどうだ、コストはどうだと言った問題が出てくる。ビルディングエレメントとは色々な材料で構成される屋根とか壁といった部位なのですが(トップ画像:「Building Elementの位置による分類」より転載)、ビルディングエレメント毎に色々な構法があって色々な性能があってどれを選んで良いか分からない。

そんなときにコンピュータが出てくる。コンピュータに材料や構法のリストをデータベースとして入れておく。そのデータベースにほしい性能を入れると、最適な構法が出てくる。ただ、ビルディングエレメント論も機械翻訳のように行き詰まります。まず建材や材料はどんどん増えますからデータベースが膨大になります。縦軸に全ての構法があって横軸に全ての性能がある、その全ての欄を埋められるのかという話です。さらにデータベースを誰がつくるか、新しい材料が出てきたときに誰が入力するんだという問題もあります。まだまだコンピュータの性能も低い時代でした。ちなみに最初に高層ビルの施工現場に持ち込まれたコンピュータの記憶容量は1KBでした。

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朝日東海ビル(1971)の施工現場に置かれたFACOM-R(新建築2009年12月号増刊BCS賞50年より転載)

第2次AIブーム

1980年くらいから第2次AIブームが始まります。このブームの頃になると、コンピュータの性能が上がったのもありますし、第1次AIブームの時の機械翻訳のように最適な単語をデータベースからその都度引っ張ってこなくても大抵の会話は知識や常識で処理できるのではないかという考えが生まれます。エキスパートシステムといって、医者や弁護士は知識に基づいて判断しているのだから、それをコンピュータに覚えさせれば全てのパターンを入力する必要はなくなるという考えに行き着きます。

構法学も入力の手間など、BE論の限界が見えてくる中で、建物に即して構法を自由に組み合わせればいいという流れが出てきます。またBE論に対する批判として、BEの性能は評価できても、色々な要素からなる建築全体の性能を評価できるのかという問題も出てきます。下の写真は、芦屋浜高層住宅プロジェクト提案競技という前回のパイロットハウスの次にやった国のコンペの最優秀案が実際に建ったものです。これは大手の建設会社や製造業など複数社でチームをつくって3400戸の住宅地を実際に建てるというコンペでした。評価する軸も膨大でそれを1つにどうまとめていくかが課題です。そこでは部門毎の評価を統合していく手法の開発や、部分に還元されないシステムやまとまりを評価する項目の追加が行われました。これはある意味、日常的に建築家が様々な条件の中で行っていることで、AIの方で言えばエキスパートジャッジの仕組みをつくっていると捉えることもできます。

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芦屋浜高層集合住宅

第3次ブームの前に

次が第3次なのですが、その前に建築・住宅の方では扱う情報が急増する時期があります。例えば、1970年代に欠陥建築や欠陥住宅の問題がおきて、大手ゼネコンや大手ハウスメーカーはTQC(Total Quality Control)など品質管理の向上に取り組みます。その結果、記録・保管しておくデータの数が大幅に増えます。さらに、住宅で言えば住民の好みの多様化や建材メーカーの発展もあって、扱う建材の種類が増加していきます。1980年代に積水ハウスではTHESというプロジェクトを始めて扱う構法の種類をしぼっていくようになります。

非住宅分野では1990年代にCALSという取り組みが見られます。象徴的なのは下の写真です。これは何を示しているかと言うと、爆撃機より、その紙のマニュアルの方が重いということです。こうした問題意識もあってアメリカの国防総省で、資料の電子化が進められ、兵器の生産における情報の電子化や共有が進められます。この考え方を建築にも使おうという流れになって、電子納品などが使われ始めます。

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飛行機より重いマニュアル(施工2000年3月号)

また、建築生産プロセス全体で情報を共有しようという中でゼネコン各社等によって、様々な情報を盛り込んだ3DーCADも開発されます。代表的な例として、大成建設が開発したロラン・T(Long Range Architectural Network in Taisei)は、構造、設備、積算、施工など様々な情報を一元化した3次元のCADで、今の言い方だとBIMです。木造住宅でも設計用CADとプレカット用CADの情報を連携させるCEDXMが2000年頃から始まります。

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ロラン・T(建築技術1990年6月号)

第3次AIブームと情報化の課題

現在は、第3次AIブームです。第2次ブームの知識も、知識が曖昧すぎてコンピュータには置き換えられませんでした。第3次ブームでは、ご存じのように大量のデータ(ビッグデータ)を使えば論理や知識が先になくても、これとこれは似ているといった相関関係を見出すことができます。スーパーでビールとおむつを一緒に買う人が多いといった使い方です。囲碁でAIが人に勝ったように、コンピュータ同士が対戦してエキスパートやそれ以上に振る舞えるようにもなりました。一方で、AIが出した答えが正しいか分からない、不気味に感じるといったことが起こります。建築界でもパラメトリックデザイン等が流行っていますが、コンピュータが最適と言ってるけど、本当に最適なのかはなかなか分かりません。

建築でAIを活用しようという動きも増えています。ただ問題もあって、情報量は最初に言ったように増えていますが、なかなかこれを使えません。例えば、工事写真をたくさん撮っていますが、コンプライアンス上使えない。写真は、発注者のものか、施工者のものか考え方の整理ができていない。また、データも構造化されていない生のデータですから、すぐにデータサイエンティストに手渡せない。そうこうしているうちにphotoshopやillustratorでおなじみにAdobeはクリエイターの作業のデータを集めています。ユーザーがいちいち操作しなくても下処理的なことは勝手にやってくれます。こういう情報の活用は建築でも出てくると思いますが、なかなか従来の建築業界からは出てこなくて、どこかのベンダーなんかが始めると思います。

情報の利点は成り立つか

また、近年の情報量の増大によって、一般に情報の利点と言われてきたものが、情報の利点たりえるかが怪しくなってきました。例えば、情報は劣化しないと言われてますが、音楽用CDの耐用年数が切れ始めたというようにデジタルのメディアとレコードなどアナログのメディアのどちらが長持ちするかは微妙なことになってきました。物理的に劣化しなくても、建築でいえばあるCADやBIMのあるバージョンで保存した図面やモデルが10年後、20年後に読めるかと言われるとかなり難しいと思います。他にも場所をとらない、複製のコストがかからないというのも紙に比べると圧倒的にそうなのですが、情報を支えるインフラや人手を考えると、かなり場所もコストも食っている気もします。こうした現象を情報の材料(マテリアル)化と呼ぶ人もいます。

さらに、情報を増やすのにコストがかからないからと言ってどんどんつくった情報は意味のある情報なのかという問題もあります。例えば、西垣の基礎情報学によれば人が介在しない、授受しない情報には「意味が無い」ことになります(「仮に核戦争が起こって生物がすべて死滅したとき、コンピュータが作動していてもそれは情報処理といえないであろう」、西垣、2004、p.27)。撮りまくった現場写真やシングルラインを引いただけで属性情報が自動で付いてくるBIM(Building Information Modeling)で作ったデータもこれかもしれません。

フロントローディング

建築の生産プロセスでは、一般に誰かが作った情報は誰かが見ることになります。現在BIMによって進められていることは、施工する建物をコンピュータ上に建ててしまおうという試みです。先に建ててしまえば、材料に紐付いたコスト情報からコストも分かりますし、構造と設備の干渉なども分かります。こうした動きは問題点をあらかじめつぶしておくフロントローディングと言えます。設計時点で生産情報も含めて3Dで検討して施工段階の問題点をつぶしておこうという考え方です。

このように設計段階で情報をつくりこんでも、施工段階では別の情報が必要になります。例えば仮設の足場や型枠の図面は施工側で描きます。設計側で躯体図レベルまで作り込むと、施工側は施工用の図面を描くためにこの詳細な設計モデルを読み解く必要が出てきて、やり方によっては手間が増えます。施工側の情報をどう設計段階に反映するかといった工夫が必要です。

一方で必要な情報だけくれればいいという考え方もできます。例えば、原状復帰に近いアパート改修だと、現状を見た管理会社が工務店に「クロスの張り替えとクリーニングお願い」と電話します。これで終わりです。クロスの品番の指定もしません。だいたい何をするか決まっているので、これでできちゃいます。あるいは賃貸用の図面に手描きで指示を書き込んでFAXです。もっと言うと、施工者が管理したいのはいつ注文した、どこまで終わった、といったプロセスの情報です。こうした情報は現段階のプロダクトモデルだと載せるのに手間がかかり、手描きのメモや住宅規模だとLINEで情報をやり取りする方が強かったりします(「水道工事終わった+写真」など)。

現状ではほっておいても情報がバンバン増えるような流れになっていて、非効率な方向に行かないとも限りません。住宅づくりにおいても何の情報をどう伝えるか、残すか、使うかといったことを考えてみても良いと思います。下の図はバレエの踊りを記録した紙です。ビデオの登場でこうした記譜法は不要になりました。伝え方の変化やプロセスの伝え方を考える上で示唆的な例だと思います。

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バレエの記譜法の例(中村美奈子、舞踏記譜法、アートリサーチ、2002、より転載)

議論

その後の議論では「写るんです」の頃の写真の方がポイントが押さえられてて後から見やすいというお話や、一品生産的な注文住宅だとだいたいJWーCADで描いて、納まってるかだけ3Dで検討したいといったお話が出ました。その後、無駄に本格的な中華を食べて解散しました。今年度もあと2回、参加者募集中です(問い合わせはHEAD研究会まで)。

参考文献

西垣通、「ビッグデータと人工知能 可能性と罠を見極める」、中公新書、2016年

西垣通、「基礎情報学」、NTT出版、2003年

内田祥哉、「Building Elementの研究 建築構法の分析と綜合」、東京大学学位論文、1961年

内田祥哉、井口洋佑、剣持りょう、「Building Elementの位置による分類」、日本建築学会論文報告集、1961年

藤本一勇、「情報のマテリアリズム」、NTT出版、2013年