精神的童貞の僕とThe Beatles『Norwegian wood』

大学一年生の秋、REBBECA『フレンズ』の子とだめになった僕は、同じ語学のクラスの女の子が気になっていた。

その子は有体に言えば、大学デビューしてない地方の高校生みたいな感じの女の子で、どちらかといえば野暮ったい女の子だった。似たような雰囲気の子たちと一緒にいつも行動していた。

僕たちは文学部で、当然語学のクラスも非文学部よりも多かった。
会話の授業や作文の授業など、語学のクラスでは交流するタイミングも多かったので、僕はそのあたりをきっかけにその子とメルアドを交換し、連絡していた。

「好きな漫画? そうだな…『ベルセルク』読んでるかな」と女の子からメールが来た。
「ベルセルクですが、名前しか知らないなぁ…今度読んでみます」と僕は返事を送った。

映画『ノルウェイの森』が公開されたのは2010年の12月である。

僕は中学生のころからハルキストをやっていたので、ノルウェイの森がついに映像化されるということにかなり興奮していた。

当然前売り券を買った。2枚。

今であれば映画は一人で行くことになんの抵抗もないのだが、当時はそうではなかった。

同じ年の2月に公開された『涼宮ハルヒの消失』は高校の友人5人で見に行ったように、僕の中では映画は誰かと行くイベントだった。

多分11月の終わりだったと思うのだけれど、僕はその女の子に「ノルウェイの森」のチケットが2枚あるんで、良かったら観に行きませんか、とメールを送った。

「映画のチケットがある、という誘い方なら、よほどのことがない限り断られないだろう、日付指定じゃないから予定だって立てやすいし」

僕の大学の友人たち…彼らは僕のそれまでの友人たちとは違って、モテるための「行動力」がある友人だった。そして、彼らには「実力」も「実績」もあった。

その友人たちは僕にこうアドバイスした。

「あの子ならオマエがよっぽど嫌われていない限り、(映画になんか誘われたことないだろうから)いけると思うぜ。もし嫌われてたらメールだって返してこないだろうから、まぁ決まったようなもんだろ」

しかしながら、結局その子と「ノルウェイの森」を観に行くことは叶わなかった。断られてしまった。

僕はもちろん残念だったのだが、ある一方では断られても仕方ないか、と思った。

彼女が半年前まで暮らしていた街の高校生たちにとって、映画に一緒に行くことはそれはもう凄いことだったに違いない、とわかっていたからだ。要は僕はステップを踏まずに、いきなり映画に誘ってしまったわけだ。

「断られた?!」東京生まれ東京育ちの友人たちは一様にして驚いていた。

その女の子とはそれ以来なんとなく気まずくなってしまい、連絡も取らなくなってしまった。そうしているうちに学年終わりの長い春休みがやってきた。

僕自身も旅行に行ったり、免許を取りに行ったりしていたということもあるし、女の子も当然長い休みには地元に帰るだろうと思っていたので、声をかけることもなかった。

まぁいいさ、2年生になったらもう少しゆっくりと、そう、昼ご飯でも一緒に食べながら仲良くなっていくさ。

そう思いながら、最後の語学のテストの終わり「じゃあまた」と声をかけた。

女の子とは、それ以来一度も会うことはなかった。

翌年の3月11日に大きな地震があった。女の子の実家は東北にあった。

僕らは無事に2年生にあがったのだが、語学のクラスに女の子の姿はなかった。

「あの子の家族とかに直接何かがあったってわけじゃないみたいだったんだけど、」後日、女の子といつも一緒に行動していた子と飲みに行く機会があり、女の子の話になった。
「それでもやっばり大変だったみたい。多くは教えてくれなかったけどね…」

「あの子、映画に誘ったでしょ?」
「誘いました。ノルウェイの森」
「驚いてたよ、『映画に誘われちゃった!』って…一緒に見に行けなくて残念だったね」

When I awoke
I was alone
This bird has flown
So I let fire,
isn't it good Norwegian wood

女の子のことはもうほとんど覚えていない。
あれから10年経った今も『ベルセルク』は読んでいない。

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