鍵
鍵がないの。鍵が。
どこかに落としてしまったみたい。
うん。
そう。
よく探してみた。
でも鍵がないの。
きっと、ここに来るまでに
落としてしまったんだわ。
うん。
うん。
そうね、
心の中で、道を反対に歩いてみるわ。
駅を背にして歩いてみる。
駅の前は、花畑があったかしら。
わたし、あんまり周りを見てないのね。
それから、ロータリーの向こうにコンビニがあって
そこを曲がって
もしもし?
うん
曲がって、
それでまっすぐ歯科医院まで。
ここ、小さいころよく来たわ。
ね
覚えてる?
わたしが虫歯になって
虫歯になっちゃダメって言われてたのに
虫歯になって
だからわたしが悪くて
結局虫歯じゃなくて
歯が横になっていただけだったけれど
それだけで家にいれてくれなかったね
わたし悲しくて
そんなことでどうしようもなく
悲しくて
もしもし?
もう少しで心の中では家に着くけど
わたしどこにも鍵を落としてないと思うの。
でも、きっとわたしが悪いんだわ。
鍵がないの。家の鍵。
そう。家の鍵。
うん。
うん。
どこかに落としてしまったみたい。
だから、悪いんだけど。
わたしのせいなんだけど。
道を辿ってきて欲しいの。
探して欲しいの。
鍵が落ちてはいないか
どうしてこんなに帰りたくないか
教えて欲しいの。
わたしの鍵のありか
もしもし
聞こえてる?
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