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一人勝手に回顧シリーズ#マーティン・スコセッシ編(19)#沈黙-サイレンス-/信仰するもの

【映画のプロット】
▶︎フェレイラ
蝉時雨。晒し首2つ。隠れキリシタンの刑場。白い煙がたなびく。
"離せ。"
新しい罪人を引き連れて、役人たちが、やって来る。外人が、見張りを付けられて、離れた場所から見ている。罪人は、外国人宣教師たち。
"お前らの信じているデウスは、なぜ、助けに来んのじゃ。やれ。"
柄杓で汲まれた熱湯が、顔に掛けられる。
"主イエス・キリストに栄光あれ。"
"始めよ。"
体に、熱湯が掛けられる。
離れた場所のまろび元宣教師は、顔を背ける。
"1633年、キリストの平安。神を讃えよ。"
"もっと浴びせろ。"
"我々にとって、最早、この地に平安はない。『光の国』であった日本を知らないし、これほど闇の日本も知らない。我々の布教は、新たなる迫害と、圧迫、辛苦により潰えた。"
"もっと浴びせろ。"
"柄杓に穴を開け、熱湯が、少しずつ流れるようにし、苦痛を長引かせる。熱湯の飛沫は、燃える石炭のような熱さだ。長崎奉行は、修道士4人とイエズス会神父1人を雲仙に。"
"デウスは、どこにいる?"
"雲仙には、熱水泉がある。"
刑場に詰めかけた人々。
"日本人は、それを、『地獄』と呼ぶ。半ば皮肉で。しかし、その光景は、事実そのものだ。"
修道士たちは、縄を解かれ、柱から降ろされる。
"役人は、神父たちに、神と福音を捨てろと迫った。だが、彼らは、棄教を拒んだうえ、拷問を望みさえした。信仰の強さと『内なる神』の存在を示すためだ。33日間、山に留まった者もいる。"
フェレイラ(リーアム・ニーソン)は、膝を突く。
"彼らの勇気の物語は、潜伏する神父たちに、希望を与える。仕えながら生きる信徒たちを。"
セバスチャン・ロドリゴ神父とフランシス・ガルペ神父(アダム・ドライバー)。
"見捨ては、しない。我々は、神の愛の下、より強くあらねば。"
"フェレイラの消息は、不明だ。これが、最後の手紙だ。"
"不明とは?"
"君たちが、ポルトガルから来る間に、この手紙も、数年かかって、私の元へ。密かに運ばれ、ようやくオランダ貿易商から、届いた。驚くべき知らせもある。"
"師は、生きていると?"
"棄教したそうだ。公然と神を非難し、信仰を捨てたうえに、日本人として、暮らしている。"
"あり得ません。フェレイラ神父は、命懸けで、日本へ布教に。我々も、師を追って、ここへ。"
"師は、誰よりも、強い方です。"
"この手紙は、激しい迫害の下で、書かれた。状況は、より悪化している。我々の布教が原因で、数千人が殺され、更に、多くが、信仰を捨てた。"
"貿易商の知らせは、確かではないですよね。我々を欺くための嘘かも知れない。"
"だが、あれほど徹底的な弾圧と..."
"我々を求める信徒が、大勢、います。"
"手紙が途絶えた事や、オランダ人の知らせで..."
"ただの噂です。"
"棄教は、事実であると、断定する。"
"もし、事実なら、それは、イエズス会にとって、何を意味します?欧州カトリック全体には?我々の使命は、急を要します。フェレイラ神父を、捜しに行かねば。"
"許可できん。"
2人の神父は、言葉を飲む。
"使命を放棄できません。"
"手紙の到着で、使命は達成されたとみなす。"
"ですが、father. 手紙には、恐ろしい出来事しか、書かれていません。師に、何が起きたのかは、不明のまま。悪い噂が、たった一つ、聞こえて来ただけです。ヴァリニャーノ神父。許可を。我々の使命は、達成されていません。"

3人の神父は、外に出る。
"島原で、信徒が何人、処刑されたか知っているか?数千、数万人。ほとんどが、斬首だ。危険過ぎる。"
"考えを授けてくれた方を、放っておけません。我々の恩師なのです。"
セバスチャンが言う。
"噂が、本当なら、師は、呪われています。"
フランシスが言う。
"そうです。師の魂を救わなくては。"
"心から、そう願うのか?"
"Yes."
"It is. 何にも、増して。"
"では、これは、神の御心だろう。"
"大いなる試練だ。あの国に、足を踏み入れた瞬間から、極度の危険が伴う。君たちは、日本へ渡る最後の神父。『2人の軍隊』だ。"

"1640年5月25日。"
"キリストの平安。神を讃えよ。"
2人は、マカオにいる。
"ヴァリニャーノ神父。この手紙が、届くか、どうか分かりません。ですが、我々の使命を信頼し、我々を信じ続けてください。いい報告があります。我々を、日本へ密航させる中国船が、見つかりました。マカオにいる唯一の日本人もです。日本での案内役に、使えます。"
"Com'on this way."
中華料理店。
"Fainally 初めて、日本人と会うのです。"
"大した奴じゃないが、マカオで、たった1人の日本人だ。"
物陰で、足を投げ出して、壁にもたれ、身体を掻いている。
"Hey. 起きろ。立て。"
セバスチャンは、顔をしかめる。
"海を漂流中、ポルトガル人に、助けられた。国へ帰りたがっている。"
"Are you really Japanese?"
"答えろ。馬鹿者。パードレたちだぞ。"
"キチジロー。家へ帰れるんだぞ。"
"家は、どこだ?"
フランシスが、尋ねる。
"長崎。"
"仕事は、何だ?"
"何でもしますよ。"
"漁師だ。"
"我々の言葉を?"
"Little."
"そう。分かるんだな。イエズス会の神父に習ったのだろう。You are christian."
"No. キリシタンじゃない。"
"いい案内役です。キリスト教徒だ。"
"I am not キリシタン。キリシタン、Die. 長崎で殺される。"
"Listen to me. We have money. 力になるなら、日本へ連れて行こう。日本へ帰りたいか?"
"I wan to go home. 金のためじゃない。日本は、家族のいる国だ。I beg you. お願いだ。神父さん。頼む。連れ帰ってくれ。いい案内役になる。Promiss me, take me to home. Promiss me."
店内で、喧嘩が始まる。

"あの男が、キリスト教徒の訳がない。"
"違うと言っているが、何も信じられない。"
"日本人だとも、思いたくない。"
"イエスは、言われた。『全世界へ行き、すべての創造物に、福音を伝えよ。たとえ、彼であれ、それが、主の命令です。準備を整える私に、主の顔が見えます。ペトロに命じられた時のように。『我が子羊を牧せ、我が子羊を牧せ、我が子羊を牧せ。』素晴らしい。大いなる愛を感じます。"
海原を進む船。
"ガルペも私も、日本への荷物は、ありません。我々の心だけです。穏やかな船路の日や嵐の日でも、迫害が起きてからの20年間について。思うばかり。日本の黒い土には、多くのキリスト教徒が、眠っている。司祭たちの赤い血も、大量に流された。教会の壁は、崩れ去ったのです。"
セバスチャンらは、キチジロー(窪塚洋介)に先導させ、小舟に乗り換える。
"日本だ。"
キチジローは、岸が近づくと、海に飛び込む。
"あの男に、命を預けるとは。"
"早く。"
"行こう。"
キチジローは、洞窟の中を走る。
"キチジロー。どこへ?キチジロー。"
"きっと裏切るぞ。"
"キチジロー。"
"めでたし。聖寵満ちみてるマリア。主は、御身と共に。"
"『為すべき事を、今すぐなせ。』"
不意に、初老の男が現れ、松明で洞穴を照らす。
"パードレ?"
男は、胸で十字を切る。
"急いでください。時間がない。"
住民の一団が、現れる。
"ここは?"
"トモギ村。"
"日本か?"
"さあ、急いで。異教徒(ゼンチョ)たちに見つからんように。"
"ゼンチョ?"
"早く。"
一行は、海べりの山道を進む。
"すんません、パードレ。危険過ぎるんでな。以前より、処刑が増えた。キリシタンだと知れたら、殺されます。"
"主が、嘆きを聞いてくださる。"
"Yes. あなた方を遣わしてくださった。"
"こちらへ。"
"さあ、入ってください。"
"どうぞ。"
髪の長いが、お茶を出す。
"ありがとう。"
"よければ、食べ物も、少しあります。"
"ここなら、朝までは安全です。"
"座って。さあ、座って。"
"済みません。申し訳ない。"
"どうやって、こんな生活を?詰まり、信徒としての暮らしは?とても危険なのに。Do you understand?"
"密かに、祈るのです。爺様がいます。爺様。"
"爺様とは、誰です?"
"村人を率いているのですか?"
祈りや洗礼の時に。"
"爺様ができる秘蹟は、洗礼だけ。爺様と礼拝します。キリシタンであることを隠しても、神は、わしらを見ておられますよね。"
セバスチャンらは、うなずく。
"今まで、司祭様もいなかったのですが。"
"Please eat."
"食べてください。"
"Thank you."
村人は、セバスチャンらに手を合わせ、祈る。
"アーメン。"
"信徒たちは、皆、『秘密の教会』に属します。"
"あなた方の信仰は、とても力強い。実に、勇気がある。この村だけですか?それとも、よその村でも?"
"他のの村の事は、分からんのです。行きませんから。"
"一度もですか?"
"よその村は、とても危険です。誰を信じていいのか、分からん。皆んな、奉行の井上様を、恐れておるんです。"
"信徒を密告すれば、銀100枚が貰えます。"
"修道士(イルマン)なら、銀200枚。更に、司祭の場合は、銀300枚だ。"
"300枚?"
"よその村に行くべきだ。再び、司祭が来たと、伝えないと、我々が日本にいると知らせよう。"
"かつて、この地にパードレがいた。フェレイラという名前だ。フェレイラ神父。聞いた事はある?我々と同じ。"
"No."
"そうか。食べないのか?"
"あなた方が、我々の糧なのです。"
セバスチャンは、首から、十字架の守りを外し、村人に渡す。

"彼らは、道を通ろうとしません。隠れて暮らすのは、さぞや苦痛でしょう。彼らの深い愛を感じ、圧倒されました。でも、彼らは、顔に表しません。長い秘密の生活で、仮面のようになったのです。なぜ、彼らは、これほど苦しむのか?なぜ、神は、このような苦難を与えるのか。"
"ここなら、安全です。炭焼き小屋なんです。"
"こういう合図の時は。"
扉を、棒で、3度叩く。 
"わしらです。それ以外の音がしたら。"
地下に通じる入り口を示す。
"Hide."
"昼間は、小屋の扉を固く閉ざします。通る者に聞こえぬよう、音も立てません。夜の闇に紛れて、村まで下り、司祭の務めを果たします。"

"パードレ。告解(コンヒサン)を聞いてください。"
女がすがる。
"罪を赦す司祭が、やっと現れたのです。"
"コヒサン?"
"コンヒサン。お許しください。私は、罪を犯しました。"
"Profession."
"女の悪おか噂ば、広めてしまたとです。"
"も一度。もう一度。"
"お千代さんのこと、悪う言うたとです。"
"一晩中、告解は、続く。たとえ、内容が分からなくても。"
"もう一度。"
"キリスト教が、愛をもたらしたのです。彼らは、初めて、動物ではなく、神の創造物として存在し、苦しみだけで終わる事なく、救いがあると、約束されたのです。真夜中に、ミサをあげます。カタコンベでのミサのように、静寂の中で。"
夜のミサ。福音を読み上げる2人の司祭。

赤ん坊に洗礼を授ける。
"皆んな、今、パライソで、神様といるんですね。"
"パライ..."
"パライソ。"
"Paradice?"
"天国です。"
"Now?"
"Yes."
"No. でも、神は、今、天国にいる。And forever. 我々の場所を、準備なさっている。今もだ。"
"ありがとうございました。"  

セバスチャンとフランシス。
"短気になって、済まない。"
フランシスが言う。
"イラついて、恥ずかしい。"
"赤子は、神の恩寵の中にいる。それでいい。"
"悪いイエズス会士だな。"
フランシスは、土間で、石で打つ。
"1日中、小屋の中に。"
"Eat."
"フェレイラ神父の生死も不明だ。村人は、名前も知らない。皆、あまりにも恐れている。恐怖心とシラミだけ。"
"我々が、彼らを慰めるのだ。"
"いつまでできる?"
"我々は、志願したんだ。フランシス。『霊操』で祈ったのだ。神は、今も、我々の声を聞いている。"
"では、フェレイラ師の元に、導いてほしい。"
"師が、力尽きて、イノウエの前で、犬のように、這いつくばったと?"
"ただの噂だ。イノウエが悪魔でも、師は、立ち向かう筈だ。"
"長崎へ行き、師を探さねば。"
"Too dangerous. 我々にも、匿った村人にも。"
"キチジローを行かせよう。"
"Are you mad. Where is he? いつもいない。酔っ払いだ。信用できない。"
"師を捜すため、何かしないと。"
フランシスは、石を打つ。
セバスチャンが、板の隙間から、外を覗く。
"外へ行こう。少しだけ、危険を冒そう。"
2人は、岩の上で、日を浴びる。
"見ろ。"
鳶が飛んでいる。
"God sign."
フランシスは、村人が見ているのに、気づく。
"動くな。何者かが、見ている。"
"行け。"
床下に潜む。夜になる。
"パードレ。パードレ。"
"合図がない。"
"パードレ。怖がらないで。It's all right. 傷つけたりしません。切支丹です。切支丹。切支丹。"
"We need you. "
"いけない。セバスチャン。No. セバスチャン。"
扉を開ける。
"パードレ。驚かせてしまって、すまんです。わしらの村へも来てください。五島です。信仰が、揺らいでいます。子らに、お2人が、必要です。もう、ミサも告解もありません。祈りを唱えるだけです。"
"なぜ、ここが分かった?"
足の指に裂いた布を巻く。
"Who told you? 信徒からか?"
"わしらの村の切支丹キチジローです。"
"キチジロー?我々のキチジロー?"
"あなた方と、一緒にここへ来たと。"
"彼は、信徒じゃない。"
"Yes. 彼は、信徒です。本当です。奉行の井上様の前で、神を否定しました。8年前の事です。"
キチジローが、踏み絵を踏む。
"彼の家族全員が、殺されました。神を否定しましたが、今も信じているんです。"

"駄目です。やめてください。"
"また戻って来る。"
"駄目です。"
"必ず戻る。"
"わしは、五島の人々を知りません。信頼できるか、どうかは、分からんです。"
"彼らも、同じ信徒だ。"
"キチジローが呼んだとか。何のために、そんな事を。"
"彼は、我々をここ、トモギへ。"
"ほんの数日だけだ。"
"でも、1人は、ここへ残ってください。Please."
セバスチャンは、五島行きの船に乗る。
先行の船と間が開く。
"見失うぞ。"
薄明の中、船は、岸に近づく。裸の男たちが、船縁をつかむ。身構えるセバスチャンに、男は、胸の前で、十字を切る。
"大丈夫、大丈夫やけん。早よ。"
"そうたい。そうたい。パードレ。"
セバスチャンは、海に入り、村人に浜まで手引きされる。
"船での恐怖は、消えました。私を待つ彼らの喜びを見たからです。キチジローの姿さえ、嬉しく思えます。"
キチジローら、村人が出迎える。
"俺の言うたとおりじゃろ。"
"五島です。どうぞ。"
"神のお導きに感謝します。"
"あの日、信徒は、新たな希望を得て、私も、心を新たに。"
ミサ。
"次々、集まりました。五島だけでなく、山を越え、よその村からもやって来ました。神を、とても身近に感じました。人々の暮らしは、辛く、獣のように生きて、死ぬ。美しく、善いもののために死ぬのは、た易い事。惨めな、腐敗したもののために死ぬのが、難しい。私も、また彼らの1人であり、彼らの心の飢えを、分かち合った。1つ、祈りが叶えられました。フェレイラ神父を知っているという信徒に会いました。"
"フェレイラ神父。知ってます?"
老人は、うなずく。
"知っている?会いました?"
"Yes." 
"When?"
"あの方が、作ったんです。赤ん坊の家を。あかんぼ。"
"あかんぼ。" 
"Baby."
"Infants, sorry."
"それに、病人の家も。シンマチに。"
"シンマチ。"
"でも、あれは、迫害が起きる前の事だった。"
"Where is this? "
"長崎の近くだ。長崎。So dangerous. 行くのは、危ない。危なか、危なか。よう知らん。"
老人は、去って行く。

"早よせろ。"
人々は、両手でお椀を作る。
"形ある『信仰の徴』を欲しがるので、できる限り、分けました。信仰より、形あるものを崇める傾向は、不安です。でも、責められません。"
藁で作ったクロスなどが配られる。
"ラザリオの珠も、分け与えました。"
キチジローは、受け取らず、走って逃げる。
"キチジロー。"
"五島では、感動しました。100人以上に洗礼を授け、多くの告解を聞きました。でも、最も救いが必要なのは、キチジローでしょう。"
セバスチャンとキチジロー。
"ロザリオを断ったね。"
"受け取る資格がない。"
"Why? 神を否定したから?"
"Yes. でも、生きるためだ。俺の家族全員に、井上奉行が迫った。棄教しろと。イエスの聖画を、足で踏めという。一度だけ、素早く。家族は、踏まなかった。だけど、俺は、踏んだ。"
家族は、簀巻きにされ、組んだ薪の上に、並べられる。
"俺は、家族を見捨てられなかった。たとえ、神を捨てたとしても。"
薪に火が着けられ、また、柱に括り付けられた者の足元に火が着けられる。
"だから、家族が死ぬのを、見届けた。どこへ行こうとも、燃える炎と肉の焼ける臭いが、甦った。あなたとガルペ神父の姿を、初めて見た時、俺は、信じ始めた。再び、神に迎え入れられると。なぜなら、俺の夢の中で、炎は、以前ほど激しくない。"
セバスチャンは、落ち着きなく、視線を動かす。そして、キチジローを見据える。 
"告解を聞いてほしいか?"
"Bless me パードレ。俺は、罪を犯しました。"
キチジローは、体を折り、地面に顔を伏せる。
"五島での6日間とキチジローの信仰の再生で、自分は、有用だと感じました。地の果ての国で、私は、人々の役に立てるのです。"
▶︎弾圧
海べりの洞穴に潜むセバスチャンを、村人が訪ねる。
"奉行所の役人たちが、村にやって来て、爺様に縄を。"
"さあ、こちらへ。"
霧の中を、騎馬の役人たちに先導され、爺様が引っ立てられる。沿道に並ぶ村人。セバスチャンらは、茂みの中から、見る。
騎馬の一行が止まる。
"お前らの中に、こやつと同じ、切支丹が潜んでいるという訴えが、あった。"
"わしら、年貢ば、怠った事は、なかで。お上の言いつけで、どげん仕事でも、精一杯、やっとります。仏様にも、お仕えしとります。"
"お前らが、善良である事は、よく心得ておる。我らが、行いたいのは、禁制の切支丹を、未だ信じる者と、そやつらを匿っている者だけだ。いずれ、突き止められようが。"
井上奉行は、にこやかに微笑む。
"褒美をやる。これだけの銀だ。"
"強ばった顔、するでねえ。3日与えよう。"
"縄を解け。3日を与える。こやつは、放してやる。だが、3日のうちに、沙汰がなければ、この者に加え、3人、人質を取る。人質4人は、長崎へ引っ立てる。そのうちの1人は、お前だ。"
"行くぞ。"

村人とセバスチャンたち。
"死ぬのは、怖くない。パードレの事は、口を割らんです。"
"誰も死ぬな。"
"No. よそへ行っても危険だ。ここにいてください。いてください。口は、割らん。"
"彼らは、何度でも来る。村は破壊され、皆殺しにされる。"
フランシスが言う。
"モキチ。我々が出て行くしかない。"
セバスチャンが言う。
"村人が、危険過ぎる。"
"キチジローの島へ。"
"俺の島?駄目だ。この村と、何の違いもない。役人は、五島へも来る。調べ尽くして、同じ事が起きる。"
"違うとる。出て行って貰おた方が、よか。パードレたちに、出て行って貰おた方が、よか。皆んな、助かると。"
"何ば言うとか。パードレたちは、デウス様の教えば、伝えに来られた。その御恩ば、忘れて、井上様の拷問の手に渡す事は、でけん。"
"パードレたちが、来いやったら、こげん事には、ならんかった。"
"静かに。静かに。"
イチゾウが言う。
"パードレたちは、わしらが守る。"
"いてください。"
"後、2人、一緒に来て貰わにゃならん。わしとモキチ。後、2人、人質がいる。誰か、わしとモキチと共に、人質になって、デウス様に奉ずる者は、おらんか。"
男が、1人、頭を下げ、立ち上がる。
"こいつは、よそ者やけん。キチジローは、どげんか?"
"そうたい。俺たちの代わりに、行ってくれんか?あんたなら、お役人も、そう厳しくせんじゃろ。奴は、トモギの人間じゃけん。"
"信用できるか。こいつが喋ったんじゃろが。"
"おいは、何も言うとらん。パードレ、言うてくれんですか。俺は、売っていない。罪も告白した。"
"デウス様の祝福ば、受けたとなら、ちゃんとせろ。お前の命でば、デウス様をば讃えるとさ。"
"讃える、そげん意味か。"
"真の切支丹なら、分かる筈やろが。"
"そげん頭ば。"
"トモジロー。"
一触即発に、緊張が高まる。
"うちらの代わり、行ってくれんですか。"
"パードレ。"
セバスチャンたちは、炭小屋を出る。
"パードレ。もし、わしらが、踏めと言われたら。イエス様の踏み絵を。"
"神に、勇気を祈るのだ。"
フランシスが言う。
"でも、役人に逆らえば、村の衆が、危険な目に遭う。牢に入れられ、2度と戻れんです。どうすれば?"
"踏むのだ。"
セバスチャンが言う。
"踏め。踏んでいい。"
"何だって?"
フランシスが言う。
"駄目だ。"
"モキチ。いけない。"
フランシスが、福音を唱え、一行は、祈る。
モキチが、セバスチャンに、小さな十字架を渡す。
"爺様に作った。あなた方が、来るまで、これが、すべてでした。持っていてください。Please. イエスの名の元に。"
"あなたの信仰は、私に強さを与えてくれる。私も、同じだけのものをあげられたら。"
"わしは、神を愛しています。それは、信仰と同じですね?"
"Yes. そうに決まっている。"
奉行たちの一行が、村を通る。
"彼らは、この世で、最も献身的な神の創造物です。ヴァリニャーノ神父。私は、分からなくなりました。神は、我々に試練を与える。それは、善き事です。私も、御子のような試練を覚悟しています。でも、なぜ、彼らをこれほど苦しませるのです?そして、なぜ、私が彼らに与える答えは、あまりにも弱々しく思えるのでしょう?"
イチゾウ、モキチ、キチジローらが、引っ立てられて行く。
踏み絵が置かれる。
"踏め。"
イチゾウは踏む。モキチも踏む。キチジローも踏む。
"彼らは、命令に従った。でも、許されない。"
"お上を騙した積もりか。ただ今、お前らの息遣いが、荒くなったのを見逃しておらんぞ。"
"そげん事なか。俺達は、仏教徒ですけん。"
"ようし、ならば、ほかにも見せてみろ。"
キリストの張り付けられた十字架を手にする。
"唾を吐け。聖母とやらを、淫売と呼べ。さあ、やれ。"
イチゾウの顔に、十字架を突きつける。
"やれ。唾を吐け。"
"やらんか。"
イチゾウは、できない。
"お前は、切支丹だ。"
"爺様。"
"次は、お前だ。やれ、どうした。やれ。"
"どうした。早うやれ。"
"できんのか。お前も、切支丹だ。"
"やれ。"
"早う。"
"おい。唾を吐け。"
"やらんか。"
"お前も切支丹か。"
"おい。"
キチジローは、唾を吐く。
"失せろ。"
キチジローは、走り去る。
"イチゾウは、できなかった。モキチもだ。キチジローだけが、やった。彼も、苦しんでいるだろう。"
"お前も切支丹か。お前も切支丹だ。お前ら皆、切支丹だ。こやつを引っ立てい。"
モキチらは、海べりに、磔にされる。
"おい、飲め。"
"酒が与えられた。死にゆくイエスに、酢を与えたように。主の苦しみを思い、勇気と慰めを得られるよう、祈った。"
潮が満ち、モキチらは、波をかぶる。
"パライソ。"
イチゾウは、意識を失う。
"デウス様。爺様を導きください。"
潮が引く。
モキチは、十字架の上で、讃美歌を歌う。
"モキチは、死ぬのに、4日を要した。彼は、聖歌を歌い、その声だけが、浜に響く。集まった村人たちは、押し黙ったまま。"
モキチの死体が運ばれる。
"キリスト教の埋葬ができず、人々は、遺体を見守るだけ。モキチの遺体は、水を含み、なかなか火が点かず、煙が上がった。村人が崇めないよう、遺灰は、海に捨てられる。『死は、無意味ではない。』と、あなたは言われる。神は、死にゆく彼らの祈りを聞いた。でも、叫びは聞こえたか?これほど苦しむ彼らに、神の沈黙を、どう説明する?それを理解するため、すべての力がいる。神父。これが、最後の報告です。役人が、山狩りを行うと聞きました。別々に行動する方が、安全です。"
"我々が去れば、彼らは、死なずに済んだ。"
"迷うな。死につながるぞ。"
"逃げるのか?我々のため、人が死んだのに。"
2人は、抱き合う。
"無事を祈る。"
"お前の強さを手本に。"
"ガルペ神父は、平戸へ行き、使命を続け、私は、五島に戻る。"
"フランシス。元気で。生き続けろ。"
"ヴァリニャーノ神父。私の弱さと疑念を、お許しください。ミサや祈りの時に、ガルペと私を思ってください。忠実なる弟子より。"
"神の御子を想像する。十字架の上の姿を。私の口も、酢の味がする。"
"あれは、五島?五島なのか?"
船頭は、黙って船を漕ぐ。
"天にまします父よ。私は、災いをもたらす異国人。彼らは、そう思っている。"
蝉時雨。セバスチャンは、単身、五島に上陸する。集落が、打ち捨てられている。
廃屋に上がり込む。
"聖ザビエルの事を思う。彼が、見出した輝かしい可能性はどこへ?私は、主のために、何をした?主のために、何をしている?主のために、何をする?"
草原に休む。
"私は、惑わされ、絶望へと誘われる。私は、怯える。あなたの沈黙が、恐ろしい。祈りを捧げても、心は迷う。無に祈っているのか?Nothing. あなたは、いないのか?"
セバスチャンは、焚き火の跡を見つける。まだ温もりがある。山道の脇に、小屋が見える。
"神よ。お赦しください。"
小屋に、人の気配はない。
"師よ。報告が途絶えても、我々が死んだと思わずに。ガルペと私が死ねば、日本の教会が、絶えるのです。"
山の上から、集落を遠望する。
セバスチャンは、斜面を転げ落ち、キチジローに出くわす。
"つけられていると思った。大丈夫か?パードレ。"
セバスチャンは、掛けられた手を払う。
"Sorry."
セバスチャンは、頭から血が出ている。
"パードレ。"
そっぽを向く。
"なぜ、戻って来た?ここは、危険なのに。密告すれば、褒美が出るんだよ。"
山小屋に入る。
"あなたには、銀300枚だ。300枚。ユダは、30枚手にした。切支丹がいる村がある。ここから遠くない。そこに隠れよう。俺に、任せとけ。食べてくれ。どうぞ。腹ペコの筈だ。"
セバスチャンは、迷いながら、焼き魚を受け取り、貪る。
"モキチも俺の家族も、強かった。I am so weak. "
"そうか?要領がいいようだが。"
"厚かましいけど、I'm like you. ほかに行く所がない。弱い者の居場所は、どこに?こんな世の中で。"
"モキチとイチゾウのために、告解するか?"
キチジローは、うなずく。
"『為すべき事を、今すぐ為せ。』最後の晩餐で、イエスがユダに言った。これは、怒りの言葉か?愛ゆえの言葉か?"
2人は、下山する。
"平気ですか?疲れているようだ。"
"大丈夫だ。魚が、あまりにも塩辛くて。『私は渇く。』"
"What?"
"渇くのだ。"
"主の言葉ですね。水を持って来る。水だよ。"
"キチジロー。"
セバスチャンは、両手を突く。
"済まない。水をこぼした。何かあったかと。でも、大丈夫だ。近くに川があるから、好きなだけ飲める。こっちへ。"
セバスチャンは、川の水をすくい、飲む。水面に、顔が映る。キリストの顔に変わる。セバスチャンは、笑う。川に顔を浸け、笑う。
陣笠を被った役人が来る。瞬時に、役人に取り囲まれる。
"捕らえろ。"
"パードレ。許してください。パードレ。"
キチジローの足元に、銀が撒かれる。
"神に赦しを請います。神は赦しますか?こんな俺でも。"
セバスチャンは、捕らえられた村人たちに加わる。村人が、キュウリをセバスチャンに差し出す。
"神に感謝を。名前は?"
"モニカ。"
"聖アウグスチヌスの母の名。"
"洗礼名です。この人は、ジュアン。私たちの司祭様と同じ名です。雲仙で殺されました。"
"彼に続く者が、増える。You understand? "
"なぜ、そんな風に、私を見る?平気なのか?我々も、死ぬ事になるのだぞ。同じように。Sorry. 悪かった。食べ物をありがとう。"
"ありがたや。でも、パードレ。ジュアンさんのお話では、死ねば、パライソに行けると。"
"天国か。そうとも。"
"いい事では?パライソは、別世界です。誰も飢えず、病気も年貢も苦役もないとか。"
"そう。そのとおり。パードレ・ジュアンは、正しい。パライソには、辛い苦役などない。働かずに済む。年貢もないし、苦しみもない。誰もが、神と共にいられて、痛みもなくなる。"
奉行の井上が、現れる。
"皆の衆よ。そう、山ほどの面倒かけんでくれや。頼むぞ。この暑さの中、年寄りには、ここまで来るのも辛い。おまけに、この土埃も、今年は、一際、酷い。こんな事は、本来なら、不要なのじゃ。こちらの考えに、ほんの少しだけ、歩み寄ってくれればよかろう。決して、お前たちが憎いのではないぞ。お前たちが捕まったのは、身から出た錆よ。であれば、その錆を、自らの手で拭えばよかろう。途方に暮れる事はない。一時、思案のいとまを与えるゆえ。理のある返答をいたせ。行け。"
"立て。"
"Not you."
セバスチャンは、呼び止められる。
"You stay."
"わしの言葉が、お分かりか?日本語は、達者なのかね?"
"あなたの目を見た。"
"この目に、何を見たのだ?百姓どもは、愚か者ばかりじゃ。"
"主よ、彼らを苦しめず、お守りください。"
"いくら話し合おうとも、何一つ決められん。だが、お前は、分かっている筈だ。"
"何をです?"
"お前次第で、彼らを自由の身にできる。一言、お前が、申せばよい。信仰を否定するのだ。"
"断れば、私を殺すのですね。殉教者の血は、『教会の種』だ。大村や長崎で処刑した司祭たちのように。"
"司祭を殺す過ちから、我々は、学んだ。百姓を殺せば、更に、事態が悪化する。神のために死ねれば、彼らの信仰心は、より強くなる。"
"罰するなら、私だけを罰してくれ。"
"善き司祭のような口をきくな。お前が、人の心を持つ真の司祭なら、切支丹どもを憐れむべきだ。どうだね。パードレ。違うか?"
"お前の栄光の代償は、彼らの苦しみだ。"
セバスチャンは、牢に入れられる。
"パードレ。父なる神に、誉れあれ。"
"神に誉れあれ。"
通辞(浅野忠信)が、入って来る。
"ポルトガル語は、カブラル神父に習った。あなたの通辞役を頼まれた。尋問の際、細部を誤解する懸念がある。日本語だけだとな。"
"尋問。"
"公平に行いたい。あなた方は、我々の言葉が、上手くない。カブラル神父も、言えたのは、『ありがたや』だけ。長年、教えるだけで、何も学ばなかった。我々の言葉、食べ物、習慣を軽蔑していた。"
"私は、カブラルとは違う。"
"Really? 気付かぬようだが、我々には、我々の宗教がある。"
"No, no. 考え方が違うだけだ。"
"あなた方は、仏陀は人間だと言う。『ただの人だ』と。"
"仏陀は死ぬ。我々と同じだ。創造主ではない。"
"あまりに無知だ。パードレ。そう考えるのは、キリスト教徒だけ。仏は、人が到達できる存在だ。煩悩を捨て去り、悟りを得て、達する。あなた方は、迷妄に縛られ、それを、『信仰』と呼ぶ。"
"そうではない。神の掟に従えば、人は皆、平和に暮らせる。"
"分かっている。パードレ。簡単な事だ。『転ぶ』、聞いた事は?『転ぶ』とは、『落ちる事、降伏する事。』信仰を放棄し、棄教する事だ。そうしろ。あなたが棄教しないと、囚人が、穴に吊るされ、あなたが転ぶまで、一滴ずつ血を流す。幾日も耐える者、耐えられぬ者、皆、死ぬ。ポルロ神父とカッソロ神父も、吊るされた。聞いた事は?ペドロも、フェレイラも同じだ。"
"フェレイラ?"
"知っているか?"
"名前だけは。"
"だろうとも。日本中で、知られている。日本名を持ち、日本人の妻もいる。"
"あり得ない。"
"誰にでも、聞け。長崎の者は、彼を指差して、褒める。大変、尊敬されている。そのため、日本に来たのだろう。"
通辞は、牢を出る。
"傲慢な奴だ。ほかと変わらねえな。て事は、奴は、いずれ転ぶって事だ。"

セバスチャンは、馬に乗せられ、町を引き立てられる。後を、村人たちが続く。
"殉教は、救いだと思っていた。神よ。惨めな殉教に、しないでください。主よ。我が隠れ場所。お赦しくださる方。我らが、不滅の王の血が、世の罪を、あがなう。"
沿道の男が、石を投げる。キチジローもいる。
"なぜ、ついて来る。ついて来るな。"
奉行所に至る。
セバスチャンは、通りに面した牢に入れられる。
"主よ。穏やかな日々に、感謝します。"
"主は、『すべての人を愛せ。』と。仲間を、拷問で殺した2人を、俺は、許せません。怒りで、許せないんです。"
セバスチャンは、囚人の訴えを聞く。
"主よ。番人さえ、あなたの言葉を聞いた。このような平安な日々が続くのも、私の死が、そう遠くない事の証か。"
捕らえられた村人たちに、教えを説く。
"私は、動揺しない。私は、動揺しない。"
"イエスの生涯が、我が事のように、見える。イエスの顔が、私の恐れを鎮めてくれる。幼い頃から、すべてを託した顔が。私に話し掛ける。その声が言う。『お前を見捨ては、しない。』、『お前を見捨ては、しない。』"
"それを着ろ。『十徳』だ。光栄に思え。仏教の坊主が着るものだ。"
奉行所で、井上と対面する。
"ポルトガルのロドリゴ神父だな?すまんな。話し方が下手で。異国の言葉は、不得手だ。築後守様が、懸念しておられる。もしや何か、自由は?"
"『不自由』では?"
通辞が返す。
"『Discomfort』、そうだ。ここでの日々に、何か不自由があれば、申し出るがよい。こごとの旅路は長く、危険も多かったであろう。"
"志の高さに、我々は、心を動かされた。"
"さぞ、苦労されたであろう。"
"もう、苦痛を与えたくない。そのような事は、我々にとっても、心苦しい。"
"Thank you."
"パードレ。そこもとの教えを..."
"あなた方の教えは、イスパニアやポルトガルでは正しい。だが、十分な時間をかけ、勘考を重ねた。結果、今の日本国では、無益であるという結果に至った。"
"危険な教えであると。"
"我々は、『真理』をもたらした。真理は、普遍です。どの国、どの時代でも。だから、真理なのです。"
"聞こえない。"
"教えが、日本で正しくないというなら、『真理』とは、呼べない。"
"野良仕事など、した事なかろうが、ある土地で、しかと根を張る気持ちが..."
"ある土地では、花咲き、茂る木も土地が変われば、枯れる。"
"当然至極じゃ。"
"キリスト教も同じだ。この地では、葉が枯れ、蕾も朽ちる。"
"土地のせいではない。日本には、30万人の信徒がいた。まだ、土地が。"
"何だね?"
"毒される前は。"
"返事は何も?どうせ無駄です。私の心は、変わらない。あなた方の心も、変わらない。信仰を試すなら、より難題を。奉行の所へ。私を、イノウエ様の元へ。"
役人たちは、笑う。
"なぜ、笑う?冗談は、言っていない。"
"それは。"
"Because 私が築後守だ。この私が、奉行なのだ。井上だよ。"
井上たちは、席を立つ。
牢の村人たちは、讃美歌を歌う。
囚人たちは、穴を掘る。
"この雨の中、いつまで彼らを働かす?"
"終わるまでだ。"
キチジローが、奉行所に来る。
"パードレ。パードレ。聞いとくれ。"
警備員に取り押さえられる。
"脅されたんだ。銀が、目当てじゃない。銀のため、裏切ったんじゃない。"
キチジローは、捕らえられる。
"俺は、切支丹やけん。ぶち込め。"
セバスチャンが、村人の牢に入る。隅に、キチジローが、座っている。
セバスチャンは、飯を分ける。
"気をつけて、パードレ。私らを転ばすため、井上様が雇ったのかも。"
"そうじゃない。頼む。パードレ。告解を聞いてくれ。パードレ。"
"分かっている。俺は、罪の臭いがする。もう一度、告解したい。主に、清めてほしいんだ。"
"なぜ、ここへ来た?赦しのためか?『赦しの秘蹟』が分かるか?"
"俺の言う事が、分かるか?Years ago, 俺は、『善き切支丹』で死ねた。まだ、迫害もなかった。なぜ、今、生まれた?あまりに不公平だ。悔しいよ。"
"まだ神を信じるか?"
告解を聞く。
"お赦しください。俺は、罪を犯しました。済まんと思っています。こんなに弱い人間で。I am sorry. こんな事になって。I am sorry. あなたにした事を。お願いです。罪を取り去ってください。強くなる努力をします。"
"なぜ、主は、こんな惨めな者まで愛せるのか?悪は、存在し、悪の強さや美しさがある。この男に、それはない。悪と呼ぶほどの価値もない。"
"安らかに行け。"
"私は、恐れます。イエスよ。赦したまえ。私は、あなたに値しないのでは。"
村人が、役人に尋問される。
"こんな事、形ばかりの事じゃ。一歩出い。心から踏まんでいい。一歩、足かけたところで、信心に傷がつくまい。正直、わしもこんな事、どうでもいい。やれば、さっさと済まして、この日差しから、逃れようでないか。そっと、軽くでよい。かすめる程度でも、よい。どのように、踏んでも構わぬ。それだけで、お前たちは、即刻、自由の身じゃ。"
踏み絵が、置かれる。
"五木島久保浦チョウキチ。"
"ただの絵ではないか。足をかけよ。早う。"
セバスチャンも、牢から見ている。
踏めない。
"次。"
"同じく、ハル。"
"お前は、どうじゃ。不毛な事は、やめい。さあ。"
"次。"
"同じく、トウベイ。"
"そっとでよい。さすれば、自由の身じゃ。さあ、踏んでしまえ。"
"次。"
"同じく、タカイチ。"
"どうじゃ。さあ、楽になるんじゃ。楽になるのじゃ。足をかけよ。足をかけるのじゃ。"
皆、踏めない。
"皆、牢に戻せ。そいつは、おいとけ。"
男が、1人、取り残される。
"祈りを聞いてくださり、感謝します。"
取り残された男が、斬り殺される。首が、転がり、牢から悲鳴が上がる。セバスチャンも、牢を叩く。
"これが、切支丹の行く道じゃ。だが、その道を歩まぬための手本を見せてやる。これへ。"
半裸のキチジローが呼ばれる。
"さ、そこへ足を下ろせ。造作もなかろう。確かに、こやつは、慣れておる。その行為が、いかに容易いか。とくと見ておれ。"
キチジローは、踏む。
"お辞儀するより、容易かろうが。散るよりも、容易い。さあ、行け。失せろ。見たか。あやつは、自分のすべき事をした。それだけの事だ。"
セバスチャンは、牢の隅にしゃがみ、頭を垂れ、泣く。
井上とセバスチャン。茶をすする。
"済まなかった。数日の間、無沙汰をした。パードレ。平戸に、所用があったのだ。折あれば、パードレも行かれるとよい。"
"美しい町だとか。"
"町を統治していた大名の面白い話がある。彼には、側室が4人いた。4人だ。4人とも、美しかった。だが、彼女たちは、I'm sorry. 禁欲の司祭に、このような話は、禁物だな。"
"お気になさらず、続けて。"
"大名の側室たちは、互いに妬み合い、争いが絶えなかった。そこで、大名は、4人とも城から追い出して、やっと平和が訪れたそうだ。この話に、学ぶところは?"
"Yes. 大名は、とても賢い人だ。"
"分かってくれて、嬉しい。大名は、日本と同じだ。4人の側室とは、イスパニア、ポルトガル、オランダ、イギリス。各々が、自分の利を求めて、画策し、遂に、家を滅ぼしてしまう。大名を賢いと思うなら、日本が、切支丹を禁じる理由が分かるだろう。"
"我々の教会は、一夫一婦制を教えている。"
"1人の夫に1人の妻という事です。"
"One wife. 日本は、4人の女性から、正妻を1人選んでは?"
"You mean ポルトガル。"
"No. 我々の教会です。"
"はははは。異国の女を選ぶ事など考えず、日本の女を妻にするのが、最上ではないか?"
"結婚において、国籍は問題ではない。大事なのは、愛です。愛と貞節です。"
"愛か。パードレ。世間には、『醜女の深情け』に辟易する男もいるのだ。"
"布教は、あなたにとって、ugly woman ですか?"
"Well yes."
"子宝に恵まれぬ女を、何と申した?"
"うまず女。"
"うまず女は、真の妻にはなれん。"
"教えが、実を結ばぬのは、教会のせいではない。夫婦を裂くように、教会と信徒を引き裂いた人々のせいだ。"
"You mean me? パードレ。お前たちは、日本を知らぬようだな。"
"奉行様。あなたも。キリスト教をご存知ない。"
"世の中の多くは、お前たちの宗教を、邪宗と考えているが、わしは違う。別の見方をしておる。だが、危険な事に変わりはない。"
井上は、よたよた立ち上がる。
"よく考えるがいい。醜女の深情けについてと石女が、妻になる資格はない事を。"

"パードレ。パードレ。助けて。助けてください。"
村人が、引っ立てられて行く。
"どこへ連れて行く?彼らをどこに?"
"来んかい。"
"パードレ。"
"今日は、よそへ行く。"
牢に、着物が投げ入れられる。セバスチャンは、小さなクロスを、着物に忍ばせる。
浜に連れてこられる。
"Sit down. あなたのためだ。Please."
"パードレ。今日の気分は?気持ちがいいだろう。"
通辞が言う。
"あなたの牢は、新普請だ。古い牢は、酷いものだった。風雨に晒されて。"
"済まない。井上様は、いつ、ここへ来る?"
"あの方は、来ない。会いたいか?"
"親切にしてくれる。食事も、日に3度。体が、心を裏切りそうだ。それが狙いで?待っている。"
"とんでもない。今日は、合わせたい人が来る。井上様の手配だ。間もなく現れる。同じポルトガル人だ。語り合う事も、多かろう。"
"フェレイラ師?"
村人に混じって、フランシスが、引き立てられて来る。
"思ったとおりか?あの男かね。"
セバスチャンは、前に踏み出し、役人たちに制される。
"彼と話したい。"
"焦らんでいい。まだ早い。時間はある。"
"私がいる事を、知っているのか?"
"それは、言えん。奉行所の事は、教えられない。だが、彼に話してある。あなたが、『棄教し、生きている』とな。あれ(菰)を、何に使うか、分かるか?"
"No."
村人が、簀巻きにされる。
"Look. あの役人は、ガルペに何と言っている?恐らく、『真のキリスト教徒なら、棄教すべきだ。彼らを死なせるな』と。"
"奉行様も約束している。『ガルペが棄教するなら、4人は助けようと。彼が、承知するといいが。"
簀巻きの女は、小舟に乗せられる。
"教えてやろう。あの信徒らは、既に奉行所で、踏み絵に足を掛けた。"
"ならばすぐに、彼らを放せ。信仰を捨てたなら、お願いだ。頼む。助けてやってくれ。"
"百姓4人など、どうでもいい。島々には、信徒の百姓が、まだ数百人いる。パードレたちを転がせ、彼らの手本にしたい。"
フランシスは、海に向かって叫ぶ。
"私を身代わりに、"
村民を乗せた小舟は、沖に出る。
"ガルペ。棄教しろ。主よ、我々に決めさせないでください。"
"私を、身代わりにしろ。"
簀巻きの村民が、海に放り投げられる。
"よせ。ガルペ。行くんじゃない。"
フランシスは、泳いで行く。
フランシスは、泳ぎ着くが、役人に、棒で沈められる。
"お願いだ。やめてくれ。"
フランシスの死体が浮かぶ。
"無残な最期だ。無残過ぎる。幾度見ても、嫌なものだ。お前らが、彼らに、苦しみを押し付けた。『キリスト教国 日本』という身勝手な夢で。デウスは、お前らを通じて、日本を罰している。ガルペは、まだ潔かった。だが、お前には、何の意志もない。司祭の名にも、値しない。"

"愚かだ、愚かだ。神は、答えはしない。神は、答えはしない。"
"お入りになってすか?"
"その内な。"
朝になる。
"パードレ。パードレ。"
"起きんか。起きんか。起きろ。出ろ。"
駕籠で運ばれる。
"Come along パードレ。"
"坊主は、パードレが嫌いだ。だが、ここで多くを学べる。"
寺に上げられる。
"どうした?線香か?肉の臭いか?日本に来てから、食べたか?私は、あの臭いが苦手だ。推量がついたか?誰に会うのか。井上様の命令だ。それに、先方の望みでもある。"
"先方?"
"天にまします父よ、御名の尊ばれん事を。"
穴の上に、逆さ吊りにされるパードレ。
"パードレ。お前が救える魂の事を思え。パードレ・フェレイラ。"
フェレイラの首は、地中に入り、首の周りは、板で覆われる。
僧に先導されて、フェレイラが現れる。
"神父。フェレイラ神父。諦めていました。あまりに長かった。何か、言ってください。"
"何を、このような時に、言えばいいのだ?"
"私を憐れむなら、何か言ってください。"
"長い事、ここに住んでいるのですか?"
"1年ほどになるかな。"
"ここは、何ですか?"
"A temple. ここで学んでいる。"
"私は、牢屋にいます。長崎のどこか、よく分かりませんが。"
"知っている。"
"あなたは、我が師。私の告解を聞き、教えた師。"
"今も同じ私だ。"
フェレイラの首を固定する板が、取り払われる。
井上が語り掛ける。
"言え。簡単な事だ。言うのだ。パードレ。同意すると、言うがいい。"
"降ろしてやれ。"
"私は、そんなに変わったか?"
"沢野殿は、毎日、天文学について書いておられる。井上様の命令だ。"
"この国には、豊かな知識がある。だが、医学と天文学は、まだまだだ。手伝えて、嬉しい。充実している。やっと、この国の役に立てて。"
"満足なのですか?"
"I said so."
"もう1冊の書物の事も。『顕偽録』と言って、キリスト教の不正を示し、デウスの教えに反証する。題名の意味が分かるか?教えてやれ。"
"意味は、『欺瞞の開示又は暴露』。より派手な表現だ。奉行様も、目を通し、良い出来だと、褒めてくれた。"
"真理だ。"
"真理を、毒のように扱う。"
"神父の言葉と思えん。"
"むごい。むご過ぎる。人の魂を歪めるなど、拷問より残酷だ。"
"自分の話をしろ。沢野忠庵ではなく。"
"Who?"
"彼だ。お前だけが、フェレイラと呼ぶ。彼は、今や沢野忠庵だ。平安を見出した者。彼に、導いて貰うがいい。仁慈の道を。我を捨てる事だ。人の心に、干渉してはならん。仏の道は、人に尽くす事。キリストもそうだろ。どちらも、変わりはない。一方に、引き入れなくともよいのだ。似ているのだからな。Go on."
"お前に、棄教を勧めろと言われた。これは、宙吊りの痕だ。縛られて、身動き取れない。逆さ吊りだ。穴を開けられる。血が、1滴ずつ滴り落ちて行く。頭に、血が溜まり、すぐ死ぬのを避けるためだ。"
"イエスを踏むがよい。"
フェレイラは、磔刑のイエスを踏み、泣き崩れる。
"お前は、この国で、最後の司祭だ。井上様は、穴吊りをやめてくださるぞ。話の分かる方だ。冷酷ではない。"
"私は、15年間、この国で布教した。お前より詳しい。我々の宗教は、この国に根付かない。"
"根が、切り取られたからです。"
"違う。この国は、沼地なのだ。苗を植えても、育たない。根が腐る。"
"葉を広げた時期もあります。"
"いつだ?"
"あなたが、来られた頃です。まだ、あなたが今のように..."
"変わり果てる前に?Listen. 日本人が、信じたのは歪んだ福音だ。我々の神など、信じてはいない。"
"何を言うのです。聖ザビエルの時代から、多くの改宗者が..."
"改宗者?"
"そう。改宗者たちです。"
"ザビエルは、神の御子を教えるため、神を、どう呼ぶのかを尋ねた。"
"答えは、『大日』だった。『大日』が、何か教えようか。見よ。あれが、『神の太陽』だ。神の独り子"太陽"だ。"
バー。
"聖書で、イエスは、3日目に甦る。だが、日本では、『神の太陽』は、毎日、昇る。彼らは、自然の内にしか神を見出せない。人間を超えるものは、ないのだ。キリスト教の神の概念を持てない。"
"違います。彼らは、我々の神や主を崇めています。デウスの名を。"
"彼らに理解できぬ神の名だ。"
"殉教者を見た。"
"私もだ。"
"デウスのため、信仰に燃えていた。"
"キリスト教の信仰を守り、死んだのではない。"
"彼らは、『無』のために死んだのではない。"
"そうとも。皆、お前のために死んだ。"
"主の顔を踏み付け、あなたは、何人救った?自分以外に。"
"I don't know. お前が救える数ほどじゃない。"
"自分の弱さの正当化か?神のご慈悲を、あなたに。"
"どっちの神だね?『山河は改む。』という。まだ、日本語が達者でないが。意味は、こうだ。『山河の形は、変われども、人の本性は、変わらぬ。』とても賢い考え方だ。我々は、人の本性を、日本で見いだしたのだよ。多分、それが、神を見つける事だ。"
"情けない。恥さらしだ、神父。いや、もう神父などと呼べない。"
"結構だ。今は、日本名がある。妻と子も。死刑にされた男から継いだ。"
フェレイラは、去る。
"How do you feel? 彼が示した仁慈の道を、行くがよい。"
"私を、穴吊りにしろ。"

牢に、大男が入って来る。
"お奉行が、お呼びたい。"
縄で縛られ、市中を引き回される。
"パードレ。彼らのために来たのに、憎まれるとは。"
"辱めは、私に勇気を与える。"
"今夜、必要になるぞ。善人のお前は、苦しみに耐えられん。他人の痛みにも。"
"井上様が、今夜、お前が棄教すると。フェレイラの時も言い当てた。お前も棄教する。"
"神よ。助けたまえ。イエスよ。助けたまえ。ゲッセマネで、イエスは、言われた。『私は、死ぬほどに哀しい。』あなたのために、血を流します。あなたのために、命を捧げます。あなたは、今、ここに?"
囚人たちのうめき声。
"パードレ。"
キチジロー。
"Forgive me. パードレ。告解のために、来たんです。Forgive me, パードレ。"
キチジローは、つまみ出される。
"お許しを。パードレ。"
"やめろ。やめてくれ。その音を止めろ。誰か、助けてくれ。"
"どうした?"
"私じゃない。向こうだ。誰かが、苦しんでいる。だが、番人は、野犬のように、いびきをかいている。"
"番人のいびきだと?信じられん。沢野。何の音か、教えてやれ。"
"番人でも、いびきでもない。信徒だよ。5人いる。穴吊りされている。壁の文字を見たか?『ラウダーテ・エウム』。『讃えよ。主よ。』。お前と同じく、この牢にいる時、石で彫ったのだ。"
"何も言うな。話しかける権利は、ない。"
"あるとも。お前は、私と同じだ。ゲッセマネのイエスに、自分を重ねている。穴の5人は、イエスのように苦しみながら、イエスに自分を重ねはしない。彼らを苦しませる権利は、あるのか?私も、ここで呻き声を聞き、意を決した。"
"弁解に過ぎない。悪魔のささやきだ。"
"彼らに何をしてやれる?祈りか?その見返りは?更なる苦しみだ。お前なら止められる神ではない。"
"消えてくれ。"
"私も、神に祈った。役に立たん。Go on. Pray. 祈るがいい。目を開けて、祈れ。"
セバスチャンは、穴吊りの現場を見せられる。
"彼らを救える。彼らは、助けを求め、お前は、神に祈る。神は、沈黙するが、お前は?"
"棄教していい。"
"棄教しろ。"
"棄教していい。転ぶんだ。転ぶ。"
"彼らは、もう幾度も転ぶと言った。だが、お前次第だ。お前が転ばぬ限り、救えない。『司祭は、キリストにならえ』と言う。キリストが、ここにいたら。キリストは、彼らを救うために棄教した筈だ。"
"キリストは、ここにいる。声が聞こえぬだけ。"
"お前の愛を見せろ。主が愛する人々を救え。教会の裁きより、もっと大切な事がある。今まで誰もしなかった最も辛い愛の行為をするのだ。"
踏み絵が置かれる。
"形だけだよ。ただの形式だ。"
踏み絵が語りかける。
"それでよい。It's all right. 踏みなさい。お前の痛みは、知っている。私は、人々の痛みを分かつため、この世に生まれ、十字架を背負ったのだ。お前の命は、私と共にある。Step."
足を掛け、地面にひれ伏す。
穴吊りの囚人たちは、責苦を解かれる。

和装のセバスチャンが、家屋の2階から、外を見下ろす。子供たちが、『転びのパウロ』とはやす。
"それは、1641年の事だった。初めての日本への航海で、私ことディーター・アルブレヒトは、大変、興味深い話を聞いたのだ。"
"基督教。"
セバスチャンとフェレイラは、輸入品に宗教用具がないか、チェックする。
"非基督教。"
"オランダ貿易会社の医師として、私は、世界を旅した。"
"基督教。"
"私が、日記に書いた驚くべき事のどれをとっても、棄教した司祭たちの物語ほど。"
"非基督教。"
"奇妙なものは、ない。"
"基督教。"
"私は、欧州の年代史家よりも、この国の謎に、近づく事ができた。"
"非基督教。"
"そして、背教司祭たちの生涯を知るに至った。奉行の井上は、人々の家を調べさせ、隠されたキリスト教の徴を捜し出した。"
"基督教。"
"この司祭の2人が、それらの品々を調べ、使用目的を確かめた。私は、実際、その場に立ち会った事もある。欧州では、オランダだけが、日本で貿易を許された。宗教的な品を、密輸していないか、すべての船が、捜索された。十字架や聖画や聖像。ロザリオなどは、禁制品だった。しかし、網を逃れて、日本に入って来る物もある。"
"基督教。"
"禁制の品を、またか。"
"日本人にとっては、キリスト教は、忌むべきものだった。"
"『我らを軽蔑する者を愛せ。』と教えられた。"
"私は、何も感じません。"
"心を裁けるのは、主だけだ。"
"『主』と言いましたね。"
"聞き違いだ。"
"沢野が死んだ後、もう1人の司祭が引き継ぎ、完璧に職務をこなした。この頃までに、彼は、かなり日本語を習得しており、彼なりに、平安を見出したようだった。"
井上が、切り出す。
"いい知らせがある。江戸で、ある男が死んだ。岡田三右衛門という。今後は、その男の名を名乗るといい。彼には、所帯があった。女房と息子だ。その女房をめとれ。男が、一人でいては、よい仕事はできん。言っておくが、生月や五島の島々では。No."
"いまだに切支丹と称する百姓が、多くいる。"
"どうだね?切支丹でいても構わん。お前には、満足だろうが、最早、根は、断たれておる。"
"沼地には、何も育たない。"
"いかにも。日本は、そういう国なのだ。お前たちが持ち込んだ宗教は、得体の知れぬものに、姿を変えたのだ。"
井上は、にじり寄る。
"お前は、私に負けたのではない。日本と申すこの沼に負けたのだ。歓迎する。"
"岡田三右衛門は、残りの人生を、江戸で過ごした。10年ほど後、私は、江戸を訪ねる許しを得た。日本人は、岡田について、噂し合った。井上奉行は、彼に、何度も棄教の証文を書かせた。噂では、背教司祭は、常に応じたと言う。躊躇せず。"
"奉行が、人を寄越したそうだが。揉め事が?"
キチジローが尋ねる。
"いや。新たに『転び証文』を書けと言って来ただけだ。棄教の誓いを、何度も書かされる。Thank you. ありがとうございます。"
"やめてくれんですか。"
"Being with me. 一緒にいてくれて、ありがとう。"
"パードレ。"
"No. I'm not. 違うのだ。背教司祭だ。"
"あなたは、最後の司祭。告解を聞いてくだされ。"
"いや、駄目だ。No I can't."
"俺は、今も苦しんでいる。あなたを裏切り、家族を裏切り、主も裏切った。お願いです。聞いてください。パードレ。"
"主よ。私は、あなたの沈黙と戦いました。"
"私は、お前と共に苦しんだ。沈黙していたのではない。"
"I know. "
"でも、たとえ神が沈黙していたとしても、今日、この日まで、私の人生はすべて、あの方について、語っていた。沈黙の中で、私は、あなたの声を聞いた。"
キチジローの頭に、額をつける。
"奉行は、信徒である事が、疑われる者すべてに、定期的な取調べを行った。岡田三右衛門も、例外ではなかった。井上は、布教の事実を、忘れさせまいとしている。それは、特に司祭本人に対して。"
女が、踏み絵を踏む。
"よし。次、岡田三右衛門。"
"よし。次、キチジロー。"
"よし。"
"待て。胸元の紐を調べろ。"
"1667年の事、召使であるキチジローのお守りから、聖画が書かれた札が見つかった。『賭けで勝った。』と彼は、答えた。『中は、見ていない。岡田三右衛門に貰ったものではない。見張りもいるのだから。』"
"連れて行け。"
"キチジローは、役人に連れ去られた。この日から、岡田三右衛門は、注意深く監視された。1682年、私の最後の旅で、岡田について尋ねると、誰もが、こう言った。『最後の司祭』は、2度と神を認めなかった。言葉でも、徴でも。神の名を口にせず、祈りも唱えなかった。死に、際しても、彼の信仰は、とうの昔に消え去っていた。役人3人が、彼の棺を見張り、運び出されるまで、監視していた。彼の妻だけが、遺体に触れられた。邪気を払うための守り刀を胸元に置いた。妻が泣いた様子は、なかった。"
棺桶が運び出される。
"遺体は、仏教の慣わしで、火葬された。そして、戒名も与えられた。ロドリゴと呼ばれた男は、彼らが望む最期を迎えた。私が、最初に会った時のように、背教者として。だが、彼の心については、神だけが知っている。"
遺体の手の内に、木彫りの十字架。
蝉の声。
"日本の信徒と司教者に捧ぐ〈神のより大いなる栄光のために〉"


準備

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