見出し画像

一人勝手に回顧シリーズ#マーティン・スコセッシ編(9)#エイジ・オブ・イノセンス/気高さとは

【映画のプロット】
▶︎ニューランド
NY1870年代
オペラ。
女優が、花を摘む。
白い花を襟に飾るニューランド(ダニエル・ディ・ルイス)。
同じテラス席の若い男が、オペラグラスで、劇場内を見渡す。テラス席の女性が目に入る。
"驚きだ。"
隣の年長の男に、オペラグラスを渡す。
"ミンゴット家のエレンが、姿を見せるとは。"
"しかも、オペラの席に。醜聞の主が現れるとは、いい度胸だ。"
"奔放極まる女性だ。"
"舞踏会にも来るかな?NY中に、噂が駆け抜ける。"
ニューランドは、席を立つ。向かいのテラス席を訪ねる。
"こんばんは。ウェランド夫人メイ。"
"ニューランド。姪のエレン・オレンスカ伯爵夫人よ。"
エレン(ミシェル・ファイファー)は、振り向き、手を差し出す。
"こんばんは。"
ニューランドは、そのままテラス席に座る。メイ(ウィノナ・ライダー)に声を掛ける。
"伯爵夫人に、話したかい?"
" What? "
"僕らの婚約だよ。皆んなに、知らせたい。今夜の舞踏会で発表する。"
"母に許しを得て。なぜ、早く発表したがるの?エレンには、あなたから話して。"
"昔、一緒に遊んだわね。子供の頃、この方たちとも。よくニッカーボッカを穿いて、駆け回ったものよ。"
ニューランドが、エレンのそばに座る。向かいの男たちが、興味深げに見る。
"あなたは、一度、ドアの陰で、私にキスしたわ。でも、私は、いとこのバンディが好きだったの。"
ニューランドは、笑う。
"あなたは、長く外国に。"
"ええ、何100年も。既に、死んで、埋められた女よ。"
ティンパニが、打ち鳴らされ、舞台の俳優が、女優に迫る。
"毎年、繰り返される行事がある。今年もまた。ボーフォート夫人は、夫を伴わずに、『ファウスト』の『宝石の歌』の直前に現れ、いつものように、第3幕の終わりに姿を消す。それを見て、NYは知る。30分後に、ボーフォート家恒例の舞踏会が、始まる事を。"
ボーフォート夫人が、劇場を出る。
"劇場の前で、紳士淑女を待つ馬車の群れ。この光景が物語るのは、米国人は、娯楽に飛び付くのも早いが、逃げ足も早い事だ。"
"ボーフォート邸は、NYでも数少ない舞踏会室のある屋敷だ。1年のうち、364日は、暗く閉ざされているが、この家の過去に、汚点があっても、それを補って余りある舞踏会室だ。ボーフォート夫人は、サウスカロライナの名門出身。夫のジュリアスは、英国人という触れ込みだ。放蕩者として、名をはせ、口は辛辣で、過去は、謎めいている。彼は、実業界でのし上がったが、人望は、極めて薄かった。"
ウインナーワルツに乗って、舞踏会に参加者が、入場。カップルが、腕を組み、ホール内を闊歩。
"ニューランド・アーチャーは、クラブには寄らず、ボーフォート邸にやって来た。彼は、騎士道精神を発揮。ここで、婚約発表を行い、社交界の目を、エレンからそらせようとした。屋敷は、大胆に設計されている。廊下から舞踏会室に入る一般の造りとは違い、お客は、まず幾つもの応接間を、厳かに進む。『深紅の間』に、足を踏み入れると、そこには、『春の訪れ』が飾られている。物議をかもしたブグロー作の裸婦画。当主ボーフォートの心憎い演出である。彼は、反骨精神の持ち主で、しきたりには、懐疑的だった。だが、表面上は、伝統や家族を尊重した。社交界は、落とし穴が多く、わずかな噂が、命取りになるからだ。"
ニューランドは、舞踏会室に至る。
"アーチャーは、社交界の華麗なる偽善を楽しみ、彼らに、嫉妬さえした。ラリー・レファツは、NYの『形式』の権威である。礼装用の靴に対する造詣は、誰より深かった。また女性を口説く手管は、天下に鳴り響いていた。『形式』のレファツに対して、シラトン・ジャクソンは、『家系』の権威である。エレンのヨーロッパでの悲しい結婚物語は、彼の好奇心をそそって止まなかった。社交界の水面下には、数多くの醜聞や秘密が、くすぶっている。ジャクソンは、その記録を、すべて頭に収めていた。この50年間たゆまず。ボーフォートは、行動力と才覚のある人物だ。自分の主催するパーティーに、何気なく現れ、いつの間にか、姿を消して、東30丁目の愛人宅に向かう。彼は、仕事でも、大胆だが、情事でも、このうえなく、豪放だった。ニューランドの婚約者は、汚れを知らない乙女。メイ・ウェランドは、社交界の珠玉の名花で、ニューランドの心の慰めだった。
ニューランドとメイが、落ち合う。
"お友達に、話したわ。"
"もっと早く、婚約発表したかった。"
"2人切りね。"
"君に、キスしたくて堪らないが、人前では。I can't. "
2人は、ダンスフロアの裏の通路のベンチに腰掛ける。
"エレンに、婚約の話は?"
"まだ機会がなくて。"
"いとこのエレンに、早く知らせないと。彼女は、無視されたと思うわ。"
"知らせたいが、まだ来ていない。"
"急に来なくなったの。"
"急に?"
"ドレスが気に入らなくて。よく似合っているのに、本人は不満で。"
"残念だ。"

青い宝石の指輪。
"とても綺麗。新しいデザインね。私が、若い時は、カメオや真珠だったのに。でも、指輪を引き立てるのは、手ですよ。"
"流行のシンプルな指輪は、古い人間には、地味では?"
"私への当てつけ?新しいものは、大好きよ。昔、パリで、ロシェに手の彫刻を作らせたわ。Show me child. "
メイたちが、手を差し出す。
"まあ、ごつごつした手。スポーツで、関節が太くなって。Skin is white. 挙式はいつ?"
ニューランドに尋ねる。
"お力添えくだされば、すぐにでも。"
"お互いに知る時間が、必要ですわ。"
" know each other? NYの社交界は、皆、知り合いよ。四旬節の前に、愛が冷めないうちに、結婚を。私が、結婚式の朝食会を開いてあげるわ。"
"ご親切に。"
"ミンゴット老夫人が、メイの祖母でなかったとしても、婚約の挨拶を受けただろう。彼女は、社交界の女家長であり、皇太后のような存在だった。上流階級の大半と、血縁で、NYに顔が広かった。茶褐色の石造りの家が規範だった時代に、彼女は、クリーム色の大邸宅で、厳かに暮らしていた。セントラル・パークに近い荒涼とした一角で、老夫人は、長年の肥満のために、階段が上がれなかった。そこで、夫人は、意を決し、屋敷の1階に陣取る事にした。お陰で、夫人の居間から、寝室が丸見えだった。訪問客は、この見慣れぬ眺めに引かれ、フランス小説の情景を思い出した。女とその愛人が繰り広げる寝間の物語を。老夫人が、愛人を望めば、必ず手に入れただろう。しかし、ここでの暮らしや、訪問客がやって来る生活に満足し、ニューランド・アーチャーと孫娘の結婚を、今や遅しと待っていた。この結婚によって、NYの2大名家が、遂に結ばれるのだ。"
メイたちは辞去する。入れ替わりに、エレンとボーフォート男爵がやって来る。
"ボーフォート。珍しい事。"
"ご無沙汰しています。エレンに会ったので、ここまでエスコートを。"
"エレンがいれば、楽しくなるわ。そこにかけて。"
"ここに?"
ニューランドが、エレンに話しかける。
"あなたに、婚約の報告をしそびれて、メイに叱られた。"
"ご婚約おめでとう。人前じゃ、言いにくい筈よ。"
" Careful dad. 指輪が引っかかるわ。"
" Good bye. "
" Good bye. "
エレンは、ニューランドに握手を求める。 
" Come to see me, some day. "
"エレンとボーフォートが、連れ立って歩くなんて。真っ昼間に。不謹慎だわ。彼は、女たらしで、アニーという愛人もいるのよ。"

"ジャクソンが、アーチャー邸を訪れる目的は、ゴシップの披露だ。ニューランドの母親と姉は、内気で、社交界では地味な存在だが、噂を一部始終、知らなくては気がすまなかった。"
"ボーフォートは、無骨な男だ。"
"おっしゃるとおり。品のない男だわ。"
"しかし、事業家としての手腕は、高く買われている。"
"私の祖父が、よく言ったものよ。ボーフォートに、若い娘は紹介するなって。"
"アーチャー家とミンゴット家は、NYの枝分かれした家系の2本柱だ。ミンゴット家は、メイ的な伝統主義を愛し、エレン的な自由主義にも寛大だった。だが、アーチャー一家は、『格式』一辺倒。母も姉も、ニューランドに信頼を寄せ、メイの母親に、こう公言した。『彼は、頼れる家長です。』"
"舞踏会にエレンは?"
"ミンゴット家が、強い団結心で、エレンをオペラに連れて来るのは、結構よ。でも、私の息子の婚約が、エレンの出現で、かき乱されるのは、迷惑だわ。''
"舞踏会には、来なかった。"
"それくらいの分別は、あるのね。"
"午後は、丸い帽子を被るのかしら。地味な服で、オペラに。"
"舞踏会に来なくてよかった。"
"ドレスが気に入らなくて、来なかったんです。"
" Poble エレン。両親から、変な教育を受けたせいよ。黒いサテンを着て、社交界にデビューしたわ。"
"伯爵と結婚しても、名前は、陳腐なエレンのまま。私なら、エレインに。"
" Why? "
"さぁ、何となくポーランド風じゃない?"
"エレンが目立つのは、感心しないわ。"
"なぜ、目立っては、いけないんです?不幸な結婚を恥じて、身を隠せと?罪人扱いするんですか?結婚に失敗しただけだ。"
"実家と同じ考えですな。"
"言われなくても、分かっています。"
"エレンは、家を探しているとか。NYに住むのね。"
"離婚するそうよ。"
"そうすべきだ。"  
ジャクソンとニューランド。
"惨めな結婚生活だったらしい。だが、あらぬ噂も。"
"男性秘書の話?"
2人は、葉巻を切り、火をつける。
"彼が、別居の手引きを。エレンは、囚われの身も同然。伯爵も、なかなかアクの強い男だ。"
"面識が?"
"ニースで、噂を聞いた。ハンサムらしいが、まつ毛の長い優男とか。愛人に血道を上げ、陶器の収集も。女と陶器には、目がない。"
"酷い話だ。誰だって、秘書のように、エレンを助ける。"
"彼は、救っただけでなく、ローザンヌで、一緒に暮らしていた。"
" Living together? 夫は、娼婦と戯れているのに。エレンが、人生をやり直すのが、罪だと?"
"問題は、彼女が、NYにいるという事だ。女性は、男性と同じように、自由にあるべきだと?"
"勿論、そう思います。"
"伯爵も、女性解放論者らしい。妻を放ったまま、取り戻さん。"

"その3日後に、事件が起きた。ミンゴット夫人が、友人たちに、晩餐会の招待状を出したのだ。これには、入念な準備を要した。名食器の数々。給仕係を3名追加。各コース2品の料理とローマ風パンチ酒。招待状には、こう記されていた。『オレンスカ伯爵夫人を迎えて』。しかし、NYは、拒絶した。"
"『残念ながら伺えません。』身内さえ、こんな返事を。あんまりだわ。誰もが、エレンへの反感をむき出しに。"
"上流社会は、象徴主義の世界。決して、本心は、語る言葉なく、独善的なほのめかしで、表現される。この暗示は、露骨で、予想外の効果を生む。招待への拒否は、エレンへの無言の攻撃だった。最後の手段として、彼は、ヴァン・デル・ライデンに訴えた。"
"パーティーのボイコットは、意図的な妨害だと言うんだな。"
"元凶は、レファツです。"
"ライデン氏は、上流社会に君臨する長老で、俗世を超越した人格者だった。ニューランドは、この洗練された裁き手に、救いを求めた。あくまで率直に。"
"レファツは、奥さんに浮気を疑われる度、自分は、道徳的な人間だと、騒ぎ立てます。"
"なるほど、エレンを攻撃する訳だ。だが、ミンゴット夫人は、エレンを支持している。世間も認めるべきだ。"
"世間は、冷酷です。どうかお力添えを。"
"私のいとこのオーストリ公爵が、ヨーロッパから来る。歓迎の晩餐会を開く予定だ。妻のルイザが、賛成してくれれば、オレンスカ伯爵夫人を、是非、ご招待しよう。"
"この厳粛な催しに、エレンは、遅れて、到着した。だが、遅刻の重大さを、まったく意に介せず、慌てふためく様子もなかった。広間には、はえ抜きの名士が、きら星のごとく、集っていた。"
"伯爵夫人。"
ライデンが出迎える。
"セント・オーストリ公爵です。"
"ジョージ2世の銀器が出された。東インド会社から運ばれたローストフトの皿、クラウンダービーの食器も。ライデン夫妻の晩餐会は、壮麗を極めた。更に、いとこの公爵が、同席して、宗教的な厳粛さを帯びた。当家の料理は、上流社会の手本だった。"
"女性が立ち上がって、ほかの紳士の所に行くのは、NYの作法に反している。だが、エレンは、このルールを無視した。"
エレンが、ニューランドの隣に腰掛ける。
"メイの話を聞かせて。"
"公爵と面識は?"
"ニースで。ギャンブル好きで、よく、うちに遊びに来たわ。ツキを呼ぶために、毎晩、同じスーツを着て。でも、退屈な人よ。NYでは、人気者だけれど。私が、NYで、強く感じたのは、ヨーロッパの古びた伝統を真似る事よ。新しい米国が模倣するのは、馬鹿げているわ。コロンブスが生きていたら。レファツとオペラに行ったかしら。"
2人は、笑う。
"毒気に当てられて、新大陸には航海しなかった。"
"メイも同じ考え?"
"自分の考えは、言わない。"
"メイを、心から、愛している?"
"愛し得る限り。"
"限界はある?"
"まだ見えない。"
" Real romance ね。家が決めた結婚では?"
"米国では、家のためには、結婚しません。"
"そうね。ごめんなさい。つい、うっかりして。ヨーロッパでは、許されない事が、ここでは許されるのを忘れてしまって。"
" I'm so sorry. "
" No. "
"あなたには、友人が、沢山いる。"
"だから、帰国したのよ。"
"メイの所へ。"
"僕の恋敵に、取り囲まれている。"
"じゃ、もう少し、私のそばに。"
" Yes. "

"タゴネットさん。オレンスカ伯爵夫人です。"
" How do you do? "
" How do you do? "
"明日の午後5時にいらして。"
" Tomorrow. 失礼。"
ニューランドに、ライデン夫人が近づく。
"あなたに心から感謝するわ。伯爵夫人のお相手をしてくださって。主人とあなたを助けに行こうと。今夜のメイは、格別に綺麗。公爵が、ここで一番だと誉めていたわ。"

ニューランドは、エレンの住まいで、絵画を眺める。窓から、エレンが、馬車に乗り、帰宅したのが、見える。ボーフォートと親しく会話している。
"アーチャー。いかが?私のあばら屋のご感想は?私には、天国よ。"
"趣味のいい内装だ。"
"ヨーロッパから、運ばせた物もあるの。結婚の残骸よ。ライデン邸ほど、陰気じゃないし、独りで、落ち着けるわ。"
"僕も、あの家は、陰気だと思っていたが、公言した者は、いない。独りが、好きなんですか?"
"寂しさを感じない限り。あなたは、隅っこが好きなの?かけて。"
" Thank you. "
"一番好きな時間だわ。あなたは?"
"約束をお忘れかと。ボーフォートは、魅力的ですからね。"
"家探しをしてくれたの。引っ越すのよ。この界隈は、上品だけれど。"
"でも、一流じゃない。"
"一流?そんな事が、それほど重要?"
"それにしがみつく者には。"
"私は、奔放過ぎるのね。いたわられて、安心して、暮らしたいのに。"
"ライデン夫妻は、味方です。昨夜は、NY中が、あなたに跪いた。"
"素敵なパーティーだったわ。Creme or lemon? "
" Lemon please. ライデン夫妻は、社交界に、絶大な影響力がある。あまり、パーティーには、出ないが。"
"だからよ。"
"何が?"
"だから、影響力を発揮できるのよ。これからも、色々教えて。"
"僕こそ、教わりたい。"
エレンは、銀のタバコ入れのタバコを差し出す。
"助け合いましょう。私には、助けが必要なの。"
"味方は、大勢います。あなたの周りに。"
"私が、独りで住んでいるので、祖母たちは、怒っているわ。"
"でも、ご家族は、頼りになります。"
"NYは、迷宮なの?5番街のように、真っ直ぐだと思っていたのに。道には番号、商品にはラベルが貼ってあるわ。"
"物には貼ってあるが、人には貼れない。"
"私の案内役になって。"
"年配のご夫人方が、助けてくれる。"
"不愉快な噂を、耳にしなければね。NYでは、誰も真実を知ろうとしないの?うわべは親切でも、冷たい人ばかり。皆んな、偽善者よ。"
"泣かないで。オレンスカ夫人。エレン。"
"NYでは、誰も泣く人がいないの?"

"アーチャー様。Good evening. "
ニューランドは、花屋に寄る。
"メイ・ウェランド様に、いつもどおり、お花を?"
"スズランを、毎日、届けてくれ。"
"それに、黄色いバラを別の住所宛に。"
"オレンスカ伯爵夫人へ。"
メッセージカードを認める。
"ジョージ。アーチャー様の花を、2つ届けろ。"
"すぐに。"
"はい。"
エレンは、バラを生け、微笑む。
"毎朝、スズランの香りで目覚めるのは、最高よ。"
"つい、時間を忘れて、注文するのが、遅れた。"
"でも、覚えていたのね。"
"エレンにも、バラを贈った。"
"そう?エレンは、何も言ってなかったわ。ボーフォート氏から、蘭が届いたって。ライデン氏からは、カーネーション。喜んでいたわ。ヨーロッパでは、花を贈らないの?"
2人は、花鳥園のベンチに腰を下ろす。
"婚約期間が長いと?"
" Very long. "
"でも、チヴァス夫妻は1年半。レファツ夫妻は2年よ。母は、習わしだと言うの。"
"従う必要はない。もう22歳だろ。母親に言ってご覧。"
"母の言付けには、背けないわ。"
"僕たちの人生だ。"
"駆け落ちする?"
"君がその気なら。"
"あなたに愛されて、幸せ。"
"もっと幸せにするよ。"
"今でも、幸せ過ぎるわ。エレンに指輪を見せたら、とても綺麗だって。パリにもないそうよ。愛しているわ。あなたは、special. "

"君に、少し厄介な問題を相談したい。伯爵夫人は、離婚を望んでいる。本人は否定しているが、再婚する気らしい。"
"私は、エレンのいとこと婚約中です。法律事務所のほかの弁護士に相談を。"
"君の立場は分かるが、ミンゴット家が、じきじきにご指名だ。考えてくれんか。"
"一族の問題は、彼ら自身で解決すべきです。"
"ミンゴット家では、家族全員が、離婚に反対している。だが、夫人は、法的手段に訴える積もりだ。しかし、離婚してどうなる?夫人は米国。伯爵はあちら。大西洋が横たわっている。伯爵は寛大だ。要求される前に、財産の一部を、夫人に渡してある。それ以上は、取れん。金には、まったく執着がない。それを考えると、家族の意見に従うのが、一番だ。現状のままに。"
"夫人が決めるべきです。"
"もし、離婚を選択したら、どうなると思う?"
"夫人がどうなるか?"
" For everyone. "
"伯爵夫人が、離婚を望むのは、当然です。"
"だが、噂になる。"
"男性秘書との噂は、知っています。"
"気の重い仕事依頼だ。"
" Unplesant? "
" Divorce is unplesant. "
" Naturally. "
"では、頼む。一家も、頼りにしている。離婚を思いとどませろ。"
" I can't promise that. 夫人と話してみないと。"
"分からん男だ。メイの実家が、離婚騒動になって、いいのか?"
"それと、私の結婚は、関係ありません。これを伯爵夫人に。"
メッセージを認めたカードを渡す。
"至急、お会いしたい。"

"ライデン氏の招待だ。"
"断ったら?"
"彼の別荘で、過ごすべきだ。"
"気が進まないわ。"
"3日間、別荘で過ごすので、毛皮をお忘れなく。"
"寒いの?"
"奥方が、冷たい。日曜に、『デルモニコ』で。あなたのために、夕食会を開く。個室を予約して、芸術家も呼ぶ。"
"NYで、芸術家に会うのは、初めて。"
"画家もお連れしましょうか?"  
ニューランドが言う。
"NYに画家がいるのかね?"
"ご親切に。芸術家と聞いて、歌手や音楽家や俳優かと。夫の家に、よく出入りしていたの。夕食会のお返事は、明日でいいかしら?"
"今日では?"
"アーチャーさんと、大事な話があるの。"
"ニューランド。エレンを説得してくれたら、君も来ていい。"
先客は、去る。
"画家とは、懇意にされてるの?"
"それほどでも。"
"絵に興味が?"
"ヨーロッパで、美術館を梯子しました。大ファンです。"
"私も、絵が好きよ。芸術に囲まれて、生活していたわ。でも、すべて捨てて、american になろうと、努力しているのよ。"
"あなたには、なり切れません。"
"言わないで。もう過去は、捨てたのよ。"
"レダブレア弁護士から、聞きました。"
"レダブレア?"
"彼の法律事務所で働いています。"
"離婚を担当してくださるの?心強いわ。"
"それで、お訪ねしました。書類も、読みました。それに、伯爵の手紙も。"
"中傷の手紙ね。"
"伯爵と、裁判で争う事になれば...世間に知れ渡って、あなたが傷付きます。If. "
" If? "
"中傷が、事実無根でも。"
"私に、災難が降りかかると?"
"轟々たる非難が、巻き起こる。法律上は離婚できても、社会が許さない。"
" Never? "
"女性が、不相応な服装をしたり、大胆に振る舞うだけで、非難されます。たとえ、その振る舞いが、卑劣な中傷への反撃であっても。"
"身内にも言われたわ。"
"もうじき、私のいとこね。だから、同じ考え?"
ニューランドは、立ち上がる。
"醜聞を撒き散らして、何が得られると?"
" Freedom. "
"今でも自由だ。"
"友人やご両親は、離婚に反対です。それを伝えるのが、僕の役目です。どうか、その事情を汲んでください。"
"あなたの使命ね。"
"分かりました。離婚は、よすわ。"
"あなたのお力に。"
"十分、なっているわ。Good night. "
ニューランドは、黙って去る。

"愛しい人。泣かないで。僕を忘れてくれ。"
"お願いが。"
"君の願いとあらば。"
"愛という言葉を、口にしないで。"
" Never. "
"君に誓う。"
男が、女の後ろ髪を取り、キスする。
" Heaven bless you. "
"さようなら。"
観劇しているニューランドは、ため息をつく。
女がさめざめと泣き、幕が降りる。テラス席のエレンたちが、手招きする。
"素晴らしい。毎年、観客は、同じシーンで感涙にむせぶ。そうだろ?"
"ロンドン公演よりもいい。"
"僕は、旅先じゃ、芝居には見向きもしないね。"
"夕食会?"
"ストラザーズ邸で、レセプションがありました。客が、シャンパンに酔って、テーブルの上で踊り出した。"
"乱痴気騒ぎね。"
"エネルギーの発散ですよ。"
エレンが言う。
"主人公は、黄色いバラを、恋人に贈るかしら?"
"僕も、それを考えていた。別れのシーンを。"
"分かるわ。私も、心打たれて。"
"僕は、いつも感動が消えないうちに、劇場を去る。"
"フロリダのメイから、手紙が来たわ。"
"母親の保養を兼ねて、あちらで冬を過ごす。"
"その間、あなたは?"
" I do my work. "
"あなたのご忠告どおりにして、よかったわ。人生は、あまりに辛いけれど、感謝しているわ。"
エレンは、オペラグラスをかざす。
"翌日、ニューランドは、黄色いバラを探したが、無駄だった。彼は、エレンに手紙を送り、午後に訪問する許しを求めた。しかし、翌日になっても、返事はなかった。黄色いバラは見つかったが、店を通り過ぎた。3日後に、エレンから手紙が届いた。ライデンの別荘から。『劇場でお遭いした翌日、私は、逃げて来ました。親切な友人の別荘に。静かに、考え直したくて。ここは、安全です。あなたとご一緒できれば、いいのに。Yours sincerely. 』週末、レファツの別荘に、招待されていた。急いで、返事を書いた。2つの別荘は、そう遠くなかった。"
ニューランドは、雪の積もった別荘地で、エレンに会う。
"様子を見に来ました。"
"いらしたのね。"
"あなたに会いに。"
"メイに頼まれたのね。"
"僕の意思で。"
" Why? 私が無力で、無防備だから?米国の女性は、そうじゃないわね。"
"何がです?"
"あなたには、通じないのね。"
"地主館を使わせて貰っているの。"
館で、暖をとる。
"不幸だから、手紙を?"
"あなたがいらして、幸せよ。"
"長くいられない。"
" I know. "
"エレン。僕に、来てほしいと思うなら、もし僕が支えなら、何から逃げたのです?"
エレンは、背中を向け、立っているニューランドを背後から包む。ニューランドが振り向く。エレンは、椅子に腰掛けている。
ニューランドは、窓から、男がやって来るのを認め、苦笑する。エレンは、ニューランドの手に、指を絡ませる。
"彼から逃避を?密会かな。"
"彼が来るなんて。"
ニューランドは、扉を開ける。
"ボーフォート。夫人がお待ちかねだ。"
" Hello. "
"捜すのに、一苦労しました。"
"いい家を見つけたので、お知らせに。" 
" Ah. "
"すぐ購入されるべきです。"
"アーチャー。休暇かね?"
"その夜、ロンドンから届いた本を見ても、心は、休まらなかった。日常生活は、砂を噛むように味気なく、自分は、未来永劫、生き埋めの人生を送るような気がした。"
"明日いらして。事情をお話しします。エレン"
ニューランドは、エレンの手紙を丸める。
翌日。ニューランドは、メイの別荘を訪ねる。庭園で、本を読むメイ。
"ニューランド。Something happend? "
"顔が見たくて。どうした?"
" Nothing. "
"毎日、どうしている?"
" Well. 保養に来た人たちが、ピクニックするのを眺めているわ。テニスコートを作るの。皆んな、あまりテニスを知らなくて。ラケットを持っているのは、私とケイトだけ。"
メイは、話し続けるが、ニューランドは、うわのそら。
"僕が来たのは、そんな社交を、やめさせられるためだ。早く結婚しよう。君を妻にしたいんだ。後1年、待つ事はない。"
"もしかして、私への気持ちがぐらついたの?"
"何を言う?"
" Someone else? "
" Someone else? Between me? "
"はっきり言うわ。あなたは、変わったような気がするの。"
"馬鹿な。"
"もし、事実なら、話し合うべきよ。誰でも、過ちは、犯すわ。"  
"そんな男が、早く結婚したいと言うかな?"
"あり得るわ。結婚は、一つの解決法ですもの。2年前、ニューポートで、婚約前の話だけど、女性の噂を聞いたわ。あなたが、舞踏会で、その人といるのを見たの。彼女の悲しそうな顔を見て、気の毒になったわ。婚約した時、それを思い出したの。"
"そんな事を考えていたのか?Long past. "
"じゃ、someone else? "
" No. Ofcourse not. "
"他人を不幸にして、幸せにはなりたくないの。あなたが、結婚する約束をしたなら、私を捨てて、その人と結婚してあげて。"
"君が思っているような交際や約束はない。僕らの結婚に、何の支障もないよ。だから、挙式を早めよう。一日も早く。"
ニューランドは、メイを抱く。
"彼は、メイが元どおりの控え目な娘に戻り、すっかり安心したと思った。彼は、ほっとした。感受性豊かなメイが、まだ気付いていない事に。"

ミンゴット夫人とニューランド。
"お母様は納得?"
" No. 4月の結婚に、お力添えを。"
"我が一族は、手強いからね。" 
" It's really difficult? "
"ミンゴット家は、ほかと違う事を嫌うのよ。エレンの両親で懲りたからね。娘を連れて、ヨーロッパ各地を豪遊する人生。エレンの教育に、莫大なお金を注ぎ込んで。一族で、私に似ているのは、可愛いエレンだけ。あなたとなら、いい結婚ができたのに。" 
"エレンは、米国にいなかった。"
"そうね。ニュースが。伯爵が、法律事務所に、手紙を出したの。エレンの条件を呑んで、復縁したいと。伯爵が、折れてくださったのよ。エレンが、米国にいれば、失う物は、多いわ。あちらに帰れば、贅沢な宝石や音楽や会話が待っている。欧州では、無名だと謙遜するけど、肖像画を9枚も描かせているのよ。何よりも伯爵が、反省されているわ。"
"復縁は、死です。"
"そう?でも、法律上、エレンは、伯爵夫人ですよ。"
"エレン。お客様よ。"
" Yes. I know. あなたの居所を、お母様に伺ったの。手紙の返事がないので、お病気かと心配したわ。"
"早く結婚したくて、ここに駆け付けたのよ。メイの両親を、うまく説得してくれって。"
"お婆様、私たちで説得してあげましょうよ。"
"ほらね。私とそっくりでしょ?結婚すればいいのに。"
"それで、彼は何て?"
"エレン。自分で聞いてご覧。"
"そろそろ失礼します。また近いうちに。"
"お見送りを。"
ニューランドは、声を潜めて言う。
"いつ会える?"

ニューランドが、エレンの住まいを訪ねる。
赤いバラが、山盛り生けられている。
"ストラザーズ家の馬車が、迎えに来るわ。"
" Good evening. こんな花束をよこす変人は、どこの誰?ナスターシア。"
"ボーフォートより"
"気が知れないわ。お隣の家に、差し上げて。"
" Well 祖母の話す事には、真実もあれば、うそもあるわ。祖母は、あなたに何を話したの?"
"あなたが、伯爵の元に帰ると。老夫人は、そう信じている。"
"勝手な噂が、飛び交っているのね。それは、私の考えじゃなく、祖母の意見だわ。あなたの結婚もあるし、丸く収めたいのよ。"
"メイと率直に、話し合った。はじめての事だ。メイは、長い婚約期間を望んでいる。"
"どうして?"
"僕が、早く結婚したがるのは、愛する女性を忘れるためだと思っている。"
"メイは、身を引く気?"
"僕が望めば。"
"高貴ね。"
" Yes. 馬鹿げている。"
" Why? 恋人なんか、いないから?"
" No. 僕が結婚したい女性は、1人だけだ。"
"その人は、あなたを愛している?"
"世間の浮気とは、訳が違う。馬車が来た。"
"そうね。そろそろ出掛けなければ。"
"ストラザーズ邸に?"
"ええ。寂しさを紛らわすために。一緒にいかが?"
"メイ、guess true. 女性がいると。誰かは知らない。"
ニューランドは、エレンの手に触れる。
"誘惑なさらないで。"
"誘惑できれば、あなたと結婚していた。"
"あなたが、不可能に。"
"僕が。"
"離婚するなと。この部屋で言ったわ。犠牲になれ。醜聞を広げるなと。だから、諦めたのよ。"
"あなたも、男性秘書と過ちを。"
"夫の手紙は、出鱈目だわ。身を引いたのは、一族とあなたとメイのためよ。" 
エレンは、顔を覆い、泣く。
"まだ、まだ手遅れじゃない。僕は、独身だ。離婚してくれ。お願いだ。" 
2人は、唇を求め合う。エレンは、正気に戻り、身を離す。
"僕が、メイと結婚していいのか?"
"メイに告白できる?"
"するさ。それしかない。"
"簡単にそう言うのは、本気じゃないからよ。"
" I don't understand. "
"あなたは、親切心から、私の状況を変えた。それも分かっていないわ。"
"僕が?"
"NYで、歓迎されない私のために、ライデン氏に掛け合って、お膳立てを。舞踏会で婚約発表。両家の人々を集めてくださったわ。私は、自分の悪評すら知らなかった。祖母が、口を滑らせるまで。本当に愚かだったわ。NYは、自由の象徴。私が、会う人々は、一見、親切だったけれど、因習に縛られた人々だった。でも、あなたは違っていた。それが分かったの。"
ニューランドは、エレンのドレスの裾に、顔を付ける。
"何にも勝る宝だわ。あなたも、辛い立場にいるのね。やっぱり、あなたは、メイと結婚すべきよ。私は、身を引きます。" 
ニューランドは、エレンの膝に顔を持たせかけ、エレンは、上から、抱擁する。
"愛しているから、諦めるのよ。"

エレンに、メイのメッセージカードが渡され、目を通して、ニューランドに渡る。
"お婆様の説得で、母が、早い結婚に同意したわ。ニューランドにも知らせるわ。言葉にならないほど、幸せ。いとこのメイより"
ニューランドは、カードを握り潰す。

"ミンゴット老夫人が、結婚式に出るという途方もない噂が流れた。"
メイが、ウエディングドレスの写真を撮影する。
"夫人は、自分の体が納まるかどうか、座席の幅を測らせた。しかし、無理と知って、出席を諦め、結婚の朝食会を開く事とした。エレンは、おばと旅行中のため、参列せず、新郎新婦に、極上のレースを贈った。新郎のおばは、新婚旅行にコテージを提供した。田舎に滞在するのは、英国的な流儀なので、2人は招待を受けた。ところが、この家で、水漏れが発生。ライデン氏は、これを聞いて、彼の地主館を提供してくれた。メイは、意外にも、申出を受け入れた。彼女は、地主館の事を、エレンから聞いていた。それは、米国で唯一、エレンが幸せを感じる家だった。その後、メイは、夫とヨーロッパを回った。彼は、ロンドンで服をあつらえ、妻と、ナショナル・ギャラリーや劇場に出掛けた。"
"ロンドンの夕食会では、何を着れば、いいの?"
"英国女性だって、特別な格好じゃない。" 
"劇場に行く時は、フォーマルなドレスだわ。"
"きっと、家では、普通さ。"
"私は?"
"とても素敵だよ。本当に綺麗だ。"
"メイは、パリでドレスを注文。トランクが、一杯になった。チュイルリー庭園も訪れた。メイは、『ロシェ』工房で、手の彫刻を作らせた。2人は、夕食会にも出掛けた。"
"モーパッサンから、小説の手解きを?"
" Oh yeah. もう書くなと、忠告されました。"
"新婚生活に入り、アーチャーは、古い結婚観に逆戻りした。それは、伝統に則した考え方で、自由の自覚を持たない妻を、解放しても、無駄だと悟った。"
"ロンドンで、ナショナル・ギャラリーへ。カーフリー夫人にお世話になって..."
帰りの馬車。
"リビエール氏と、文学談義が盛り上がった。ほかの話題も。夕食に招きたい。"
"あのフランス人?"
" Yes. "
"直接、話さなかったけれど、common だわ。"
" Common? 優秀な男だ。"
"私には、そう見えなかったわ。"
"では、招くのはよそう。"
"彼は、背筋が、寒くなる気がした。将来、こうやって、物事が解決されていくのだろう。結婚生活は、最初の半年が、一番難しい。それが過ぎると、お互いに、角が取れてくるものだ。しかし、彼が守ろうとする信念に、メイの圧力が、のしかかって来た。彼は、鉄の意志で、エレンへの狂おしい想いを諦め、これを試練として受け入れた。こうしてエレンは、想い出となり、最も悲しげで、痛ましい亡霊と化した。"

ニューポート・アーチェリー・クラブ
メイが、競技に、選手として、参加する。
"お見事。"
"人のheart は、射抜けないさ。" 
"メイの勝利を、嫉妬する者は、いない。負けても、笑顔を見せる温和な人柄ゆえだ。だが、メイの上品な物腰が、仮の姿ならば?空虚さを隠すカーテンならば?彼は、そのカーテンを開けた事は、なかった。"
"まあ、綺麗だこと。ボーフォートが寄付した賞品のピンね。あの男らしいわ。それを家宝にして、娘に残してあげなさい。娘は産まない積もり?子供は、男の子だけ?赤くなって。エレン。You are  upstairs? ポーツマスから、1日だけ来ているのよ。ここで、夏を過ごせばいいのに。よそに滞在して、ブレンカー家に。反対するのは、もう諦めたわ。エレン。"
"エレン様は、いらっしゃいません。"
"帰ったの?"
"海岸の方へ。"
"走って、捕まえて来ておくれ。ボーフォートの噂話でもしているわ。エレンも、あなたに会えば、喜ぶわ。彼が、ダイヤの腕輪を愛人に贈ったの。"
ニューランドは、海岸に向かう。
"ニューポートに連れて来るって。"
"この1年半の間、エレンの名は、しばしば聞いていた。彼女の生活上の出来事さえ、知っていた。彼は、故人の思い出話を聞くように、エレンの噂を、冷静な気持ちで、聞いた。だが、今、再び、過去が蘇った。トスカーナ地方で発見された洞窟で、子供たちが、藁に火をつけ、壁にゆらめく古代の絵を眺めた時のように。"
エレンは、突堤の先に立っている。
"彼は、一つの賭けをした。船が、灯台を通り過ぎる前に、彼女が振り向けば、声を掛けようと。"
船が、灯台に掛かる。そして、通り過ぎ、エレンは振り向かない。

"エレンは、変わったんですって。"
" change? "
"お友達に、素っ気なくなったみたい。私たちを見限って、ワシントンに移ったわ。伯爵と一緒の方が、幸せかもね。"
"残酷な事を言うね。"
"残酷?"
"地獄に堕ちた方が、幸せだと?"
"外国で、結婚した罰よ。"
"僕が。"
馬車は出る。

メイの家の朝食。
"ブレンカー家のためのパーティー?"
"誰の事?"
"エレンが、滞在していた一家よ。"
"『シラトン教授夫妻は、水曜日の午後3時より、ブレンカー夫人と令嬢のための会を催します。住所は、キャサリン通り』。お断りする理由はないわ。"
"私も、そう思うわ。教授は、考古学者よ。"
"シラトンのいとこよ。"
"そうね。"
"誰が出席?"
"私が行くわ。あなたも来て。あちらで、きっとエレンに会えるわ。ニューランド。ご自由に時間を潰して。"
"午後の時間は、潰さないで、貯めておこう。農場に、馬車用の馬を見に行く。"
"アメリカズ・カップと、パーティーの日が、重ならなくてよかったわ。"

ブレンカー。
ニューランドが、単身、訪ねる。
庭の東屋に、ピンクの傘。ニューランドは、手に取り、握り手をかぐ。少女が、声を掛ける。
" Hello. ごめんなさい。ハンモックで、眠っていたの。"
"不意に、お邪魔を。Miss ブレンカー?アーチャーです。"
" Oh yeah. お名前は、聞いているわ。"
"馬を見たついでに寄ったら、お留守のようで。"
"皆んな、パーティーよ。風邪気味の私とオレンスカ夫人のほかは。私のパラソルね。大好きなカメルーン製よ。"
" Very pretty. 伯爵夫人は、外出?"
"ボストンから電報で、2日ほどお出掛けよ。あの方の髪型、素敵だわ。スコットの小説のヒロインみたい。"
"僕も、明日、ボストンに行く予定です。夫人はどちらに?" 

油絵を描く人。池のあるホテルの庭のベンチに、本を読むエレンを見つける。
" Oh. "
"たった今、仕事で来たところです。"
"髪型が変わった。"
"メイドがいないので、自分で、結ったのよ。2、3日なので、ナスターシアは、置いて来たわ。"
" You travelling alone? "
" Yes. Why? 危険だとおっしゃるの?"
"大胆な人だ。"
" Yes. 今日は、もっと型破りな事をやったわ。お金の受け取りを拒否したの。"
"伯爵からの申出を?"
" What conditionts? "
" I refused. "
"話して。"
"条件は、私が、時々、テーブルの端に座るだけ。"
"お金で、復縁を?"
" Well a considerable price. 私には、法外な金額よ。"
"彼に会いに?"
" My husband? とんでもない。使いの者が。"
" Secretary? "
" Yes. 秘書は、ずっと待つ積もりよ。私の気が変わるのを。あなたは、変わらないのね。"
"再会して気持ちが変わった。"
"言わないで。"
"今日1日を、僕にください。愛は、口にしません。ただ、一緒にいたい。秘書と会うのですか?"
"11時に。"
"断って。"
"ホテルに伝言を。"
"この紙に。こうなったのも運命だ。どうぞ、新型の万年筆です。体温計を振って、水銀を戻すみたいだ。どうぞ。"
"出ないわ。"
ニューランドは、強く振る。
"僕が。"
"私が届けるわ。"
2人は、池のほとりで、お茶を飲む。
"あの日、なぜ、私に声を掛けなかったの?"
"振り向かなかった。実は、振り向くかどうか、願をかけた。"
"わざと振り向かなかったのよ。"
"わざと?"
"馬車が着くのを見たの。それで、海辺へ。"
"僕から逃げるために?"
"なるべく遠くへ。"
"避けても、解決にならない。"
"正直で、いたいの。"
" Honest? ボーフォートが、お手本ですか?ほかの連中は、自分を殺して、生きてますからね。"
"なぜ、ヨーロッパに帰らない?"
"あなたのせいよ。"
"僕は、自分の気持ちに反して、結婚した。"
"そのお話は、しない約束よ。"
"約束は、守れない。"
" What about メイ?何を?"
"あなたは、僕の不本意な結婚を望んだ。ヨーロッパに帰るべきだ。僕に、真実の愛を垣間見せながら。偽りの愛に生きろと言った。耐えがたい。"
"私は、耐えているわ。"
"ご主人の元へ。"
"いえ、まだ帰りません。耐えられなくなるまで。"
"不幸な人生だ。"
"あなたの人生の一部である限り。"
2人は、手を重ねる。
"帰らないと?"
" I never go back. "
"彼は、今後もエレンと、劇場や夜会で会うだろう。隣の席に座るかも知れない。2人切りの機会もあるかも知れない。彼は、エレンなしでは、生きられなかった。"

大通りを歩く男たち。同じ方向に向かい、一様に、帽子のつばを手で押さえる。
"アーチャーさん。"
" Yeah. "
" My name is リビエール。昨年、パリでお会いした。"
" Oh I'm sorry. すっかり忘れていた。"
"昨日も、ボストンでお見かけしました。"
2人は、家に入る。
"伯爵の使いで、米国に参りました。復縁が、夫人のためと思いまして。"
"どうも分からない。なぜ、あなたが、わざわざ僕に会いに来たのか。"
"夫人は、変わった。"
"前から夫人を?"
"よく伯爵のお屋敷で。赤の他人に、使者は務まりません。" 
"伯爵夫人が変わったとは?"
"今まで気づかなかった。発見です。道徳心の強い米国人です。貞節な結婚観は、快楽主義者の伯爵とは、相容れません。夫人の夢は、砕けた。"
" Broken. Destroy. "
"戻れば、裕福な暮らしが待っています。しかし、犠牲も多い。希望なき人生です。私は、伯爵の命令どおり、ミンゴット家を訪問し、伯爵が、いかに復縁を望んでいるか、伝えます。でも、あなたは、帰すなと、説得してください。帰しては、なりません。"

"ペニロー老夫人の死後、『ワース』に注文した服が、48着も新品のまま、出て来たの。夫人の娘たちは、喪が明けると、その服を着て、音楽会に。堂々として、立派な態度だわ。"
"ニューランドは、手紙を書いた。エレンにいつ会えるのかと。返事が届いた。『Not yet.』。すっかり変わってしまって。"
"パリファッションを奥さんに着せて、流行を作ったのは、ボーフォート氏よ。でも、レジーナは、同じ格好をしたくないの。"
"夫の愛人と?"
"ええ。アニーと。"
" Careful. "
"周知の事実よ。"
"ボーフォートの私生活は、乱れ切っている。破産すれば、過去が暴露される。"
"事業が悪化?"
"ほとんど、破産寸前とか。社交界も、火の粉を被る。"
ジャクソンとニューランド。
"レジーナも気の毒に。エレンが、伯爵の申出を蹴ったのも残念だ。"
"なぜ、残念だと?"
"エレンが、何で暮らしているかご存知かな?もし、ボーフォートが。"
"どういう意味です?"
ニューランドは、気色ばむ。
"エレンは、彼の事業に投資。家族からの手当も減らされた。"
"金はある。"
"端金さ。台所は、火の車だ。エレンが伯爵の元に帰るのを、家族は望んでいる。"
"ボーフォートの愛人だと言うなら、お門違いだ。She won't go back. "
"君の意見だろ?君も知っている筈だ。ミンゴット老夫人は、エレンに同情的だが、ほかの者は、伯爵の所に、帰したがっている。元の鞘に。"

ニューランド夫妻は帰宅する。
"ランプから、煙が出ている。"
" Sorry. "
"2、3日、ワシントンへ行く。"
" When? "
"明日だ。言いそびれた。"
" Business? "
"勿論だ。最高裁で、特許の訴訟がある。法律事務所の書類を提出して。"
"難しいお話は、いいわ。ランプの具合が。"
"僕が。"
"気分転換になるわ。エレンに会ってらして。"
"伝言が届いています。"
"このランプを。"
メイが開ける。
"お婆様が、卒中に。"

ミンゴット夫人が、椅子ごと運ばれる。
"卒中?馬鹿な。感謝祭にはしゃいで、食べ過ぎたせいよ。ベンコム先生ときたら、大騒ぎして、親類を呼んで、私が、今にも死ぬと言わんばかり。来たんだね。看取ってくれるのは、お前たちだけよ。"
"縁起でもない。"
"こんな目に遭うなんて。レジーナ・ボーフォートのせいよ。昨夜、やって来て、私に泣きついた。図々しい。夫を支援してくれと言うんだよ。見捨てないでくれと。"
黒い装束のレジーナが、現れる。
"実家のタウンゼント家とのよしみで。"
"助けてくだされば、危機を乗り切れます。そうでないと、私と夫は、不名誉の奈落に、転落します。"
"言ってやったよ。『名誉は、自分でお守り。ミンゴット家の名誉と混同しないでおくれ。私の目の黒いうちは許さないよ。』。すると、あの女は、訴えた。『お願い。おばさま。』。"
"私の旧姓は、レジーナ・タウンゼントです。"
"お前を宝石で、飾り立てたのは、ボーフォートだよ。恥辱を受けても、夫の姓を名乗るがいい。そして、倒れた。発作で。一族郎党が、葬儀にぞろぞろ駆け付けるわ。お祭り騒ぎさ。どれほど集まるものやら。"
"僕らが力に。"
"私のエレンに来てくれと、電報を打ったわ。"
"今日、着くから、迎えに行って。"
"急いで、馬車の手配をします。"
"よかった。ありがとう。"
"安心して。すぐに治るわ。"

"どうやって、エレンを迎えに行くの?ワシントンに出張でしょ?"
"レダブレアから、延期だと連絡があった。"
"延期?変ね。今朝、彼から母に手紙で、ワシントンに行くとあったわ。最高裁で、特許の訴訟があるって。あなたと同じね。"
"彼が、法律事務所を代表して出掛ける。"
"延期の話は?"
"僕の出張は、延期だ。"
"彼は、思った。ペンシルバニア線の終点から、老夫人邸まで、2時間ある。2時間の道のり。それ以上かも知れない。"
エレンを迎える。
"僕が来ると?"
" No. "
"ワシントンに会いに行こうかと。お婆様は、持ち直した。"
馬車の中。
"顔を忘れかけていた。"
"私の顔を?"
"いつもそうだ。会う度に、新鮮だ。"
"分かるわ。私もそうよ。"
ニューランドは、エレンの手袋を脱がせ、手首に唇を当てる。2人は、唇を求め合う。
"このままでは、耐えられない。"
"夢を見ては、駄目。"
"一緒になりたい。"
"妻には、なれないわ。愛人になれと?"
"あなたと、どこかに逃げたい。現実が、存在しない世界へ。"
"そんな国が、どこにあるの?信頼する人々に背いて、幸せになれると?"
"乗り越える。"
"できないわ。あなたには。"
"私は、越えた。情事の末路も、よく分かっているわ。"
"なぜ、止まるの。まだよ。"
" No. 僕は、降りる。"
"来るべきじゃなかった。"
ニューランドは、馬車を降り、ドアを閉める。

ニューランドは、浮世絵の画集をめくる。メイは、向かいに座り、刺繍。
" What are you reading? "
"日本に関する本。"
" Why? "
"なぜかな。未知の国だ。"
"よく私に、詩を朗読してくださったわね。"
ニューランドは、窓を開け、通りを見る。
"あなた、凍え死ぬわ。"
"彼は、思った。もう死んでいる。何か月も前から、もし、妻が死んだら?若くて健康でも、死ぬ事はある。メイが死ねば、自由になれる。"
"ニューランド。"
メイの頭を撫でる。

エレンは、夜、出掛ける。
"やっと会えた。"
ニューランドが現れる。
"ずっと待っていた。"
"祖母が引き止めるので、帰れなくて。"
"話がしたい。"
"これから、レジーナに会いに行くの。"
"悪党の伯爵と、ヨリを戻せと。家族皆んなが、迫るのよ。祖母だけが、理解を。私にお手当も。"
"どこかで会いたい。"
"NYで?"
"2人切りで。明日、美術館で、午後2時半に。入り口で。"

美術館。
"僕が、ワシントンに行くのを恐れて、あなたは、NYに来た。"
"その方が、安全だから。"
"僕から?エレン。僕を、愛さずに済むから?"
"お別れする前に、最後の逢瀬を?"
"もう一度だけ。"
" When? "
" Tomorrow. "
"明後日に。"

"オレンスカ伯爵夫人へ"
ニューランドは、鍵を封筒に入れる。
メイが現れる。
"遅くなって。心配なさった?"
"何時だ?"
"7時過ぎよ。お婆様の所で、エレンに会って。つい、長話をしてしまったの。エレンは、相変わらず、お婆様のお気に入り。でも、一族の悩みの種だわ。レジーナに、会いに行ったのよ。"
"今夜は、外食でも。"
"お帰りのキスは?"

オペラ観劇。
"新妻は、結婚後1年の間、社交会で、花嫁衣装を着るのが、NYの習わしだ。メイは、この夜初めて、このサテンのドレスに身を包んだ。"
ニューランドは、2階のテラス席。向かいのテラス席に、エレンの姿はない。ニューランドは、メイの席に行く。
"メイ。酷い頭痛がする。一緒に帰ってくれないか?"
2人は、席を立つ。
"休んだら?"
"そう酷くない。君に話したい事がある。どうしても話しておきたい。About myself. 伯爵夫人が。"
"なぜ、今夜、エレンの話を?"
"早く話すべきだった。"
"その必要があるの?確かに、皆んなは、エレンを冷遇したわ。理解者は、あなただけ。でも終わったのよ。"
" What means over? "
"ヨーロッパに帰るんですもの。お婆様が、とても残念がられたけど、経済援助して、伯爵から独立させるの。あなたは、知っているかと。"
"帰るとは。"
"祖母と暮らす事もできたのに。結局、私たちを見限ったのよ。"
"誰に聞いた?"
"エレンに会ったと言ったでしょ?"
"昨日、聞いたのか?"
" No. 今日の午後、手紙が来たわ。お読みになる?"
ニューランドは、答えない。
"ご存じかと。"
手紙を渡す。
"親愛なるメイ。私は、祖母を説得して、米国を去る事にしました。祖母は、優しく、寛大でした。ヨーロッパに帰って、独りで生きます。ワシントンで荷造りして、来週、立ちます。私に優しかったように、祖母にも優しくして。私の決心を翻そうとしても、無駄です。"
"なぜ書いた?"
"昨日、2人で話したからよ。"
" What things? "
"私は、エレンの力になれなかった。だから、許してと言った。エレンは、あなたを頼りにしていた。私も、本当は味方だと言ったの。エレンは、理解してくれたわ。Everything. "
"私も頭痛が。お休みなさい。"

優美な食事。
"ニューランドとメイの若夫婦は、初めて、正式の晩餐会を開き、手抜かりなく、挙行した。シェフと2人の給仕を雇い、花を取り寄せ、パンチ酒と金縁のメニューカードを用意した。これは、エレンの送別会晩餐会だった。メイが懇願して、ライデン夫妻が出席したので、晩餐会は、成功に輝いた。席に着く一見、無害な陰謀者たち。ニューランドは、自分とエレンが、晒し者に、されている気がした。自分は、何か月の間、虎視眈々と目を光らせる彼らの格好の獲物だったに違いない。彼は、初めて知った。エレンとの仲は、決定的に引き裂かれ、今や、一族は、妻を中心に回っている事を。彼は、敵陣に捕らわれた囚人だった。"
"ボーフォートは、レジーナが病気なのに、愛人のアニーにご執心よ。"
"気が知れん。レジーナの故郷に引っ込んで、競走馬の飼育でもやればいい。"
"エレンが発つ前日、彼が送った鍵の封筒が、送り返されて来た。"
"ボーフォートは、政界に打って出る気だ。名誉挽回だよ。"
"じゃ、アニーが大統領夫人に?"
ニューランドは、エレンに話し掛ける。
"旅行で、お疲れに?"
"汽車の暑さには、参りました。旅は、辛いものね。"
"でも、旅には喜びがあります。僕も旅に出たい。ご一緒にいかがです?アテネやスミルナやコンスタンチノープル。"
" Possibly, possibly. "
"ナポリは駄目。熱病が流行しているわ。"
"本当に、ナポリで熱病が?インドは?"
"3週間は必要だ。"
"まったく。"
"ボーフォートは、落ち目だが、まだ名士として、通っている。"
"寝室の名士さ。"
"この調子なら、我々の子供が、将来、彼の隠し子と結婚するかも知れん。"
"彼に子供が?"
"まあまあ、お手柔らかに。"
"社交界は、愛妾には、寛容だからな。"
"そのとおり。"
"下手な料理人を抱える連中に限って、よその家の料理人に、ケチをつけるものだ。"
ライデンが、ニューランドに語り掛ける。
"昔、レファツは、粋な紳士だったが、社交界の水に染まるうちに、洗練された話術を忘れた。"
"レファツは、雄弁だな。道徳の重要性ぶち上げた。日頃、奥方の尻に敷かられている不満が、一気に噴き出したらしい。"
"家族の神聖を力説するとは、意外だ。"
"この閉鎖的な集まりの会話の掟は、暗黙の了解だった。彼らは、エレンの振舞いやニューランドの恋について、決して話題にはしなかった。噂を聞いたり、疑ったりした事は、一度もなかったかのように。彼は、偽りの会話のひだから、自分が、エレンの愛人だと思われている事を知った。"
"舞踏会を開くの?"
" Yes. 目の不自由な人のために、寄付を集めるわ。"
"そして、ニューランドは確信した。妻も、事実を知っている事を。"
"是非、ヨーロッパにいらして。落ち着いたら、お便りを差し上げるわ。"
"楽しみだわ。"
"お見送りを。"
ライデン夫人が、割って入る。
"私と主人が、お送りするわ。"
" Good bye. "
"近いうちに、パリで。"
"メイといらして。"
"馬車でお送りしよう。"
"お休み。" 
"気をつけて。"
参会者は、三々五々帰る。
ニューランドとメイ。
"パーティーは、大成功ね。"
"本当だ。"
"お話しても?"
"勿論だ。眠くないのか?"
" No. 暫くあなたと。"
2人は、向かい合って座る。
"もしよければ、君に話しておきたい事がある。この前に、話そうとした事だ。"
"あなた自身の。"
" About myself. 言葉が、見つからない。今夜は、酷く疲れて。日ごとに、疲れが溜まる。できれば、暫く休養したい。"
"お仕事をやめて?"
"多分、そうなるだろう。どこか、遠くに旅をしたいんだ。"
" Europe? "
"もっと遠くへ。"
"どこへ?" 
" I don't know. 多分、インドか日本に。"
"遠いのね。"
"でも、行けないわ。私と一緒でなければ。それに、お医者様が、許してくださらないわ。遂に、子供ができたの。今朝、分かったわ。"
メイは、ニューランドの膝にすがる。
"よかった。"
"気づいた?"
" No. 待望の知らせだ。"
"誰かに知らせた?"
"私たち2人の母親とエレンだけ。この間、長いお話をした時に、話したの。いけなかった?"
"構わないさ。だが、2週間前だろ?今日、分かったんじゃないのか?"
"あの時は、確かじゃなかったけれど、そんな気がして。当たったわ。予感が。"
"この書斎で、その後、人生の様々な出来事が、起きた。"

"長男のテッドは、体が弱く、教会に連れて行けず、書斎で洗礼を。"
"父と子と聖霊の御名によりて、洗礼を授ける。"
テッドが、初めて歩いたのも、ニューランドとメイが、子供の将来を話し合ったのも、書斎だ。ビルの興味は、考古学。メアリーは、スポーツと福祉事業。芸術指向のテッドは、芸術に未練を残して、建築家の道に進んだ。メアリーが、婚約を告げたのも、この書斎だ。"
"本当に嬉しいわ。"
"婚約の相手は、レファツの堅物息子だ。教会に行く前に、父が花嫁にキスしたのも、やはり書斎だった。ニューランドは、良き父であり、誠実な夫だった。メイが、ビルを看病して、感染性の肺炎で死んだ時、彼は、嘆き、悲しんだ。メイの青春は、一度、粉々に崩れ、本人が知らぬ間に、再建されていた。この無邪気な頑固さゆえに、メイは、現実の変化が認識できず、子供たちは、自分の意見を、母親から隠すようになった。メイは、この世の愛と調和を信じ、家庭の幸せを噛み締めて、亡くなった。57歳になったニューランドは、過去を嘆き、同時に誇らしく思った。"
ニューランドが、電話に出る。
" Yes. Hello. Hello. "
"シカゴからです。"
" Hello. "
" Dad. "
"テッドか。"
"顧客が、設計前に、庭を見て来てくれと言うんだ。"
"どこの庭だ?"
" Europe. 水曜に、"モーリタニア号"で出発だ。"
"結婚式は?"
"来月の1日に帰国して、5日に挙式だ。"
"覚えていたか。"
"お父さんも、ヨーロッパに。"
" What? "
"是非、一緒に来てよ。最後の親孝行さ。"
"嬉しいが。"
" Wonderful. 明日、客船を予約する。"
"水曜は、約束が。"
"大西洋が、待っている。月曜に、NYへ行くよ。" 
"だが。"
" Monday. "
"分かった。約束はできんが、何とかしよう。All right. Bye. "
" Bye. "

テッドが、ニューランドの肩に手を置く。
"お父さんも一緒に、ベルサイユへ?"
"ルーブルに行く。"
"じゃ、5時半に、オレンスカ伯爵夫人の家で。"
ニューランドは、咳き込む。
" What? "
"言わなかった?婚約者から、3つの宿題が出ている。ドビュッシーの楽譜を購入。人形芝居を見て、伯爵夫人に会えと。婚約者が、ソルボンヌ留学中、夫人の世話に。ボーフォート氏の前妻と親しかった人だ。今朝、夫人に電話して、挨拶した。"
"私が、来ている事も?"
" Ofcourse. 素敵な感じの人だ。でしょ?"
"素敵?I don't know. ほかの人とは、違っていた。"
"エレン・オレンスカへの想い。それさ、朧げに霞み、本や絵の中で愛した人物となった。エレンは、最早、手の届かない幻想と化した。"
"私は、57歳だ。"
"ボーフォート氏が、再婚した時、NYは、猛反発?"
"彼は、異端児だったからな。"
"今では、忘れられた存在だ。"
"彼とアニーの娘が、お前と婚約。お前も幸せだ。"
"お父さんも?"
"勿論だ。"
"過去を振り返れば、反対する理由は、ない筈だよ。"
"お前の結婚に、初めは反対したが。"
" No. お父さんは、最愛の女性を諦めた。でしょ?"
"私が?"
"ええ。お母さんから話を。"
" Mother? "
" Yes. 亡くなる前日に、僕だけ呼ばれて。お父さんと一緒にいれば、安全だと。Because once お母さんが頼んだら、女性と別れてくれたと。"
" She never asked. メイ、never asked me. "
"彼は、テッドの軽率さを、悔やまなかった。自分を憐んでくれた人がいると知り、心の楔が解き放たれる気がした。それが、妻だった事に、彼は、深く感動した。"
"3階だ。あの窓だ。もう6時だ。"
"暫く座っている。"
"来ないの?本当に?" 
" I don't know. " 
"夫人が残念がる。"
"後から行く。"
" What do I tell her? "
"言い訳くらい考えろ。"
"父は、old-fashioned 3階まで歩くと言い張っていると。"
" old-fashioned と言えば、十分だ。行け。さあ。"
テッドは、先に行く。
ニューランドは、窓を見上げる。窓が光り、ニューランドの顔を照らす。海辺に佇むエレン。
召使が、窓を閉める。ニューランドは、杖を突き、立ち去る。
【感想】
絢爛豪華な上流社会の社交。ゴシップの噂が、狭い社交界に駆け回る。エレンもニューランドは、共に、旧来の因習にとらわれず、自らの意志を貫こうとするが、伝統の縛りに絡め取られる。ニューランドの妻となるメイは、エレンと対照的な控えめな貞淑な女と描かれる。ニューランドのエレンへの想いは、海辺に佇むエレンを見た時に頂点に達する。年老いたニューランドが、パリのエレンの居宅の窓を見上げる時、海辺のエレンが思い出される。しかし、振り向かないエレンを前に、ニューランドが踵を返した時に、恋の終わりが始まったに見える。前半は、画面に匂い立つような花が溢れるが、後半は、一転、暗くなる。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?