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一人勝手に回顧シリーズ#小津安二郎編(22)#長屋紳士録/戦火の後で

【映画のプロット】
▶︎捨て子
長屋の夜。
"だがな、月を見な、時々は雲もかかるだろう。星ほどにもない人間だ。ふと、闇にもなろうじゃないか。さっきもさっき、今は今、優しいこと、嬉しいこと、可愛いことを聞くにつけ、後ろから、騙し討ちにするような、この身を砕かれるような気がして、翌夕のことと承知して、斬られてくな。死ぬより辛いことなんだ。お前に、そんなに責められては、おら、生きてる空あ、ない。だがな、俺は..."ひとりごちる男の家に、子連れの田代(笠智衆)が、帰って来る。
"ただ今。"
"ただ今。"
"おう。お帰り。"
"誰か、聞いとるか?"
"いいや。"
"話しとったやんか。"
"いや、こっちのことさ。"
"今日は、早かったね。"
"うん。おーい。こっちへおいで。"
子どもが入って来る。
"何だい?"
"この子を、拾うて来た。"
"どっからよ?"
"九段から付いて来てしもうて。"
"宿無しかい。"
"いや、今朝、親と茅ヶ崎から、出て来て、九段ではぐれてしもうたんじゃ。今晩、泊めてやってくれないかな。" 
"よしなよ。つまんないもの。"
"うん。でも、可哀想でな。" 
"そんなもの、お前さん、拾うもんじゃないよ。おっつけちまいなよ。かあやん、かあやん。"
"うん、泊めてやってもらえんかな。"
"俺は、やだよ。俺は、ガキはきれえだよ。" 
"どうかな。"
"かあやんとこ、置いてきなよ。"
"いい子なんだがなあ。"
"早く置いてきいよ、早く。" 
"そうかな?"
"おい、おいで。"
田代は、子どもをよそに連れて行く。
"こんばんわ。"
"こんばんわ。"
''こんばんわ。"
"おい、おいで。"
"ねえ、おたねさん、子どもいらんかなあ。子ども。これ、拾うて来て、貰うてもらえんかな。" 
"どうしたのさ。"
"うん、九段の鳥居のとこから付いてきてしもて、よそ、行かんのじゃよ。今晩、一晩、泊めてやってもらえんかな。"
"そんなのあんたのとこ、泊めりゃあいいじゃないか。" 
"うーん、それが、留さん、いかんと言うんじゃ。"
"そんなの、私のとこだって、嫌だよ。"
"まあ、そう言わんで、留さんも、あんたに頼めと言うんじゃ。泊めてやってよ。なあ、頼むけん。" 
"やだよう。"
''なあ、こげん、頭下げるから。"
"やだよ。わたし、子ども嫌いなんだよ。"
"そげん言わんで、頼むけんな。"
田代は、子どもを置いて、逃げる。
"おい、田代さん、お前さん、冗談じゃないよ。"
"頼むけん。"
"おい、田代さん。"
"馬鹿にしてるよ。"
"しっ。"''しっ。""めっ。""めっ。"
翌朝。洗濯物。
"こら。"
おたねは、子どもに、破れた団扇を渡し、洗濯物を乾かさせる。
"あおいで、よく乾かすんだ。""ほら。"
少年は、寝小便した布団をあおぐ。
おたみが、留さんに抗議する。
"困っちゃったよ、とんでもないもの、くっ付けられて。"
"何だい?"
"夕べの子だよ。とんでもないガキだよ。あたしは、断るよ。あたしは、ごめんだよ。"
"どうしたんだよ。"
"やられちゃったんだよ。寝小便。"
"ふーん。"
''ふーんじゃないよ。大事な布団、台無しさ。馬のように垂れやがって。びしょびしょだよ。"
"そりゃあ、災難だったな。"
"大将、どうした。"
"たあ公、今、出掛けたよ。"
"しょうがないね。あんなもの、拾ってきて。あたしは、もうごめんだよ。お前さん、何とかしておくれ。" 
"何とかって?"
"お前さんの勝手だよ。あたしは、もう一晩、面倒見てやったんだから。今度は、お前さんの番だよ。" 
"冗談じゃないよ。"
"何が、冗談さ。考えてもご覧よ。お前さんにも、責任があるよ。田代さん、拾って来たんだもの。お前さんのとこ置くの、当たり前じゃないか。"
"おらあ、嫌だよ。やなこったい。そんな馬みたいな寝小便するガキ。かあやん、嫌だったら、どこかへ、そっと置いときなよ。"
"冗談じゃないよ。そんなら、お前さんとこが、置いといで。"
"しょうがないもの、拾って来やがってたな、天眼鏡。"
"かあやん嫌ならな、川良さんに頼もう。あそこに頼んで、落ちちゃえ。な。""な。''
少年は、布団をあおぎ続ける。
"そりゃ俺のとこでも困るね。頼まれごとは、ごたごたあるし、子どもがいるし、ご覧のとおりの座敷だし。"
"立派なもんだよ。あんな額だって掛けちゃって。いいじゃないか。子どもなんて、3人育てるのも、4人育てるのも一緒だよ。"
"そんなことないよ。留さん、あんたんとこ、どうだ?"
"俺んち?ダメなんだよ。あそこ。"
"何が、ダメなのさ。とてもダメなことないじゃないか。"
"置いてやんなよ、お前んとこ。なんなら小僧にしたって、いいじゃないか。"
"そうだよ。置きなよ。当然だよ。"
"まずいじゃねえか。どうもとんでもない物拾って来たな。あのタコ。"
"こりゃ、誰かご苦労さんだが、茅ヶ崎行ってもらうんだな。茅ヶ崎行きゃ、今までいた家が分かるし、黙って、そこへ置いとくんだな。"
"そりゃまあ、それに越したことは、ないけど。"
"どうだい、かあやん。"
"いいね。だけど、あたしはごめんだよ。"
"そう言うなよ。"
"いいよ、あたしは、断るよ。"
"でも、誰かが行かないとな。"
"あんたが行きなよ。" 
"どうだ、川良さん、あんた行ってくれるか。"
"冗談じゃないよ。"
"ろくでもない物、拾って来たな、たあ坊。"
"じゃあ、くじで行こう。一番いいぜ。恨みっこなしで。当たったら、災難だ。なあ。川良さん、どうだい。"
"いいだろ。"
"じゃあ、くじこしらえるぜ。ばってんが書いてあるのが、当たりだからね。この人が行くんだよ。"
3人はくじをひく。
"あたしだよ。"
"そうかい、かあやんかい。そりゃご苦労さんだな。"
"なんのことは、ない。踏んだり蹴ったりだよ。"
"恨みっこなしだぜ。くじだからな。"
"まあ、かあやん。災難だよ。"
"ちっ。具合悪いや。"
"かあやん、お茶でも飲んでいけ。"
"冗談じゃないよ。"
"俺のもばってんだぜ。"
"そうなんだ。俺のもばってんなんだ。気の早いお方は、損をするんだい。"
"なるほどね。"
"でも、これは、かあやんに黙っておいてね。頼むぜ。"
"そりゃ大丈夫だ。"
"頼むよ。"
"ご苦労さんにね、茅ヶ崎くんだりまで。恨むからね。"
茅ヶ崎の海。
おたねは、子どもを連れて歩く。子どもに、振り回され、家は見つからない。
"さあ、うちでも、深い付き合いは、ないんですよ。何でも、八王子で火事で焼け出された大工さんでね、この先の運送屋さんから頼まれて置いてあげたんですけどね、そこのお仕事中だけいたんですよ。ああ、10日もいましたかしら。" 
"ああ、そうですか。"
"何だか、おとといだったか、その前だったか、東京で仕事を見つけるって、あの子と一緒に、出て行ったんですよ。"
"じゃあ、また帰って来るんですね。"
"いや、もう戻って来ないでしょ。すっかり持って行ったから。"
2人は、海岸に腰を下ろし、握り飯を頬張る。
"ほら。"
"お前のお父っさんも、不人情な人だよ。はぐれたんじゃないよ。置いていかれたんだ。"
"お前、あのうち、置いてもらい。頼みゃ、置いてくれるだろ、いたんだから。"
"ほら、もうないよ。"
"お前ね、それ食べたら、あのうち、行くんだよ。いいかい。"
子どもがつきまとう。
"何だい?何だよ?"
"お前ね、あの海行って、貝、拾っておくれ。おばちゃん、お土産にすんだから。"
"行っといで。お前、いい子だよ。早く、行っといで。"
少年は、海に向かって駆け出す。それを見て、おたねは、走って、逃げる。少年が、駆け戻り、おたねに追いつく。
"しっ。""しっ。"おたねは、砂を掛けるフリをしたり、怖い顔をして、少年を脅す。 
"運勢下相。人相手相。好意結婚。人生と海音か。一体、八卦って当たるもんかい?"
留が、田代に話し掛ける。
"当たるも。あんなに当たるもの、ほかにはない。" 
"だけど、おまいさん、ゴム長履いて行ったら、カランカランのお天気になったじゃないか。"
"天気のことは、知らんばい。ラジオがよう当てる。"
"おう、お帰り。"
"お帰り。大変だったね。"
おたねが、帰って来た。
"うまく行ったかい?"
子どもが現れる。
"偉い詐欺だよ。親なんかいるもんか。茅ヶ崎くんだりまで、無駄足さ。おまけに混んでさ。帰りは、窓から入ったんだよ。汽車賃高くなったんだねえ。恨むよ、田代さん。"
"いやー。"
"で、子ども、何しよってんだい?"
"芋だよ。停車場の側で、安い芋売ってたから、手ぶらで帰っちゃもったいないから、商売してきたんだよ。"
"可哀想に、げんなりしてるじゃねえかよ。"
"なあに、ほんの二貫目だよ。誰か来なかったかい。留守に。"
"いや、別に。町会だぜ。林さんのとこで、今晩。"
"ああ、そうだったね。"
"もうぼちぼちだ。今日はね、川良さん、大当たりだ。"
"何?"
"あそこの平ちゃん、つるっと2,000円当てちゃった。三角くじで。
"へーっ。"
"1円で2000円だぜ。"
"へーっ。じゃあ今晩、何か出るね。"
"当てたいとこだね。"
"じゃあ、芋置いて来よう。"
"さっさと、芋下ろすんだよ。"
"お前、布団敷けんね。分かってんだろ。"
"うん。"
"先に寝といで、寝小便したら、承知しないよ。"
少年は、舟を漕ぐ。
町会。
"そりゃ、ご苦労でも、川良さんに、もう半年やってもらうんだねえ。"
"いや、もう辞めさせてもらいますよ。"
"いいじゃないか、やっとくれよ。"
"助けますよ、ほかのことは。やっぱり、あんたじゃなくっちゃ。"
"諦めなよ。皆さん、そうおっしゃるんだから。ね、決まりましたね。"
"決まりましたよ。"
"じゃあ、一つやらせていただきましょうか。"
"よろしく頼むよ。"
"決まりましたね。"
"やあ。"
"ねえ、もうお座していい?"
"ああ、いいよ。"
妻と娘が、料理を運ぶ。川良は、一升瓶を取り出す。
"あれあれ、これは、すごいよ。"
"無理しちゃったねえ。"
"いや、ほんのお印で。"
"おう、平ちゃん、平ちゃんや。"
平ちゃんは、顔を伏せる。
"顔を見せろよ、おめでとう、平ちゃん。いただくよ。"
"平ちゃん、偉いね。よく当てたね。
"すごいねえ。"
"いやあ。"
"ああいうものはね、日頃の心掛けが大事なんだよ。欲も徳もない、ごく無邪気な者に当たるんだよ。"
"そうかねえ。" 
"そうだよ。なまじ、2000円当てようと思ったら、当たりっこなし。だから、子どもはいいんだよ。"
"そうかねえ。"
"試しに、あなた引いてご覧。きっとダメ。"
"私がダメだったら、あんたもダメだよ。"
"だから、私はやらないの。これはやりますよ、これは。相手が馬だから。"
"皆さん、お一つどうぞ。"  
"いただきましょう。"
"茶柱が立ってんじゃ、ないかい。" 
"こりゃ、本もんだよ。"
"いけますね。""いい酒だ。"
"さあさ、皆んな、遠慮なくやっとくれ。"
"いただきます。"
"源さん、あんた覗きうまいんだってね、覗き。"
"いやあ。"
"覗きって?"
"これだよ(目の上に、手を当てる。)。"
"見掛けによらないね。私、あんた固い人とばかり、思っていたよ。"
"何だい、かあやん。昔、縁日にあったろう。"
"ああ、あれかい。私、あれ好きでね、トラホーメになったよ。"
"『メ』じゃないよ、『ム』、トラホーム。源さん、やっとくれよ。"
"いやあ、困るよ。"
"やっとくれよ、田代さん。頼むよ。"
"いやあ。"
"そいつは、是非、聞かせてほしいね。"
"やった、やった。"
"田代さん、こげん頭下げるから。"
"いやあ。"
"代は、見てのお帰り。はじまり、はじまり。"
"では、一つ。"
皆が、茶碗を箸で叩く。
♪さんぷのぉー一の東京 はあ、どっこい
 波に漂う益荒男 はかなき恋に彷徨いし
 父は、陸軍中将で 片岡子爵の頂上にて はあ、どっこい
 空の花の開きかけ 人の羨む器量よし
 あら、ちょいと海軍少尉男爵の川島武雄の妻となる
 新婚旅行は、烏賊釣れて 伊香保の山に蕨取り はあ、どっこい
 遊び疲れてもろともに さしてぞ帰られる
 あちょいと、武雄は、軍籍あるゆえに
 やがて往くべき時は来ぬ 厨子を指してぞ急がるる
 浜辺のお波は穏やかで はあ、どっこい
 武雄がボートに移る時 波子は白いハンカチを はあ、どっこい
 打ち振りながら、ねえ、あなた、早く帰ってちょうだいと仰げば、松にかかりたる
 かたわれ月の影淋し 実にま
"うまいもんだね。"
"大したもんだね。あんた、やってたんじゃ、ねえかい。"
"まさか。"
“や、立派なもんだね。大したもんだ。"
''やあ、困るな。"
"本当だよ。お前さん、これ(運勢占い)より、いいぜ。惜しいな。覗きの出物、ないものかな。"
"近頃、縁日でも、滅多に見かけないね。"

"今夜のような町会なら、毎日でもいいや。"
"お休み。"
"お休み。"
"今晩、面白かったよ、田代さん。またやっとくれよ。"
"いやあ、さよなら。"
"さよなら。"
田代と留が帰って来る。
帰宅したおたねは、キセルでタバコを吸う。
"何だい?まだ寝ないのかい?"
坊主が起きている。
"寝なよ。さっさと。" 
"何だい?何だ、お前。"
"寝小便怖くて、寝れないんだろ。そうだろ?"
坊主はうなずく。
"今度やったら、つまみ出すよ。覚えといで、いいかい、分かったかい?"
"うん。"
"じゃあ、寝なよ。夜中に起こしてやるよ。"
"お婆ちゃん、お休み。"
''おばさんだよ。"
"おばちゃん、お休み。"
"お前のお父っつあんも不人情な人だよ。大工さんなら、今時、いくらでも働き口があるだろうに。子ども一人養うのに、何のことらもなかろうに。まして、自分の子じゃないか。何も、ここまで大きくして、今更、おっぽり出すことは、ないじゃないか。おっかさんは、もう死んじゃったし、おとっつあんは、相変わらずぐうたらだし。お前も可哀想な子だよ。どうすんだい、これから。え、何だい?もう寝ちゃったのかい。たわいないもんだね。"

子どもたちが、水路に釣り糸を垂れる。
坊主は、離れて腰を下ろす。
おたねは、蕎麦を引く。
きく女が訪ねて来る。
"こんちわ。''
"ああ、あんた。いらっしゃい。まあ、お掛けよ。"
"どこへ?"
"ちょいと、お師匠さんのとこまで。あんた、粉引いてんの?"
"うん。あんたんとこ、今度、配給なんだった?"
"粉だったよ。"
"ふーん。いつあったい。"
"昨日だよ。真っ白な綺麗な粉。"
"ふーん。"
"忘れないうちに言っとこ、うちのお婆ちゃんが、軽川のタイシないかって。''
"今は、なかったね。"
''欲しいんだって、入れ歯磨くのに。"
"今度、取っとくよ。"
川良が戻って来る。 
"こんちわ。いらっしゃい。いい塩梅で。"
"こんちわ、川良さん、こないだの湯どうしは、できて?"
"いやあ。"
"明後日?"
"いやあ。"
"このひとのはね、同じ紺屋でも、中等の方でね、来年3月なんだよ。"
"そうではない。急いでやりますよ。もう3日、4日。"
"いいわよ。丁寧にやってちょうだい。"
"どうも。後、1時間で、ロウソクとマッチ入って来る。"
"あ、そう。" 
"じゃあ。"
"夕べは、ご馳走様。" 
"や。"
"さよなら。"
"どう。"おたねが、茶を差し出す。
"いい物があんの。今、お師匠さんのとこで貰って来てね。どう。" 
きく女が、菓子を取り出す。
"ふうん。大したもんだね。昔と一緒だね。高いんだろうねえ。"
"うまいこと、うまいねえ。"
"ゴムのホース、ないかしら?長いの。"
"あの向かいの?"
"聞いてみてくれない。"
"あ、でも、あいつ高いだろ。"
"分からないけれど。でも、こないだの鏡、いい鏡台になったよ。周りくらにしてね。"
おたねが、険しい顔をする。坊主が、店に入って来る。
"なあに?"
"困ってんだよ。" 
"どこの子?"
"宿無しなん
だよ。はぐれたんだか、捨てられたんだか、あんたのとこ、要らんかね?"
"要らないねえ、ゴムのホースなら欲しいけど。'' 
"誰かないかね、貰ってくれる人。"
"うちは、もう2晩も泊めてやってるんだよ。"
"坊や、おいで。"
"およしよ、そんなの勿体ない。"
"いいじゃないか。"
"そんな高いもの食わしても、分かりやしないよ。" 
"坊や、おいで、おいで。"
きく女が、高級な菓子を与える。
"何だい?何持ってんだい?"
"吸殻だよ。"
"お前、そんなもの拾ってどうすんだい。お前、吸うのかい?"
"お父っつあんのだよ。"
"ポケットに、何入れてんだい?膨らまして。出してご覧。出してご覧。"
"釘だよ。"
"汚い子だよ、お前は。あっち行っといで。"
"お父っつあん、何だい?"
"八王子で焼け出された大工だよ。"
"それで、釘拾ってるのね。"
"不人情な奴でも、親は親なのかねえ。変わったもんだよね、私たち、子どもの頃は、親の顔見れば、1銭くれ、2銭くれだろ。鉄砲玉しゃぶって、はな垂らして、横なでなんかして、のんびりしてたもんだよ。"
"そうねえ。"
"きくちゃん、あんた特別だったよ。ここぴかぴかにしちゃって。" 
"おたねちゃん、あんた、これ(指で鼻を横に引く。)だったよ。" 
"今の子は、昔ほど、はなっ垂らしは、いないけど、のんびりしてないねえ。" 
"そうね。やっぱり世知辛いのね。"
"何だかイジイジしてるよ。吸殻拾ったり、釘拾ったり。こんなこと、子どもにさしといちゃ、いけないねえ。子どものするこっちゃ、ないよ。"
"そうね。子どもは、もっとのんびりしてなくっちゃ。やだねえ。じゃあ。"
"おやかましゅう。頼むわ。"
"聞いとくわ。"
きく女は、坊主に小遣いを渡す。
"さよなら。"
"何、貰ったんだい?"
"10円。"
"人様から、物、貰ったときは、お礼言わなきゃ、ダメじゃないか。馬鹿だね。"
"坊や、ちょいとおいで。ちょいとおいで。"
"お前ね、その10円で、三角くじ買ってご覧。お前当たるよ。きっと、当たるよ。お前、割と無邪気だろ、当たるよ。行ってご覧。売ってる所、知ってるだろ。" 
"うん。" 
"当てといで。2000円。"
坊主は出て行く。
"途中で、勘定なんか、するんじゃないよ。"
''うん。"
おたねは、留の家に行く。
"精が出るね。"  
"なあに。こんなのは、寝巻きだよ。精が出るうちに入らねえ。まあ、浪人が傘貼ってるようなもんだ。昔の黒江町の神輿、見てくれたかい。あらあ、俺が作ったんだ。飾り屋の留さんも、腕が泣くよ。"
"悪いかねえ?"
"何が?" 
"つまらないこと、頼んじゃ。"
"何が?何だい?"
"ゴムのホースだよ。長いの。"
"ホースね。なかなかないね、あっても高いよ。お前さん、買うのかい。"
"ううん、こないだの。" 
"ああ、来たの、女将さん。なんなら高くても、いいよ。見つけとくよ。あのね、自転車のタイヤがあるんだがね、パンクのしない向こうの奴。いい品なんだがね。"
サングラスをかけた、洋装の留の娘がやって来る。
''こんちわ。''
"こんちわ。"
"父ちゃん、珍しく家にいるのね。"
"そらあ、いますよ。今日は、何だい?"
"ちょっと、パーマに来たんだけど、混んでたもんだから。" 
"ふーん。" 
"ゆきちゃん、このところ見えなかったけど、太ったね、あんた。"
"そうですか?"
"大したもんだよ、今時、太るんだから。"
"お父っつあん、家で、もう済んで?"
"いただくよ。ご馳走買ってきたの?"
"ううん。まだなら、私も一緒に、いただこうと思って。"
"冗談じゃないよ。飯時見計らって、手ぶらで食い減らしに来られちゃ、たまったもんじゃ、ありませんよ。ねえ、かあやん、これだから親は、堪りませんよ。太る訳ですよ。"
"じゃあ、ごめん。"
おたねは、店に戻る。
"坊や、どうだった?見せてご覧。"
"当たらない。"
"当たらない?何もかい?"
"うん。"
"タバコくれただろ?"
"ううん。"
"タバコもくんなかった?じゃあ、10円、ただで取られたのかい?馬鹿だよ、お前は。"
"日頃の心掛けが悪いんだい。折角の10円、ただ取られて。" 
坊主が泣き出す。
"泣くんじゃない。男のくせに。" 
"ほら、返してやるよ、ほら。"
''馬鹿だよ、お前は。"
"お前のお陰で、損しちゃった。ただ取られちゃったよ、10円。"
おたねは、力一杯、蕎麦を引く。
川良が、反物の作業。
留が声を掛ける。
"川良さん。"
"やあ、お帰り。"
"頼まれたそうだね。2、3日待ってくれ。あっとこ、見つけたよ。"
"そりゃ、どうも。"
"毎度、済みません。"
"じゃ。あんた、ジャケット着ないかね。ここ(首の辺りを手で示す。)のところ、トックリになってるんだい。いいのあるよ。"
"何だい?"
"かあやん、さっきから怒っているんだよ。"
おたねが、坊主を叱る。
"どうだい、食べたんだろう?食べたら、食べたと言ったら、どうだい?酷い目に遭わすよ、言わないと。強情なガキだね。どうしても言わないのかい?食ったんだろ、お前?"
坊主は首を振る。
"嘘つくと、承知しないよ。食ったんだろ?"
"かあやん。"留が呼ぶ。
"何だい?何を怒っているんだい?"
"このガキ、干してた串柿、食っちゃったんだよ。"
"かあやん。そう怒らんでも、いいじゃない。"
"何も、あたしは、串柿の一つや二つで怒ってるんじゃないんだよ。このガキ、あまりにしぶといからさ。どうだい、食ったんだろ?"
"かあやん。あんまり、そうポンポン言いなさんなよ。" 
"いいじゃないか、ほっといて、おくれよ。"
"まずいことに、なっちゃったなあ。実は、かあやん、俺なんだ。食ったの。"
"何だい。お前さんかい?"
"うん。俺がご馳走になったんだ。"
"誰に?"
"誰にって、どうも馬鹿に甘いもの食いたくなってね。さっき来て、見て。"
"それなら、あんな真ん中から食わなくって、たいいじゃないか。"
"どうせご馳走になるなら、うまそうなとこが、いいと思って。" 
"堪らないよ。あんた、ふざけちゃいけないよ。坊やに謝んなよ、可哀想に。"
"まずいじゃねえか。坊や、勘弁しておくれよ。ひでぇ目に遭っちゃったなあ。ごめんよ。"
''何だい。"
"坊や、ごめんよ。済まなかったね。ごめんね。もういいんだよ。坊やじゃないこと、分かったんだから。可哀想に、おばちゃん悪かったね。堪忍しとくれね。ごめんな。"
坊主が泣き出す。
おたねは、串柿を取り、与える。
"もう泣くなよ。ほら、上げるよ。" 
空き地に干される洗濯物。布団には、寝小便の跡。
おたねは、留の所。
"そうかい、性懲りも無く、またやりやがったか。しぶといガキだねえ、あれだけ叱られても、またやりやがった。馬みてぇ、てか。裏で、坊主、またあおいでいる?" 
"ところが、いなくなったんだよ。"
"ええ?かあやん、またパンパン怒ったんだろ?"
"怒るも、何も、今朝からいないんだよ。朝起きて、何かモジモジしていると思ったら、朝飯も食わず、どこかに行っちゃたんだよ。そしたら、布団がちゃんと畳んで、板の間に、置いてあるじゃないか。どこ、行きやがったか。"
"お前さん、もう2時過ぎだろ。"
"これはかあやん、もしかすると、もう帰っちゃ来ねえよ。垂れ逃げだよ、寝小便の垂れ逃げだよ。" 
"そうかねえ、どこ行きやがったんだろう。"
"どこってさ、あんなものに、当てがあるもんかね。どこなと行かね。野良猫だよ。"
"馬鹿なヤツだよ。腹も減るだろうに。"
"なあに、あちこち拾って、食っていかあね。"
"これで、かあやんもサバサバだ。もう来やしねえよ。厄祓いだ。"
"そうかね。"
おたねは、店に戻り、キセルを吸う。3時になる。おたねは、店を出て、坊主を探す。釣りをする子どもたちの中に、坊主を探す。
おたねは、きく女と話す。
"あんた、またガミガミやったんでしょう?"
"今日は、怒りゃしないよ。"
"ううん、昨日よ。" 
"だから、昨日は、怒ったよ、串柿で。そしたら、とても強情でね、涙ポロポロこぼして、言わないんだよ。''
"だって、本人食べないんだもの。言えないじゃない。"
"そうなんだよ。でも、とてもしぶといんだよ。その面魂が。こちこちの握り飯みたいな顔をして、睨むんだよ。私を。あまり強情なんでね、負けるもんかと思って、私も睨み返して、やってやったんだよ。"
"可哀想に。"
"そしたら、犯人は、向かいの親父だろ。少し、やり過ぎちゃったんだよ。"
"大体、あんた、かあっとなると、昔からそういうところがあるわ。そのまた、あんたの怒った顔、怖いからねえ。特別だよ。子どもには、薬が効き過ぎるよ。睨み効かせただけ、余計よ。"
"そうなんだよ。やり過ぎちゃったんだよ。後から、ちょいと、謝ったけどね。"
"それに、昔、私もあの頃、寝小便したよ。"
"私だって、覚えあるわよ。可哀想なこと、しちゃったわね。"
"でも、あんなの案外、大きくなったら、デカぶつになるかもね。偉い人は、大抵、小さい時に、目から鼻に抜ける方でなく、少し、気が効かないぽおっとしてるって言うからね。"
"そう言うわね。"
"それに、不人情な親にさ、釘拾ったり、吸殻集めたり、優しいとこあったからね、ちょっとした大物だったよ、あの子。"
"惜しいことしたわね、あの子。惜しいでしょ、あんた?あんたも、結構、好きね。あの子。あんたは、とうに好きになっちゃっているのよ。あの子。"
"ふーん。そうかしら?"
"そうよ、決まってるじゃない。"
"そうかね。ふーん。"
"何が、ふんよ。"
"今まで、別に気がつかなかったけど。"
"そうなのよ。そんなものなのよ。もう、人情、移ってちゃうのよ、ほら。犬ね、知らない間に尻尾振るでしょ、あれよ、人間だから見えないけど。あんたたち、もう結構、尻尾振ってんのよ。坊やのは、細くて、小さいの。あんたの、太くて、長いの。土佐だからね。瑠璃もかなり混じってるけど。"
"冗談じゃないよ、ぶつよ。"
"でも、親切な人が、拾ってくれれば、いいけど。"
あたねは、うなずき、肩を回す。
"なあに?"
"坊やから貰っちゃったらしいの。"
"剣呑、剣呑。"
"また来るわね、おやかましゅう。"
"さよなら。"
"ねえ、もし坊や帰って来たら、あんた、どうする?あたしに、驕る?"
田代が入って来る。
"ねえ、おたねさん、また一つ、面倒見てやってくれんかな。あんまり、怒らんでほしいんじゃ。何だか、今朝また、粗相してしもて、あんたに怒られると思うて。"
"いたのかい?坊主。"
"うん。"
"どこにいた?"
"九段だよ。こないだ拾ろた、鳥居の所で、キョロキョロしとった。あんたには怒られるし、行く所はないし、急に、お父っつさんが、恋しゅうなったんじゃよ。何だか、可哀想になってしもて、また連れて来てしもうたんじゃ。なあ、一つ泊めてやってくれんかな。"
"いいよ。"
"じゃ、あんまり怒らんで。あんたに悪い思もて、外に立っとるんじゃよ。じゃ、頼むけん。"
"ほら、頼んますばい。"
坊主は、うつむいている。
"私も、もう帰ろ。"
"さっさとおいで。お前、お腹空いてんだろ。"
"おいで。"
"お上がり、お腹空いてんだろ、お上がり。"
"お上がり。"
"いただきます。"
"ご飯なくて、ごめんよ。坊やのご飯、食べちゃったんだ。今晩、ご飯炊かなかったんだよ。"
"坊や、おばちゃん、好きかい?ええ。"
"うん。"
"そうかい。坊や、もううちにいて、いいよ。坊や、おばちゃんんちの子になっちゃうか?ええ。なっちゃおう。な。"
''うん。"
"こっちのお食べ。焦げたの残して、いいよ。たくさんお上がり、皆んな食べていいんだよ。"
おたねときく女は、坊主を、動物園へ連れて行く。
"ちょっと、どんな気持ち?''
"いい気持ちだね、こんな気持ち、初めてだよ。まあ、母性愛かね。"
"だけど、どう見ても、お孫さんをお守りしているお婆ちゃんだよ。あんたは。"
"冗談じゃないよ、ぶつよ。"
坊主は、キリンを観察する。
"ちょいと、お前さん、あの帽子、大きいよ。三度落としたよ。"
"なあに、頭の方が、すぐにでっかくなるよ。あれで、学校行く頃には、ちょうどいいんだよ。坊や、帽子持ってやろう。"
"おばちゃん、狸、もう見た?"
"いたじゃないか、さっき、兎の隣に。"
"狸、いつ見る?"
"晩だよ。"
"晩まで、ここにいんの?"
"ううん、もうすぐ山下の写真屋さん行って、写真写すんだよ。"
おたねは、坊主と記念写真を撮る。
"お前さんも、お入りよ。"
"嫌よ。3人で写すもんじゃないわよ。"
"そんなことあるもんか。ねえ、写真屋さん。"
"ええ、どうぞ。"
"私が真ん中になってやるわ。"
"どうぞ。お入りになって。"
"嫌なの。私、写真、嫌いなの。"
"いいじゃないか。私と並んだって、そうあんた、見劣りはしないよ。"
"するわよ。"
"ちっ、遠慮して。似合うかい?"
"ねえ、坊や、髪床屋、行けば良かったね。"
"はな垂らしたから、やめちゃったよ。"
"ちょっと、帽子、大きいよ。"
"そうかい?ほんとだ。持ってよか、おかしくないかい?"
"ううん、いいわよ。"
"そうかい。"
"じゃあ、お写しします。"
"坊や、動いちゃいけないよ。口結んで。はな出てないね。いいかい。あの玉、見るんだよ。"
"お母様、お静かに。""お母さん、口をお結びになって。"
"参ります。はい。"
"はい、どうも。"
"どうだった?"
"随分、よそ行きね。"
"へへへっ。仏の顔しちゃったよ。"
"おかしかったかい?"
"そっくりだったよ。"
"誰に?"
"さっき言ったじゃないか、檻の中に。"
"本当?"
"坊や、はな出てなかったね。"
"うん。"
▶︎父の来訪
おたねらが帰宅する。
"坊や、面白かったねえ。"
"うん。"
"うまかったね、天麩羅。"
"うん。"
"脱がしてやろうか?"
"うん。"
"いいおばちゃんだね、こんないいの買ってくれて。"
"うん。"
"大事にするんだよ。これ着て、学校行くんだもの。"
"うん。"
"坊や、くたびれただろう?"
"ううん。"
"おばちゃん、くたびれちゃった。"
"坊や、お婆ちゃんの肩、少し叩いておくれよ。"
"坊や、もっと下。"
"明日、床屋行って、髪刈っといで。いい子になるよ。坊や、おねしょしなければ、いい子なんだがね。治るわね、もうじき。"
"うん。"
"ごめんください。"
"誰だい?坊や、見といで。"
"お父っつぁんだい。"
"私は、こいつの父親で。偉いこいつがお世話になりまして、どうもありがとうございました。"
"いいえ。"
"こいつとは、9日の日に、東京に出て来まして、九段の坂の上の所ではぐれまして、方々探したんですが、分かりませんで。もしかと思って、今朝、茅ヶ崎の方へ行ってみましたら、おたく様が、わざわざおいでくださったそうで。"
"いえ、あなたもご心配で、でもよござんしたね。"
"はい、お陰さまで。こいつとは、二人きりで、方々、焼け出された八王子の方も行ってみましたんですが。"
"そうですか。そりゃ大変でしたね。坊や、嬉しいだろ、お父っつさん、見つかって。"
"おい、おばさんに、お礼を言わないか。ほら。どうもしようがない奴で。どうも、色々ありがとうございました。"
"何の。"
"おい、おばさんにお礼申し上げて、お暇しよう。"
"うん。"
"これ、つまらないものですが、茅ヶ崎で買ってきました。"
"ああ、いいんですよ。そんなこと。"
"いいえ、ほんの少しばかりの芋でして、本当に、ありがとうございました。"
"ちょっと待ってくださいよ。"
おたねは、上着などをまとめる。
"これ、坊やに。"
"いただいて、よろしいんですか?"
"どうぞ。" 
"じゃあ、ちょうだいします。"
"どうも、何から何まで、ありがとうございます。"
"気をつけて、お帰りください。"
"坊や、またお父っつぁんと、また遊びにおいで。いいかい、遊びに来んだよ。"
"どうも、ありがとうございます。おばさんに、さよなら言わないか。"
"おばちゃん、さよなら。"
"お父っつぁんに、よくつかまっとくんだよ。"
"じゃあ、ごめんください。"
"さよなら。"
"さよなら。"
おたねは、去って行く親子を見送る。
留と田代が、やって来る。
"かあやん。来たんだな、親。見つかって、良かったな。これで、今夜から、かあやんもほっとだろ。やっぱり、何かい、はぐれたのかい。"
"うん。"
"そうかい。まあ、うまく蹴りがついて、よかったよ。"
おたねは泣く。
"何だい?なんも、泣くことは、ないじゃないか。お前さん、最初から、あの子、あんまり好きじゃなかったんじゃないか?"
"やっぱり、いけねえかい。"
"あたしゃ、悲しいんで、泣いてんじゃないんだよ。あの子が、どんなに嬉しかろうと、思ってさ。やっぱり、あの子は、はぐれたんだよ。さぞ、不人情なお父っつさんだと思っていたら、どうにも、とってもいいお父っつさんで、あの子を探していたんだよ。それが会えてさ、これから一緒に暮らせるかと思ったら、どんなに嬉しかろうと思ってさ、泣けちゃったんだよ。お父っつぁんもいい人だよ、ちゃんと挨拶は、一通り知っててさ、割と品もあるし、優しかったよ。あんなら、坊やも幸せだよ。"
"そうかい。そりゃよかったな。"
"何てったって坊やも子どもだよ、お父っつぁんの顔見たら、折角、集めた釘や吸殻、置いてったよ。"
"そうかい。"
"親子っていいもんだね。嬉しかったよ、私。こんなことなら、私もうんと可愛がっておけば良かったと思ってねえ。可哀想に、何も知らない子ども、邪険に、小突き回してさ、考えりゃ、私たちの気持ち、昔とは、随分、変わってるよ。自分さえ良けりゃいいじゃ、済まないよ。早い話、電車に乗るのだって、人を押しのけたりさ、人様はどうでも、自分だけは、腹一杯食おうって了見だろ、いじいじして、のんびりしていないのは、私たちだったよ。"
"うん、そう言われりゃ、確かにそうだな。そうだったよ、耳が痛いよ。"
"いいもんだね、子どもって。あの子と暮らしたのは、ほんの一週間だったけど、考えさせられたよ。色んなこと。欲言えば、もう一月、二月、暮らしたかったよ。どうだろう、田代さん、私に子どもは授からないかね。"
"お前さんが?お前さんが授かったら、おかしかろうが。後家さんじゃぞ、あんた。"
"ううん、貰うとか、拾うとか。"
"そりゃ、授からんこともないだろうが。"
"急に欲しくなっちゃったんだよ。子どもを。"
"子どもは、よかもんじゃけん。"
"どうだろう、一遍、見ておくれよ。どうかさ。"
"あんた、猪かい?"
"うん。"
"よし、そしたら戌亥の方じゃよ。"
"戌亥って、どっちさ?"
"金剛か、久居の方じゃよ。"
"久居なら、上野の方だろ?"
"うん。"
"上野なら、西郷さんだよ。"
"まあ、その近所、探してみるんじゃ。''
"西郷さんねえ、銅像ねえ。" 
西郷像の足元に、浮浪者の子どもが集う。
【感想】
小津の戦後、第1作。時代を写し、宿無しの一家、その一人息子、つまり、貧困を描く。
ユーモアを交えるが、父親とはぐれ、その面倒を見ることになった少年に、おたねは、辛く当たる。向かいに住む留という職人が、口の減らない剽軽な役柄を演じるが、どこか、本作の基調にそぐわず、鼻白む。
母性に目覚めたおたねは、少年を、動物園、記念写真、天麩羅でもてなすが、その日の夜に父親が現れる。
最後、上野の西郷像の下に群れるグレた少年群が、問題の根深さを伝える。

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