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一人勝手に回顧シリーズ#小津安二郎編(33)#浮草/浮草物語のセルフリメイク

【映画のプロット】
▶︎旅の一座の到着
小さな港。白い灯台。港を出る小舟。蝉がうるさい。船着場の待合室。
"暑いのお。"
"やあ、こんちわ。"
"敵わんのお、こう暑うちゃ。"
"今度、何かかるんぞ?相生座。"
"これや、歌舞伎や。"
"ああ、チャンバラか。この前、かかったストリップは、面白かったのう。桃色の猿股履いた大きなケツの女のう。"
"今度のは、あんなもんや、あらへんで。大歌舞伎や。"
"そうかのう。"
"それはのう、伊奈から天竜回って、岡崎、刈谷から、それから、下回って、それから来んのよさ。"
"そうかのう。じゃあ、ロハで見せて貰うのう。"
"わしゃのう、昔、そやのう、もう17、8年にもなるかのう、山田の新道で、この駒十郎の芝居は見た事があるんよさ。"
"そうかのう。"
"そりゃあ、ほんまにやりおった。丸橋忠也の役やったが、ここで3合、あしこで5合、拾い集めて、3畳ばかりってのう。"
"そうかのう。"
"船、また遅れるのかよ。"
"いやー、今日は、そんな連絡ないで。時間どおり、来るやろ。"
"いつも、時間に来た事、あらへんやないけ。"
"ほんまにのう。"
"いやあ。今日も、暑うなるで。" 
汽船の中に、駒十郎一座。
"おう、だいぶ、遅れたのう。"
"何?間もなくや。"
スミ子(京マチ子)が、駒十郎(中村鴈治郎)を起こす。
"親方、あんた。"
"うん。着くのか?"
"加代ちゃん、あんた、それ、持って行って。"
"うん。あ、いいのよ。" 
"おい、文芸部。これ、お前のだったな。"
"皆んな、忘れ物ないようにな。ロクさん、ええか?" 
"へい。"
"千秋さん、ええな。"
"ああ、忘れもんないか?忘れもん。"
"♩忘れちゃ嫌よ 忘れないで。"

相生座に、嵐駒十郎一座ののぼりが、はためく。一座は、チンドン屋になって、宣伝。細い曲がりくねった道を、子どもたちが、付いて歩く。最後尾のビラ撒きに、子どもが付いて回る。
"くれよ、ビラ。""ビラ、くれよ。""ビラくれよ、けちんぼ。"
"何言うて、けつかる?お前んとこ、姉ちゃんおるか?"
"おらん。""俺んとこ、おる。"
"そうか。"
ビラを渡す。
"いくつや?"
"12や。"
"阿保。"
"こんちわ。" 
"こんちわ。"
ビラ撒きは、店に入る。
"旦那。お願いします。"
"あ、相生座か。"
"ええ。どうぞ、ご贔屓に。"
"ちょっと、兄さん。今晩からかい?"
"ああ。そうだよ。"
"そう。" 
女はシナを作る。
ビラ撒きは、二階を見上げる。
"やあ、こんちわ。"
"観に行くよ、今晩。"
"待ってます。どうぞ。" 
男が、女を引き込む。
"旦那、奥さん来ましたよ。"
ビラ撒きは、また店に入る。
"旦那、ご繁盛で、結構ですね。"
"いや。"
"ちょっと、マッチ一つ。"
"ちょっと、あんたの名、何て言うの?"
"錦之介。"
"錦之介?" 
"錦ちゃんだよ。"
"あは、やだ。やだよ、あははは。"
二階から、女が降りて来る。
"旦那、また出るわよ、酒。"
"あいよ。" 
"こんちわ。今夜、待ってますよ。"
"お勝さん、一緒に行こうな。"
"店どうするんや?店。"
"どうぞ、待ってますよ。さよなら。"
"さよなら。""さよなら。"
"待ってますよ。"
"ふふ、気前いいよ。あの人。"
理容室。
"そうかな。大阪の役者かな。"
"そりゃ、お前、この辺では、だいぶん、古い顔での。以前、ここに来た事も、あるんやわさ。昔は、道頓堀の角座に出た事あるゆうてのう。" 
"ほうかのう。してみると、それは。"
"動かんで。動くと、切るですよ。"
"おお、怖。切らんでちょうだいね、愛ちゃん。"
ビラ撒きがやって来る。
"こんちわ。おい、しー、しー。"
子どもたちを払う。
"お願い申し上げます。"
"ご苦労さん。"
"いや、暑いですな。もう、敵いませんわ。お嬢はんだっか、ええ器量や。こんちわ。父ちゃんのお手伝いだっか?偉いなあ、感心やな。父ちゃんも、安心でんな。"
"いやあ、もう。"
"ほお、小川愛子。可愛らしい名前やな。な、愛子ちゃん、一人っ子だっか?蝶よ花よだんなあ。お父ちゃんも、安心だんな。やっぱり、ご養子だっか?なあ、愛子ちゃん。貰んやったら、ええの貰ってくらっしゃ。うちなのどうです?頼りになりまっせ。"
"ふふふ。" 
"笑い声、ええなあ。可愛らしいな。ほんまにいいわ。"
相生座に、一座は落ち着く。駒十郎は、鏡の前に座る。
"章吉。お茶一杯おくれな。"
"うん。"
"お帰りなさい。"
"ただ今。"
スミ子ら、チンドン屋部隊が、到着する。
"ただ今。"
"やあ。"
"お帰りなさい。""ご苦労さんでした。"
"ただ今。"
"ああ、暑い、暑い。"
"おい、ちょっと、わいの着物出して。"
"どうするの?"
"ご贔屓さんに、ご挨拶や。"
相生座の旦那(笠智衆)が、やって来る。
"あ、いらっしゃい。""いらっしゃい。""さあさ、どうぞ。"
"ああ。これを。"
"あ、こりゃ、どうも、ありがとうございます。"
"さあさ。"
"親方、相生座の旦那、お見えになりました。"
"やあ、どうも。先ほどは。どうぞ、どうぞ。"
"さあ、どうぞ。"
"何とも、お久しい事で。"
"やあ。暫くやな。"
"ああ。また色々、ご厄介になります。"
"この前は、いつやったかいなあ。終戦後の何も物のない時でのう。
"あれから、12年になりますわ。"
"もう、そないになるかや。"
"えー、早いもんで。"
"だいぶ、顔も変わったようやのう。"
"ええ、何せ、こういう世の中になってしもて。これ、スミ子と申しまして。"
"どうぞ、お引き立てを。"
"やあ。"
"ほれ、この前の時の、何ちゅうたかの?蝙蝠安やりおった。"
"はあ、辰之助だんな。死にましてん。福知山で。"
"ほおかね。何で?"
"脳溢血ですわ。"
"うん。ええ役者やったが、分からんもんやのう。"
"これが、跡取りの、辰之助の娘でして。" 
加代(若尾文子)が、うなずく。
"ほうかや、もうこないになったか、あの時分は、南京豆みたいな子やったけどのう。"
"へへ。"
"南京豆って何?"
"ピーナッツや、落花生。"
"あー、やあだ。"
一同笑う。
"木村さん。なんど、用か?"
"へい。ねえ、親方。今から出掛けますけど、ほかに何か?"
"ああ。あんじょう頼むわ。"
"ぞうよは、向こう持ちで?"
"はは、その方が、ええな。"
"今度、どこや?"
"紀州の新宮で。"
"ほうかね。"
"じゃあ、行って参ります。ごめんなさい。"
"親方、丸大の旦那のお土産で。"
"やあ、これは、どうもすいません。"
"それでは、一つ、お手を拝借。打ちましょう。"柏手2回。"も一つ。"柏手2回。"ゆうて、3度。"柏手4回。"おめでとうございます。"
駒十郎は、相生座を出る。細い、曲がりくねった道を行く。
"あれが、今度の役者かね。"
"だいぶ、爺様やねえ。"
駒十郎は、飯屋に入る。
"ごめんやす、ごめんやす。"
お芳(杉村春子)が出る。
"あ、おいでやす。"
"1本、付けてもらいまひょか。"
"へえ。"
"ここに置いとくよ。"
"おおきに。"
"待っとったのよ。町周りも、さっき通ったし。"
"暫くやったな。ずーっと変わりなかったか?"
"なあ、こっち入んなさい。こっちの方が、風通しがええ。"
"そうか。じゃあ、上がらして貰おか。"
"さあさ。"
"おおきに。まあ、変わりのうて、結構やで。"
"あんたも達者で。"
"ええ、お陰様で。"
"12年振りや。"
"えらい事やったろなあ。一人で、長い事なあ。"
"あんた、こないだ、50肩やって、言うやったけど、どんな?この頃。"
"そんな事、ゆうとったかいな?"
"ゆうてやったやないか?痛い、痛いって。"
"せやったかいな?もう、何ともあらへん。あー、ええ風来るな。" 
"世話かけて、すまんな。"
"あいにく、何ものうて。"
"いや、結構。おおきに、おおきに。清、どないしてる?元気か?"
"ええ。一昨年、高校出て。"
"それは、手紙で知らしてもうたが。'
"ああ、そうやったかいな?今、局に勤めてますわ。" 
"局?"
"郵便局ですわ。アルバイトやら、言うて。ほんとは、もっと上の電気の学校、行きたいらしいんけど。"
"そりゃ、感心や。"
"でも、行かれてしもたら、私も一人になってしまうし。"
"そりゃ、そうや。そら、困るわな。"
"でも、あの子、そのために、貯金までして。"
"そうか。"
"それ考えると、やらせてもみたいし。"
"せやなあ。"
"なあ、清なあ、わいの事、どない思とるやろうか?やっぱり、親父は死んでしもたと思っとるやろか?わいは、お前のほんまの兄貴と、思とんやろか?"
お芳が、銚子を運ぶ。
"さ。"
"ええ花植えたな。"
葉鶏頭の植込み。
"な、あんた、淋し事ない?"
"何が?"
"清の事。"
"言うたかて、始まらんが。ヤクザな親なら、ない方がましや。"
"けどなあ。"
"もう、その話やめとこ。"
"でもなあ。"
"やめときいな。今までどおりで、ええやない。お前には、悪いけど、まあ、ええわい。で、一ついこ。"
"おおきに。" 
"まあ、ええわい。" 
"あ、清や。"
清(川口浩)が帰宅する。
"お帰り。"
"あ、来とったのか、おじさん。"
"うん。"
"せやったら、もっと早く帰っとくんやったなあ。"
"何しとったん?"
"局長さんに、勉強見て貰っとったんや。"
駒十郎は、立ち上がり、清の腕をつかむ。
"大きなったなあ。"
"そら、あんた、昔やったら、徴兵検査やもん。" 
"甲種合格、間違いなしや。""ははは。"
"大きいなりよった。お互いに、年取るのも、無理ないなあ。"
駒十郎は、清を追って、二階に上がる。
"やあ、暫くやなあ。"
"ああ。今度、おじさん、いつまでおるんや?"
"お客さん次第や。半年でも一年でもな。"
"そんなに、お客さん、来やへんわ。"
"へへへ、来るわい。これ、お前、作っとるのかい?"
"うん。"
"なんやこれ?"
"あ、いろたらあかん。今夜、おじさんの芝居、見に行こうかな?何やるんや?"
"来たら、あかん。お前らの見るもんやない。"
"じゃ、誰が見るんや?"
"お客さんやないか。"
"俺かて、お客さんやないか?"
"そりゃ、そうやけど、見んでもええ。しょうもないもんや、見たらあかん。"
"じゃ、そんな芝居、なぜやるんや?もっと、ええ芝居したら、ええやないか。"
"そら、そうもいかんのや。"
"何でや?" 
"どんなええ芝居したかて、この頃の客には、分からへんわい。まあ、やめとき。来たらあかん。あ、この前の時、一緒に釣りにいたな。今は、何かかんねん?"
"さあ、何かな?"
"何でもええ。また一緒に行こう。"
"暑いぜ。" 
"暑うて、構わん。な、行こう。行こ。明日どやろ?日曜やろ。行こ。
"行こか。"
"うん。行こ、行こ。ええな。ほんまに行こな。"
駒十郎は、階下に下りる。
"大きゅうなりよった。ははは。"
"冷めましたやろ。"
"いいや、ええ。なかなか理屈言いよる。やり込めおんねん。"
"へえ。何と言われなはった?"
"賢うなりおった。頭ええわい。"
"はははは。"
夜の一座の公演。
"へえ、いらっしゃい。""へえ、らっしゃい。""へえ、らっしゃい、お二人さん。""へえ、らっしゃい。""へえ、らっしゃい。"
"鉄。"
"へい。"
"貞八。" 
"何です?親分。"
"赤城の山も今夜を限り、生まれ故郷の国貞村を、縄張りを捨て、国を捨て、可愛い子分のてめえたちとも、別れ別れになる門出だ。"
"そりゃあ、何だか淋しい気がしますぜ。"
"雁が鳴いて、南の空に、飛んでいかあ。" 
"月も、西山に傾くようだ。"  
"おらあ、明日からどっちへ行こうか。"
"足の向くまま、心のまま、あてもねえ、終わりもねえ、長い旅に立つんだ。"
"親分。"
"女大統領。"
"円蔵兄貴が。"
"あいつも、故郷の空が、恋しいんだろう。"
女忠治が、刀を抜き、見栄を切る。
"待ってました。" 
"加賀の国の住人、小松五郎義兼が、鍛えた業物を、万年溜めの雪水に清めて、俺には、しょうげえ手めえという強い味方があったのだ。"
"毎度。手え切るな。"
"ああ、雁が行く。烏も鳴くか。"
おひねりが飛び、幕が引かれる。男たちは、幕の隙間から、客席を覗く。
"あれや、見てみぃ。床屋の姉ちゃんや。"
"どれだい?"
"あそこの柱の陰に、手拭い被った婆さんおるやろ?"
"うん。"
"あの後ろの、あ、今、アンパン食いよった。"
"でっけえ、口しやがって。おい、お前のめっけたのどれだい?来てねえのか?"
"来てるさ。あれだよ。タバコ吸ってる白い竹の浴衣の。"
"いい女じゃないか?めっけもんだな。"
"俺のどれだい?"
"お前の来てねえけどな、もっといいんだよ。俺の好みじゃねえけんどな。"  
"そうか。そいつは、楽しみだな。" 
"ダメだよ。ちょっと。"
楽屋。駒十郎とすみ子と加代。 
"えろう、うけとったやないか?入り、どや?''
"まま、七分や。初日にしちゃ、ようないわ。"
"ほら、見といてみい、尻上がりや。"
"そうやったら、ええけど。"
"大丈夫よ。刈谷の時が、そうやったもん。"
"姉さん、このところ、時々、馬鹿に弱気やねえ。"
"でもないけど。"
"心配せんでええわい。任しとき、任しとき。間違いのう、尻上がりや。へへへ。"
一座の役者が、置き屋で、昼間から酒を飲んでいる。
"ねえ、あんた、国定忠治と、あれから、どこ行くの?"
"赤城の山は、下るんじゃねえか?"
"山、下ってからだよう。"
"分かってるじゃないか、おめえのとこに、来るんじゃねえか?"
"嫌だよ、この人。"
"嫌って事はねえだろ?嫌って事は。あ、来やがった。"
ほかの役者が入って来る。 
"いらっしゃい。"
"こんちわ。" 
"よう。こっちだい。"
"暑っちいな。見ろよ、この汗。どうしたんだい?いねえのか?"
"慌てるない。今、来るよ。親方は、どうしてたい?"
"さっき出掛けたよ。"
"まあ、一杯行こう。"
"八重ちゃん、早う。待ってなはるよ。"
大柄な女が、便所から出て来る。
"あーら、いらっしゃい。こんちわ。"
"これか?"
"好みじゃねえか。"
"冗談言うない。"
"いけねえか?"
"ふざけんない。"
"ちょっと、何、話しとん?こっち、向きなさい。"
"いけねえや、涼しくなって来ちゃった。"
"じゃあ、一杯、飲みなさいよ。"
"秋ちゃん、お前って男は、随分、腹が黒いな。見損なったよ。"
"何が?"
"何がじゃ、ねえよ。" 
"はい。"
"おい、見てくれよ。悲しいじゃねえか。"
"兄さん、何?悲しいの。"
"口聞かないでくれ。くにのおっかさん、死んだんだよ。"
"本当?"
"いけねえや。寒気して来た。"
"じゃあ、あっためて貰いなよ。"
また一人来る。
"おう、あんじょうやっとるか?" 
"おい。上がらねえか?"
"ああ。姉ちゃん、何ちゅうねん?"
"勝子。"
"ええ名前やな。千ちゃん、ええの当てよったな。まあ、あんじょうやって。じゃ、俺も、ちょっと行って来るわ。さよなら。"
"さよなら。また来てよ。"
"おい、千ちゃん、千太郎さん。どうしたんだい?"
"俺には、お前という強え味方があったのだ、酒くれ、酒。酒だ、酒だよ。"
"迷わせるよ、この人。旦那、お酒、また出るよ。"
"あいよ。"
置き屋を出た男は、理容室に入る。
"こんにちわ。"
"いらっしゃい。"
"今日は、お父ちゃんは?"
"組合行ったです。"
"そうでっか。偉う暑いでんな。"
"お父ちゃんに、何ぞ、ご用ですか?"
"お父ちゃんは、どうでもよろしいんや。あんたの顔が、見とうてね。へへへへ。"
"いやらしい。"
"ほんまでっせ、愛子ちゃん。私のこの胸、ちょっと触ってみてちょうだい。ねえ。"
"お母ちゃん。"
"ねえ。"
"お母ちゃん。"
"何や?"
"何や?""何ぞ用か?"
"へい。ちょっと髭当たって貰えまへんやろか?"
"愛子。奥、行ってな。"
"どうぞ。"
"へえ。あんまり伸びてまへんな。当たって貰いでも、ええようですな。やめとこかな?"
"おかけ。" 
"へっ。おおきに。"
駒十郎と清は、埠頭で、釣り糸を垂れる。
"おじさん、ちょっとも、当たりないなあ。"
"切れたら、あかん。そのうち、食うわい。"
"お前、頭、暑くないんか?この手拭い被れ。"
"大丈夫や。けど、おじさん、ちいとやり過ぎやな。"
"何がや?" 
"芝居だよ。あそこで、あんなに、目、むく必要ないやないか。"
"何ゆうて、けつかる。あれは、あれで、ええんじゃ。"
"けど、丸橋忠也って、全然、社会性あらへんやないか。" 
"社会性って何じゃい?"
"今の社会との繋がりゆう事や。"  
"何ゆうて、けつかる。丸橋忠也は、昔の人じゃい。" 
"ちぇっ。せやから、おじさん、あかんのや。古いな。"
"へっ。偉そうに。何ゆうて、けつかる。古うてもな、結構、あれで、お客さん、喜んでくれてますわい。"
"お客さんさえ、喜べば、ええのか?"
"もう、やめとけ。芝居の話、すな。ほら、見い。また餌取られてもうたやないか。お前、上の学校に、行きたいんやてな?"
"うん。"
"そらあ、勉強すんの賛成やけど、お母ちゃん一人になったら、可哀想やないか。"
"ええんや。"
"ええ事、あらへん。お母ちゃんの身にもなってみい。ええお母ちゃんやぞ。"
"もう、お母さん、承知しとるんや。ええんや、おじさん。" 
"ええ事、あらへん。お母ちゃん、泣かさんとき。ええお母ちゃんやぞ。"
▶︎スミ子の偽計
相生座。賄いの準備。
"何だ?もっと綺麗にむけや。"
"姐さん。湧いて来ますか?"
"ちょうど、良かったわ。あたしは、もう、出たけど。お水、もうなかったよ。" 
"へい。"
"ああ、ええ風呂やった。親方まだ?"
"ええ。"
"どこへ、行ったやろ?"
"親方、魚釣り行ったんと、ちゃいますか?"
"魚釣り?"
"へえ。床屋で顔当たってもろてましたらな、若い男と、釣り竿持ってな。"
"若い男って?"
"知ってやなかったんですか?郵便局の人やらゆうて。鏡写りましてん。"
"そう。あんた、ここどうしたん?"
"へえ。ちょっと行かれましてん。床屋で。"
"そう。じゃあ、加代ちゃん、あんた、先入りなさい。お風呂。"
"そう。じゃあ。"
"さ、皆んな、ご飯だよ。ご飯、ご飯。"
"じいちゃん、飯だよ、飯。"
"ああ。"
"後にしような。"
"飯だ、飯だ。"
"どやった?"
"あ、お帰りやし。"
"ただ今。"
"お帰り。どこ行ってなはった?"
"皆と一緒にな。"
"釣れた?"
"何が?"
"お魚よ。"
"きっちゃん、どうやった?釣れた?"
"えっ?へへへへ。こいつには、運がかかりましてね、よく膨れたでっかいフグでね、大漁でね。良かったよなあ。"
"冗談言うない。'' 
"へへへへ。"
"お先に。"
"あんた、ほんまに一緒やったの?"
"何?"
"あの人たちとよ。"
"ああ。"
"どこ、行ったのよ?"
"釣りやがな。"
"そう。誰やの?一緒に行った若い人って。"
"あ、ご贔屓さんのぼんぼんや。"
"郵便局の人やって?"
"そんな事、誰に聞いたんや?"
"誰やって、ええやないの?"
"そら、ええけど。誰が喋ったんや?"
"偉う、気にしはるのね?何ぞ、あるんやろ?おかしいわ。"
"何がや?"
"とぼけとるのと違うか?"
"何がや?あ、そうか。お前、妬いとんのか?あははは。あほらし。やめとき、やめとき。はっははは。お前がおるのに、そんな事できるか?あほらし。この年にして。若い時と違うがな?分かっとるやないかい。なあ、分かっとるやろ?"
"ふん。上手い事言うて。"
飯屋で、すみ子は、かき氷を食べる。
"なあ。あんた、知っとるんやろ?ええやないの?教えてくれても。なあ、あんたから聞いたって言わへん、誰にも言わへん、どうや?な。何ぞ、あるんやろ?"
"おい、まー坊。危ないで。"
"あんた、親方とは、古い付き合いやし、な、知っとるんやろ?うちの知らん頃に、ここ来とるんやし。な、ゆうて、ゆうてちょうだい。なあ。" 
"しょうがないわい。" 
"何が、しょうがないの?何がや?な、何がしょうがないのや?"  
"この土地に来たらな、一世の縁や。"
"そうか。やっぱり。な、どこの人?どこの人や?その人、どういう人?な。どういう人や?"
"六三郎に聞いたらええ。"
"六さんも、知っとるのか。そうか。六さんも、知っとるんやな。"
舞台。加代とまー坊が、踊る。おひねりを、小僧が拾い、投げキスする。
楽屋の駒十郎とスミ子。
"ええのか?親方。"
"何がや?"
"こんな入りで。どうして、この土地に来たんやろねえ?"
六三郎が、スミ子を招く。
"何や?六さん。"
"来てます。"
"そうか。"  
二人は、舞台袖から客席を見る。
"どれ?"
"あれです。向こうの隅の柱の前の。うちわ。"
"六さん。ありがと。いずれ奢るわ。"
"いえ。" 
スミ子は、楽屋に戻る。
"ふん。馬鹿にして。"
"どうしたんや?"
"どうもこうも、あらへん?"
"さっきから、何、一人で、ぼやいとんねん?うだうだと。なんぼ努めたかて、お客の来んもん、どないしょうもないわい。雨やないかい。おい、雨か?"
”あー。""ポツポツ落ちて来ましたよ。"
"そうか。弱り目に祟り目や。"
"あーあ。天罰覿面や。"
"何がや?ごちゃごちゃ、ゆうてみたんが、始まらんが。ええ加減にやめとけ。わいかて、頭痛いがな。"
"ふん。当たり前や。始めから分かっとるわ。"
スミ子は、鏡の前の物を、手で払う。
"おい、ええ加減にせい。"
雨脚が、強まる。
雨止まず、駒十郎は、お芳の家で、清と将棋を指す。
"そら、あかん。ちょっと待って。"
"またか。" 
"こう行く、こう来る、こうやって。"
"ええのか?" 
"ええわい、大丈夫。" 
"詰みや。"
"あ、待ちい。こらあかんわ。ちょい待ちい。"
"あかん、あかん。"
"待ち、待ちい。張って悪いは、親父の頭か。こう逃げる、こう来る、あかんか。こうやる、こう来る、これもあかんか。こうやる、こう来る。" 
"何ゆうとんのや?早よ、早よ。"
"待ち、待ち。こうやる、こう来る。"
"早よ、早よ。"
"待ち、ま、ち、い、な。これや。"
スミ子がやって来る。
"おいでやす。"
"一本付けて。"
"はい。"
"なあ、女将さん。"
"はい?"
"うちの親方来てまへんか?駒十郎。"
"あ、見えてます。"
"ちょっと、呼んどいておくれやす。"
"はい。"
"ちょっと。" 
"何や?"
"お迎えや。" 
"誰?待っとれよ。負けたるでな。"
"たまには、一遍くらい、負けたるわ。"
"阿保。今まで雨じゃ。濡れたらあかんで。"
駒十郎は、下に降りる。
"何や?何の用や?何しに来たんや?"
"来たら、あかんのか?"
"何やと?"
"ご贔屓の旦那って、ここの女将さんの事やったんか?" 
"どこ行くんや?" 
"お礼ゆうとくんや、あんたの旦那に。"
"待て、待たんかい。"  
"ええやないか?何や?"
"女将さん。偉いお世話かけますな、駒十郎が。なあ、女将さん、とぼけないでや。"
"帰れ。帰らんかい。"
駒十郎は、スミ子の手を引く。
"何すんねん。"
清も降りて来る。
"ちょいと、あんた。あんた、ここの息子さんか?"
"おい、やめんかい。"
"あんたのお父さん、どういう人?何してる人?"
"おい、何言う?"
"何、慌ててのや?女将さんも、ええ息子さん持って、お楽しみですな。な、女将さん。"
"帰れ。"
"うち、あの親子に言うてやりたい事があるのや。離せ。離さんかい。離せ。"
"阿保。何言う?来い。"
"離せ、離せ。"
二人は、雨の中、出て行く。二人は、未知を挟んで軒下に入り、罵り合う。
"この阿保。馬鹿タレ。何がなんじゃい?ええ加減にさらせ。"
"何が何や?"
"おのれなんぞ、出しゃ張る幕かい?引っ込んどれ。おのれ、あの親子に、何の言い分があるんや?わいがな、せがれに会いに行って、何が悪い?母子に会うのが、何が悪いんじゃい?文句あるか?文句。あったら、言うてみい、阿保。"
"ふん。偉そうに。言う事だけは、立派やな。"
"何?このアマ。"
"ようも、そんな口聞けるな。そんな事、うちに言えた義理か?"
"何やと?"
"忘れたんか?岡谷の事。誰のお陰で助かったと思とんのや?豊川の時かて、そやないか。ご難の度に、頼む、頼むって、その頭下げよって。"
"何?"
"うちがおらんかったら、どうなっとると、思とんのや?そのたんびに、うちが旦那衆に泣きついてやったからこそ、どうにかこうにか、今までもっとんやないか?あんまり、偉そうな事、言わんとき。"
"何を?"
"舐めた真似、せんとき。何やと、思とんのや?"
"何を?何ぬかす。以前の事、考えてみ、山中温泉の紳士やないかい。わいに惚れおって、転がり込んで来おって、どうやら、一人前に慣らして貰ったん、誰のお陰や、誰の。恩を忘れたら、犬にも劣るんやぞ、阿保、馬鹿タレ。お前みたいのもんのなあ、世話にならんかてもなあ、結構、やってけるますのじゃ、結構。何ぬかしやがんねん。阿保、ど阿保。"
"どっちが阿呆よ。阿保はそっちやないか、お前さんやないか。"
"ぬかしやがったな。"
"ぬかしたら、どうやって言うんや。"
"ようし、お前との縁も、今日ぎりじゃい。二度と、あそこの敷居またいだら、承知せんぞ。わいの息子はな、お前らとは、人種が違うんじゃ、人種が。よう覚えとけ。馬鹿もん。くそったれ。阿保、ど阿保。"

相生座。客席は、まばら。舞台の裏に、役者が控える。
"おい、お客さんがさっぱり、来られねえか。"
"こんな入りじゃ、しょうがねえよ。"
"またご難だ。"
"なんまいだだ。"
スミ子と加代。
"加代ちゃん、あんたに頼みがあるんやけど。"
"なあに?"
"ここの郵便局にな、若い男の人がおるんや。清さんいうてな、ちょっといい男。"
"へえー、それがどうしたん?" 
"あのなあ。"  
スミ子は加代にお金を渡す。
"何これ?" 
"とっといて。"
"何やの?"
"あんた、ちょっと、誘いかけてみてんか。"
"誘い?"
"あんたやったら、きっと引っ掛かって来るわ。なあ、頼む。"
"嫌だあ、そんな事。"
"真面目な話やで、加代ちゃん。"
"だって、そんな会うた事もない人。"
"ならええ。嫌ならええわ。頼みがいのない人やね。"
"だって、姐さん。"
"もうええ、もうええ。"
"うちにやれるかな?そんな事。"
"できるよ。せやから、頼むんや。あんたが、にっこりして、白い歯、見せたら、海老でも蛸でも、皆んな岸い寄って来るわ。"
"上手い事、寄って来るかいな。しくじっても、知らんよ。"
"大丈夫、大丈夫。"
"でも、姐さん、どうして?"
"まあええ。やってご覧。ちょっと、あんたの腕試しや。取っとき、そのお金。"
"貰おとこ。おおきに。"
"ほんなら、明日。"
"うん。やってみるわ。"

郵便局で、清が勉強している。加代が訪れる。
"電報用紙ちょうだい。"
"はい。"
"鉛筆も貸して。"
"ここに、ペンあります。"
"私、ペンでは、書けんの。貸して、鉛筆。"
"あなたの芝居、見せて貰いました。"
"そう。あんた、清さん言うんでしょ。"
"どうして、知っておられるんです?"
"ちゃんと、分かっとるもん、聞いたんやもん。はい、お願いします。"
"そこまで、来てくたさい。"
"違う。来てくださいや。"
"宛名は?"
"あんたや。"
加代は、局を出る。
"両角君。ちょっと頼むわ。"
"ああ。"
清は、加代の後を追う。
"今晩、芝居がはねてから、小屋の表まで来て。待ってるわ。" 
お芳の家。盆の飾り。清は、机に向かい、考え事をしている。時計を見る。手鏡で顔をチェックする。 
"お母さん、ちょっと行ってくるわ。"
"何や?今時分。" 
"局に忘れ物、したんや。"
"おい、ごとう、一杯おくれえな。"
"へい。" 
清は、小屋に来る。中で、加代が待つ。清を、中に誘う。
"よう、出て来られたわね。来られんかと、思うとった。あんた、震えとんの?うちも、ほら、こんな。"
清の手を取り、胸に当てる。加代は、キスをする。清も二度、キスをする。三度目は、辺りを伺い、濃厚に。

役者たちが、海水浴。
"はあ、悲しいくらいの青い空だな。"
"何ゆうて、けつかる。でっかいトンカツ食いてえや。"
"おい、腹減ったな。"
"うん。"
"海老の天ぷらかなんかでよ、冷たいビールをぐっとな。"
"うん、扇風機かなんかが、回っちゃっててよ。本当に食ってる奴だって、いるんだぜ。"
"おい、半田のおなご、わしのとこに、葉書よこしおったぜ。絵葉書。"
"俺のとこにも、来たよ。"
"ここんとこへ、ほくろのある奴か?俺のとこにも、来たよ。"  
"何や?3人兄弟かいな。あほらし。"
"へっ。さっき床屋の姉ちゃんがな。"
"ああ、言わんどき。あれ、あかん。あかんねん。"
"そういや、親方も呑気過ぎるぜ。"
"どこ行くんだい?親方、毎日。よく、ちょくちょく、出掛けて行くじゃねえか。"
"どっか、知らないけど、めえちゃんも、気がめえらあな。"
"木村、どうしたんや?先乗り。新宮行っても、何の便りもないのやろ。"
"鉄砲玉だい。" 
"あかんなあ。"
"帰って来ねえんじゃねいかい?来るんなら、とうに、来ているはずだよな。"
"あいつが帰って来なきゃ、どうなるんだい?豊川の二の舞、真平だぜ。"
飛行機が飛ぶ。
"あんなとこ、飛んでやがら。もっとこっちへ来て、冷たいビールでも、落として行けや。"
"おーい。""おーい。"
スミ子は、楽屋で休む。
加代と清は、陸に上がった船の陰で休む。
"ええのかしら?うちら。こんなにまい、会うとって。ええの?局の方。"
"ええのや、頼んできたから。君は、ええのか?"
"うん。もう芝居ないんやもの。"
"どうして、お客さん、来なんだんやろう?"
"もうじき、うちたちも、お別れやねえ。ねえ、来年の今頃、どうなっとるかしら?"
"やめえ。そんな話。"
"きっと、あんた、ええお嫁さん、貰うとるわ。"
"貰わへん。"
"どうして?"
"君はどうなんや?どう思うとんのや?"
清は、加代の手を引く。
"あかん。"
"どうしてや?だあれも、見とらへんやないか?"
"あかんのや。"
"どうして、あかんのや?"
"うち、そんなええ子やないの。そんな値打ち、ない女や。" 
"何言うんや?" 
"うち、初め、あんたを騙すつもりやったんや。何も知らんのに、姐さんに頼まれて。あんたに会うて、あんじょう、あんたが引っ掛かってくれたらええと、思とったんや。"
"そんな事、どうでもええ。初めがどうやろうと、そんな事、どうでもええ。な、どうなんや?君。"
また、加代の手を引く。
"あかん。あかん。あかんのや。うちなんか、相手にしたら、あかんのや。"
加代は立ち上がり、船に手を突く。清は、加代にキスし、加代も応じる。
駒十郎は、お芳の家で、酒を飲む。
"ほんまに、先乗りさん、どうしたんやろなあ?困るなあ。"
"うん。そうそう、丸大の旦那のお倅も、なっとらんしなあ。えらいこっちゃ。"
"ほんまになあ。"
"ええ時はええけど。物食うのが、一番辛いわ。しょうもない商売や。ふふ。清、まだかいな?遅いなあ。早よ帰って来りゃ、ええのに。"
"きっと、また勉強見て貰とんのや。ここんとこ、2、3日、毎晩、遅いわ。だらしょうがないけど、また当分、会えんしな。今のうちに、できるだけ、顔見たいと思ってな。因果なこっちゃい。"
"ほら。"
"また暫くお別れやな。"
"今度、新宮やて?"
"そう、思うとったけど、どないなっとるやら?"
"私も、いつぞ、一遍、行ってみたいと、思うとったんやけど。"
"けど、あそこには、身寄りのもん、だあれもおらんやろ?"
"月乃屋も、戦争の後で、代が変わってもうて、後、どうなっとるか、分からんそうや。"
"水の流れたと人の身ややな。何もかあも、変わってしまうわ。"
"なあ、あの人、どこの人?"
"誰?"
"ここへ来た人。"
"ああ、あれ、あかんねん。堪忍しとくれ、堪忍や。へへ。ひょんな事でな。そんな気なかったんやけどな。ついな、ふとな。"
"あんた。"
"何や?"
"妬いとると、思うとんの?あほらし、この年して、慣れてますわ。あんたの手の早いの。"
"堪えて。そうか。ふふふふ。まあ、堪忍しといて。"
"それよか、どうなん?あの人の口から、清にわかるような事ないの?"
"何が?"
"あんたが、てて親って事。"
"うん。そらまあ、大丈夫や。もう二度と、あいつに、ここの敷居跨がせない。"
"今後、どんな事で、清に。"
"そらまあ、そうなったら、事やけど。そんな事思わんでも、大丈夫や。"
"なあ。"
"きや、あんた、いつまでも、叔父さんて、おる積り?"
"そうやがな。明かさん方がええ。明かしたら、清が可哀想や。"
"でもなあ。"
"まあ、ええがな。わいは、ずっーと、叔父さんで、ええんや。"
駒十郎は、小屋に帰る。途中、清と加代が、向かい合って、立っているのを認める。駒十郎は、その場をな離れ、小屋に戻る。加代が帰って来る。
"おい、待て。お前、今まで、どこ行っとんじゃ?こっち来い。来い。お前、今そこで、誰と会うとった?誰や?言え。いつから、あの男と、知り合ったんじゃ?おい、言え。言わんのか?"
駒十郎は、加代を叩く。
"ええやないの?誰と会うとっても。ほっといて。" 
"何?お前、あの男、どうしようと、思とんじゃい。金でも、ちょろまかそうと、思とんのか?"  
"そう思う?親方。"
"何?とぼけ腐って。お前らのする事はな、どうせ、そんなこっちゃい。言い訳あるか?言い訳。あったら、言うてみ。"
今度は、加代を突き飛ばす。
”無理もないわ。うちなんか、そう思われても。"
"何?"
"姐さんかて、初めは、お金で、うちに頼んだんやもん。"
"なんじゃと、おスミが、何をお前に、頼んだんじゃ。おい、何を頼んだんじゃ。"
"もう、ええ。もう、ええの。"
"言え。言わんかい。"
加代の腕を捻る。
"あ、痛い、痛い。"
"こら、痛けりゃ、言え。"
"姐さん、うちにあの人を、誘惑してみいと、言うたのよ。"
"何?おスミが、そないな事言うたんか?お前に。ほんまか?ほんまに頼んだんやな?ほんまやな?おスミを呼んで来い、おスミ。早よ行かんかい。早よ呼んで来い。早よ行け。"
おスミが、やって来る。
"何ぞ用?"
"ちょっと、こっち来い。"
"何やねん?"
駒十郎は、いきなりビンタする。
"何するんや?"
"このアマ、わいの倅を、どうしよう言うんじゃ?おのれ、どうしよう言うんじゃ、倅を。"
"ふん。お前さんの息子の事なんか、知るもんかい。偉い息子さんや、女役者、色に持って。"
"ちきしょう。ぬかしやがったな。"
"ふん。親が親なら、息子も息子や。"
去ろうとするおスミを、捕まえ、打擲する。
"ふん、悔しいか。とんと悔しがれば、ええわ。世の中は、周り持ちや、そっちばかり、ええ事は、ないのや。骨身に染みて、よく覚えとくとええわ。"
"何?おんどれこそ、よう覚えとけ。ようも、このアマ。阿保。ど阿保。二度と、お前みたいなもんの顔見とうないわ。どこらと、出て行け。腐れ。"
立ち去ろうとする駒十郎を、引き留める。
"待って、あんた。"
"何じゃい?離せ。"
"お前さん、そんなに、うちが邪魔なんか?"
"何?"
"何で、うちがこんな事したんか、分かってくれんのか?あんたかて、あんな人のある事、隠しとってさ。うちの身にも、なってみて。これで、うちとあんたは、五分五分やないか。な、もう、いい加減に、機嫌直してえな。ええやないかな、仲直りしよ。芝居の方もこんなんやし、もう、土壇場まで、来とるんやないか?な。"
"やめとけ。うだうだなんじゃい。今更なんじゃい、今更。泣き言言うない、泣き言。"
"あんた。親方。"
駒十郎は、おスミを振り払い、去る。駒十郎は、楽屋に上がり、お加代の背中を蹴る。
"馬鹿者。ど阿保。" 
▶︎一座の解散
置き屋に、役者衆が、集う。
"偉う、今晩、静かやね。どしたの?"
"どうもこうも、ねえよ。"
"元気出しなよ、元気。"
"おう、もう一杯、中くれ。"
"銭、あんのか?"
"どうにかならあな。なあ、姉ちゃん。"
"それなら、俺もや。"
"俺にもくれ。"
"きっちゃん、持ってんのか?"
"何?"
"銭だよ。"
"ねえ事、分かってんじゃねえか。恥かかせんない。なあ、姉ちゃん。"
勝子の膝に、頭を乗せる。
"痴漢よ、この人。そんなとこ、もそもそ。手、引っ込めなよ。"
"何が?何にもしてやしねえじゃねえか。何、言ってやがんでぃ。"
"やだよ、この人。やいちゃん、行こ。"
"おい、中くれないのか?中。"
"ダメだよ。お金がなきゃ。"
"なあ、おい。親方、いつまで、こんなとこに、ぼやぼやしてる積りやろなあ?"
"待ってたって、もう帰って来やしねえよ。先乗り。"
"うん。だから、俺、さっきから考えているんだ。"
"何をや?"
"うん。まあ、いいよ。"
"何や?言うてみいな、なあ。"
ひそひそ耳打ちする。
"千ちゃん、そんな事、以前、やった事あるのか?"
"ああ。一度だけな。お握り握った時。"
"わいも、あんねん。きっちゃん、どうや?"
"何?"
"大きな声しな。ドロンや。今が見切り時や。親方の大きながま口、ちょっと、拝借してな。どうや?"
"俺は、やだね。"
"けどよ、中も飲めねえようじゃ、しょうがないじゃないか。"
"おら、ごめんだね。やだね、やるんなら、二人でやんなよ。"
"大きな声、しなちゅうに。"
"これは、俺の地声だよ。その代わり、黙っててやらあ。" 
"どうする、千ちゃん。やめとくか?"
"うーん。やっぱりなあ。"
"当たりめえだい。お館の事、何だと思ってやがんでぃ。散々世話になっときやがって。人間っていうものはなあ、恩を忘れたら、文の値打ちもないもんだぞ。何言ってやがんでぃ、呆れて、口も聞けねえや。おらな、おめえ達が、そんな悪党だとは、思わなかったよ。散々、一つ釜の飯食ってきやがって、なんて言う考え、起こしやがんだい。"
"全くや。もう分かった。きっちゃんの言うとおりや、なあ、千ちゃん。"
"うん。言われてみりゃな。"
"あったりめえだ。"
"なあ、きっちゃん、そういう訳や。すまなんだな。機嫌直して。な。" 
"分かりゃ、いいけどよ。あんまり筋が通らない話だからな。"
"分かった。なるほど、悪かった。機嫌直して、飲み直そ。な。おいさん、中三つおくれな。3日やで。"
"いいのか?おい。大丈夫か?"
"任しとき。いざという時のな、これだけは、取っとこと、思たけど、しょうがないわい。"
"詰まんねえとこに、隠してやがんなあ。まだ膨れてるじゃねえか。泥棒よけのお守りも、一緒に入れてるねん。おい、中三つ。あ、来よった。" 
スミ子が、気だるそうに、入って来る。 
"いらっしゃい。"
"おじさん、熱いの。一本付けて。"
"ええ鴨来おった。またしまっとこ。"
"姐さん、いらっしゃい。"
"あ、あんた達、来とったんか?"
"ええ。"
"先乗りから、まだ、連絡ありませんか?"
"うん。何とも。"
"ひょっとしたら、姐さん、あいつ、もう帰って来ませんぜ。悪い野郎だよ、全くなあ。"
"おじさん、中三つどうしたん?中三つ。"
"はい、ただ今。"
スミ子は、物思いにふける。汽笛が鳴る。
芝居小屋。一座の者が、客席に集まる。
"こんなもんかな?"
"こんなのどうでしょう?" 
"うん。しめて、こんなもんですがな。"
駒十郎は、算盤を見せられる。
"うん。もちっと、どうにかならんか?"
"まあ、精々勉強して、こんな所で。"
"それやったら、親方。ぎりぎり一杯ですわ。"
"そうか。いくらにも、ならんもんやな。まあよかろ。皆んなの足代くらいにはなるやろ。"
"では、これで。"
"まあ、ええやろ。"
"もう一遍、行きましょ。"
"おい、文芸部。お前取られたの、写真機だけか?"
"それに、ライターだよ。"
"私も、きっちゃんには、だいぶ貸しが、あるんだよ。"
"一番痛いのは、親方だよ。がま口持って行かれて。"
"ひどい奴やな、あいつ。今度会うたら、ぶっ殺したるわ。"
"いやあ、俺、あん時から、臭えと思ってたんだ。普段、あんな筋の通った事、言う奴じゃ、ねえもん。"
"ほんまや。わいの泥棒よけのお守袋、寝とる間に、鋏でちょん切りよってん。何もかんも、持って来やがって。酷いやっちゃ。"
"千翔さん。"
"はあ。"
"あんた、これから、どうするねん?"
"偉い事に、なっちゃった。"
一座の者は、荷物をまとめ、車座になって、飯を食う。スミ子は、一人、タバコをくゆらす。
"江藤さん。ないのやないか。"
"へい、おおきに。どや?"
"まあ、わいに甲斐性がのうて、こんな事になってしもたけど、そう、悪い日ばかりも、続かんやろ。再起の折には、知らせるよってに、身体が空いとったら、どうぞ、また来とくれ。亀さん、あんた、どこぞ、あてあるのか?"
"へえ、妹の連れが、浜松の台で、漬物屋しとりますんで。" 
"そうか。章吉は、どないすんねん?"
"へえ。もう一遍、前の主人に頼んでみようかと、思うてますが。" 
"そうか。一心田の松の湯やったな?"
"へい。そうです。"
"まあ、堅気になれる人は、なった方がええ。杉山君は、また学校に行きたいと、言うとったな。" 
"ええ、アルバイトでもして。"
"まあ、皆んな、散り散りになるけれど、たまには、一座にいた時の事も、思い出してくれ。辛い事も、多かったけど、面白い事も、ちっとは、あったわいな。"
"ねえ、親方。お別れなんだから、一つ景気良くやろうじゃありませんか?"
"あ、やろやろ。おもろうやろ。"
"姐さん、姐さんも、こっちへ来て、やってくださいよ。お別れじゃありませんか。"
"さあ、姐さん、どうぞ。"
"来てくださいよ、ねえ。"
スミ子は、渋々、輪に加わる。
"さあさ、姐さん、どうぞ。"
"加代ちゃん、どうしたんだい? "
"どうしたんやろ。"
"おばはん、景気よう、弾いてえな。"
"どうぞ。"
"ねえ、親方、今日っきりだから、姐さんとも、仲良くやっておくんなさいよ。"
"やあ、千翔さん、六さん、あんた達とも、随分、長い付き合いやったな。"
"へえ。千翔さん。親方が。"
"良きにつけ、悪しきにつけ、いつも勝手な事ばかり、言わせてもろて、ほんまに長い付合いやった。すまなんだな。堪忍してや。"
千翔は、感極まって、下に下りる。孫が続く。
"じいちゃん、じいちゃん。どうしたんだよ。じいちゃん。"
上では、三味線の伴奏で、よさこい節が、歌われる。孫も、急に、泣き出す。
駒十郎は、風呂敷一つからげて、お芳の家へ行く。
"あ。"
"偉い事になってしもうてん。"
"どしたん?"
"ふふ。とうとう、一座解散や。"
"まあ、そうか。"
"丸大の旦那にも、色々、心配して貰おうたけれど、どうにも、ならなんだ。あの旦那も、ええお方やった。" 
"なあ、ま、お上がり。"
"清、どないしてる?"
"あんた、一緒やなかったの?"
"ううん。知らん。"
"さっき、あんたんとこの若い子が、あんたの使いやゆうて、呼びに来たけど。"
"若い子って?" 
"女の子。"  
"それで、出て行きおったんか?"
"ええ、一緒に。" 
駒十郎は、外に出て、周囲を見渡す。
"なあ、どうしたん?"
"偉い事やぞ。"
"何がや?" 
"清の奴、しょうがないもんにしてもうたぞ。"
"どしたん?清が何ぞしたんか?なあ。"
"うん。偉い事になりよった。"
"何したんや?清。清が、何をしたんや?"
夜の10時半過ぎ。

翌朝。停車場の汽車。
清と加代は、宿の部屋で休む。
"ねえ、何考えとんの?後悔しとんの?"
"後悔なんぞ、せん。僕が、誘たんやもん。"
"けど。" 
"けど、何や?"
"うち、悪かった。来なんだら良かったわ。"
"何でや?"
"あんた、うちみたいなもん、相手にする人やないわ。うちみたいなもん、相手にしたら、あかんのよ。親方にだって済まんし。" 
"どうして、そんな事言うんや?おじさんの事なんぞ、問題やないやないか?"
"だって、あんた、もっと上の学校行って、もっと勉強したいって、言ってたやないの。その方がええのよ。そうしてよ。なあ、あんた、その方が、きっと、後で後悔せんでも、済む。"
"じゃあ、君は後悔しとんのか?僕は、もう学校なんて、どうでもええんや。君との事、お母さんに頼もうと、思とんのや。お母さんだって、きっと許してくれる。許してくれんでも、僕は。"
"あかん。あかんのよ。あんた、このまま帰って、お母さんとこ、帰って。なあ。帰ってよ。"
"帰って、どうせい、言うんや?帰ったら、どうぞなるんや?"
"別れんのや。このまま。ここで。"
"じゃあ、君はどうなるんや?一座は、皆、解散してしもたやないか。"
"ええのよ。うちみたいなもん、構わんといて。どうにかなるわ。どうにかやってくわ。"
"何言うんや。"
"いかん。帰って。ねえ、帰って。帰って。ねえ、いかん。帰って。ねえ、いかん。帰って。"
汽笛が響く。二人は抱き合う。
お芳の家。駒十郎は、縁側で涼む。
"あいつ、どこ行きよったんかなあ?蛙の子は、やっぱり蛙や。手が早いわ。見損のうた。あいつばっかりは、トンビが、鷹産んだと思とったけど。世の中、なかなかそううまいように、いかんもんじゃ。今度ばかりは、この駒十郎も、散々じゃ。あー、何もかんも、屁のかっぱじゃ。"
"けど、あんた。そう悪い方にばかり、考えんでも。"
"けど、お前。貯金まで下ろして、おなごと駆け落ちしおる奴、どこに取り柄があんねん?どこに?ほーんま、見損のうたわ。"
"でも、なあ、あの子は、きっと帰って来るわ。あの子、そんな子やないんやもの。きっと帰って来る。" 
"せやろか?帰って来るやろか?"
"帰って来なんだら、どうなるんや?"
"そうよのう、そりゃそうや。けど、今時の若いもん、何しよるか、分からんもんなあ。"
"帰って来る。きっと、帰って来る。"
"うん。"
"なあ、あの子が帰って来たら、もう、あんた、旅へ何ぞ出んと。なあ、清に本当の事、言ってやって。清かて、そんな事も分からん年でもないんやし。いつぞや、分かるんや。なあ、いつぞは、きっと分かる事なんや。もっと早うに、そうなっとったら、こんな事にもならなんだんや。な、ほんまの事ゆうてやって。なあ、そうしてやって。"
"うん。親子3人、仲よう暮らそか?"
"うん。な、そうして。"
"そうしよか?"
"そうしてくれる?ありがとう。ありがとう。清だって、きっと喜ぶわ。"
"けど、あいつ、一体、どこ行きよったんかいなあ?"
"なあ、一本付けよか?"
"ああ。"
"熱いのな。"
清が帰宅する。
"あ、帰って来た。まあ、お前、どこ行っとったの?"
"どこ、行っとったんや?お前。"
"頼みがあるんや。お母さん。"
"何や?"
加代を呼ぶ。
"何じゃい、お前。どの面下げて、わいの前に出て来おった?阿保。"
"済いません。親方。"
"謝りゃ済むと思うとんか?阿保。"
駒十郎は、加代を叩く。
"何するんや?おじさん。"
"何?"
"謝っとるのに、殴らんでもええじゃないか?"
"何?お前もお前じゃ。母ちゃんの心配が、分からんのか。"
清をビンタする。
"あんた、そんな。"
"ほっとけ。こいつら、口で言うても、分からんのじゃ。"
清にまたビンタし、加代に掴みかかる。
"馬鹿もん。" 
"やめんか、おじさん。"
"何?こいつ。"
"なあ、なあ、やめて。"
清は、駒十郎を突き飛ばす。はずみで、駒十郎は、尻餅を突く。
"何するんよ、お前。" 
"何じゃい?"
"何や?" 
"お前、この人、誰や、思とんのや?お父さんやで、お前のほんとのお父さんやで。何て事するの。"
"そうか。やっぱり。そんな事やないかと、思っとったんや。なあ、お母さん、お父さんは、新宮の役場に勤めとって、とうの昔に死んでしもたって、言うてたやないか?俺は、そう思とったんや、そう思とんや。親父みたいなもん、要らん。今更、そういうもん、欲しゅうない。そんなもん、要らんのや。"
"けど、お前、お父さん、お前を旅周りの役者の子に、しとうなかったんや。お前にだけは、肩身の狭い思いをさせとうなかったんや。"
"何でや?何で?"
"お前にだけは、しっかり勉強して貰うて、立派な人になってほしかったんや。だから、お父さんはな、お金が入れば、お前の学資にって、旅先から送ってくれなはったんや。"
"もう、ええ。もう、やめとき。"
"けど、あんた。"
"おじさん、何で今頃になって、出て来たんや。お母さん、何で今頃になって、そんな事言うんや。そんな勝手な親ってあるか?俺は、こんな親、要らんのや。出てってほしいわ。出てってほしいわ。出て行ってくれ。"
清は、階段を駆け上がる。
"済いません。何も知らなんだもんで。"
"あいつの言うのも、もっともや、もっともな事、言いおるわ。勝手な時に、これがてて親や言うたところで、通用せんのが、当たり前や。"
"けど、あんた。あんただって何も。"
"いや、わいは、やっぱり旅に出るわ。その方がええ。その方がええんや。"
"けど、清かて、もうお腹の中では、折れとるんやから。"
"いや、何もかんも、もう一遍、初めから出直しや。今日は、このまま、今までどおりのおじさんで、別れた方がええ。今度こそは、清のてて親や言うても、何の不足のない立派な役者になって、帰って来るわ。なあ、そうさせてくれ。な、そうするわ。"
"でも、あんた。"
"ま、その折には、引き幕の一つも、祝おうとくれ。"
"親方。うちも一緒に、連れてって。親方のためやったら、うち、生まれ変わって働きます。こんな事で、このまま別れるなんて、嫌や。うち、嫌です。な、親方、お願いします。うちも連れてって。お願いです。"
"おい。聞いたか?可愛い事、言いよるやないか。骨折りついでに、こいつの面倒も、見てやってくれ。何かと、辛う当たって、すまなんだな。堪忍しとくれや。清を偉い男にしてやって。頼むで。なあ、頼んだで。お願いや。"
駒十郎は、家を出る。 
"清さん。清さん。"
"清さん。清さん。親方が。親方が。な。な。早よ、早よ、早う行って。早う。ねえ、早う。"
"おじさんは?おじさん、どうしたんや?どうしたんや?おじさん。"
"お父さんか?お父さんなら、また旅行きはった。"
"清。止めんでもええのや。"   
"このままで、ええんや。お父さんはな、お前が子どもの頃から、この町に帰って来やるたんびに、いつもあんな気持ちで、うちを出て行きなはったんや。このままで、ええんや。お前さえ、偉うなれば。それで、ええんや。"
清も加代も泣く。汽笛が鳴る。
駒十郎は、駅に来る。スミ子がいる。駒十郎は、無視を決め込むが、スミ子が寄ってきて、タバコに、火をつける。
"親方、どこ行くの?ちょっと貸して。"
駒十郎のタバコを取り、自分のタバコに火をつける。
"ねえ、どこ行きなはんの?うち、どこ行こ、思おて、迷っとんのやけど。親方、どこぞ、あてあんの?どこ?ねえ。どこ、行きなはんの?"
"桑名の。"
"桑名のどこ?"
"兼良の旦那にでも、泣き付いてみよと思うとんやけど。" 
"そう。うちも一緒に行こかしら?うち、あの旦那やったら、よう知っとるし。あかん?一緒に行ったら。"
"乗るかそるかや。"
"え?" 
"もう一旗、上げてみようか?"
"うん。やりましょ。やろ、やろ。"
"やってみるか?"
"大丈夫や。やろ、やろ。やりましょ。"
"桑名2枚。"
"おい、お前。あっこの荷物、忘れたらあかんで。"
列車の中。駒十郎は、スミ子の釈で、酒を飲む。
"どう?"
"うん。" 
"はい。"
夜を列車は、とことこ走る。
【感想】
戦前の"浮草物語"のセルフリメイクである。同じ表現者として、旅周りの役者の話に、思い入れがあったのだろうか。キャストも、中村鴈治郎が、キレのある演技。京マチ子も、存在感十分である。両者が対立し、土砂降りの中、道を挟んで罵り合う著名なシーンのほか、二人が諍うとき、演技と共に、セリフが流麗である。
杉村春子も抑制の効いた演技をしている。

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