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一人勝手に回顧シリーズ#小津安二郎編(32)#お早う/テレビが来た

【映画のプロット】
▶︎子どもの遊び
土手の下に並ぶ平家群。土手の上を、歌いながら中学生が歩く。
"おい、ちょいと、押してみな。" 
実が、眉間を押させると、おならが出る。
"僕も。" 
小学校低学年の勇が言う。勇に押させると、また放屁する。
"どうだい。"
実が、幸造の眉間を押すが、おならは出ない。
"ダメじゃないか。"
"おい、どうしたんだい?おいでよ。"
"どうしたんだい?来いよ。"
どうも、漏らした様子。もじもじしている。
"来いよ。"
大久保家。富沢夫人が立ち寄る。
"奥さん。"
"あ、どうも。"
"これ。すいません。あら、インフルエンサ。高くなったわよ、お野菜。" 
"これで、20円。"
"そう。滅多に、お浸しも、食べられないわね。"
"そうよ。ねえ、奥さん。妙な事、聞いたのよ。先月分の婦人会の会費。まだ、収まってないんだって。"
"だって、とうに出したじゃないの。"
"そうなのよ。今ね、西口のマーケットで会長さんに会ったのよ。そしたら、うちの組だけ、まだだって。"
"だって、私、確かに出したわよ。"
"私だって、出したわよ。"
"じゃあ、どう言うの?おかしいじゃない。"
"おかしいわよ。まさかねえ?"
"なあに?"
"ね、お隣。電気洗濯機、買ったじゃない。だってさ、会費まだ届けてないの、おかしいじゃない。"
"奥さん?"
"来た、来た。"
"はあい。"
"婦人会の回覧、ここ置いときましたよ。"
原口きく江(杉村春子)が、声を掛ける。
"どうも。"
きく江が、子どもに声を掛ける。
"お帰りなさい。" 
"ただ今。"
"早かったのね。"
"どうしたの?"
幸造が、とぼとぼ歩いて来る。
"ただ今。"
大久保夫人が、善一を叱る。
"どこ行くの?また、お向かいなんか、行っちゃダメよ。"
"行きやしないよ、勉強するんだよ。"
"ほんとに困っちゃうんですよ。TVばっかり、見たがって。"
"ああ。今、お相撲ね。"
"そうなのよ。"
勉強するフリしながら、善一は、母親たちのひそひそ話に、聞き耳を立てる。善一は、向かいの家に、声を掛ける。
"幸ちゃん、先、行ってるよ。"
幸造は、パンツを脱いで、立っている。
"ねえ、お母さん。出してくれよ、ねえ。"
"どうしたのさ?まだ、お腹が悪いのかい?どうして、パンツ汚すのさ?毎日じゃないか。そんな積もりで、洗濯機、買ったんじゃないよ。"
"お母さん、出してくれよ、パンツ。"
大久保夫人。
"そりゃ、お相撲見るのは、いいわよ。でも、あそこのうち行くと、ろくな事、覚えて来ないのよ。教育上、困るのよ。"
"でしょうね。うちは、まだ付合いないけど、どう言うの?ご夫婦揃って、昼間から、西洋の寝巻き着て。"
"池袋のキャバレーにいたって言うから、無理はないけど。"
"へえー。そういう人。道理で。じゃ、どうも。"
"奥さん、このおソース、おいくらでしたの。"
"ああ、後でいいから。うちも、立て替えていただいてるから、一緒にしましょう。"
"そう。"
"じゃあ。"
幸造も、家を出る。
"こんちわ。"
"やあ、お上がり。"
"うん。"
相撲のTV中継を見る。
"実ちゃん、まだか?"
"まだ。"
"今日は、いい相撲ばかりだな。"
"うん。"
"幸ちゃん、どっちが、勝つと思う?"
"そんな事、決まってるよ。なあ、善ちゃん。"
"決まってるさ、上手投げ、すげえんだもの。"
"そうか。"
"おい、お食べ。"
"うん。"
男の妻が現れる。
"あんた、もう出掛ける時間よ。"
"お隣の坊や、どうしたの?来ないの?"
"呼んでやるか?"
"うん。" 
"おーい、実ちゃん。""実ちゃん。"
窓越しに、呼ぶ。
"来いよ、実ちゃん。""早く来いよ。"
実は、弟の勇と、家を出る。
"行って参ります。""行って参ります。"
"どこ、行くの?"
"英語、習いに行くの。イングリッシュ。"
"勇ちゃんも?"
"そうだよ。"
"またTVじゃないの?お隣、行っちゃダメよ。"
"オフコース、マダム。"''アイ ラヴ ユー。"
"馬鹿ねえ。"
"奥さん。"
"あ。"
"ちょっと。あのねえ、ちょっと妙な事、伺うようだけど、あなたのお集めになった婦人会の会費ねえ、あれ、組長さんとこ、お届けになった?"
"ええ。とうに。10日前くらいかしら。"
"そう。やっぱりねえ。それがね、奥さん。まだ、会長さんとこ、届いてないんだってさ。"
"どうしたんでしょう。"
"それがね、大久保さんの奥さん、おっしゃるのよ、組長さんとこ、洗濯機買ったって。"
"でも、まさか。"
"そりゃ、そう。でも、大久保さんの奥さん、確かにあなたにお渡ししたのにって。"
"ええ。そりゃ、確かにいただきましたわ。じゃあ、組長さん伺ってみましょうか?"
"でもねえ。もしかして。"
"だって、私、確かに。"
"そりゃ、そう。奥さん、間違いっこないわよ。"
"じゃあ、どういうんでしょう?"
"ねえ。"
"困りますわ、私。"
若い男女の家で、子どもたちは、TVを見ている。
きみ江が、やって来る。
"ごめんください。幸造、また来てたの?ダメじゃないか。言う事、聞かないんだね。こんちわ。いつも、いつも、お邪魔ばっかりで、ご迷惑ですわねえ。英語、行かないのかい?実ちゃん、どうしたの?善ちゃんも、お母さんに怒られるわよ、こんなとこ来てて。ほんとにご厄介ですわね、お宅も。" 
"うちは、構わないんです。ちっとも。"
"何してんの、お帰り、お帰り。皆んな、皆んな。"
"僕は、いいんだい。英語行かないもん、もう勉強しちゃったもん。"
"何言ってんの。言いつけるわよ、お母さんに。さあ、おいで、おいで。じゃ、ごめんください。"
子どもたちは、帰る。
"さよなら。""さよなら。"
"アパートに行ったらね、お姉ちゃんが、先生によろしくって。"
"姉ちゃんって、おばさんか?"
"そうよ。あたいだよ。"
"さよなら。""アイ ラヴ ユー。"
実と勇の母、民子。
"何、ぐずぐずしていたの?英語は、どうしたの?"
民子は、大久保家を訪ねる。
"ごめんください。奥さん。"
"はい。どなた?"
"ねえ、奥さん。今、富澤さんから伺いましたんですけど、先月の婦人会の会費ね、私、とうに、組長さんにお届けしてありますのよ。何ですか?大変、ごたごたしているようで、まるで、私の責任みたいで、私としても、ほんとに。"
"あらあ、そんな事、ありませんわよ、奥様。分かってますわよ、お宅じゃない事。嫌ですわ、わざわざそんな事で。"
"でも、私。"
"いえね、ただね、隣、組長さんのとこで、富澤さんが、洗濯機買ったとおっしゃるもんだから、つい。"
"でも、それは、私の方とは。"
"そう。そりゃそう。それは、全然、関係ありませんわよ。でもね、奥様。それが、まだ会長さんの所に収まってないって、どういう事でしょう?一番、ご迷惑なのは、あなたよ。ねえ、奥様。"
"じゃあ、私、一度、組長さんに伺って見ますわ。私としても、責任がありますから。" 
"ああ、それは、およしになった方が、いいわ。そうなったら、組長さん、立場、ありませんもん。"
"でも、私。"
"大丈夫よ。奥様。皆んな、奥様を信用してますもの。誰が黒いか、白いか、そのうち、はっきりしますわよ。安心してなさいよ。犯人は誰だってものよ。ほら、こないだ、駅前の映画館で、やってたじゃないの。"
"でも、私。"
"大丈夫。大丈夫よ。"
アパートの一室、福井の家。実と勇が、遊ぶ。
加代子(沢村貞子)が、声を掛ける。
"何してんの?"
平八郎(佐田啓二)にも声を掛ける。
"あんた、頼まれた翻訳、出来たの?"
"今、やってんだよ。できたかい?おい、読んでご覧。"
"マイ シスター..."
"何て事だい?訳してご覧。"
"私の妹は、3歳で、私より若い。"
"そうか?ちょいと違うな。幸ちゃん、どうだい?"
"マイ シスター イズ。"
"訳すんだよ。何て言うんだい?おい。訳してご覧。おい。"
額を押すと、おならが出る。
"あ、いけない。習慣になっちゃった。"
"何が?"
"ちょいと、ここんとこ、流行ってんだ。試しに、ここ、押してご覧よ。"
また、放屁する。
"はは、馬鹿だな。"
"こうちゃん、大丈夫か?"
"大丈夫だよ。"
"どうしたんだ?"
"俺、毎日、練習してんだよ。お芋食べちゃダメなんだ。軽石、粉にして飲まなきゃ。"
"そんな馬鹿な事、誰に聞いたんだい?"
"善之介のおじさんだよ。"
"そんな事、嘘だよ。それは、からかわれてるんだよ。"
"ううん、ほんとだよ。なあ。うめえんだぜ、あのおじさん。" 
大久保家。善之介が、放屁する。
"あんた、呼んだ?"
"呼ばないよ。"
"そう。"
林家。実と勇が帰宅する。
"ただ今。""ただ今。"
"ただ今。""ただ今。"
"実。あんたたち、どうして、お母さんの言う事、聞かないの?また行ったわね、お隣。"
"いいじゃないか?TV見に行ってんだもん。"
"いけないって、言ってるじゃありませんか。"
"そんなら、TV買っておくれよ。"
"何、言ってんの?"
"買ってくれよ、TV。"
"ダメ、ダメ。さあさ、ご飯よ。"
"はい。"
"おい。"
"ワット イズ ディス。何だい、また、秋刀魚の干物と豚汁かい。"
"贅沢言うんじゃないの。勇ちゃん、あんたも、言いたいの?"
"言わないよ。"
敬太郎(笠智衆)と節子(久我美子)が、帰宅する。
"お帰りなさい。"
"ああ。"
"ただ今。"
"一緒だったの?"
"ええ。駅を降りたら。"
"お帰り。""お父さん、また秋刀魚の干物だよ。"
"勇ちゃん、あんた、言わないって、言ったでしょ。"
"ただ今。"
"おばちゃん、味噌汁美味しかったよ。"
"そう。良かったわね。"
"よかないよ、毎晩だもの。"
"はい。"
"アイ ラヴ ユー。"
"おばちゃん。"
"なあに?" 
"アパートの先生がね、おばちゃんに頼まれた英語、明日の朝まで待ってくれってさ。"
"そう。どうした?今日、若乃花?"
"知らないよ。うちにTVないんだもん。ねえ、お母さん。TV買ってよ。"
"ダメよ。"
"ラジオで分かるじゃないの。"
"ダメだよ。TVじゃなきゃ。"
"ラジオじゃ、見えないよ。"
"ねえ、母さん。TV買っとくれよ。""買ってくれよ、TV。"
"ダメ、ダメ。ダメ、ダメですよ。"
"お風呂、すぐお入りになる?"
"今日、風呂、炊いたのか?"
"誰だ?洗面所で歯磨きこぼしたの。"
"僕じゃないよ。""僕でもないよ。"
"じゃ、誰だ?しょうがないな。"
"僕、知らないよ。""僕も、知らないよ。"
朝。中学生らは、土手の上を歩いて、登校する。先生が通る。 
"お早うございます。""お早うございます。"
"お前ら、道草食ってんじゃないぞ。"
"はい。"
"おい、いいか?"
"うん。"
眉間を押すが、何も起こらない。
"ダメじゃないか。"
善一の眉間を押す。おならが出る。
"お前、押してみな。" 
"僕に押させて。"
勇が押すと、放屁する。
"どうだい。"
"善ちゃん、急に、上手くなったな。"
"芋、食ってんのかい?"
"違わい。"
大久保家。善之介が、身支度する。立ったまま、放屁する。
"あんた、呼んだ?"
"いいや。"  
また、放屁する。
"なあに?"
"ああ、あのね、今日、亀戸の方に行くけど、葛餅でも買って来るか?"
"そうね。買って来てよ。ああ、いい天気ね。"
節子は、平八郎のアパートを訪ねる。
"はい。"
"あ、お早う。"
"お早う。"
"早いですね。"
"翻訳できまして?" 
"今、やってるんですがね、テクニカルタームが多くて、一々字引引くんで、やっと7分かな。"
"会社には、今朝、持って行く事になってるんですけど。後、どうなんですの?"
"そうだな。じゃあ、これだけ持ってってくれませんか。後、今日中にやっときますんで。"
"じゃ、間違いなくね。"
"ええ。あ、加代さん、節子さん。"
"あ、いらっしゃい。あなただと思った。"
"お早うございます。"
"お早う。もう、お出掛け?"
"ええ。いつもご厄介な事、お願いして。"
"いえ、助かってんのよ。いいアルバイトで。"
"雑誌社が潰れてから、ルンペンですからね。何でもやりますよ。"
"じゃあ、いただいときます。どうも。" 
"節子さん。私たちの今度のクラス会ね、椿山荘みたいな所でどうだろうって話があるんだけど、ちょっと、お姉さんに言っといてよ。"
"ええ、そう言っときます。じゃあ。" 
"行ってらっしゃい。"  
"ごめんください。" 
"さようなら。" 
"いい人ね。節子さん。"
"うん。"
"ねえ、あんな人が、あんたのお嫁さんになってくれるといいんだがね。"
"冗談じゃない。僕は、今やルンペンだよ。"
"そんな事、問題じゃないわよ。そう、いつまでもルンペンって訳じゃないし。それより、姉さんの方は、どうなんだい?セールス上手くいってんの?"
"うん。今日、また、オースチン、一台売れそうなのよ。"
"そう。そりゃいいね。"
 
きく江の家。きく江は、出掛ける。
TVの家の男女が、口三味線でリズムをとりながら、通り過ぎる。
きく江は、民子の家を訪ねる。
"ごめんください。お留守ですか?ごめんください。" 
"はい。まあ、奥さん、そんな所から。お玄関から、おいでくだされば、いいのに。"
"いいえ、いいんです。ちょっとお話があるの。"
"まあ、何でしょ?さあ、どうぞ。散らかってますけど、さあ、どうぞ。"
"じゃ、ちょいと。"
"どうぞ。"
"ねえ、奥様。うち、洗濯機買いましたでしょ。"
"ああ、そうでしたね。うちでも、欲しい、欲しいと思いながら、まだ、手が回らなくって。"
"欲しきゃ、お買いになれば、いいわ。なにも、自分のお金で買うのなら、誰にも遠慮は要りませんわ。そら、うちなんか、お宅みたいに、いい暮らししてませんがね。でも、洗濯機の一つくらい、誰の迷惑もかけず、どうにか買えますわ。お婆ちゃんだって、結構、稼いでくれますしね。何も、婦人会の会費ちょろまかさなくても、洗濯機の月賦くらい。ふん。人を馬鹿にして。"
"あの、誰か、そんな事言ってますの?"
"とぼけないでくださいよ、奥さん。自分の胸に聞いてみりゃ、お分かりになるでしょ。"
"何でしょう?"
"私、こう見えて、生まれつき潔癖なんですからね。人様の物には、昔から、指一本触れませんの。なのに、変な噂立てられたら、もう組長なんか真っ平。もう今度こそ、本当にやめさせてもらいます。懲り懲りだわ。馬鹿にして。"
"あの、何のお話なんでしょうか?"
"婦人会の会費ですよ。あなた、会計じゃありませんか。"
"会計がどうかなりましたの?"
"あなた、集めて、うちに届けたとおっしゃったそうね、冗談じゃない。それじゃあ、まるで、私が誤魔化したみたい。はっきり、お断りしときますけどね。うちじゃ、まだ、頂いてませんからね。"
"あら、お届けしましたわ。確かに。"  
"いつ?" 
"先月の末。28日だったかしら。"
"いいえ、届いてません。"
"いいえ、届けました。"
"いいえ、いただいてません。"
"でも、確かにお婆ちゃんに。"
"だったら、お婆ちゃん、私に渡す筈じゃないですか。"
"そんな事、私、存じませんわ。お婆ちゃまに、お聞きになってくださらなきゃ。"
"ごめんください。"
"はい。"
"ちょっと、失礼。"
"あ、こんちわ。奥さんですか?えー、どうです。ゴム紐、歯ブラシ、鉛筆、亀の子束子。"
"あの、うちは、皆んなありますから。"
"そうですか。お有りですか、皆んな。どこのお宅でも、そうおっしゃいますがね。どうです?鉛筆。随分、閑静ないいお住まいだね。"
"あの、うちは、沢山なんですけど。"
"沢山?まあ、そうおっしゃらずに、どうです?鉛筆買ってやってください。よく切れますよ。あ、そちらの奥さん、鉛筆どうです?鉛筆。どうです?奥さん。鉛筆、ゴム紐、歯ブラシ、亀の子束子。おい、奥さん、奥さん。しょうがないな。"
キミ江は、逃げ出す。キミ江は、自宅に戻る。
"お婆ちゃん、お婆ちゃん。"
"何、慌ててんだよ。"
"うちへも来た?押売り。"
"来ないよ。"
"じゃ、来たら出てよ。嫌な奴なの。"
"何だい?どうしたってのさ?"
"ごめんください。"
"ほら、来た、来た。"
"はい。どなた?"
"あ、こんちわ。えーと。ゴム紐、歯ブラシ、鉛筆、亀の子束子、どうです?"
"要らないね。"
"おばあさん、よく切れるんだよ。どうだい?鉛筆。"
"要らないね。"
"そんな事言わないで、買ってくれよ。一本、一本よお。"
"じゃあ、試しに削ってみて、いいかい?"
"ああ、いいよ、いいよ。削って折れるような芯じゃないから。"
"ほら。"
"いいよ。うちんで、削るから。でも、悪いねえ。"
"おばあさん、脱脂綿も持ってるんだがねえ、お宅、産婆さんで要らないかね?"
"要らないね。"
柳包丁を手に、戻って来る。
"どら、鉛筆貸してご欄。よく切れるねえ。この歯ブラシ、いくらだい?"
"50円にしとくよ。" 
"高いね、高いよ。"
押売りは、荷物をまとめる。
"どうしたんだい?帰るのかい?またおいで。閉めといて。"
"どした?帰った?"
"ああ。鉛筆置いて、帰っちゃったよ。ほら。"
"お婆ちゃんにかかっちゃ、敵わないわね。"
"あんなのが、怖くて、産婆ができるかい。"
"あ、それから、お婆ちゃんね。まさか、林さんの奥さんから、婦人会の会費、受け取ってやしないでしょうね?"
"受け取りゃ、お前に渡すよ。"
"そうよねえ。"
"そうだよ。"
"それがね、林さんの奥さん、確かにお婆ちゃんに渡したって言うのよ。先月の末。"
"受け取りませんよ。あ?"
"なあに?" 
"ちょいと、待っておくれよ。これかい?"
"これよ。どうして、お婆ちゃん、早く渡してくれなかったのよ?"
"だって、お前。"
"だって、何さ?お陰で、私、方々で恥かいたんだよ。よっぽど、気を付けてくれなきゃ。あたしは、この組の組長なんだからね。悪い事は、皆んな、私のせいになっちゃうんだからね。やになっちゃうよ、耄碌しちゃって。お婆ちゃん、あんた、ほんと楢山だよ。とっとと逝っとくれ。全く、嫌になっちゃうよ。ろくな事、ありゃしない。かかなくてもいい、赤恥かいちゃって。嫌になっちゃうよ。ほんとにしょうがないねえ。"
"ふん、何言ってやがんだ。一人で大きくなったような口聞きやがって。さんざっぱら、世話焼かせやがって。碌でもない亭主とくっ付きやがって。ふん、偉そうに。あんなガキひり出しやがって。何言ってんだか。あーあ。"
キミ江は、また、民子の家に行く。
"あ、奥様、たびたび。先程は、どうも。どうも、ほんとにとんでもない。いいえね、うちのお婆ちゃんたら、全く嫌になるんですよ。会費ね、もうとっくに頂いてあるって、今になって言うんですよ、ほんとに申し訳なくって、何とお詫びすればいいか?ごめんなさいおしなま。"
"いいえ、お分かりになりゃ、結構ですわ。"
"ほんとにごめんなさいね。私、すっかり、汗かいちゃった。穴があったら、入りたいくらい。ほんとに、さっきの事、水に流してくださいましに。"
"ええ。そんな事、もう、ちっとも気にしてやしませんわ。"  
"ほんとよ、奥様。"
"ええ、もう。"
"ああ、良かった、良かった。じゃあ、どうも。"  
"ねえ、奥様。今の事、誰にもおっしゃらないで。近所が、色々、うるさいから。"
"ええ、大丈夫よ。"
"ほんとよ。じゃあ、ごめんください。"
"ちょいと、奥さん。原口さんの奥さん。"
"ちょいと、奥さん、これ、どう?"
"なあに?"
"ああ、実は、ただ今、特許出願中の防犯ベルなんですよ、盗難・火災などの時に、ここをこう押しますと、大体、150メートルから200メートル四方に、このベルが鳴り響きまして。"
"ああ、泥棒よけ?"
"あるいは、押売りなんかの場合でも。"
"じゃあ、あんた、もう少し早く来れば、良かったのに。お宅に来た?変な押売り。"
黙ってうなずく。
"買わされちゃったのよ、鉛筆。そしたら、ゴム紐も買えって言うの。"
"そういう奴がおりますんで、警視庁方面からも、これは大変、奨励されておりまして、いかがです。奥さん、お一つ。" 
"そうねえ、貰っとこうかしら。お宅どうする?"
"うちは、要らない。凄いのが、あるもの。"
"あるの?" 
"お婆ちゃんよ。あれがいりゃ、大抵の事は、大丈夫よ。ははは。"
きみ江は、家に戻る。
"いいお天気ね。"
"ほんとにいいお天気。"

居酒屋"うきよ"。
押売りが、飲んでいる。
"お、ないよ?"
"お代わりだよ。"
"はいよ。"
防犯ベル売りもやって来る。
"何してたんだ?"
"しょんべん出してたらな、これ売ってやがってたんでな。"
"明日の嘉吉園か?好きだな、お前も。"
"おう、どうだい?3レース、2-4。"
"そりゃ、来ませんよ。来ないね。絶対ないよ。"
"ないかい?"
"ないね。"
"裏目は、どうだい?"
"絶対、ありませんよ。"
"はい、お待ちどう様。"
"そうかなあ?"
"俺にも来れよ。"
"はい。また酒でるよ。"
"はいよ。''
敬太郎が立ち寄る。 
"いらっしゃい。"
"やあ。この前、手袋、かたっぽ忘れてなかったかな?" 
"さあ?あんた、見なかったわね?手袋。" 
"ああ、なかったね。"
"そう。" 
"林さん。"
富沢(東野英治郎)が、声を掛ける。
"おお。"
"まあ、お掛けなさい。まあ、いいじゃないですか?" 
"やあ。" 
"お掛けなさいよ。"
敬太郎は、腰を下ろす。
"おい、俺におでん、くれ。筋。"
"まあ、どうぞ。"
"どうも。"
"はい、お待ちどう。"
"今日は、どちらへ?"
"いやあ、どちらって、当てがありませんがね。まあ、食わにゃなりませんのでね。"
"や、どうも。"  
"あんた、いつです?"
"は?"
"はい、お待ちどう。"
"定年、定年ですよ。嫌なもんですぞ。生殺しでね。会社じゃ、定年になれば、もうおまんま食わないと思ってますがね。おまんまも食やぁ、酒も飲みますわ。かかあは、うるさい事、言いやがるし。探しに行けども、口はなし。どこまで続くぬかるみぞでね。雨が下には、隠れ家はなし。はかないもんでさあ。"
"でも、富沢さん。あんただって、退職金。"
"ダメダメ。向こうだって、考えてますよ。そうは、よこしませんよ。30年、雨の日も風の日もねえ、混んだ電車に揺られて。あーあ、儚い、儚い。"
"富沢さん、富沢さん。"
"ほっとってください。あーあ。"
"おい、こんにゃくくれ。よく煮たの。"
"はい。"  
▶︎抵抗
林の家。
実と勇は、手遊びしている。
"何してるの?ご飯食べないの?" 
"食べないやい。"
"食べないの?じゃ、およし。"
"面白くねえやい。わあーっ。""わあーっ。"
"わあーっ。"
"いい加減にしないと、酷いわよ。"
"何だい?けちんぼ。"
"何とでもおっしゃい。お腹空いても、知らないから。勇ちゃんも食べないの?"
"食べないよ。"
"じゃあ、勝手になさい。"
"わあーっ、わあーっ。""わあーっ。"
"馬鹿ね、いつまでそんな事、してんの?さ、勇ちゃん、いらっしゃい。勇。"
"こら。"
"行かないよ。"
"実、どうして、そう分からないの?お父さんに、言いつけるわよ。"
"平気だい、言いつけたって。怖かねえやい。"
"ほら、お父さんだ。お父さんよ。"
"お帰りなさい。"
"やあ。"
"寒かったでしょ。"
"ああ。駅前から、富沢さんと一緒だった。富沢さん、だいぶ、酔っててねえ。"
"そう。"
"何してんだ?"
"しょうがないのよ、ほんとに。"
"どうした?"
"私の言う事、何にも聞かないのよ。"
"何だい?"
"いけない、いけないって言っても、何かあると、お隣に、すぐにTV見に行くのよ。"
"だから、うちで、TV買や、いいんじゃないか。"
"今日だって、英語に行ってるもんとばかり、思っていたら、またずっとお隣なの。もう行きゃしないのよ。本当に困っちゃう。"
"だったら、買っとくれよ。""買ってくれよ。"
"ダメダメ。"
"じゃあ、いいよ。明日だって行くよ、隣。見たいんだから、しょうがないじゃないか。"
"僕だって行くよ。"
"いけないったら。分かんない子ね。"
"分かんなくて、いいんだい。どっちが、分かんないんだい。うちにないから、見に行くんじゃないか。行きたいから、行くんだい。うちで買ってくれりゃ、行きやしないやい。見たいから、行くんだい。"
"うるさい。" 
"いい加減にして、やめなさい。お父さんに怒られると、怖いわよ。"
"怖かねえやい。へっちゃらだい。"
"黙ってろ。うるさい。"
"うるさかねえやい。そんな事、こっちの自由だい。"
"こらっ。何言う?"
敬太郎は、実の腕を取る。
"何すんだよ。離せよ。離しとくれよ。"
"大体、お前は、口数が多い。おしゃべりだ、やめろったらやめろ。"
"僕、さっきから、何も言わないよ。"
"大体、お前たち、何だ?一つの事を、ぐずぐず、女の腐ったみたい。子どもの癖に、口数が、多過ぎる。少し黙ってろ。"
"ほら、ご覧。怒られたじゃない。"
"余計な事じゃ、ねえやい。欲しいから、欲しいと言ったんだい。"
"それが、余計だ。"
"だったら、大人だって、余計な事、言ってるじゃないか?『こんにちわ』、『お早う』、『こんばんわ』、『いいお天気ですね』、『ああ、そうですね』。"
"馬鹿。" 
"『あら、どちらへ』、『ちょっとそこまで』、『ああ、そうですか』、そんな事、どこ行くか、分かるかい、『なるほど、なるほど』、何がなるほどだい。"
"うるさい。黙ってろ。男の子は、ぺちゃくちゃ、余計な事、しゃべるんじゃ、ない。ちぃと、黙ってみろ。" 
"ああ、黙ってるよ。2日でも3日でも。"
"ああ、その方がいいわ。お母さんも、助かるわ。"
"100日でもだよ。"
"ああ、黙ってろ、黙ってろ。" 
"黙っててみろ。"
"おい、勇、来い。"
"こら。"
"ほんとに、しょうがない。"
"おい、勇。もう、口聞くな。お父さん、お母さん、何言っても、黙ってんだぞ。"
"うん。"
"いいか?ほんとだぞ。"
"うん。"
"どんな事があっても、口聞くな。"
"うん。一つでもかい?"
"うん。試し。"
勇の頭を紙筒で叩き、頬をつねる。
"よし。"
"僕も。"
"いいな?"
"うん。兄ちゃん、たんまはありかい?"
"あり。"
実が放屁する。
"おならは、いいんだい。"
節子が、帰宅する。
"ただ今。"
"お帰り。""遅かったね。"
"ええ。あのね、お姉さん。お姉さんたちの今度のクラス会ね、椿山荘になるかもって、福井さんのおばさん、そう言ってました。"
"あっ、そう。寄ったの?"
"ええ、今も。実ちゃん、勇ちゃんは?"
"部屋よ。"
"そう。"
節子が、実たちの部屋を覗く。
"感心、感心。勉強してるのね。お菓子買ってきたの。食べに来ない?美味しいのよ。"
勇がタイムを要求するが、実が、認めない。
"ほら、こんなの。"
勇は、またタイムを求め、却下される。
"どうしたの?要らないの?食べたくないの?要らなきゃいいよ。皆んなで食べよう。美味しいよ。"
"兄ちゃん、お腹空いたね。"
実は、勇の額を押し、勇は、放屁する。

翌朝。お婆ちゃんは、土手に上がり、手を合わせて、祈る。きみ江が、呼ぶ。
"お婆ちゃん、ご飯よ。お婆ちゃん。"
きみ江は、家に戻る。
"ねえ、あんた。今日、帰りに、この子のパンツ、買って来てくれない?3枚。"
"また猿股かい?"
"ええ。安いんで、いいわ。"
"また食べんの?"
"やめとき、やめとき。そんなの食べたら、いつまで経っても、腹の痛いの治らへんで。"
"はい。"
林家の朝食。子どもも、朝食をとる。
"お代わりは?"
実は黙っている。
"感心、感心。黙っている方が、静かでいいわ。口聞いちゃ、ダメよ。" 
"いつまで、続くもんだか?"
"行って来ますは?"
実は口を聞かない。
キミ江が話しかける。
"ああ、お早う。早いのね、幸造、もう来るわ。"
実は、答えない。
"幸造、幸造。"
勇にも話しかけるが、勇も無言。
"あら、勇ちゃん。お早う。いい襟巻きね。"
幸造に訊く。
"お前、実ちゃんと、喧嘩でもしたのかい?"
"そんな事しないよ。行って参ります。"
"どうしたんだろう。変だね。ほんとにおかしな子だね。どうしたんだろ?"
"何や?"
"ううん。あのね、お向かいの子、挨拶しても、返事しないんだよ。"
"ふーん、そりゃどうしたんやろ?"
"だってさ、二人ともだよ。ちゃんと私の顔見て、知らん顔で行っちゃうんだよ。ねえ、林さんの奥さん、昨日の事、まだ根に持ってんだろか?"
"何や?昨日の事って。"
"会費の事だよ。婦人会のさ。"
"そんな事、根に持っとらへんやろ。誰にもあるこっちゃ。" 
"大体、お婆ちゃん、いけないんだよ。ボケちゃってて。とうに、受け取ってて、黙ってるんだもん。あたしが聞いたから良かったものの、聞かなきゃ、そのままくすねちゃったかも、分かりゃしない。"
"そんな事、しませんよ。誰だって、忘れる事、あるよ。"
"あたし、忘れませんよ。大事な事はね。"
"忘れるよ。知ってますよ。"
"何がさ?あたし、何忘れたってのさ?"
"あたしが立て替えた、先月分のガス代。"
"何だい?それっぽっち。だったら、お婆ちゃんだって、そうじゃない?自分の事、棚に上げて。"
"あー、やめとき、やめとき。ほんまに、もうやめときな。ほな、行って来るわ。"
"行ってらっしゃい。" 
"何言ってんだか。てめえじゃ忘れないって言いやがって。俺が払ったガス代、ネコババしやがって。口ばっかり達者で。どうして、あんな奴が、生まれちまったのか。あーあ。"
きく江が、しげに挨拶する。
"奥さん、お早う。"
"旦那さん、お出掛け?"
"ええ。ねえ、奥さん。あのね、ねえ、変よ?お向かい。" 
"西洋の寝巻き?"
"ああ、あれも困るけどね。林さんよ。"
"なあに?"
"うちでね、ちょいと、婦人会の会費遅らせたら、そのお金で、まるでうちで洗濯機買ったみたいな事、言いふらしているのよ。"
"あ、そう。それは、酷いじゃない。"
"そうなのよ。それで、私ね、文句言いに行ってやったのよ、そしたら、話分かって、ペコペコ謝ったの、そこまではいいのよ、ところがね、奥さん、それを根に持っちゃって、子どもにまで、言いふらして、今朝だって、私が挨拶しても、知らん顔してるの。どういうのかしら?私には、あんな事できないわ。"
"そう。そんな人かしらね?あの奥さん。"
"そうよ、そうなのよ。私、びっくりしちゃった。まさかと思ったけどねえ。"
"そう。"
"気い許しちゃダメよ。小さい事、根に持つんだから。" 
"そう。そうかも知れないわねえ。あ、じゃあ、私、こないだ借りたビール返しとこうかしら?"
"借りたの?ビール。"
"ほら、お宅行ったら、なかったじゃない。"
"ああ、あの晩。そりゃあ、早く返さなきゃダメよ。"
"そうね、そりゃ、いい事、教えて頂いた。"
"お早うございます。"
民子は、挨拶するが、無視される。
民子の家。 
"ごめんください。"
"いらっしゃい。"
"先日、拝借したビール。つい、うっかりしてて。"
"あら、そんなもの、いつだってよろしいのに。"
"それから、いつぞや出していただいたバスの切符。" 
"いいんですのに、そんな物。"
"いいえ、お返ししときますわ。ごめんください。"
その足で、富沢の家に寄る。
"奥さん、奥さんいらっしゃる?"
"やあ、大久保さんの奥さんだよ。"
"あ、いらっしゃい。なあに?"
"ねえ、お宅、林さんから、借りている物ない?あったら、早く返しといた方が、いいわよ。"
"どうして?"
"いえね。林さんの奥さん、とっても小さい事、根に持つんだって。"
"そんな事ないでしょ。だって、これまで随分。"
"うーうん、うん。それがあるのよ。あるんだって。私、驚いちゃった。あの人、インテリみたいに『あたくし』なんて、言ってるけど、見掛けによらないらしいわよ。"
"そうかしらねえ。それじゃあ、こないだミー子、干物咥えて来たけど、やっぱり返しといた方がいいかしらねえ?"
"そりゃ、返しときゃなきゃ。"
"ああ、そうねえ。"
"私も、今、返して来たの。せいせいしちゃった。"

小学校。
"じゃあ、皆んな分かったわね、尻取り遊び。からす、すみ、みかづき、きく。さあ、その次、何でしょう?"
児童が一斉に、手を上げる。
"はい、秋田さん。"
"月光仮面。"
"月光仮面?少し違うわね。きくのくの字よ。"
また、児童が手を上げる。
"はい、あなた。清水さん。"
"はい。赤胴鈴之助。"
"違う、違う。くの字よ、くの字。はい、林さん。"
勇が立つ。
"くの付く物、なあに?言ってご覧なさい。沢山あるじゃないの?くの付く物、なあに?"
勇は喋れない。タイムの合図をする。
"なあに?どうしたの?これなあに?どうしたの?おしっこ?"
指で輪っかを作り、見せる。
"何よ?それ。何よ?なあに?"
実も、教室で指名される。
"おい、読むんだよ。読んでご覧。なぜ、黙ってるんだ?読めるじゃないか?皆んな知ってる字じゃないか?じゃあ、立ってろ。"
"じゃあ、ここまでに、しとこう。あ、明日ね、皆んな、給食費持って来る。忘れないように。いいね。"
小学校でも。
"明日、給食費忘れないでね。分かったわね、分かったら、手上げて。"
児童が手を上げる。
帰宅した実と勇。軽石の粉を食べる。
"兄ちゃん、給食費どうする?お母さん、言っていいかい?"
"ダメだい。口聞いちゃ。"
"じゃあ、どうする?"
茶の間で、敬太郎らが寛ぐ。
"あの子たち、いつまで口聞かないで、いられるかしら?"
"ほっときゃ、いいわよ。反抗期よ。第一とか、第二の。でも、変なとこ、お父さんと似てるわね。"
"何?"
"へそ曲がりで、意地っ張りなとこ。"
"それは、お前に似たんだ。"
"そんな事、ないわよ。ねえ。"
"さあ、どっちかしら?"
勇がやって来る。ジェスチャーで、給食費を示す。
"何よ?なあに?""何だ?"
"何だろう?""何かしら?お兄さん、分かる?"
"やあ。"
実がやって来る。
"何?"
ジェスチャーを始める。
"ああ、建築物?"
実は、うなずく。
"大きいうちね。議事堂?お寺?病院?違うの?学校?"
実は、大きくうなずく。
"学校ね。学校がどうしたの?ああ、学校火事?火事なしね。うん、火事ないわね。お茶飲むの?お茶飲んでどうするの?あ、お茶飲んでから、何か食べるの。うん。うん。うん。あ、お金。お金ね。あ、分かった。学校が火事で、消防さんが来てくれて、火事を消して、お茶を飲んで、お金上げたのね。なあに?"
"何だろ?"
実は、諦めて下がる。
"お姉さん、分かった?"
"うーうん、分からない。何でしょう?"
"うん、何かな?"
"何だろ?"
朝。土手の上で、善之介らが体操する。腰をかがめると、放屁する。
"おじさん、やっぱり、上手いな。"
"お父さん、ガス会社行ってんだもの。上手い訳だよ。"
"実ちゃんねえ、おなら上手くなったら、口聞かなくなっちゃったよ。"
"学校でも、一口も口聞かなくなっちゃたんだぜ。"

福井のアパートに、実と勇。
"おい、どうして、口聞かなくなっちゃったんだよ?黙ってると、不自由だろ?おい、どうして、口聞かないんだい?何か、願掛けてるのか?どうしたんだい?おい。"
実は、放屁する。
"ははは。"
勇が額を押させる。勇が放屁する。
"ははは、馬鹿だな。毎日、軽石、粉にして飲んでんのか?"
実はうなずく。 
"ああ、飲め、飲め。そんな事してたら、お腹の中に石が溜まって、もうじき死んじゃうぞ。"
"ほんと?"
"ほんとだよ。こないだ、動物園で、アシカが死んだろう。解剖してみたら、お腹の中に大量の石が溜まっていたんだ。お客の中の悪い奴が、石をほり込むのを、餌だと思って、食っちゃったんだよ。"
ドアがノックされる。
"誰?"
"こんちわ。"
"あ、君か。"
TVの家の女。
"坊やたち来てたの?どうして、TV見に来ないの?ねえ、このアパート、空いてる部屋ないかしら?"
"ないだろ。おばさんに聞いてご覧。"
"そう。どっかないかな?"
"知らないね。誰が入るんだい?"
"私よ。引っ越しちゃおうと、思って。とっても、近所がうるさいんだもん。ねえ、どっか心当たりない?"
"ないね。"
"ふん。冷たいのね。さよなら。"
入れ替わりに、節子がやって来る。
"はい。あ、あなたですか。".
"こんちわ。来てたの?また翻訳、お願いに来たんですけど。"
"この前の、あれで、良かったんですか?"
"ええ。これ、またどうぞ。4、5日うちでいいんです。"
"そうですか。助かるな、次々。どうも。どうしたんです?この子たち、一言も、口聞かないけど。"
"ああ、あんまり余計な事言うんで、叱られたんです。そしたら、口聞かなくなっちゃって。"
"へぇぇ。そりゃ、面白いな。おい、何言ったんだ?おい、勇ちゃん、おい。どうしたんです?一体。"
"余計な事言うなと言われたんで、大人だって言うじゃないかって。『お早う』、『こんばんわ』、『こんにちわ』、『いいお天気ですね』。"
"ああ、なるほど。そりゃ、そうだ。だけど、そりゃ、誰だって言うな。"
"そうですわ。誰だって、言いますわ。"
"でも、そんな事、案外、余計な事じゃないんじゃないかな?それを言わなかったら、世の中、味もそっけもなくなるんじゃないかな?"
"そうですわ。でも、この子たちには。まだ。"
"そりゃ、分かりませんよ。そこまではね。でも、無駄があるから、いいんじゃないかな?世の中。僕は、そう思うな。おい、勇ちゃん。何むくれてるんだい?おい。"
居酒屋で、きく江の夫と敬太郎が、並んで座る。
"そうですなあ、なるほど。そうかなあ?まあ、一杯いきましょう。"
"あ、あ、もうもう。"
"ご迷惑だっか?"
"いやいや。そんな事。"
"まあ、よろしがな。無駄ゆうたら、酒飲むのも、タバコ吸うのも、無駄だっせ。でも、ええやないですか?"
"うん、そりゃあいいです。"
"ねえ、うちの子が、買うてくれ、買うてくれというのも、分かりまっせ、よう分かる。わしかて、見たいですもん。でも、買えまへんわ。"
"いや、買える、買えないは兎も角、私は、欲しくありませんねえ。誰だったか?TVなんか、一億総白痴化の元だと言ってますからねえ。"
"ほお、そうですか。けど、それ何の事です?"
"いやあ、日本人が、皆んな馬鹿になるって言うんですよ。"
"ほお、そりゃ、偉い事、言いよるな。なるほど、なるほど。けど、そりゃ、どう言う事やろ?"
"旦那、あんた、どう思てはりますの?"
"何です?"
"TVだすがな。"
"あ、TVね。一億総白痴化か。"
"あんた、知ってたはっか?"
"ええ。困ったもんですね、TV。"
"やっぱり、お困りだっか。そういうもんかいなあ?あんまり、世の中、便利になると、かえってあきまへんかなあ?"
"そうですねえ。"
"困ったもんどすなあ。"

成沢が帰宅する。
"ただ今。"
勇が出て来る。
"おう、坊や、来てたのか?よく来たなあ。"
"あ、お帰りなさい。"
"あ、奥さん、すいませんね。うちは、どっか行きましたか?お留守番、恐縮です。"
"あの、お宅、お隣なんですけど。"
"えっ。あ、恐縮、恐縮。"
"お送りしましょうか?"
"大丈夫、大丈夫。"
"はははは。"
成沢が、今度は、自宅に帰る。
"ただ今。いい気持ちだ。"
"あら、またあんた、飲んで来たのね。"
"はははは。今度、大丈夫だ、俺のうちだよ。いい気持ちだ。"
"何が、いい気持ちなのよ?"
"ああ、いい気持ちだ。はははは。ああ、いい気持ちだ。"

朝。TVの女の家。女は、荷物をまとめる。
"ねえ、あんた、できた?"
"今、やってるよ。トラック、何時に来るんだい?"
"3時頃までに来るわよ。早くやってよ。"
"君、やってんのかい?何してんだい?"
節子の家。 
"お姉さん。お隣、引っ越すらしいわよ。"
"そう。何だかんだって、隣近所がうるさいからね。うちも、引っ越したくなっちゃった。"
"だって、どこ行ったって、隣のないうちなんか、ないわよ、今。よっぽど、山の中でも行かなきゃ。"
"そうねえ。ねえ、ネズミ、軽石、齧るかしら?"
"さあ、ネズミは、軽石、食わんだろ。"
"そうねえ。でも、随分、減るのよ。一遍、猫要らず、塗っといてみようかしら?"
"うん。"
実と勇。
"おい、お腹空いたな。ずっと、おやつ貰えないんだものな。"
"兄ちゃん、僕たち、死なないね。もう、軽石よそうね。"
"うん。"
"まだ、石、そう溜まってないね?大丈夫だね?"
"ごめんください。ごめんください。"
"おい、先生だぞ。"
"どうする?"
"来い。"
二人は、裏から逃げる。
"いや、どうも。そうですか。いや、あんまり無駄口が多いんで、ちょっと、小言を言いましたんでね。"
"ああ、そうですか。そう、分かれば、よろしいんですが、小さい方のお子さんまで、口聞かんといいますから。"
"いや、どうも、ご面倒かけまして。やあ、子どもを育てるって、難しいもんですが、どうぞ、学校でも、びしびし、スパルタ式におやりください。ちっとも、構いませんから。"
"いやあ、そうも行きませんが。"
成沢が、顔を出す。
"いやあ、お客さんですか?"
"どうぞ、どうぞ。私、これで、失礼しますから。どうも。"
"どうも、わざわざ。給食費は、明日、持たせてやりますから。"
"はっ。どうも、失礼します。"
"成沢さん。"
"はっ。"
"どうぞ、どうぞ。"
"じゃ、ちょっと、失礼して。やあ、いいお天気ですなあ。"
"そうですなあ。ここんとこ、ずーっと、続きますなあ。"
実と勇は、こっそり、家に忍び込み、飯櫃とヤカンを持ち出す。
"あら、いらっしゃい。"
"いや、どうも。今朝も、散々、家内にやられましてね。"
"まあ、でも、だいぶ、いいご機嫌で。"
"しかし、林さん、喜んでください。何とか、口が見つかりまして。"
"ほおう、それは、良かった。そうですか。"
"いや何、大した会社じゃありませんがね、興亜電気ってご存知ですか?黒門町の。黒焼き屋の筋向かいの、そこの外構なんですがね。"
"ほお、そら、結構でした。"
民子もやって来る。
"でも、これから大変ですわ。一軒一軒回るんですからな、こんな物持って。"
"どれ、なるほど。トースター、ミキサー。"
"あ、洗濯機もありますのね。"
"どうです?奥さん、一台。"
"とても。"
"ねえ、林さん。いかがです?何か。"
"いやあ。" 
"ちっと、高くなりますが、月賦でもよろしいんですがね。"
"そらまあ、あなたの仕事始めのお祝いに、何か一つ、いただかなきゃならんが。"
"ああ、そうしてください。まだほかにもカタログあるんでさ。ちょっと、うち行って、取って来ます。すぐ、ですわ。"
"うちも、そろそろ考えとかなきゃね。"
"何?"
"定年よ。"
"うん。"
実と勇は、河原で、飯を食う。
"おい、お茶飲むか?"
"うん。飲むよ。"
勇は、手に受けて、お茶を飲む。
"兄ちゃん、おんぼろだね。"
"うん。面白えなあ。"
"僕、ご飯。"
また飯を手で受け、食べる。
"美味しいね、兄ちゃん。"
"おかずも持ってくりゃ、良かったなあ。"
"僕、持って来ようか?"
"うん。持って来い。"
"うん。"
土手の上を、警官が歩いて来る。二人は、警官に、見咎められる。
"おい、兄ちゃん。"
二人は、飯櫃を置いて、逃げる。
"おい、早く、早く。"
飯櫃とヤカンは、警官が、交番に置く。
福井のアパートを、節子が訪ねる。
"どなた?"
"ああ、いらっしゃい。"
"こんばんわ。うちの子たち、伺ってませんのね。"
"ええ。どうかしたんですか?"
"あの、昼間も来なかったでしょうか?"
"いや、来ませんよ。"
"どうかしたの?"
"昼過ぎまで、うちにいたんですけど、黙ってどっか、出て行っちゃって。"
"そう。それは、ご心配ね。"
"ええ。でも、帰っているかも知れません。じゃあ、どうも。"
"気を付けてね。"
"さよなら。"
"さよなら。"
"どうしたんだろう?"
"うん。"
"でも、おかしな子たちね。まだ、口聞かないんだろうか?"
"でも、ちょいと、面白いじゃないか。子どもから見りゃ、大人の挨拶なんて、無駄って言や、皆んな無駄みたいなもんだからね。"
"そうねえ。私なんか、その無駄ばかり言って、自動車売ってんだから。でも、言わなきゃ売れないしね。"
"そうだよ。その無駄が、世の中の潤滑油になってんだよ。"
"そのくせ、大事な事は、なかなか言えないもんだけどね。"
"そうだね、無駄な事は、言えてもね。" 
"あんたたち、その口よ。"
"何?"
"好きなくせに、好きだって言えないじゃない。"
"何だい?"
"節子さんよ。いつだって、翻訳か、お天気の話しばかりして。肝心な事、一つも言わないで。"
"ああ、それは違うよ。"
”違わないわよ。分かってるわよ。たまには、大事な事も、言うもんよ。ねえ、一度、見てきてる上げたらどう?"
"何?"
"子どもたちよ。お昼過ぎに出たっきりて、随分、長いもの。"
"うん。行ってみて、やろうか。"
"うん。行ってらっしゃいよ。"
"うん。"
"寒いわよ。沢山、着ていかないと。"
"ああ。"
"駅前の映画館でも、探してみたら?"
"うん。"
9時近く。林家。二人の帰りを待つ。節子が、飯櫃とヤカンを抱えて帰って来る。
"ただ今。実ちゃん、勇ちゃん、帰って来た?"
"まだ。"
"そう。アパートにも、行ってないのよ。どうしたんでしょ?"
"それ、どうしたの?"
"帰りに、交番寄ったら、これがあったの。ガシ橋の原っぱで、これを置いて逃げたの。"
"どこ行ったんだろう?ねえ、どこ行ったのかしら?"
"うん。"
"あたし、ちょっと行って、見てみます。"
"いや、俺が行く。"
"ほんと、どこ行ったんだろう?"
"ああ、困った奴だ。"
"寒いから、沢山、着ていかないと。"
"こんばんわ。"
"はい。"
福井が現れる。
"ああ。こんばんわ。おい、入れよ。"
実と勇も、現れる。
"まあ、どこ行ってたの?あなた、帰って来ましたよ。あんまり、叱ってやらないでください。この子たち、駅前でTV見てましたよ。"
"そう。"
"ああ、どうもすいませんでした。"
"馬鹿ねえあんたたち、心配しちゃったじゃないの。"
"じゃあ、ごめんください。失礼します。''
"ありがとうございました。ほんとに。"
"どうも、すいませんでした。"
"じゃ。さよなら。"
"さよなら。"
"さ、お上がんなさい。"
"いいのよ、もう。お上がんなさいよ。さ、お上がり。さあ、いらっしゃい。"
二人は、廊下にTVの箱を見つける。
"ああ、凄え。"
"TVだね。"
"うち、TV買ったの?"
"お母さん、ほんとに買ったの?"
"そうよ。お父さん、買ってくださったの。富沢さんのおじさんがね、持って来てくださったの。"
"いくら?"
"高いんだぞ。"
"いくら?"
"いくらだっていい。その代わり、二人とも、勉強するんだぞ。"
"うん。するよ。""するよ。"
"ありがとう。""アイ ラヴ ユー。"
"ねえ、あんたたち。お腹空いてないの?"
"ないよ。駅前で、英語の先生に、ラーメン奢っても貰ったんだよ。"
"シューマイも、食べたんだよ。"
"そう。じゃあ、いいのね。"
二人は、じゃれ合う。
"こら、そんなに騒ぐんなら、TV返しちゃうぞ。"
"嘘だよ。あの顔、嘘だよ。あ、笑ってるよ。"
"こら。"
勇は、フラフープを回す。
朝。土手の上を走る小学生。
"行って参ります。""行って参ります。"
"行ってらっしゃい。"
"お母さん、今日、帰ったら、TV見られるようにしといてね。"
"ええ。"
"行って参ります。""行って参ります。"
"お早う。""お早う。"
"幸ちゃん、もう行った?"
"幸造、幸造。"
"お早う、おばさん。""お早う、おばさん。"
"あ、善ちゃん、もう行った?"
"今、行ったわ。" 
"幸ちゃん、早くおいでよ。"
"行って参ります。""行って参ります。"
"ねえ、奥さん。どういうの?今朝。"
"ほんと。口聞いたわね。あの子たち。"
"どう言うんでしょう?ちょ、ちょっと、富沢さんの奥さん。"
出掛ける富沢夫人に、話し掛ける。
"なあに?こんちわ。"
"なあに?"
"ねえ、奥さん。林さんとこの子、今朝は、とても愛想がいいのよ。どうなんでしょう?"
"ほんとよ、お早う、お早うなんて、どう言うんでしょう?"
"ああ、そんな事。あんたたちの思い過ごしよ。あそこのお方、皆んないい人よ。奥さんだって、よく分かってるし。"
"そうかしら?"
"そうよ。思い過ごしよ。あんたたちの。町行くけど、何か買い物、ない?じゃまた。"
"ちょっと、どうしたの?あの人。"
"きっと、何か買って貰ったのよ。電気コンロか何か。でなきゃ、あんなはずないもの。"
"そうよね。現金なもんよ。"
幸造と、林兄弟。
"幸ちゃん、まだ軽石、飲んでんのか?"
"うん。" 
"あれ、毒だぞ。死んじゃうってさ。俺、やめたんだ。昨日から、牛蒡にしたんだ。ちょっと押してみな。"
おならが出る。
"僕も。"
勇が押させ、おならが出る。
"じゃ、幸ちゃん。"
おならは出ない。 
"ダメじゃないか。幸ちゃん、下手になっちゃったなあ。"
実と勇は、歩き出す。
"どうしたんだい?幸ちゃん。"
"俺、一遍、うちへ帰ってくらあ。後から行くよ。"
駅のホーム。節子と福井。
"やあ、お早う。"
"お早う。夕べはどうも。"
"いやあ。"
"どちらへ?"
"ちょいと、西銀座まで。"
"じゃあ、一緒に。"
"ええ。あー、いいお天気ですね。"
"ほんと、いいお天気。"
"この分じゃ、2、3日続きそうですね。"
"そうね、続きそうですわね。"
"ああ、あの雲、面白い形ですね。"
"あ、ほんと。面白い形。"
"何かに、似てるなあ。" 
"そう。何かに、似てるわ。"
"いいお天気ですね。"
"ほんとに、いいお天気。"
きく江と幸造。
"馬鹿だよ、お前。大きななりして。ほんと、しょうがありゃしない。"
"お母さん、僕、死なないね?間違って、軽石、飲んじゃったけれど。"
"死んじゃってもいいよ、お前みたいな子。こんな事で、学校休んで。もう、お腹治るまで、ご飯食べさせないよ。いいかい?"
"お母さん、パンツ出しとくれよ。"
"パンツなんか、履かなくていいよ。お腹治るまで、もうパンツ履くのおよし。"
洗濯物が、風にたなびく。
【感想】
高嶺の花の電気製品の普及期。電気製品の購入を軸に、ストーリーは、展開する。子どもたちは、TVに憧れ、新し物好きの男女の家に入り浸り、財布の紐が固い両親と子どもは対立する。また、隣人の成沢は、新しい職として、電気製品のセールスマンの地位を得る。別途、きく江は、電気洗濯機を買い、婦人会会費の着服を疑われる。
杉村春子が、自己中心的な、強烈なひねくれぶりを発揮する。会費の着服を疑われ、噂の出元の林夫人にねじ込むほか、会費が、家の中で行方不明になっていた事が分かった後も、林家の子どもをが無愛想だと、林夫人が、よからぬ噂を撒き散らしていると、隣の夫人に耳打ちする。天賦の才能と見る。


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