駅のホームで読みたい本に出会う ~『他人の家』

駅のホームで後輩に似た女性がいた。
栗色のショート。焦げ茶のざっくりしたニット。くるくると程よくロールアップされたジーンズ。黒いローヒルは美しく。斜めがけした黒いカバンがしっくりくる(赤いラベルが見えたから「マンハッタンポーテージ」というブランドかもしれない)。全部この女性にすごく似合っていた。すごく似合っている服というのは、まわりにも心地よさを与えるのだなあ。後ろ姿から、この方の大事にしているものがひしひしと伝わってくる。

ああ後輩に似ている。

今年の1月、10年ぶりに後輩に会った。互いに結婚してから、ずっと文通していた。主にハガキで。後輩はとても丁寧な人だから、私のブログ(当時書き続けていた、はてなブログ)の感想を時々書いてくれたりした。
「また書き始めたの」ってこの前伝えて。「えー、読みたいです!」って答えを期待していたけれど、そうは言わなかった。そうなんですね、だったかちょっと忘れてしまったけれど、読みたいです!とは言わなかった。だから伝えないでいる。後輩は、人に気を使いすぎて優しすぎるところがあるから。

駅のホームで、その後輩に似ている女性の後ろに並んでいたのだけれど。私の後ろには老夫婦がいて、時刻表と行き先の掲示を見て「こっちでしょ」「おとうさん、ちがうちがう、こっちこっち」としっかり言い合い、確認中だった。それで、後輩に似ている女性の斜め後ろに並ばなければならなかった。女性は手に本を持っていた。ページをめくる音が聞こえてくる。ページをめくる音がなぜ聞こえてくるのか不思議だった。ちらっと見ると、その本の表紙が青と緑でハッとするほど鮮やかで見とれてしまった。本のタイトルが気になる。あやしまれないように、タイトルを見た。

『他人の家』

忘れないように、他人の家、他人の家、と頭の中で繰り返した。それにしても、カバーをかけたりしないで読む、というのは潔いな、と思ってしまう。私はハウツー系の本を読むことが多いからか、電車の中ではちょっと恥ずかしくてカバーをかけている。カバーをかけないということは、私はこれを読んでいます、と伝えてしまうことになる。この女性がページをめくる音を聞きながら、カバーをかけないでいてくれたことに感謝した。

電車が来て、乗り込んだら偶然女性の知り合いがいたらしい。女性は少し顔を赤らめて、本をカバンにしまった。私よりも年下だと思ったら、私よりも年上の美しい女性だった。目尻のシワがとてもきれいだった。私はいそいで、図書館にリクエストした。

『他人の家』が今手元にある。
おもしろい。ページをめくるたび、あの女性がページをめくった音を思い出す。
一番はじめの「4月の雪」を読み終えた。何だろう。この世界を私も知っている。どうしようもないんだ。父と母が不仲だったのもどうしようもなかったんだ、ってそんなこと「4月の雪」には書いてないのに、そんな気持ちになった。あの何とも言えない重苦しさまでもよみがえってきたけれど、苦しくはない。そうだったな、って思う。

こんな風に私は知らなかった本と出会った。

あの女性があの時、手に持っていてくれて良かった。いそいで読んだりしないで、『他人の家』の世界をゆっくりあじわおうと思う。

『他人の家』
ソン・ウォンピョン、吉原郁子 訳 祥伝社