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ナグ・ハマディ文書を読む

ナグ・ハマディ文書とは、1945年12月、エジプトのナイル川中流域の町ナグ・ハマディ近郊の墓地の地中から、アラブ人の農夫によって発見された、壺に収められた13冊のコーデックス(古写本)に含まれる52のパピルス文書のことである。
アラブ人の農夫はラクダを連れて、作物の肥料に使う軟土を掘りに来ていた。掘っているとほぼ1メートルくらいの大きさの素焼きの壺を掘り当てた。精霊ジンが入っているのではないかとためらわれたが、宝が入っているかもしれないと思い直し、鍬で壺を打ち砕くと、その中には皮で装丁されたパピルス本が13冊入っていた。
3世紀後半から4世紀にかけて筆写されたもので、書かれている内容を伝承史的に考察すると、部分的に2世紀のなかばにまで遡るだろうと言われている。2世紀のなかばといえば、現行の新約聖書所収の27文書のうち最も後期に属する諸文書が成立した年代であり、ナグ・ハマディ文書と新約聖書は、成立年代が重なることになる。
キリスト教は4世紀頃まで、教会が位置する地方により、また属する教派によって、現行の新約聖書27文書以外の諸文書も聖なるものとされ読まれてきた。ナグ・ハマディ文書の大半はこのような聖文書、4世紀以降「正典」としての新約聖書から排除された「外典」に属するのではないかと言われている。
この文書の発見にまつわる報道が世界のマスメディアを駆け巡った。いわく、新約聖書所収の4つの福音書以外のイエス自身の未知の真正な言葉が含まれる福音書が発見された。このトマス福音書を最古の、イエス自身に遡る可能性のある福音書と位置付けるという誇大報道だった。
このトマス福音書をはじめとして、今日では日本語訳でナグ・ハマディ文書を読むことができる。1998年から岩波書店から全4巻で、少し遅れて補遺が1巻出版されている。現在でもオンデマンド版で手に入る。また最近、岩波文庫から「ナグ・ハマディ文書抄」という1冊が刊行されている。主要な文書が精選されている。その他、講談社学術文庫から「トマスによる福音書」がある。福音書本文と荒井献の詳しい解説が載っている。トマス福音書のイエス語録はこんな感じだ。

77 イエスが言った、「私は彼らすべての上にある光である。私はすべてである。すべては私から出た。そして、すべては私に達した。木を削りなさい。私はそこにいる。石を持ち上げなさい。そうすればあなたがたは、私をそこに見出すであろう。」

その他にも「ヨハネのアポクリュフォン」や「真理の福音」など興味深い文書がたくさんある。
ナグ・ハマディ文書にはキリスト教史上最古最大の異端として正統教会から排除されたグノーシス派出自のものが多い。
ナグ・ハマディの東側にパコミオス共同体という4世紀の自給自足による修道共同体の遺跡があり、その北側約8キロ離れた墓地でナグ・ハマディ文書は発見された。文書がもともとパコミオス共同体の蔵書だとする仮説が有力視されている。4世紀なかばにアレクサンドリアの司教アタナシオスがエジプトにある諸教会に宛てて文書を送付し、現行新約聖書27文書のみを聖典とし、その他の外典を読むことを禁じた。この禁令を機に、ある修道士が外典諸文書を焼き捨てるのを惜しんで、壺に入れて地中に埋めたのだろうか。

#ナグ・ハマディ文書
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