極楽のバトルハイスクール③完結編

俺の通っていた高校の偏差値をあらわすようなエピソードが一つある。

時は2001年9月11日。
アメリカでの同時多発テロは日本のヤンキー高校生達にも衝撃を与えていた。
放課後に銀太達数名とたむろし、みんなでおいテロヤバいよな、今度は日本も狙われるんじゃねぇか、などと、テロがなんで起きたのかもよく分からない俺達がビビっていると銀太が「俺、次に狙われる場所、見当ついてるぜ」と神妙な面持ちで言う。

「銀太、マジかよ」

銀太は仲間の中ではギャグも機転が聞いて面白いし、勉強も俺たちよりは出来るので、けっこうアタマのキレる奴だと思われていた。
そんな銀太が次のテロの場所を予想しているというので、全員は真剣な様子でそれを聞いた。

「ズバリ、俺の地元だよ。」

全員が衝撃を受けた。日本、それも銀太の地元をテロリストが狙っていると言うのか。
銀太の地元は俺の地元朝倉とあまり変わらないくらい田舎である。みんながおい、どう言う事だ、お前んちど田舎じゃねーか、とどよめく。
銀太は深くタバコを吹かし、「お前ら何も分かってねーな」的な態度で続けた。

「そう、田舎だ。それでよ、俺の地元めっちゃカントリーあるやん?(※カントリー…カントリーエレベーターの事。米などを保管するタワーで農村によくある。)」

みんなは、おお、あるよな、特にお前の地元やたらあるよな、だけどそれがどうしたってんだよ、んなもんテロリストが狙うかよ、とさらにどよめいた。すると銀太は空を突く様に言った。

「…で、俺ら主食、米やん?」

全員があーっ!そうだ、俺ら米なくなったら餓死する!なるほど、それで銀太の地元を!
銀太すげえ!アタマいいぜ!
同時に全員が震え上がった。みんなは銀太に引っ越しを勧め、銀太もおう、俺もこっちに引っ越しを考えててよ、などと言った。

俺は衝撃を受けた。
こいつら、こんなにバカだったのか、と。

ツッコミ入れるのも馬鹿馬鹿しいが、まずいくら貿易センタービルを緻密な作戦で破壊したテロリストとはいえ、いくらなんでも今回の件と全然関係ない日本の、しかも銀太の地元なんかを把握してるわけないし、ていうか把握していたとしたら恐ろしすぎるし、そして何より銀太の地元のカントリーエレベーター何個か破壊したくらいで日本が飢餓状態になるわけがない、ただでさえ食糧自給率が低い日本の食品事情だが、カントリー何個か爆撃した程度で国が傾くとしたら、そんな弱い国を遥々中東や中央アジアから爆撃しにくるわけねえだろ、と。

しかし自信満々の銀太の語り口には妙にリアリティがあり、しかも聞き手の学力の著しい低さもあり通ってしまっていた。
思えば、銀太は本気で地元でテロが起こると思ってるわけがなく、ギャグのつもりで全員を騙したのだろう。
そして、俺は銀太のその性質には気づいていなかったのだ。


入学からしばらくが過ぎ、徐々に平穏な日々がやってきた。
最初は巨大グループ化していたヤンキー連合もそれぞれに別れて行ったり、凶悪なヤンキーはそもそも学校を辞めたり、または勉強や部活に目覚める者も現る。あの切り裂きジャックのエースケに至ってはサッカー部に入って、謎のヘアスタイルもやめ、立派なスポーツ少年になった。人も色々なんだなあ、と思った。

また、コミュニケーション能力が高い銀太は結局普通に他のヤンキーとも仲良くなり、そのおかげで俺も敵対していたヤンキー達と険悪でなくなってきた。

「自称アタマ極楽」は、もはやネタになっていた。

が、楽しいパンクスに明るいヤンキー達とやっとサイコーなハイスクールライフが始まったと思っていたある日。
銀太と下校していると、非通知でショートメールが届いた。
現代では非通知でショートメールは出来ないと思うが、当時は恐らく出来ていた。この辺は曖昧である。

「アタマ、てめータイマンしろや。xxで待つ。」

と届いた。
銀太が覗き込み、ぞっとした表情を浮かべた。

「ご、極楽これ多分やべえよ、こいつ気合い入りまくってるって。」

頭が良い銀太はこの短文からもヤバさを感じとれるのか、妙にビビっていた。

しかし俺はビビるどころか、アタマに来た。モーレツにアタマに来た。
やっと平和なハイスクールライフを手に入れたというのに、この非通知野郎、まだしつこく俺を狙うというのか。しかも非通知とは失礼にも程がある。

「野郎、ナメやがって。上等じゃあねえか。正々堂々決着をつけてやる。」

俺はその足で、すぐさま地元の仲間がタムロしている市役所の裏に向かった。
地元の仲間はよく集まっていたみたいだが、俺が行くのは久々だった。

「おい、みんな、頼みがあるんだ。実はな…」

と、俺は地元の仲間に極楽自称アタマ騒動から、非通知野郎とのタイマンまでを話した。
仲間は爆笑の渦にのまれ、皆口々に「おいおい、何言ってんだ、実際に極楽こそが俺達H中のアタマだったじゃあないか」「そうだ、胸を張れよ」「みんなお前の背中に憧れてたもんだぜ」「ああ。N中と喧嘩になりそうな時、“喧嘩上等”って書いたハチマキつけて登校してきた時、こいつ危ねえってみんなビビってたぜ」などと全力でネタにされた。

ちなみに最後のだけは本当で、N中とH中がモメて話題沸騰だった時、喧嘩上等ハチマキを巻いて「おい、みんな!喧嘩はやめろよ!」と言って話に割り込み「やる気満々じゃねーか!」とツッコまれるというギャグを俺は連発していたのだ。

「い、いや、みんなちゃんと聞いてくれよ…」と俺が焦っていると、「とはいえよ、非通知でタイマンとか陰湿だしムカつくよな。極楽も一応H中の仲間ってわけだし、そりゃ協力するぜ。」と言ってくれた。

熱い、そして優しい。なんて頼りになる仲間なんだ。
俺、たまにしか顔を出さないのに二言返事で、しかもシレっとアタマを自称していた事話したけど、怒るどころか全員ギャグとしか受け取ってないし。
やっぱりH中OBは最高だ。

読者の皆さんは「おい、お前正々堂々とか言って仲間連れてくるんかい」
とツッコミたくて仕方ないと思うが、これは保険である。
非通知でタイマンを申し込む様な輩が、ほんとうに一人で来るとは考え難い。
H中軍団は普段温厚なだけで、本当は全員強い。
他はまかせて、俺は相手のアタマとやる。
今まで封印していたが、俺は小学生の頃に柔道をやっていたので格闘技の心得はある。
ただ、「柔道はあくまで護身術。自分の心を鍛える為にある。」との教えを守って封印していただけに過ぎない。
今までは護身のうちにも入らないので、相手の為にあえて封印していたが、もう知らん。解放だ。
もうこれまでのバトルである程度喧嘩空手のパターンは見切った、相手が拳を一発入れに来た瞬間、俺はそいつの腕を掴み、背負い投げする。
しかも、一本背負いでだ。
畳以外の場所で背負い投げを喰らった事がある奴ならそのダメージが以下ほどか分かるだろう。ちなみに俺は弟のこうじから喰らわされた事がある。
これで一発KO。そして翌日から俺の事を皆んなはこう言うだろう。
「一本背負いの極さん」と。

などと、翌日俺が闘志を燃やしながら銀太と下校していると、何故か銀太が遠くを見つめて目を合わせない。
こいつ、いつまで非通知野郎ごときにビビってんねんと「おい、銀太、なんか言えよ、どうした。」と言うと、銀太はものすごく気まずそうに「あのさ、あのショートメール…俺が送ったんだよね。」と言った。
「は?」と俺が驚くと「いや、きづくかな、と思って…」と言う銀太。

「気づくわけねーだろ!!地元の仲間呼んじゃったじゃねーかよ!!」

「あ、謝るってのはどうだろう?」

「アホか!!」

その後、俺がどうなったかは想像に任せる。
(完)

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