プロ=びっくり人間、専門家=オタク、凡人=?…158日目
正しく伝統的な「体育の日」(1964東京五輪開会式の日)は、秋晴れ☀
雲はあるが、適度に晴れ、空気は暑い。風は吹く。洗濯物は乾きやすそう。こんな日は遠出するといい(平日だが)。しかし、雨が降って寒すぎた昨日(最高気温17℃とか?)はひきこもり、今日もあまり動きたくない。
7日)パレスチナ自治区ガザ地区を実効支配するイスラム組織「ハマス」が、イスラエルに大規模な奇襲攻撃。民間人含め多数死傷。イスラエルは8日、報復の空爆、宣戦布告。現時点で双方の死者は1600人近くに達する
7日)アフガニスタン西部でマグニチュード6.3の強い地震、これまでに死者2400人超
プロとアマの差を考えてきて
だらだら、まとまらないまま、書く。
ここ最近、ジャニーズ事務所の話が多すぎて、世の中それ以上に大変なことは起きてるが、それが現時点での多くの日本人の関心事ということか。
ことは、一芸能事務所、テレビ局などのメディアという「芸能界」「業界」だけでなく(それだけでも大きな話だが)、スポンサーという一般企業(財界)、あるいは一部噂の範囲だが政界までも巻き込む。同時に、未成年者への不同意性交ともなれば、「一般人」の心もざわめく。
さて、そのこととは別に、結構以前から、芸能界に通ずる芝居、演劇等の世界で「プロとアマの差は何か」を長らく考えてきた。
「優勝者」大勢も、鍛錬の末の「成功」の積み重ねなら良し!?
並行し、食事と筋トレも含めたダイエットも続けていると、ヤフーでやたら「ボディメイク」の記事がアップされる。曰く「〇〇の大会で優勝!」と、筋肉を誇示する男女の写真。正直、以前は「変わった人たち」という目で見ていたが、自分が多少筋トレに挑んで挫折、を繰り返す中で、鍛錬に励み成果を出す人たちに対し、それなりのリスペクトが生まれてきている。
その中で、2つのことに、気づいたと言えば気づいた。
1つは、非常に細かく、組織や大会、クラス、地域等が区分けされていること。従って「優勝者」は大勢輩出される(出場料や組織運営料などの拠出もあるにせよ(想像)、金目だね)。いらぬ批判を気にせず書けば、オリンピックとパラリンピックの種目分けの比較で、後者に近い類かもしれない。
しかし、「成功」して笑顔を見せ、心身が充実していく人が多く輩出されるなら、いいことなのでは。ボディメイクは基本的に自分との闘い(家族の協力が必要な場合があるにせよ)。小さな「成功」をこつこつ重ねることは、人間のメンタルにもいいというではないか。「小さな」というと怒られるかもだが。
そして、ボディメイクに挑む人々のプロフィルが、あまりエリートっぽくないのがいい。医師なども時々いるが、OL、自衛官、元ホスト、等々。そう「普通の人」が励んでいく。
“プロ”≒「びっくり人間」?
2つ目は「びっくり人間コンテスト」の指摘を読んで、考えが勝手に膨らんだこと。
この世界には「プロ」もいるという。あるヤフコメで、「そういう人たちは、『びっくり人間コンテスト』の人」との指摘を読んだ。が、まあ、あまり身体を鍛えない人から見ると、この世界自体が、びっくり……???
……と考えるうちに、いわゆる“プロ”の世界はどのみち(運動、芸能、技能など問わず)「びっくり人間」なのではないかと思い至る。
このプロ、が必ずしも「アマより上」かというと、一概に言えない。たとえばフィギュアスケートだと、アマチュア時代の競技が世間的には注目の的であり、重視されているといえよう。また、芸能などは「それだけで食えているか」更に「周辺の人間を食わしているか」が、プロかどうかだったりする??ただ、一般的には「プロの『技』はアマを超えている」という認識で考えてみるか。
「何か」を犠牲にする“プロ”
で、“プロ”はびっくり人間である。
多くの場合、その「びっくり」度合いで、金を得る。
この「びっくり人間」という言葉の中に、憧憬、尊敬、羨み、妬み、蔑み、憐憫等が、同時に不可分に仕込まれている、と思う、書いている自分ながらなんだか強引だが。
ある「技」を、他人、少なくとも凡人が追いつかないくらい「磨く」には、他の何かを犠牲にしている。スポーツ選手ならば、身体のどこか。大谷翔平選手の肘は勿論、生理が止まるのが珍しくない女子アスリート、などなど。いろんな「職人」の指が曲がり爪が割れていたり、目を悪くしたり、同じ格好の作業で腰を痛めていたり。
そして、スポーツや技能系と違って、他人と差異をつけにくい「芸能」は、何を犠牲にするか。
芸能人は何を犠牲にした「びっくり人間」か。
そこを考えすぎると、暗い闇の思考にとらわれていく自分を感じ、一応、ここで止めておく。
「プロのサラリーマン」は?
ところで、一般人だって何かを犠牲をにして何かを得る。
ただ、その「度合い」、リスクとリターンの度合いが異なるのだろう。
「プロのサラリーマン」は母数が多いうえ、リスク・リターンが低い。そもそも「突出」していないので、プロとは言い難いか。
また、「専門家」は「オタク」である、としておく。「専門家」は「それで食う」ことができずとも専門家、である、という分類。
とまで、だらだら考えたことを書いて、今日は突然、終了。
皆さまのご健康を。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?