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【詩No.3】月夜のとんぼ

今夜は満月である。
遥か彼方のまあるい月が、地球上の、ほんの僕の頭上のわずかな雲を、あかあかと白く染めている。
月をかこむように見えるそれら散り散りの白い雲たちは、僕に何をも語りかけることもなく、ただ浮かんでいる。
じっと雲を見るも、動いているようには見えない。
上空ではどんな風が吹いているのだろうか。
八月の生暖かい夜風に身をさらしながら、僕ははたと考える。
はたして、上空から僕はどんなふうに見えるのだろうか。
そんなことも考える。
月明かりを避けるようにして輝く星たちは、あの光の元となる星は、はたして今も存在しているのだろうか。
そんなことも考える。
僕は、このちっぽけな僕は、明日も仕事に出かけるとして、果たして十年後、二十年後、存在しているのだろうか。
ーー。
ここでいつも思考は止まる。
当たり前のように考える明日が来なかったらどうしよう。
一年後が来なかったらどうしよう。
十年後が来なかったらどうしよう。
ときおり僕は、そんな漠然とした不安に全身を覆われることがある。
怖いのは死ではなく、死ぬ間際に襲ってくるであろう苦しみなのだ。
何度考えても、思考はそこに落ち着く。
なんだい、臆病だな。
いつからそんな、臆病者になった。
どこかからする声に耳を閉ざして。
いったいこれからどうして生きてゆくつもりか。
人生も半分を過ぎて、がぜん現実味を増してきた残りの人生を、思う。
「残りの人生ーー。」
改めて言葉にしてみると、なんとまぁ一瞬で通り過ぎていくことよ。
そんなふうに、後から見れば一瞬に過ぎないであろう残りの人生のまさに一瞬を、今、現在進行形で経験しているのだ。
であれば、この時間をどう使う?
ぼんやり月をながめながら、今夜くらいはと盃を傾ける。
昨日もそんなだった気がするが、忘れやすい身ゆえ、まぁいいかで今宵も済ませている。
残りの、人生ーー。
果たして何を為して、何が成るのかーー。
それは誰にも分からないが、ただひとつ、天だけは己の証明者だという気概でいきたいものだ。
でも西郷隆盛はその気概で自死に追いやられたのだっけ。
西郷よりは、長生きして事を成した数多の偉人にあやかりたいなぁ。
そんなことを考えていると、ぼんやりとした視界に突如現れた影が二つ、三つ。
それは気の早いとんぼだった。

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