2020年ベスト映画を振り返る
【2020年ベスト映画】
1. 「はちどり」
2. 「ソウルフル・ワールド」
3. 「フォードvsフェラーリ」
4. 「幸せへのまわり道」
5. 「ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー」
6. 「ハーフオブイット:面白いのはこれから」
7. 「のぼる小寺さん」「アルプススタンドのはしの方」
8. 「サウンド・オブ・メタル -聞こえるということ-」
9. 「燃ゆる女の肖像」
10.「ラストブラックマン・イン・サンフランシスコ」
11.「私をくいとめて」
12.「ディック・ジョンソンの死」
13.「ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語」
14.「フェアウェル」
(年間総鑑賞本数: 新旧作合計116本/うち新作60本)
総評
2020年ほど、誰もが人生を賭けた待ったなしの決断と選択を迫られた年はありませんでした。極限の状況のなかで積極的に何かを選んだ人。限られた手のうちから消去法で最善策を選ぶほかなかった人。「やらない」という選択肢を見つけた人。誰もがたくさん迷い、精一杯決断し、一歩を踏み出した一年でした。
また、他人と自分のあゆみの速度の違いに、不安を抱き続けた人も少なくないはずです。「自分は人生を一歩も前に進められていない」。そう気づいてしまった、あるいはそのように思い込んでしまい、悩みを深めた方も多かったはずです。
2020年、僕らはずっと不安でした。そして必死に、この世界のなかに「自分が機能する場所」が無いかを求め続けたんだと思います。
何かを決断するにはエネルギーが要ります。決定的な選択を無意識に回避するのは人間の本能で、大きな選択の機会を前に自分を100%信じきるなんてことは、余程パワフルな人か能天気な人以外にはできません。
だからこそ、映画の出番です。僕自身、2020年ほど映画をそして物語を求める態度が切実だった年はありません。今ここに選んだ15本にはどれも「この世界は生き続けるに足る」と信じさせる力があります。勇気を振り絞ってもう1回頑張ってみる。思っていた道筋とは違っても、歩みを止めず自分の在り処を求め続ける。
自分の生き様を決める「信念」として完成されるより前の、まだ名前もつかぬ「心のざわめき」みたいなものを、そっと先回りして輪郭づけてくれるのが映画だったし、2020年は図らずもそういう作品が多かったのだとも思います。
想田和弘監督の映画『精神0』では、82歳まで患者を診続けた山本医師の手元に武者小路実篤のこんな格言がありました。
「この道より我を生かす道なし この道を行く」。
2021年を迎え、僕らの「我を生かす道」の探究はいっそう切実になっていくのだと思います。そんなとき、あなたの決断に寄り添い、励まし、新しい居場所まで伴走してくれる、心強い15本としてこれらの作品をお勧めしておきたいと思います。
14.「フェアウェル」
余命宣告を受けたおばあちゃんに、家族がついたやさしい嘘。孫娘である主人公は祖母との死別までのあいだに人生と向き合い、自らを肯定する力を獲得していく。
オール中国人キャストのハリウッド映画&移民家族の物語という意味では93年「ジョイ・ラック・クラブ」と比較してみるのも楽しく、音響効果-音楽-映像をシームレスに繋ぎ渡して人物の感情を先導する演出もユニーク。そしてどうか、こんな嘘なら良いものだ、という感想は、ラストまで取っておいてください。
13.「ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語」
これまで「芽が出ずにくすぶる表現者」という役柄を、自己像を重ねながら演じ/演出し続けてきた女優兼監督のグレタ・ガーウィグ。自ら監督を務める本作で、いよいよその想いを”昇華”しきったことにまず感動してしまう。
大ネタ「若草物語」をいま映画化し直すことに、誰よりも現代的な意味を与えきった見事な翻案で、キャスト・演出いずれも瑞々しく輝いている。何よりここにはひとつの芸術を生み出して世に遺していくことへの、執念にも似た強い意志と、清々しい希望があります。
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12.「ディック・ジョンソンの死」
認知症がはじまり、死期も間近な父との死別の準備を、映像作家である娘が記録したドキュメンタリー作品。と聞けば重たい映画と敬遠されそうだが、そうではない。劇中あの手この手で父が死ぬ場面を撮りまくっては笑い合う。この撮影クルーは決して不謹慎なのではなく、抗いがたい死別という悲劇に「映画」というフィクションとユーモアの力で対抗し、関係者一同で来たるその時への心の準備を重ねているのだ。という企みを、現実半分のドキュメンタリーでやっているところに、この映画の巧みさがあります。ラストまで見てもらえば虚構を借りて現実を更新できる「映画」だからこそたどりつける、今このときを慈しむ眼差しをきっと感じてもらえるはず。
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11.「私をくいとめて」
「ひとりでいること」によって生きづらさを誤魔化してきた主人公が、少しずつ世界との付き合い方を見つけていく奮闘劇をコミカルかつドラマティックに描く。主人公が”おひとりさま”を気取る背景には(特に女性には他人事でない)現代社会のグロテスクな不公平や無力感が隠されている。心と体はそう簡単にひとつにならない。もがく主人公の姿に、多くの人が共感されるものだと思います。
大九監督は「勝手にふるえてろ」に次ぐ綿屋りさ原作とのタッグで、相変わらず抜群の日本語感覚も愛しく、主演女優を際立たせる演出も比類がない。のんちゃんは、ほんとに怪物。
10.「ラストブラックマン・イン・サンフランシスコ」
幼少期を過ごした家にもう一度住まうべく奮闘する、黒人青年の物語。自分を自分たらしめてきた「何か」を失うとき、人間を支えてくれるものとは。そしてやがてその頼りにしてきたものに寄りかからず、自らの足で、自らの価値を切り開く。その次なる一歩を踏み出すまでのドラマである。
サンフランシスコの冗談みたいに晴れやかな陽光に照らし出された、美しく現実離れした絵画的な画面は、ひるがえってこの街の虚構性を際立たせ、落とす影も濃くしている。
街とはいったい、誰のものか? まちづくりや都市計画を仕事にされている方はどうか見ておいて欲しい一本で、その際にはドキュメンタリー映画「ジェイン・ジェイコブズ ニューヨーク都市計画革命」の二本をセットにご覧になるのもオススメです。
9. 「燃ゆる女の肖像」
映画が生まれて120年余、およそあらゆる表現は出尽くしたようにも思えるが、数年に一本は「映画」という表現様式自体を更新するような傑作が現れるもの。
画家とモデル、惚れた者と惚れられた者、オルフェウスの挿話。それらすべてを「視線」というテーマで糸を通し映画の骨格を組み、横糸に女性の連帯/シスターフッドや、男権的な社会のなかで予兆される女性時代の文脈を走らせる。「思い出」に足を留めるか、「愛」を歩み抜くか。純化を重ねて清潔に完成された画面と、どこから切っても「映画」にたどり着く見事な演出。何度でも鑑賞するに足る圧倒的な傑作。
8. 「サウンド・オブ・メタル -聞こえるということ-」
ヘヴィメタルバンドのドラマーである主人公が、聴覚を失っていく。これもまた自分を自分たらしめるものを失ってしまう人間の物語。
いまこの瞬間も治療を続けている方もおられるだろうから発言は慎重を期さねばならないが、劇中、刻々と失われていく聴覚を必死で引き止めようとする主人公の”あがき”に、2020年の私たちが重なる。どんなに執着しようにも取り返せないもの。それをそのまま認めて新しい常態へ、次なる世界へ、自ら踏み出すか、どうか。映画の結末は皆さん自身で見届けて欲しい。
そして何よりこの映画はイヤホンあるいはヘッドホンでの鑑賞が絶対オススメ。難聴の主人公を追体験させる緻密なサウンドデザインは、単なる演出を超えてこの映画の語りに不可欠な効果をもたらしています。
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7. 「のぼる小寺さん」「アルプススタンドのはしの方」
毎年お約束の2作同時ランクイン、今年は日本の青春映画二本から。どちらも最高に素晴らしいのに加え、両者とも「天才と凡人」という共通のテーマで結べる2本でもありました。
2020年、きっとどなたにも、コロナ禍のなかで「こんな逆境なのに、なんであの人あんなに頑張れるんだろ」と圧倒され「それに比べて俺は…」と不甲斐なさを覚える場面があったことだと思います。ならば、不甲斐なくて結果を出せない僕らは、この世界に居場所が無いのか。否。凡人には凡人なりの頑張り方がある。彼らほど大胆な決断には届かずとも、せめて自分を裏切らず精一杯やり通し、爪痕ひとつだけでも残すような戦い方ならできるはず。そう信じる気力を、僕はこの2作に泣かされながら授かったのだ。どちらも新年一発目に見るのに良いですよ。
→「のぼる小寺さん」本編はこちら>→「アルプススタンドのはしの方」本編はこちら>
6. 「ハーフオブイット:面白いのはこれから」
論文の代筆業で小遣稼ぎをしている女学生エリー・チュウが、アメフト部の気の良い青年ポールからラブレターの代筆を頼まれる。手紙の相手は、チュウが密かに想いを寄せる美少女アスターだった。
この夏、誰に会ってもこの映画を激奨して回るほど入れ込んだ作品で、巧み極まる脚本から、登場人物間のジェンダー設定、文学やクラシック映画からの洗練された引用を織り込む演出に至るまで、どれもがフレッシュなバランスで、品が良い。チャーミングなラブコメとして楽しむもよし、緻密に構成された作品の奥行きを味わい尽くすのもよし。まぎれもなく2020年を代表する一本です。ぜひ。
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5. 「ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー」
出ましたブックスマート。誰もがこの映画を紹介するとき口を揃えるように、今後あらゆる「学園映画」そして「LGBTQ映画」は、総じて「『ブックスマート』以前/以後」に分かれるしかない。それほどジャンルの価値観を更新してしまう決定的な作品でした。
見た目がちょっとキモいヤツでも、クラスで終始ハマってないヤツも、同性のコに惚れてるヤツも、それ自体でスクールカーストの劣位に置かれるなんてダサい時代は、もう終わり。一人ひとりが自分を肯定し、自信持ってまんま生きてさえいりゃそれだけで「あんたクールじゃん」となるのが今のモードよ、という新しい価値観を高らかに宣言しきった本作の果たした役割は、大きい。
終始大好きなシーンしか無い作品ですが、なかでもやっぱり冒頭のご挨拶ブレイクダンス、そしてヘマして落ち込み自分を責め始める友人に平手打ちをかまし「お前なにわたしの親友を悪く言ってんだ許さんぞ」とキメるシーン。最高でしょ。2020年以降の世界は、一人ひとりが輝いてさぞまぶしかろう、と信じられる。これまた新年一発目に見るのに絶好の作品ですね。
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4. 「幸せへのまわり道」
アメリカでは知らぬ人はいない子供向け番組「Mister Rogers' Neighborhood」で長らくホストを務めるフレッド・ロジャースの取材を命ぜられた、ジャーナリストのロイド。穴埋め記事の取材仕事に、はじめは気の進まないロイドだったが、煙に巻かれるような初対面から、徐々にフレッドとの対話を通じて自らの人生を見つめ直していく。
実在するEsquire誌のインタビュー記事に着想を得て作られた映画。一見心優しき初老男性が、悩めるジャーナリストを救うほっこり映画かと思いきや、それどころではない。映画冒頭から実在の番組「Mister Rogers'〜」が始まり、映画本編と劇中番組を行ったり来たりしながら物語を進行させることで、映画を見ていたはずの観客は、いつの間にかロジャースの番組の視聴者へとなり替わっている。
ここには「当時フレッド・ロジャースが番組を通して伝えようとしたこと」を、できる限りそのまま観客に追体験させたかった作り手たちの気迫がある。それほどに現代性のあるメッセージとは、果たしてどんなものか。は、どうか映画を見てご確認ください。
間違いなく今の私たちに力を与えてくれる、とても大切なものです。
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3. 「フォードvsフェラーリ」
この映画に、多言は要さない。ジェームズ・マンゴールド監督による米国映画としての矜恃あふれる堂々たる出来は言うに及ばず、とにかく僕は劇場で本編が始まってすぐ「あ、これはヤバい映画だ」と確信し、以来本編153分のあいだずっと泣いていた。本当に涙が止まらず、終盤に至っては本気で画面が見えないくらいに泣いていた。とりわけ終盤、天才ドライバーのケン・マイルズによる一つの決断である。俺たちには、世界中に失望されようと、たった一人が理解してくれているだけで十分な決断というものもあるのだ。
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2. 「ソウルフル・ワールド」
2020年。社会の全てが失効し、約束された未来さえも呆気なく仕切り直されると知りました。もはやいつか届くかもしれない夢のステージを悠長に待望している場合ではなく、ひたすら「今・このとき」を全力で謳歌し、その1日1日に喜びを再発見していく。その積み重ねこそが、僕らが「未来」と呼んでいたものへ繋がるのだと実感したはずです。
本作はコロナよりずっと前に企画製作されていたはずなのに、今、どんな映画よりも見られるべき映画となっています。それはこの製作チームが真摯に、人々へ届けるべき普遍的なメッセージを探究したからに他なりません。終盤、畳み掛ける怒涛の展開の先には、これ以上の真理があるかよ、という究極にシンプルな、ひとつのメッセージがあなたを待っています。
どうか、見て!
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1. 「はちどり」
1994年の韓国・ソウルを舞台に、14歳の少女の心情と家族の関係を描く。キム・ボラ監督が自身の体験も織り込んだ長編デビュー作にして、映画史に残る傑作です。
韓国の歴史上、大きな転換点となった1994年の気配を遠くに響かせて、本作は、耳を澄ましておかねば聞き逃すほど微かな、少女の人生の羽音を私たちに届ける。丁寧に編み上げられた一人の少女の「小さな物語」のさきに、社会全体の「大きな物語」が不可分に浮かび上がります。
不条理な社会のなかで無力な私たちの人生はままならないが、それでもこの世界は生きるに足る、美しいものだと信じさせてくれる。この先何度も、僕は彼女に再会しにいくのだと思います。
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以上15作品でした。
例年に増しての長文にお付き合いくださって本当にありがとうございます…。
最後に、おまけ。
この記事を書いている時点では(再)配信やソフト化の予定が未定ですが、2020年に鑑賞してめちゃくちゃよかった3本を番外編として。いつか名前を見かけたら絶対にご覧になって欲しい3本ですし、機会を改めてご紹介できたら、とも思っています。
「典座-TENZO-」(2019日本 / 監督:富田克也)
「Love True(ラブ・トゥルー)」(2016米 / 監督:アルマ・ハレル)
「KRABI, 2562」(2019英・タイ / 監督:アノーチャ・スイッチャーゴーンポン、 ベン・リヴァース)
それでは今年もたくさん映画を見て、たくさん語り合いましょう!
皆さんの2021年が良い1年になりますように。
(2020年の映画鑑賞ノート9冊。今年もたくさん見れたら良いな。)
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